正統とは何か



日本は大東亜戦争に敗れて、GHQにより占領され、

ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)により、

戦争による贖罪意識を植え付けられたと保守派の間でよく言われていますが、

私は、それは違うと考えています。

戦争に敗れ、国が焼け野原になったことで、

戦前世代は敗戦後しばらく復興のために黙りました。

それは復興のためだけではなく、本気で「反省」したのだと思います。

戦前を全肯定する立場、大東亜戦争聖戦論からすると、

GHQの占領、憲法改正はとんでもないことに思えるのだろうけど、

実際に生きた人たちは自分たちがやってきたことを「まずかった」と反省したのです。

それは侵略戦争をやったなどという馬鹿げた反省ではなく、

国土を焼け野原にし、国体の危機にまで陥りかけたほどの戦争をやってしまったことへの反省です。

日本としての自存自衛の理由があろうとも、あのような戦争をやってしまった反省はあるのです。

その反省を反日左翼に利用されたことで、

その後の世代が「疑似WGIP」にかかってしまいました。

戦後すぐに反省した世代があって、その後に疑似WGIPにかかった世代があって、

そこから反発して反日自虐史観を否定するいわゆる保守派がいるのですが、

そのいわゆる保守派も戦後すぐの人たちが言っていなかったことまで言っているのだから、

それもまた「戦前と戦後の断絶」の延長線上にあると言えるのではないでしょうか。

大東亜戦争に向かう流れというのは、

世界史的には起こるべくして起こったものだと考えています。

日本人はその流れの中にあったのです。

しかし、あのような戦争をやって悲惨な結果を招いたことに、

戦後すぐの日本人たちは「まずかった」と反省をしたのだと思います。

WGIPが効いたのではなく、本気で反省したのです。

その流れで憲法改正も受け入れられたのでしょう。

日本国憲法を最終的にわが国の憲法としたのは日本人の責任です。

占領憲法だと言っていつまでもGHQのせいにしている人は、ある意味甘えだと思います。

それもまた被害者意識の強すぎる自虐史観と言えるでしょう。

今の日本は日本人の責任です。

大東亜戦争に当初から反対であった昭和天皇も、国民と一緒になって反省してくださったのであり、

この憲法により国体は護持されたと安心され、

国民と共に復興に向けた再出発を願われたのです。

そして日本人は日本国憲法を自分たちの憲法として運用しました。

これは日本の歴史の一部を構成しています。

「正統」とは清濁併せのむ歴史の連続性を基軸とするものです。

わが国の歴史には負の部分もそれなりにありましたが、

それを含めた歴史の連続性こそが「正統」だと考えます。

私たちは日本国憲法をわが国の憲法とした歴史も含めて、

「正統とは何か」ということを考えなくてはなりません。

歴史の浅い国ではこのようなことは絶対に認められませんが、

その負を飲み込むほどの二千年の歴史をもつ国体があり、

日本であるからこそ、それが可能なのだろうと思います。

日本国憲法を正統とするかどうかだけを考えれば抵抗があるかもしれませんが、

私は日本国憲法を憲法としたことを含めた歴史の連続性を正統と考えるのです。

日本国憲法が正統なのではなく、

日本国憲法も歴史の連続性という正統の一部を構成しているということです。

法学などはことの本質ではありませんが、

法治国家である以上、国家の運営として法学を無視することはできません。

だからこそ、日本国憲法はかろうじて正統の一部を構成しているので有効と考え、

よりよい憲法改正により、正統を継承していくべきだと考えます。

政治哲学と法学を一致させた国体護持にとって

もっとも安定した考え方が改正憲法説だということで、私はその説を支持するのです。







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