Hanshin Great Quake Disaster and Trees in Town.

by Y. MORIMOTO


[Quake Disaster and Trees in Town] (in Japanese)
From: Road and Nature,No.88,56-58(1995)
Selected Photographs
(Original paper has 10 photographs)
震災と緑 「道路と自然」No.88,56-58(1995)

はじめに
 1995年1月17日午前5時46分、北緯34度36.1分、東経135度0.4分の直下20kmを中心にM7.2、最大震度7の大地震が発生、死者5500名、倒壊家屋10万棟などの被害をもたらした。この大きな震災にあって、植物たちはいったいどうなったのか? 緑地はいかなる役割を果たしたのだろうか? 日本造園学会関西支部でも緑地の緊急調査を行うことになり、私もそのメンバーの一人として参加することになった。以下はその時のメモと写真などから震災と緑化について考えた、個人的な印象である。

1.日記(その1)
 大阪梅田駅から青木まで開通した阪神電車に乗る。着飾った乗客は一人もいない。ほとんどリュックやカートに大きな荷物を持っている。尼崎あたりから青いシートが屋根を被っているのが目立ち出す。だんだん倒壊家屋が増えてくる。こんなことがあっていいのだろうかという思いがつのってくる。青木駅で下車。住吉公園に向かう。一家は無事です、という張り紙が悲惨な現場の唯一の救いである。
 倒壊家屋の横で樹木がしっかり立っているのはちょっと不思議な光景であった。意外にも地割れのすぐそばで、支柱も真新しい樹木でさえも被害はない。これが台風だったら家より先に樹木が倒れるのは間違いないのだが、と思いつつ先を急ぐ。石垣や植桝が崩壊しても土壌を根系がしっかり緊縛している例も多い。それに引き替え、ブロック塀はだらしがない。まともに鉄筋が入っていないものは簡単に倒れている。しかしそこに樹木やツル植物があったためか何とか完全倒壊を免れている例もある。間知石や亀甲積みはよく崩れているのに引き替え、崩れ積みは被害が少ないようだ。住吉公園のそばで倒壊家屋の下敷きとなった街路樹アオギリを発見、まだ直径10cm程度の若木であった。しかし歩いているうちに家屋の完全倒壊をけなげに支える樹木たちに何本か遭遇した。「お陰で助かりました」とユリノキを観察する私に住民が声をかけてきた。こうした支持力はモーメントとして測定する必要があるが、これまでに全然データの蓄積がない。数少ないスギ・ヒノキの数例からみると直径20cmで1000kgf・m程度(林拙郎氏による)であるから十分木造家屋を支える力はあるのだろう。
 救援活動の自衛隊のキャンプ場となった公園の一角で冷たい弁当を食べてからまた歩き出す。少し規模の大きな公園は避難民のキャンプ場所として、あるいは炊き出しの場所として使われている。かなり大きくなものとなると自衛隊の駐屯地や仮設住宅用地、あるいは瓦礫集積場としての利用もある。こんなに公園緑地の利用が多いのは緑にかかわるものとしてよかったと思う反面、ここまでしかできなかったかという思いもつのる。
 埋め立て地方面へ向かう。舗装は波打ち、盛土は沈下し、液状化の泥が路面を被う。うむ?あれは海の中に建設中の建物があるのかな、と思ったが全体に地盤が沈下したために海水が押し寄せたもののようである。なんと地盤の不安定なことか。植栽基盤が崩壊したために海に落ちている樹木を発見。やっぱり植栽基盤ごと崩れたらおしまい。ちょうどのり面崩壊と樹木の関係のようなもので、樹木の根の分布範囲より深いところでの崩壊には無力としかいいようがない。灘の酒造工場方面は地震前の状態がどんなであったのかまったく判らない有り様である。ただ、歴史的町並みとしてきれいに舗装された歩道が唯一の手がかりで、一帯は全くの瓦礫の山。それでも小さな公園の樹木は健在であった。
 このあたりでは、ほぼ東北東方向へ伸びる地割れが目立つ。ひょっとすると断層の一部なのだろうか? 阪神電車芦屋駅の近く、宝島公園では公園をこの地割れが横切り、幅30cm程度の裂け目や段違いとなった地割れがある。地割れは植栽地と池を一直線に横切り、護岸がそこだけ崩壊し、対岸では家屋が倒壊していた。地割れぞいの樹木はそれでも無事。ただ根系が地割れの中にのぞいていたから全く影響ないこともないだろう。  
2.日記(その2)
 地震の被害を大きくしたのは火事である。今日は火災の多かった長田区へ向かう。焼け跡に樹木の影はほとんどない。被災前の航空写真を調べたところ、大規模焼失地域の植被率はほぼすべて1%以下だったから当然ではあるのだが。焼け止まり線は概ね道路である。もちろん街路樹のある道もある。耐火構造の建造物が有効であるのはうなずける。しかし、樹木が少ない。なぜ緑豊かなまちづくりができなかったのだろう。神戸はかなりの緑地面積を誇っていたはずなのに、という思いがつのる。
 しかし、発見したすべての焼け止まり線上の樹木は予想したとおり、燃え上がっていなかった。褐変した葉の多くは熱によって組織が壊死したものの、発火や引火はしていない。今、褐変している葉は火事の際に組織が50℃を超えたのであろう。
 周囲の状況から判断して接炎によって一部の葉が焼失し、隣接した葉に褐変が見られるアラカシを対象に赤外ビデオで診断する。幹の通道組織も一部被害を受けたためか、残りの葉も急性の水分ストレスを受けたように葉が巻いて褐変しているところもある。葉緑素計でチェックして画像処理の閾値の参考にする。あとで処理した画像を見ると樹冠の1/4ほどが生きていると判断された。しかしこのアラカシは明らかに接炎して一部の葉が燃えたものの、立ち消えているのである。
 この事例のように燃えた樹木もその樹木が燃え上がることで延焼したような事例は皆無であった。あの、防火力の弱いとされるクスノキですらそうである。ただし例外がひとつ。カナリーヤシ本体は無事のようだったがこれに着生するシダ類はかなり火元から離れたところでも着火していた。マツ林の山火事で林床のシダ類があっと言う間に燃え広がるのを思い出した。
 それにしても山火事と樹木の防火機能および樹木の熱ストレス、の3者を総合的に分析した研究がない。これは何とかしなければ。
3.いくつかの教訓
・身近な樹木の効果:建物や塀の倒壊被害を軽減し、避難経路確保にも役だったのは身近な樹木であった。 ・規模の大きな緑地の効果:回りが火にかこまれても樹木に囲まれた規模の大きな緑地は焼け止まりと避難地としての役割を果たす。今回の風の弱い条件では1600m2の大国公園程度が限界と思われる。 ・健全な植物の意義:建物等倒壊防止効果は幹が腐朽していないものでないと効果が期待できない。また、原理的に水分ストレス状態でない健全な個体の方が防火力は強い。 ・植栽基盤の重要性:いくら地震に強い樹木でも植栽基盤全体が崩壊した場合は効果も期待できない。盛土や埋め立て地盤では要注意である。 ・緑のネットワークを:以上を総合すれば都市に緑のネットワークを、ということになろう。
4.これからの課題
 駆け足の調査でも震災という大きな環境変動に対して緑地の意義は確認できたと思う。これは「緩衝作用」として総合化されるべき緑地の副次的効果といえる。緑化をもって震災対策が事足れりというわけにいかないのは事実だが、都市を数百年に一度のために「要塞化」するのは決して賢明な選択とは言えない。しかし震災地域が単に「復旧」するのも矛盾を先送りするだけであろう。ここは都市緑化を軸に、なんとか「エコ・シティ化」の契機とすることはできないものであろうか。先進的な神戸に期待したい。

If you are interested in such theme, please order the report by the Japanese Institute of Landscape Architects.(3,000yen)

Back to Homepage