男声合唱のレパートリーは少ないのか?
個人会員 前川 裕(なにわコラリアーズ)

 男声合唱をやっていると必ず出くわす言葉が、「男声合唱はレパートリーが少なくて…」である。たしかに楽譜店に並んでいる男声の楽譜は、混声や女声と比べると圧倒的に少ない。しかしそれをもって「曲が少ない」とするのは早計である。疑問に思う向きは、近年出版された『合唱名曲ガイド一一〇―ア・カペラによる混声合唱 』を繙いて頂きたい。この巻末に松原千振氏による八頁に渡る男声合唱のレパートリー・リストがついているのはご存じだろうか。これをご覧になって、いくつの曲を知っているかぜひ数えてもらいたい。これらの曲のほとんどは日本で演奏されたことはないであろう。恥ずかしながら、私も半分以上が知らない曲であった。私もそれなりに男声合唱に対する自負があったつもりだったが、このリストを見てすっかり打ちのめされてしまった。それと同時に、「これだけの曲があるのなら、男声合唱もやめられないな」と力づけられもしたのである。

 「レパートリーが少ない」とお嘆きの方々は、正直申し上げて「レパートリーを広げる努力をしていない」のである。最近は特に、海外のCDや楽譜も入手が容易になって外国曲に触れる機会は格段に増えた。私が大学に入ったころでさえ、楽譜は取り寄せられない、CDは注文したらいつ入荷するか分からない、というような状態であったことを考えると隔世の感がある。それだけ供給側の体制は整ってきているのだ。

 ひるがえって需要側はどうか?タダタケ、ニグロ、シーシャンティ。歌う曲を日本語および一部の英語の曲に限っていれば、いずれ頭打ちになるのは目に見えている。日本の男声合唱団は、多様な外国語の曲に目を向けるべきである。そもそも合唱の始まりは男声合唱であった。欧米には何百年もの曲の蓄積がある。それは一つの合唱団では汲みつくせないほどの豊穣な海である。

 もちろんこの場合の壁は「言語」である。この点に関しては日本の男声合唱団は随分保守的なようだ。混声や女声さらに児童合唱においてすら、外国語の曲は広く演奏されている。北欧・東欧などの少数言語の曲についても盛んに取り上げられている。こうみると、多くの男声合唱団は「過去の遺産」にしがみついているようにしか見えないのだ。

 そもそも、日本人は言語の「正確さ」にこだわりすぎる。どうせ演奏するときは日本人の前でするわけだから、正確さを過度に追求してもしかたがない。むしろその音楽を楽しむようにしたい。来日する著名な外国の合唱団でも、ほとんどが妙ちきりんな日本語で歌っているではないか。あれで、よいのだ。外国語の曲に恐れず取り組もう。私もそのための一助となるべく、協力を惜しまないつもりである。興味のある向きは、ぜひ一度ご相談いただきたい。

 最後に簡単な自己紹介をさせていただくと、高校までは特に合唱経歴はなし。平成元年の大学入学時、楽器系に入ろうかと思っていたが「混声と男声と両方できる」という宣伝文句に釣られて京大合唱団に入団。京都大学男声合唱団の学生指揮者を務める。大学卒業後は複数の一般合唱団で下振り・本番指揮を経験。ひょんなことからヘルシンキ大学に一年間留学し、ヘルシンキ大学合唱団(YL)に入団。演奏会・レコーディングを多数経験。帰国後「なにわコラリアーズ」に入団。北欧での経験を生かし、選曲や下振りなど、技術面を支えている。また混声合唱の分野では、二つのアンサンブルを主宰、参加合唱団多数。外国語(特に北欧語)の発音・翻訳等についてのアドバイスも行っている。現在、公益法人職員。なお経歴の詳細等についてはホームページをご覧頂きたい(http://web.kyoto-inet.or.jp/people/yutaka70)。


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