2010.12.3(金)
前日入りは、朝は比較的ゆっくりできるのがありがたい。洗濯などしながら、荷造りをする。3日となると着替えなども含めて結構な量になってしまう。前回の軽井沢は出演も普段着だったので、ステージコートの分が楽だったことに改めて気づく。準備ができてしばらくして、Y幡氏から電話。左京のほうを出発したとのこと。時間を見て、マンション前の道まで出る。待っているときに楽譜カバー用の黒バインダーを忘れたことに気づく。取りに戻る時間もあるとは思ったが、荷物が大きいし、どうせ譜無しでオンステする予定でもあったので、意を決して取りに行かずに済ます。そのうちにY幡氏運転の車がやってきた。H磨氏とM田氏がすでに乗っている。荷物を載せて出発。ここでは予定より15分遅れ。京都南インターから高速へ入る。
しかし今日はよい天気。快晴ではないが、明るくて気持ちいいドライブ。豊中ICでいったん降り、阪急蛍池駅へ。ここでK川氏とY田氏を拾う。これが今回の行きのメンバー。再び中国道に乗って、一路西へ。渋滞もなく、すいすいと進む。車窓の紅葉が美しい。加西PAで昼食時間となる。ここで食べてみたのは「加西角煮ラーメン」。普通のしょうゆラーメンに角煮が乗っているものだが、細麺でもあり、なかなか良かった。またK宮氏から指示のあった先方へのお土産を買う。さすがにここまでくると京都ものは少ない。「なにわ…」だから大阪ものでいいのであるが、そのことに改めて気づくH磨氏であった。結局、大阪ものと神戸もののお菓子をお土産とする。立ち去る前に、店内で売っていたあぶり餅が美味しそうだったので、「ゆず」を一個買う。Y田氏は「みたらし」。なかなかいい味だが、一個105円はちと高いかも。出発して、さらに西へ。だんだん雲行きが怪しくなってくる。ぱらぱら、そして突然の豪雨に。風もきつい。天気予報で予測はしていたが、結構きつい感じになっている。しばらく走ると予定通りに止んで、晴れ間が見えてくる。しかし北のほうの雲行きはまだ怪しくもある。
今回の車では一番後ろにM田氏、Y田氏が乗っていたが、二人のしゃべる声は前の駅まで聞こえてこない。それでH磨氏が「聞こえへん!」としばしば突っ込みを入れていた。また、K川氏はどうやって作曲するのか、という話になる。M田氏が「たとえば、景色を見たら曲が浮かんでくるとか…」と言ったところで、早速「君はそんな才能があるのか!」という突っ込みが。そのうちにM田氏が車に乗る際の待ち合わせ場所の話になり、「気が向いたら(家の前から大通りまで)出ていきます」と言ったとか言わないとか。そうしているうちにM田氏が曲を書いてみてはどうかという話になり、M田氏作詞作曲(予定)男声合唱組曲「大山」の構想が。予定曲目は「気が向いたら」「雨」「横風」その他の予定。なおM川氏の特別作詞による「ソフトクリーム」が入るという話も。この実現は、見果てぬ夢なのかどうか。
中国道から、米子道に入る。M川氏提案により、蒜山高原PAで休憩。車から降りると、「寒い!」。雨の影響もあり、気温が朝より下がっているようだ。それでも、ここでの目的である「ジャージー牛乳ソフト」を食べる。M川氏だけの予定だったが、気がつくと他4人も食べていた。やはり美味しいものはいいものだ。再び出発。「ダチョウ牧場」や「毛無山」などの印象的な車窓を眺めながら、溝口ICで降りる。ここから大山のふもとに向かう。何もない高原地。しばらく走ると、本日の宿泊地である「大山ロイヤルホテル」に到着。典型的なリゾートホテル。周りは分譲の別荘地になっている。16時頃に到着した。チェックインして、しばしは自由時間。しかしすることもないので、H磨氏とともにとりあえずホテル内を散策。なかなか施設も揃っている。しかし、ここではウィルコム携帯が圏外に。困っていると、ロビーに自由に使えるパソコンがあった。これ幸いと、ここからメールをチェックする。お風呂に入った組もあるようだが、外の寒さを考えると夕方に入るのもどうかと思い、ついでに外を散歩してみる。日暮れ近くになっていたので、風も強くて寒い。別荘地を歩いてみたが、結構売れ残っているようだ。大山は山頂に雲がかかっていて、全容は見えていない状態が続く。別荘地の中には小さな人工池があるが、そのほとりには小さなホテルらしきものもあるようだ。しかしさすがに暗く寒くなってきたので、ホテルに戻る。
三々五々集まってきたところで、夕食へ向かう。ホテルへのアプローチ道の入口に、地ビールレストラン「ガンバリウス」がある。これは、ホテル内のレストランは高いし、しかし周りにはどう考えてもなにもなさそうだったので事前にリサーチしておいたもの。距離は近いがしかし道は真っ暗なので、Y幡氏に車を出してもらう。この店、ちょうどキャンペーンをやっていて、6種類の地ビール飲み放題が1050円。一杯は300mlで500円前後なので、二杯飲めば元が取れる計算になる。まあ普通の客はその程度なのだろうが、酒豪揃いのNCメンバー。店が後悔する羽目になろう。代行運転サービスもあったので、Y幡氏も飲めることに。料理も味・値段ともに申し分なく、実に当たりの店であった。のちにM松氏が、これに参加できなかったことを非常に残念がることになる。みていると、市内かららしき客も多く、金曜夜ということもあってか半分以上の入りで賑わっている。店内からは醸造設備も眺められるようになっている。またビールだけでなく日本酒もあるようだ。結局ほぼ全員が6種類制覇し、17時半から20時半(ちなみに21時閉店)まで飲み続けていた。K原氏にもお土産を買って、代行運転にてホテルへ戻る。この代行は米子から来ているそうだ。
宴会はこれで終わらず、部屋飲みへ。リゾートホテルだけに部屋は広く、男6人でも全く狭さを感じない。ちなみに缶ビール2ダース持参はH磨氏。店もいいが、部屋飲みも旅行の醍醐味である。前後のエンターテイメントも含めた「演奏旅行」と、演奏するためだけの「出張演奏」の違いについても盛り上がり、これからは「演奏旅行」であるべきだ、との結論に。またなぜかマッサージ大会になり、実はH磨氏が足裏マッサージが上手であることが判明。皆、いろいろ芸があるものだ。さすがに明日もあるので、23時頃にお開き。部屋に戻ってから、大浴場へ。露天風呂付なので、外の寒さにめげずに浸かる。明日の演奏のことなど忘れそうな一日に満足し、就寝。寝る前にメールチェックすると、24時半過ぎに松江入りしたメンバーもいたそうだ。今日の大荒れの天気、明日でなくて良かったかも。
2010.12.4(土)
7時半頃に起床。ちょっと昨夜のビールが残り気味か。簡単に身支度をして、朝食会場へ。団体客があったようで、エレベータ前には「階段でもどうぞ」とある。ちょっと混んでいるようなので、階段で下りていく。宴会場が朝食会場になっていた。広いこともあってそれなりの種類があるのは嬉しいところ。岩のりなどもある。中国粥があったので、それをメインにいくつか取り合わせてみる。そのうちに他の部屋のメンバーも現れてきた。トマトジュースには「二日酔いにはぜひ!」とあり、それを読んだY幡氏は「つい、一杯」。宣伝効果はあるものだ。こちらも飲み過ぎ感のあるY田氏は、ジュースサーバーの前で何度か一気飲み。まあ水分補給は大切である。部屋に戻ってから、朝風呂に行ったH磨氏を見送って、荷物を整理。H磨氏が戻ってきてから、早めにロビーに下りて売店で買い物。インスタントのシジミ汁とアサリの佃煮を買ってみた。
9時半に出発。今日もいい天気。山から、米子市内へと下って行く。途中で旧道らしきところを通り、頬かむりのおばちゃんたちに珍しそうに眺められる。ほぼまっすぐ高速まで走っていくが、コンビニがない。これは土日のH磨氏にとっては大問題である。結局、日野川東から高速に乗るまで一件も無かった。そのまま松江に向かう。途中の看板は「有料」やら「無料化社会実験」やらいろいろあったが、結局高速代は無料であった。「じゃなきゃ、こんなに車はいないでしょう」とはH磨氏。スムーズに流れて、10時半には松江着。まずはミッションである今日の宿泊先ホテルで、Y幡氏が事前支払いの手続きをする。待っている間に、T上夫妻が登場。既に宍道湖を見学してきたそうだ。妻を若手メンバーに紹介するT上氏、さすがである。
しかし時間がかなりあるので、車でしばらく松江市内観光をすることにする。くにびきメッセの横を抜けて松江城の元を通ってから、宍道北側湖畔を走る。しかし「くにびき」という言葉の用例の多さに、皆が驚く。今回の曲目との関連がよく分かる。走っているうちに、このままだと出雲まで行ってしまいそうだということになり、適当なところでUターン。途中で通った「珈琲館」が、I東氏のブログに出てくるお気に入りの店ではないか、というK川氏の指摘があり、時間もあるので立ち寄ってみることにする。大変入れにくい駐車場に車を入れるY幡氏。「珈琲館」は松江のコーヒーチェーンらしい。ここは湖北店。入ってみると、I東氏がいた。あまりにも予定通り。しかしこの店、実に良いシチュエーションにある。なぜか道から微妙に湖にはみ出した場所。夕日も、おそらく朝日も眺められるだろう。コーヒーも悪くない。ポーチもあり、良い季節には波の音を聞きながらコーヒーが飲めそう。I東氏は先に出た。
しばらくいてから、蕎麦を食べに出発。目的地は「神代」。K川氏がネットで調べ、Y田氏の地元友達もお勧めなので間違いはない。ランチタイムより早めに着いたので、スムーズに座敷に入れた。店内で蕎麦も打っている。割子蕎麦を食べる。3段が基本で、希望で追加の段を増やしていくらしい。それなりの量があった。出雲蕎麦は「歯ごたえを楽しむ」らしく、確かに腰のある麺である。堪能。その後、早めにホールへ移動。途中コンビニに寄ると、「鷹の爪」キャラクターの吉田君が各種宣伝に。さすが。また、地元ミニコミ誌の行事予定にはなにコラ演奏会が掲載されていた。地元の人たちの努力が伺える。駐車場に車を入れていると、I田夫妻も登場。ここは奥様の運転であるところがミソ。プラバホールのホワイエで集合。順次メンバーが集まってくる。T上氏妻から、「あてにならない松江ガイドゥ」を頂戴する。これは「鷹の爪」のフロッグマンが松江を紹介しているもので、なかなか面白い。松江演奏会記念の特別バッジを配布したり、集金したりと、マネ陣は忙しい。I東氏により段取り確認のあと、控え室の小ホールへ。
最初は昼食をかねて、松江プラバ少年少女合唱隊&PLOVER Pure Blueberryのメンバーとの交流会。おにぎりやシジミ汁などを用意していただいて感謝の時間。しかし微妙な時間でもあり、相手側メンバーが僅かなのは致し方なし。交流会の司会はM田氏。今朝に司会の指名があり、気が気で無い感じではあったが、まあそれほど悪くもなく。しかしお土産を袋ごと渡したのは失態と言っていいであろう。相手側の人数が少なかったこともあり、バッジは後ほど渡すことに変更。慌ただしいが30分ほどで終了し、片付けて同じ場所で練習に移る。発声をしてから、大ホールへ移動。声を出してみれば、実によく響く。しかも、さらに響きを良くするように調整。天井の柱のようなものを出し入れすることで調整できるらしい。そこまで、と思ったが、聴衆が入ることによる響き減が大きかったようで結果的には良かったようだ。動きや立ち位置を中心に、リハを進める。その後、子どもたちのリハとの入れ替わり時に、バッジを進呈。子どもたちにバッジのモチーフを説明しようとすると、全て理解してくれた。これは製作者冥利に尽きる。合同曲の練習なども終えて、会場前に無事リハ終了。控え室である小ホールに戻る。しばし休憩と着替え。この間に、T中・T上・M上氏はホールそばの回転寿司を食べに行ったらしく、T上氏は「さすが松江です!」と感想を述べていた。
開演は18時半。最初は子どもたち。続いてなにコラ、そして合同ステージ。ここでアクターの地元出身のM田氏とN河氏が紹介される。をしてから休憩。聴衆が入ることで響き方がかなり変わっているのと、暖房と照明によるステージの乾燥に多くのメンバーが苦しめられる。ブレス方法の変更など、いろいろ対応策を考える。休憩の後、2ステージ。そしてアンコール。歌っていた子どもたちは2階で聴いていたのだが、アンコールが始まると全員起立に。これには思わず涙しそうになってしまった。その彼女・彼らに、思わず熱唱に力が入る。大変温かい拍手をいただいた。終演後はホワイエでロビーコールを2曲。斉太郎節のソロはM田氏であったが、皆でハミングで消しにかかっているのが哀れであった。終了時点で21時。これで21時半打ち上げ開始には、タイムスケジュール的に無理があったと思われる。曲のMCが多かったことも影響したようだ。
その後、打ち上げ会場へ移動する。こちらは車を移動させるため、いったん宿泊先へ。車を置いてから、会場の東急インへ向かう。一階のレストラン。結局始まったのは22時頃から。司会はY幡氏。こういう状況でもできる信頼感の厚さがある。関係者・出演者の挨拶など。しかしいつものなにコラ宴会的要素もあり。ただ残念ながら放歌は禁止ということであった。また演奏会バッジは、販売分が完売だったそうだ。やはりステージ上で紹介する意義は大きい。今回初オンステメンバーであるO野・N河・K牧氏の感想を聞きながら、ぜひ次世代のなにコラを支える存在になってほしいと願いつつ、24時にて終了。歩いてホテルに戻りチェックイン。そこから二次会に行ったメンバーもあるようだ。2時頃までやっていたとか。さらに三次会があったという声も。自分はさすがに疲れたので、部屋へ。シングル部屋で、なぜか4人掛けのソファが占めているのに疑問を覚えつつ、部屋でシャワーを浴びて就寝。長い一日であった。
2010.12.5(日)
朝はゆっくりでもよかったが、6時半過ぎと早めに目が覚める。昨日それほどには飲まなかったこともあるようだ。せっかくなので15階にある大浴場に行ってみる。「天明温泉」という名前も付いていたが、本当に温泉のような水質である。それだけでなく、西側に開けた眺望(男性用のみ)は宍道湖を見下ろす絶景。これだけでも、ここに泊まる価値はあるだろう。かの「宍道湖の夕日」もここから眺められるはずだ。ゆっくり浸かってから、部屋に戻って身支度。荷物は、もう演奏会関係が要らないので整理内容も変わってくる。身軽にできるように工夫する。それから朝食へ。普通のバイキングである。味噌汁が、コーヒーサーバーのような形で実まで含めて出てくるのにはちょっと違和感があるところ。何人かメンバーが入れ替わりで食べていると、Y崎氏が。洋食系の朝食を食べてから、トレーをもって立ち去る。済ませたのかと思ったら、今度は和食系を乗せて再び席へ。「普通はトレーを新しくとるだろう」という突っ込みが入る。「そうですかねー」というとぼけたコメントも面白いものだが。8時にレンタカーを予約していたというK林氏は、8時少し前に朝食へ現れる。幸いレンタカーがホテル前だったそうで。今日は20時のフライトなので、時間が余って仕方ないそうな。とにかく、ノープランが基本のNCメンバー。大体のところで、出雲に行ってから境港に行き、それから帰るというプランを策定。朝食を済ませてから部屋に戻り、携帯を使って境港のランチを探す。
9時にロビー集合。帰りはK川・M田氏に代わってN山・M口氏が乗り込む。昨日の太鼓を、そのまま神戸に戻るというK井・K原号に預けて、出発。Hやし氏号も追随。山陰道に乗って出雲市へ向かう。高速無料がありがたい。そういえば出発する前に連絡してくれと言っていたレンタカーK林号に、伝えるのを忘れていたということで、N山氏からメール。事後報告。宍道湖を右手に見ながら、一時間ほどで山陰道の終点へ。この高速は、もはや西へは伸びないのだろうか。一般道に降りて、出雲大社へ向かう。大駐車場に車を停め、境内を散策。するとK林氏とI之瀬氏を発見。すでに見学を終えたそうで、先回りだったようだ。本殿は残念ながら遷宮のため見られず。バッジのモチーフとした大注連縄の大きさを実感。日崎海岸は、先に行ったK林氏情報によれば通行止めなどがあったそうで、断念。
新聞を買うH磨氏のためにコンビニに寄ってから、再び山陰道に乗って、境港へ向かう。松江道路の途中から降りて、松江港にかかる大きな橋、中海大橋を渡る。中海の眺めが素晴らしい。ちなみにこの橋、「農道」らしい。たしかに自転車に乗ったおっちゃんが橋を渡っていたが。そこから中海沿いに北上する。338号線に入って大根島に到達するまでは、海の真ん中を突っ切る感じ。H磨氏が車窓を眺め、ふと「この水面の高さ、おかしくないか?!」と言い出す。たしかに、水面と道路面との高低差がほとんどない感じ。東側に堤防があるのでいちおう機能は保たれているようだ。ただ道路標識は明らかに色あせていて、海水による浸食を示していた。大根島はボタンとシャクヤクの産地らしい。「立てば…」を思い出す。道は整備されていて快適。向かう先に、非常に大きな橋が見えてくる。あれは?と言っているうちに、大根島を抜けて、江島へ。くだんの江島大橋は、車で上るのにも結構大変な橋。頂上部があまりにも高く、皆「なぜこれほど高い橋が?」と言い合っている。しかし歩いて渡っている人たちもいて、なんとも凄い光景である。
境港市内に入って、岸壁沿いに走って行き、目的地に近づくものの、ちょっと迷ってしまう。突然人通りの多い商店街に入り込む。これがかの「水木しげるロード」だった。そこから少し走って、目的地の「元気亭」へ。別行動のK林号を待とうとするが、大将に「30分後の席確保はできないねえ」といわれ、先に8人が入ることにする。店には奥にも空間があって、12時過ぎの割には余裕がある。まぐろラーメンは、お昼時なのになぜか品切れ。「特上海鮮丼」を頼む。ちなみにM口・K泉氏が頼んだ「海鮮丼」は店側の儲けが大きいとか。しばらくして、K林号も到着。皆に「特大海鮮丼」を勧められたものの、大将に「1.4kgくらいありますよ」と言われて、すぐに特上に切り替えたK林氏であった。ちなみに米子経由で来たため、我々よりも遅れたらしい。地方だと、高速で遠回りよりも地道の近道の方が却って早いことが多いようだ。特上海鮮丼は、8種の具が乗る豪華版。まあ十分な味であろう。食後は車を駐車場に移してから、水木しげるロードをしばらく散策。駅からアーケードまで続く2km程度の商店街だが、妖怪ネタ以外の店を探すのが難しいほど。「ブームは去るものです」とはH磨氏の言であるが、実際数年後にはどうなっているのかと不安にもなる。鳥取なのでとりあえず梨ソフトを買って食べておく。
13時半に出発。ここでK泉氏と車を乗り換え、京都行きのHやし号に。その方が双方都合が良い。それぞれ帰路を取る。境港から、産業道路を走っていく。美保湾沿いの弓ケ浜を左手に見ながら、傾いた松並木に強風を感じる。そのまま走って、米子道へ向かう。川を渡るとイオン日吉津があったが、ここは村。村にとっては大きな財源だと想像される。今日もいい天気。大山が奇麗に見えている。米子道に乗って、まずは南へ向かう。給油のため蒜山高原SAで小休止。サービスセールで全品2割引だった。ジャージー牛乳で作ったメロンパンというのを買ってみる。翌日に食べたら、確かに美味しかった。出発して米子道、そして中国道へ。まだ15時頃だが、早くも中国道の西宮付近は渋滞との情報が。日曜夕方、仕方は無いか。赤松PAで再度休憩。ここも2割引。PA全体でしているようだ。屋台でイカ焼きなども売っていたが、大きなみたらし団子があったのでそれを食べる。「赤松コロッケ」の幟がたくさん立っていたが、外では売っていないようだ。後で調べると、スナックコーナーにあったらしい。やはり事前リサーチは大事。出発。しばらく走ると、車が増えてきて、渋滞にかかる。14キロほどらしい。少し進んだところで、Y幡氏から電話。聞けばまだ社PAにいるそうで、渋滞の様子をうかがってきた。このくらいなら高速のママの方がましだろう、という感じである。完全に止まることもなく、のろのろ運転。周りも暗くなってくると、だんだん疲れが出てくる。中国池田辺りから流れ始めて、渋滞を抜ける。名神に乗り換えてからは普通に走って行ける。京都南ICを下りて、地道へ。通り道ではあるが、家の前くらいまで送ってもらった。感謝。ビールと軽く食べ物を買ってから、18時半頃に帰宅。これで今回は終了。次回もぜひ、「演奏旅行」で行きたいものだ。