合唱バカの華麗なる人生

=なにコラ全国コンクール2001編=


11/24(土)

 京都駅集合は朝8時20分。家を出る時に予備分の黒服を忘れて一度取りに戻ったが、時間には間に合った。京都組はほぼ揃っている。少し喉が痛いので、念のためマスクを購入。一人遅れてきたY氏を待ってから、改札を入る。薬類を買っておこうとコンコース内で薬局を探すが、ない。これは意外。ともあれ、ホームへ上がる。団体のためか、16号車といちばん端の車両になる。しばらく待っていると、I氏がホームにある灰皿を見つめて「これって喫煙車とちゃうのか…」。他の車両の表示をよく見てみると、確かにそのようだ。ひとしきりマネージへの文句が出る。ともあれ、到着した「のぞみ」に乗車。新大阪組と合流する。さすがに朝ということで車内も空いている。懸念された煙も、そうひどくはなさそうだ。一路、東京へ。
 東京駅では、わずか8分の乗り換え。機動力のないなにコラにとっては最初の関門である。東京駅着10分前から、あらかじめホーム階段に近い11・12号車のデッキへと移動する。「移動時、トイレ・買い食い禁止令」も出る(笑)。とにかく、無事東北新幹線のホームへ。ここで先に乗車していた東京組と合流する。お江戸のY氏も見送りに。北へと移動開始…したところが、上野駅で車両ドアの故障とかで10分ほど停車。かけこみの影響だそうな。困ったものである。現地についてから昼食の時間はないので、車内で食事。I氏と、来年の演奏会プログラム等を検討する。
 約1年ぶりの郡山は、白くなかった(笑)。むしろ暖かいくらい。前に来た時が40年ぶりとかいう大雪だったので、町の風景も全然違って見える。駅前で動きの確認をしてから、タクシーに分乗して練習場所へ。明日の会場、文化センターの横を通り抜けていく。今回は、薫小学校の体育館を借りている。やや郊外の小学校という雰囲気。グラウンドが広い。体育館では地域の子どもたちがドッジボール?をしている。時間になったところで、体育館を利用させてもらう。典型的な体育館で、やはり床が冷たい。スリッパやストーブを貸してもらって、体育館に運び込む。だいたい揃ったところで、指揮者の訓示。これから13時間に渡る練習が始まる。まずは、地方メンバーの紹介。普段は遠いが、ともに音楽をつくるなにコラの貴重なメンバーたちである。
 発声からスタート。体育館は響きがよく、むしろ良すぎるくらい。歌いやすいのはいいが、本番の舞台で逆に戸惑わないかが心配になる。練習の長さと、メンバーがだんだん増えていくことを考えて、スパイラル式の練習を取り入れる。課題曲・自由曲を交互にとりあげていく方法。ある意味ではなにコラ的な、本番直前まで人が揃わない合唱団に必須の練習方法である。歌っていると、やはり足元から冷えてくる。動かないから、なおさらである。それもあって、休憩時間にはバスケットボールに興じる。小学校のゴールであるからそれほど高くないのでやりやすい。果ては跳び箱の踏切板を使ったダンクシュートまで登場。体を温め、気分転換に役に立つ。こうしている間に、少しづつ後から来たメンバーが増える。その度に、紹介と拍手で出迎える。到着時間の不明なメンバーには電話攻勢も。こまめなマネージングがなにコラを支えている。

 夕食休憩は、パート練習をとしてテナー・ベース交互にとる。近くにはラーメン屋・コンビニなど、かろうじて存在する。さすがに冷え切ってくるので、ラーメン屋へ。喜多方ラーメン風である。後から来たK氏などは、店がうまく見つからずに回転焼きを10個ほど購入してきた。さすがに全部は食べられなかったようだ…。しかし、交互に練習をするということは基本的に指揮者は休みなしで、大変だ。両パートとも夕食が終ったところで、諸連絡のあと、H氏による体操。さすがは理学療法士? 続けていつのまにか「一芸大会」になり、怪僧?N氏のブリッジに皆感動。思わずアンコールにも、快く2回目をやってくれたN氏に拍手。合気道をたしなむI氏によるストレッチには、ついていけない者も続出。ひとしきり、笑いと拍手の渦が体育館に満ちる。
 この間にも、土曜分のコンクール情報が続々と入ってくる。ホールの響き方を分析し、また今年の賞出しは渋いと思われる。「賞は結果であり、まず良い音楽を楽しもう」という指揮者のもと、さらに練習が続く。このころになると、冷えもきつくなってくる。ストーブがあるとはいえ、所詮大きな体育館には小さすぎる。休憩になると皆ストーブに集まるか、バスケットボールをするかで体を温める。まさに寒さとの戦いである。
 21時に本日の練習は終り。I氏からパンの差入れがあった。プログラムや参加証をもらってから、宿へと移動する。ここからは、貸し切りバスで移動。来てみて分かったが、とてもタクシーを人数分ひろえるようなところではない。本日の宿泊は、郡山ワシントンホテル。入口で、丁度立ち話をしていた松下耕氏に出会い、ご挨拶。チェックインをして、各自の部屋へ。シングルの部屋は、まあまあ広い。窓が無いようだ。荷物をおいてから、再びフロントへ。いつもの顔が集まって、飲みに出る。土曜ということもあって町はにぎやか。店の見当がつかずにしばらく町をさまよった末に、居酒屋へ。酒席では、次の演奏会のこと、コンクールのこと、練習のこと…話が盛り上がる。宿に帰って寝たのは12時半くらい。バスタブにお湯を張って寝るが、「ドアを開けたままシャワーを使うと火災報知器が鳴ります」という注意書にちょっとびくびく。

11/25(日)

 調子が悪いのか、2時間おきくらいに目が覚めてしまう。寒いことはないのだが。目が覚めてはうとうと、を繰り返しているうちに、目覚ましの音がする。7時。窓が無いので朝になったのも分からないな…、と思いつつ、身仕度をして朝食へ。もう既に結構な数の人が来ている。朝食はバイキング。パンの種類が少ないのがもう一つ。周りは皆合唱関係者らしい。昨日の出演のことらしい話も聞こえてくる。今日もいい天気だ。食後にいったん外に出て、コンビニでお金をおろす。さすがに外に出ると、空気はかなり冷たい。部屋に戻って、よく見ると、今まで壁だと思っていたところが引き戸になっていることに気づく。開けてみると、窓だった。あまりにも壁のような戸だったので、昨晩は暗い中で気づかなかったのだ。窓を開けてみると、冷気が部屋に入ってくる。窓の水滴が煙を立てるほど、温度差があるようだ。しばらく朝の光を楽しむ。
 ホテルの前まで来ている貸し切りバスで、再び小学校へ。日が当たってはいるものの、やはり中は寒い。9時練習開始だが、まだK氏&H氏の常連遅刻組が到着せず。指揮者よりいつものように「罰金1万円!」の指示が飛ぶ…が、「いや、学生へのカンパ3000円を徴収するように」との妙に現実的な指示が出る(笑)。まずは体操で体を温めて、発声。再び練習を続ける。この辺りまで来ると、だんだん形が見えてくる。曲全体を見据えた練習を進めていく。昼食は、昨日のように交代で取る。再びラーメンを食べる。餅入りを頼んだら麺の量も多くて、食べるのに苦労した。食後はやはりバスケットボール。練習の最後には、少しでも響きの悪いところで、と体育館の舞台に並ぶ。指揮者は向かい側の2階部分に上がるが、遠すぎて見えない。「真ん中に…」と声をかけると、柱の向こう側になってしまった(笑)。結局下に降りて、あとはカンで合わせる。やはりよく響いていて、あまり効果はなかったようだ。4時前に、練習終了。後片付けと掃除をする。
 ここからは歩いてホールへ。15分程度か。会場ロビーでしばし待機。ここまで来ると「コンクール」という気分になってくる…と思いきや、案内の女子高生と写真を撮ったりする奴がいたり、集合時間直前にチェアマンの「締め(練習後の)」があったりと、どこまでも常識はずれなのがなにコラのなにコラたる由縁か(笑)。ともあれ、集合から後は流れに乗っていく。着替え場所は、展示室。今回は仕切られているが、1月にはだだっ広いままで練習したところだ。帰りを急ぐので、荷物は入口近くにまとめておく。着替えて再集合だが、また別の受付女子高生と写真をっているIにケリをいれる(笑)。それから中ホールでリハーサル。全曲をやる時間は無いので、課題曲は最初のみ。それから移動して、廊下・袖で待機。いよいよステージへ。
 課題曲は、無理なくかつ自由に。自由曲は、チャレンジを。ところどころ怪しいところもあるが、前へ、前へ。指揮者がときどき歌詞を先走ってしゃべっているのはご愛敬。拍手がちょっと小さいような気もするが、無事に演奏終了。早く帰るグループは、着替えずにそのままホール前に待たせたタクシーへ。たまたま写真撮影がホール前の階段だったので、期せずして皆に見送られながらの出発となる。自分は新幹線だが、時間が押しているので一枚だけ写真に移って、駅へ。途中でタクシーを拾おうと思いながらもうまくつかまらず、結局駅まで歩いていく。道々、同行のF氏と感想を語る。「4位銀賞くらいかな」と語り合う。駅には余裕で到着。お土産を買い、ホームで売店で買った缶のエビスでF氏と乾杯を交わす。さすがにホームも人で溢れている。指定席なので、余裕。F氏に別れを告げて、東京へ。
 東京駅で、発表まで残っていたメンバーに電話。「一位、金賞」に耳を疑う。今年は激戦と聞いていたし、男声合唱でそこまでいけるとは! とにかく、なにコラが一つの節目を築いたことは確かなようだ。

<おしまい>


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