4/1(木)

 7時過ぎに起きる。サマータイムに慣れていないというためか、どうも早く目が覚めてしまう。これも一種の時差ぼけか(^^ ;)。食事をして、研究書を読む。昨日から今朝にかけては、マルクスも帰っているようだ。しかし、本当に月に1回ほどしか部屋で泊まっていない。郵便は2週間に1回くらい見に来るようだが。そのうちに出かけていったようだ。10時過ぎと早いうちにスーパーに行って買い出しをする。イースター休暇に入るので、食品を確保しておいた方が良さそう。午前中なのに、ずいぶん沢山の人が買い物に来ている。イースターの食べ物である「メンマ」も山積みになっている。試してみたい気もするが、スーパーで売っているものはサイズが大きいので、外してしまうと目も当てられないので躊躇する。他にも鶏肉の塊などもたくさん積まれている。イースターのウサギや卵をかたどったチョコレートなどもある。これらのウサギは、かわいくない(^^ ;)。そういえば駅のキヨスクなどでもこういう物が置かれていた。3、4日分の買い物をして帰る。あきちゃんからの新聞の切り抜きが届いていた。

 しばらく家にいてから、ヘルシンキへ出かける。大学本館で食事。今日は多くの授業が休みに入っているせいか、空いている。チキンカツだった。たまたまEOLのオッリ・ペッカと出会い、一緒に食事する。食後は神学部へ。天気は薄曇りで、ちょっと肌寒い感じがある。ずいぶんマイナスの気温にも慣れたのに、今の4、5度でもまた寒く感じるというのは不思議。図書室もガラガラ。しばらく研究書を読む。次の授業の前に、いったんスオマライネン書店に行って雑誌を眺める。音楽雑誌を見たら、サマーコースの案内がまとめて出ているので買っておく。あちこちでずいぶん沢山の講座が開かれているようだ。それから歩いてヴオリ通りへ。コーヒーを飲もうと思ったら小銭がなかった。カフェで飲もうかと思ったら、今日は休日前なのですでに閉まっている。あきらめ。スウェ語の授業では、イースターに関連した言葉についても学ぶ。授業の後、いったんストックマンまで行ってみる。食品売り場にはイースターの食べ物が売っているかも、と思ったが、随分混雑しているのが見えたのでやめ。Alkoで小さな果実酒を買う。ここも沢山の人。駅に向かい、途中でティーマリに立ち寄る。イースター飾りが沢山置いてある。ひよこやウサギなどが中心になるようだ。家では飾り付けをするそうだが、道から見ている限りではあまり分からない。クリスマスほど盛り上がるものでもないようだ。電車に乗って帰る。もう5時過ぎ。いつまでも明るいので、ついつい長居してしまう。家では本読み。ちょっと眠くなるので少し寝る。気がついたら8時半くらい。まだまだ明るい。シャワーを浴びて、カップうどんとミートボールで食事にする。メールを見たら、レポートは昨日届いた、という確認のメールが来ていた。カナダ宛の最速で約6日と行ったところか。Alkoのカタログを見ていたら、フィンランディア・ウォッカのパイナップルとクランベリーはもう載っていなかった。生産中止かもしれない。早めに確保しなければ…。

4/2(金)

 8時に目覚める。薄曇りでプラス2度くらい。朝食を済ませて、日記書き。それから研究書読みに取り掛かる。そのうちに日も差してくる。今日は休日のせいもあって、なんとなくのんびりした雰囲気がある。向かいの林で何か動くものがあるのに気づく。双眼鏡を取り出してみてみると、やはりリスであった。そろそろ雪が解け始め、地面が見えてきているところに来て餌を探しているようだ。この辺りでもリスが見られるとは知らなかった。昼食にはカップうどんとリンゴ。お昼くらいから、いまいち体調が良くないことに気づく。少し冷やしたのかもしれない。時々昼寝をする。何度もよく眠れるので、やはり疲れているのかも。夜には出かけようと思っていたが、大事を取って家にいることにする。起きては本を読み、また寝る、を繰り返す。6時に気がつくと、日光が差し込んでいる。やっと夕焼けがはじまったところ、という時間。これは9時まで続く。夕食は、缶詰の肉スープを食べる。ちょっと味が濃いのだが。休暇中は学食もすべて休みなのがちょっとつらい。のんびりとしているうちにもう10時になる。暗くなり始めてからが夜、という感覚でいると、本当に夜が短くなる。

4/3(土)

 7時半過ぎに起き出す。晴れていい天気。プラス3度くらいの気温。朝食を食べてから日記を書く。メールをチェックするが、今日のヤルノのところであるというパーティーについての詳細は未だに流れてこない。キャンセルになったのかと思う。午前中は研究書を読む。文字ばかりだとどうも疲れる(^^ ;)。ヒーパッカも部屋にいるが、一度トイレに立ったらまたもや切った髭がちらばったまま。いいかげん腹が立つが、週明けには警告文も届くはずなので放っておく。お昼ころにメールをチェックすると、ヤルノからパーティーについてメールが来ていた。7時から自宅でだとか。彼の家はヘルシンキ西部にあるので地下鉄で行ける。念のため時刻表で調べておく。昼食の前にスーパーへ行き、手土産を少し買っておく。昼食はカップそばと、買ってきた牛の照り焼き。ちょっと表面が固くて味が濃かった。午後も本読みを続ける。時々ベットに転がっては、また本を読む。しかし思ったほどは読めない。妻から電話が2回ある。

 6時の電車で出かける。そろそろ夕焼けが始まったかな、という空模様。ヘルシンキまで行ってから今度は地下鉄に乗る。ずいぶん空いている。途中からは地上を走るようになる。湾をわたるところでは、海がもうかなり溶けているのが分かる。ミュリュプロで降りる。地図は事前に頭に入れておいたので、特に迷わず行ける。郊外の団地街、といったところ。ほぼ約束の7時に部屋のベルを鳴らすと、女性が出てきたのでお互いにちょっと驚く。「ヤルノはいるか」と聞くと、そのまま通してくれる。すでに7、8人来ている。今日は何人くるかも聞いていなかった。手土産を渡してビールを取り、話の輪に加わる。部屋は1LDKでわりと大きい。多分こちらで標準的な独身者マンションといったところか。本棚には日本に関する本も幾つかある。オーディオもいいものが揃っている。こっちでは買うと高いだろう、と聞くと「ちょっと高い(笑)」という返事。

 集まっているのは、基本的にヤルノの知り合いということらしい。後で聞いたところでは、これだけ集まるのはこれが最初だとか。今日フィンランドに来たばかりというアイルランド人の友達というのも来ている。彼は当然フィン語はできないが、彼の英語も聞き取るのが難しい。いわゆるアイルランド訛りというのか、母音にすごく癖がある。聞き取りづらいのは他の人にとっても同様のようだが。

 たまたま合唱をやっている、という話になったら、先ほど玄関で顔を会わせた女性も歌っているとか。ドミナンテで2年、その前はタピオラ合唱団にいたそう。4、5年前には日本にも行ったとか。また松原千振氏も知っているといい、非公式な形での副指揮者だったという。どおりで初耳のはずだ。ヤルノも今はさっぱりだが、その昔は児童合唱団にいたらしい。しばし合唱の話題で盛り上がる。その間にもビールを何本か飲むが、やはりおつまみというのはほとんど置かれていない。みんなおしゃべりしては飲む、という形。もっとも、あればあったでつまむようだが。缶でビールを飲んでいた時に、日本での習慣で缶をつぶしたら、「つぶしたらお金が戻ってこないよ!」と言われてあわてて元に戻す(笑)。

 そのうちにお腹も空いてくる、ということで一人がピザを買いに出る。その間にもぼつぼつと新しい人がくる。総勢では11人くらいになった。うち一人は日本語が上手で、聞くと高校時代に桜美林に1年留学していたとか。それからはツアーのガイドをしたり、留学生の窓口になったり、はたまた剣道をしているそうでその先生の通訳をしたり、とかでずっと日本語を使っているらしい。少なくともこちらのフィン語よりははるかに上手である。彼女とはいろいろ日本の旅行者、日本の英語学習について議論?をする。ガイドをした経験では、日本人旅行者は現地の文化に触れようとせず、ただ買い物をすることだけを考えている、とか。いわゆる「ツアー」に加わらずに旅行をする、特に若者たちはそんなことはない、と反論する。また英語については、大学の試験になぜ共通して英語が必要なのか、と。英語は試験するようなものではなく、道具であり、それができなければ課題の本も読めないのでフィンランドでは大学を卒業することはできないのだから、わざわざ入学試験にいれる必要はない、と。これは面白い指摘かもしれない。また高校で学んだ経験では、日本での英語の教え方は古い、とも。フィンランドでは小さい頃からテレビや映画で慣れ親しんでいるから、小学校で学び始める時にはすでに簡単すぎると感じるとか。この辺は文化のあり方にもよると思う。「やはり日本は島国文化を抜けきっていませんよ」といわれるとうーむ、となる。

 夜が更けてきたので、隣の人達に迷惑になるから、バーに行こう、という話になる。11時。近所のスーパーなどがあるところにバーもある。またおしゃべりとビール。しかしみんなよく話す。こういうのは全世界共通というか、一晩中話していてもネタが尽きない、という感じ。新しく到着した女性と、先ほどの合唱団の女性とは重唱を始める(笑)。二人ともタピオラにいたようだ。「そうそう、こんなのも歌ったよ」と、「青い花、白い花」を日本語で歌ってくれた。またここにはビリヤードの台もある。5FIMをいれると玉が出てくる、という仕掛け。フィンランドではナインボールのほか、エイトボールというのも普通だとか。話を聞いても、1ゲーム見てもよくわからない。次に実際にやってみることにしたら、ローテンションと同じ15の玉を使い、一人は1から7までの玉を、もう一人は9から15までの玉をそれぞれ順不同で落としていき、自分の分を全部落としてから最後に8を落とせば勝ち、とか。なるほどというゲーム。しかし日本では聞いたことがない。このゲームは自分が勝った(^^ )。

 しばらくいてから、終バスで中心部まで出よう、ということになる。バスに乗って、ヘルシンキ駅前まで。そこから歩いてどこにいくのかと思ったら、Zetorだった。土曜の夜ということもあってずいぶんな混み方。ビールを手におしゃべりする。飲み物を買いに行っている間に時々仲間を見失うが、なんとか発見することができる。幸いわりとよくかまってくれるのでありがたい。店の奥ではDJもしていて、そこはダンスの場所になっている。慣れてくるとなかなか面白いところである。しばらくダンスをしてから、ぼちぼち帰ろうということになる。3時前。いったんタクシーに載ってヤルノの家に向かう。いくらベンツでも、後ろに大人5人はきつい(笑)。わりと早く到着するが、自分はそのまま家に向かうことにする。ヤルノに挨拶して、また走ってもらう。この運転手はわりと気さくな人で、2、3の日本語の挨拶も覚えている。少し話しながら行く。家のすぐそばまで行ってもらい、手持ちの現金は不足していたのでカードで支払う。120FIM弱。レシートにはちゃんと走行距離も出ている。家に入ろうとしたが、気分が悪くなったので外で少しもどす。といってもアルコールくらいしか出てこないが。それから家に入る。もう4時前。寝る前にメールだけチェックする。

4/4(日)

 朝に気がつきながらも、ごろごろとしていつまでも寝ている。窓の外は明るい。いいかげん起きようと思ったら、もう12時だった。いったん家の外に出てみる。日向は暖かい。日陰はやはり冷たさがあるが。親子が家の倉庫から自転車を出してきていた。もう町には自転車をよく見かけるようになってきている。珍しくヒーパッカが部屋の掃除をしている。たまにはちゃんとするのかと感心していたが、あとでは帚も出しっぱなし、台所には汚れた食器がそのまま置いてあるだけ、と却ってこちらの邪魔になることばかり。昼食を食べてから胃腸薬を飲む。そんなにしんどくもないし昼からは普通にしようと思ったが、起きていると気分が少し悪くなる。ので、結局午後はほとんど寝ている。6時くらいにまた起きだして、やっと活動を始める。シャワーを浴びてさっぱりし、食事。これはまたカップラーメン。リンゴやヨーグルトなども食べ、気分を早く直すようにする。それから日記書きも始める。ちょっと遅いかと思いつつも妻に電話する。日記を書き終えたのは9時くらい。あとは本読みを少しする。11時過ぎに寝るが、さすがに昼間に寝過ぎたのでなかなか寝付けない。かなり長い間ごろごろしていた。

4/5(月)

 8時に目が覚める。いい天気。気温はマイナス3度とちょっと冷えこんでいる。雪も少しずつとけだし、地面がだんだん見えるようになってきた。朝食を済ませると、日記を書く。出かけない日は書くことも少ない。家にいると少し退屈なので、つい何度もメールをチェックしてしまう。午前中から研究書読みをする。自分の研究メモもつくらなければならないが、読みかけの本があるとまた気になるので先に読む…といっていつも後回しになってしまうのだが。しかし後2回くらいしかこちらの先生には見てもらえないので、早めに用意しなくてはならない。昼食は缶詰のストロガノフ。鍋で温める。食べてみるとそのままではちょっと辛め。やはり缶詰のせいだろう。パンにつけて食べる。

 午後は出かけるかどうか迷うが、特に用事もないし、定期が昨日で切れているので明日買った方が来月の1日分得をするから、やはり家にいることにする。ラテン語の予習と、研究書読み。昼下がりにスーパーへ買い物に行く。この頃には薄く雲がかかってきている。気温は6、7度と暖かい。スーパーの前には大きな古紙回収箱が置いてある。見ると、新聞と雑誌、牛乳パックなどの食品類の空き箱、その他、という感じで別れている。日本とは分類のしかたがちょっと違うようだ。スーパーの果物売り場では、パイナップルが並んでいる。意外とポピュラーな果物らしい。ちょっと不思議な気もするが(笑)。帰ってからラテン語の訳に取り掛かる。2時間ほどで完成。それからシャワーを浴びて夕食にする。またカップそば(^^ ;)。しかしもう残りも少なくなってきた。週日は外で食べることが多いので、どうしても週末に集中して食べることになる。ぼつぼつ残っている食べ物も整理していかねばならない。夜中まで本を読んで、寝る。

4/6(火)

 目が覚めると8時。気温は0度ほどだが、霧がかかっている。こういうのも久しぶりに見る。朝食を食べてからメール読み。妻からのメールで、自分宛に出した荷物がもう届いたことを教えられる。エコノミーなのに実質1週間なので驚き。今はそんなに郵便が空いている時期ということもないと思うが。午前中は研究書読み。見込みのありそうなものはコピーを取り、また後で続きを読むことにする。そろそろあせり?も出てきた。神学部の図書室は良く目を通しているし、読んでおいた方が良さそうなものはだいたい見たと思うのだが。どこだとしても、1ヶ所ですべての本が揃っている、というのは期待しない方がいいと思える。郵便では、妻からの葉書が来た。イースター休みを挟んだのでだいぶ遅れての到着。日本だと3日くらい休みが続くと1回は配達があるものだが、こちらではそういうことは一切ない。11時半に出かける。今日は定期を買わねばならない。スーパーのATMでお金をおろそうかと思ったが、ずいぶん人が並んでいるようだ。あまり電車までの時間もないし、そのまま駅へ。カードで支払うことにする。領収証は切符と同じ台紙に印刷されてくる。普通に現金で支払う時にはレシートは出てこないが、カードで買う時にはもらえる。この切符の期限は5/6まで。30日有効、と考えるとちょっとおかしな気がする。これだと今日を入れたら31日間になると思うのだが…。今日検札にあったら怪しまれるかも(^^ ;)。そのままヘルシンキへ向かう。

 雨でも降りそうな空模様。大学本館に行って食事をする。まだわりと空いているのは、授業が休みのところが多いせいもあるか。今日はメキシコ風のシチューといったもの。ちょっと辛め、という程度だが。食後は神学部に行く。コピーを取り、本棚を眺めて見ておくべき本を探す。これはぜひ、というものは少ない。これは当然あるだろう、というような本がなかったりするので意外に思うことも多い。原典テキストなどでこれは欲しい、というものも多いが、そういうのは大冊のことが多いので不可能(^^ ;)。まあ昔ほどヨーロッパに来るのも大変ではないし、また必要な時に調べに来たらいいか、というくらいの気持ちでいるしかない。研究書を読んでいても、引用文献に上がっているものはすでに読んだものであったりすることも多くなってきた。もっとも、そんなこと書いてあったっけな、ということも少なくないが(^^ ;)。4時半まで読書。

 今日は久々にYLの新人練習に顔を出すことにする。ちょっと雨がぱらついている。途中でお金をATMで引き出すが、ついに残高が3桁になる。4時半に練習場へ行ってみるが、誰もいない。しかもピアノもない。大ホールを覗いてみると、演奏会らしき準備がされている。そこにおいてあるピアノが、いつものピアノらしい(^^ ;)。いったん外に出て、スオマライネン書店で立ち読み。しばらくしてから再び行くと、今度は「別室で」という貼り紙がある。そちらに行くと3人ほどがいた。土曜日のパーティーに向けて、酒飲み歌とセレナーデをさらっていく。歌詞さえ読めれば難しくはないのだが(^^ ;)。でも聞き覚えのある曲は随分増えた。最終的には10人弱が集まった。6時前に終わる。

 少し時間があるので、いったん外に出てお菓子を買って戻ってくる。じきにマッティ・ペロがやってきて、発声が始まる。今日はストレッチをわりと丁寧にした。「明るい声で!」という指示が飛ぶ。発声の後でマッティが入ってきて、練習が始まるかと思いきや、幹事長のミッコが例のハンマーを持って出てくる。臨時総会ということで、内容は土曜日の創立記念パーティーの場でのバッジ授与について。10期以上、また特別に貢献した人に贈る特別バッジについての決議。最初はラウリが外に出るように指示され、ミッコから彼のYLでの経歴について説明があり、出席者に質問を求める。「異議なし」で即決。他にも3、4人について同じように決議がある。パーティーの席上でバッジが贈られるようだ。

 それから練習が始まる。レコーディングに向けてのパルムグレンの復習。わりと細かな指示が飛ぶ。やはり演奏会向けとレコーディング向けの練習は質的にも異なる。まあ、演奏会に乗せて大体の形が出来上がっているからということもあるのだが。休憩になった時に、ヨハンネスが声をかけ、土曜日のパーティーに自分の妹?が来るのだが、その相手役になってくれないか、との頼みを持ち掛けられる。外国人である自分に頼むとはよほど困っているのかな、と思うが、念のために彼女の方は私でもいいのかねえ、と聞くと「なぜだめか?」というので、OKしておく。会費などはヨハンネスが持つので懐は痛まない。

 ふと周りを見ると、新人連中が問題に取り組んでいる。音楽理論の試験は休憩中に行われるのだった。マッティから問題をもらって、解答を始める。音名、音程について、スケールを書く、指定された和声を書く、音楽用語の説明、楽譜の小節線を区切る、音楽記号の説明、といった内容。説明などは、フィン語と英語とごちゃごちゃで書く(^^ ;)。しかも日本語では分かっていても、英語でどういうのか分からないものも沢山ある。また日本語ですらはっきりした定義を知らないものもある。音名も英語ではどう説明したらいいのか知らない。30分ずっと考えていたが、結局全部解答できなかった。ちょっとショック。後半もまたパルムグレンの続き。9時半過ぎに終わる。

 今日は、「ラッピ・グループ」というのについていく。多くが練習の後に集まるレストランと聞いている。食事ができるかな、と思っていたら、去年に来た時にも連れていってもらったバーだった。奥の部屋がカーテンで仕切られていて、専用になっている。各自ビールを買い、長いテーブルを囲んで座る。今日は20人近くだったので、テーブルがいっぱいだった。飲みながら雑談などをする。エスコに今週末のパーティーについて聞いたら、基本的にはクリスマスの時と同じようなものだそうだ。しかし団員は燕尾服、女性は夜会服ということだそうな。特におじさんたちが集まる、というわけでもないらしい。そのうちにも、ぼつぼつと帰る人がいる。このあたりはやはり西洋流というか、お付き合いで居残る、ということはなくてさっさと帰っていく。また今日の練習中に、ホールの方から合唱が聞こえてきていたが、あれはノルウェーから来た合唱団だったそう。ちらと聞こえたのではなかなかのものだったが、直接聞けなくて残念。

 電車の時間を見て、ビールを飲み終わったところでこちらも帰ることにする。もう雨は降っていないが、また霧がかかっている。電車の中で楽譜を眺める。少しは歌詞を覚えて、週末にはちょっとでもまともに歌えるようにしたいのだが。どうも静かだな、と思っていたら車内放送が全くなかった。家に帰ったら11時過ぎ。メールだけ読んでから早々と寝る。

4/7(水)

 目が覚めてもちょっと暗いので、まだ早いのかな、とうとうとしていたら、洗濯機の回る音が聞こえてくる。ということは8時は回っているということなので、起き出す。0度ほどの気温。食事をしてメール書き、日記書きをする。それから部屋にある広告類の整理。音楽関係の、日本に持って帰りたいものとそれ以外のものを分ける。音楽関係だけでもちょっとした量になってしまう。しかもいい紙なのでなかなか重い。そうこうしているうちにもうお昼になる。チョコレートを少しかじってから出かける。道路にはもう雪はない。撒かれていた砂利が散乱している。電車に乗ってヘルシンキへ向かう。窓から眺めていると、道の半分だけ奇麗に砂利がなくなっているところがある。ちゃんと掃除するようだ。

 大学本館で食事にする。まだそんなには混んでいない。今日は鳥、と思って頼んだら、足だった。からしソースがついている。肉を外すのには特に困難はなく、十分に楽しめた。食後は神学部へ行く。しばらくまた書架を眺め、幾つかを手にとって吟味する。適当なところで、自分の研究に取り掛かる。が、愛用のペンが不調。どうも朝に落としたのが原因らしく、インクが出てこない。まだ新しいのにもったいないが、これではどうしようもない。破棄して、新しいのを買いにポルタニアへ行く。ペン類はほとんどが日本製。さすがというべきか。また図書室に戻って、勉強を始める。始めれば始めたでたくさんの問題が出てくる。いろいろ考えるべきことも多い。わりと早く時間が経つ。

 6時前にEOLの練習へ向かう。エスプラナーディ公園も、雪が残っているところの方が少なくなってきた。まだ木は丸裸のままだが。練習はいつもの通り発声から始まる。今月末に演奏会ということなので、今日を入れてあと3回しか練習がない。なんと無茶な、という感じがする(^^ ;)。5月末にも演奏会があるので、そこまでしてやらなくてもいいのに、と思うのだが。歌う曲についても説明があるが、半分近くはまだほとんど練習していないもの。困ったもんだ。まあ全員に新しい曲というのは少ないのだが、とはいえ新しいメンバーには大いに負担になる。しかしパレストリーナからマドリガル、現代フランス、フィンランドとずいぶん多彩なプログラムである。9時に終わり、駅まで歩いていく。少し霧雨が降っている。電車に乗って帰ると10時前。シャワーを浴びて夜食にラーメンを食べ、メールを読む。12時前にもう一度メールを見てみたら、妻からの分が届いていた。

4/8(木)

 8時に目覚める。ちと眠い。今日は久々に授業なので、早く行かねばならない。朝食を食べ、メールを読んだら、そろそろ出かけなくては。いい天気なので外を歩くのが気持ちいい。大学に着いても、まだちょっと時間がある…と思うと、コーヒーが飲みたくなる。学食のカフェでコーヒーを飲みながら、辞書を引きひき「100」を読む。そろそろ冬の間は休みだった街路の清掃が始まるとか。そういえば見掛けなかった。今年は雪が溶けるのも早いので、例年よりも早めのスタートだとか。それから教室へ。今日は机の配置が変わっていて、囲む形になっていた。たまには前に近い方に座る。試験についてもいくつか説明がある。結局テキストの範囲は21章まで。残り4章はほとんど使われない事項でもあるし、問題はないのだろう。しかし語彙に制限はないので、まだまだ強化する必要がある。

 授業の後も、まだそんなにお腹が空かないので、神学部に行って少し勉強する。やはり大学にいた方が、資料がすぐ手にとれるのではかどる。家だとこうは行かない。1時半過ぎにヴオリ通りまで行き、ここの学食で昼食にする。今日は鳥のリゾットを食べる。しかし「焼き飯」といったほうがぴったり。水気も少ない。2時過ぎからスウェ語。結局8人で定着したようだ。フィン語にしてもスウェ語にしても、もう残りの回数は数えられるほどになってきた。それだけ試験も近いわけなので、少々あせる(^^ ;)。授業後はまた神学部に戻って勉強。今日はだいぶはかどったように思う。夕方になって日光が差しこんできた。部屋の中ではセーターを脱いでいたが、この感じでは外も十分暖かそうだし、6時半くらいにセーターは鞄に入れて外に出る。特に問題はなさそうだ。

 トラムでオペラ座へ向かう。幸いトラムもすぐ来たので、ちょっと時間があるな、と思ってまたヘスペリア公園を通り抜けていく。前回はまだまだ雪がたくさんあったが、今日は芝生のところくらいしか残っていない。歩道などはすっかり奇麗になっている。テーレ湾沿いの道は舗装されていて、歩道と自転車道に別れている。まだまだ明るいので、散歩する人やジョギングしている人も多い。オペラ座に入ると、今日はバレエ公演ということもあってやはり小さい子供も多い。4、5歳くらいの子供もたくさん来ている。女性客の方が数としてはかなり多いように見える。いつものように3階席へ。今日は初演から2日目ということもあって、ほぼ満席の状態。

 今日の演目はチャイコフスキー「眠れる森の美女」。フィン語のタイトルは「バラの王女」、英語タイトルはSleeping Beautyとなっているのでややこしい。全体としては、音楽に緊張感が欠けているように感じた。もともとの曲のせいか、あるいは指揮のせいか、ちょっと間延びしたところがある。前回のプロコフィエフの印象が強烈だったからかもしれない。ソロのバレエでは1回ずつ拍手を取る。3幕目などはソロが続くので、拍手だらけ(笑)。主役の男性は客演ということだが、素晴らしい動き。ブラボーも飛び交う。おかげで主役女性すらかすんでしまうほど。最後に近いところで、スピンを繰り返しながら舞台を2周したのはすごかった。よく目がまわらないものだ(^^ ;)。しかし子供が多いせいか、客席からはおしゃべりが聞こえたり、椅子がばたんばたんいう音がしたり。聞く環境としてはあまりよくなかった。9時半と、予定表どおりに終演。

 トラムも丁度いいのが来て、駅ですぐ電車に乗れた。家に帰ると11時半前。HOASから、契約終了に関する手続きの案内が来ていた。しかし5月分の家賃の振り込み用紙がないのはなぜだろう。メールの返事など書いていたら1時になってしまった。現在同志社に来ているフィンランドからの留学生ともコンタクトが取れたので、帰国するのが楽しみ。

4/9(金)

 9時前に目が覚める。ちとだるい。今日は曇り。洗濯の予定表を見に行ったらちょうど空いていた。今日で洗剤が尽きる。いまから新しいのを買うのもばからしいので、以後数回は普通の液体石鹸を代用することにしたい。朝食を食べて日記書き。さすがに日記書きも疲れてきたのか、最近はいつも次の日回しにしてしまう。それが終わってから、11時過ぎに出かけることにする。日一日と、道の雪が溶けていくのが分かる。すこし風がある。「100」を読むと、冬眠から目覚めた熊が人里にも現れるようになったとか。春である。

 ヘルシンキについて、まずはチケットセンターへ。バレエの切符を探す。最初にクラスについて何も言わないと、高い方から空きを説明してくれる(笑)。一番安いものはなかったが、学割で次に安い席を取る。2階バルコニーだが真ん中に近い方で、こういうところが残っているのは意外。それから大学に向かう。今日は最初の聖書翻訳者アグリコラの日で、国旗があちこちで掲げられている。真ん中に国家の紋章が入っているのは公的機関の印。大学、省庁、市役所などに上がっている。風があるので、強くはためいている。大学本館の食堂は混んでいたので、社会科学学部まで行く。途中で古本屋によるが、特にこれといったものはない。合唱団関係の記念誌などもいくつか置いてある。昼食は豚のカツ。最近心なしか、食べる量が少し減ったような気がする。

 食後は神学部に行く。まずはテストの結果を見に行く。幸い、3といういちばんいい成績だった。しかし今回のテストでは合格者は3人、不合格が4人などと随分厳しい結果になっている。採点者のそれについてのコメントも書かれていた。図書室で研究について少し考えるが、とりあえず前回からの宿題についてはほぼ煮詰まってきた。文章の形にして、先生たちに見せた方が良さそうだ。他にも行くところがあるので、早々に引き上げる。まずはスラソルへ。途中で古本屋に立ち寄る。少し古い、小さなフィン語の楽典があった。10FIMなので買っておく。以前には見掛けなかったと思うが、気づかなかっただけかもしれない。YLの試験に出ていた音名などもちゃんと書かれていた。スラソルでは頼まれたいた楽譜について調べるが、どうもそれは入手できないらしい。他にもエストニアものなど、いくつか気になる譜面があるが、まとめて免税で購入したいのでまた次回に。スラソルの廊下には、各合唱団の記念誌なども置かれている。駅へ向かうが、途中で前にも来たことがある古本屋に入ってみる。音楽関係のところを見てみたら、買うつもりにしていた男声合唱曲集を見つける。新品だと160FIMくらいのところだが、まあまあ奇麗で35FIM。これはラッキー。こういう楽譜が古本屋に出まわるところに、伝統というか普及度を感じる。他に、スヌーピーのフィン語版があったのできれいなものを一冊買う。これが20FIMなので、楽譜との差を感じる(笑)。今度は駅へ。郵便局で小包用の段ボール箱を買って、電車に乗る。

 コイブキュレでスーパーに立ち寄ってから家に帰る。4時半くらい。さっそく、先程買ったスヌーピーを読んでみるが、どうも変。よく見てみると、名前がみんな変わっている(^^ ;)。スヌーピーがRessu、チャーリーブラウンがJaska Jokunenといった具合。他の名前も全てフィン語風になっている。シュレーダーがAmadeusになっているのはちょっと…(^^ ;)。固有名詞まで変えてしまうというのはなんとも不思議。こうなると、他の国の翻訳ではどうなってきるのかが気になる(笑)。昼間外に出ていて、家に帰ってくるとなかなか勉強が手につかない。ちょっと疲れているのかもしれない。6時過ぎにシャワーを浴びて食事。おかずを買うのを忘れていたので、カップうどんとリンゴになってしまった。食後もまぶたが重く、うだうだとしているうちに夜が更けてきてしまう。妻からのメールを読んでから、11時過ぎと早めに寝る。

4/10(土)

 目が覚めてもベッドでごろごろしている。なかなか起きられない。やっと起きだしたらもう9時半。晴れていて外は明るい。朝食を食べて日記書き。いまいちまぶたが重いので、目薬を注す。書き終わった頃にはもうお昼になっている。お昼には別のものが食べたかったので、買い物に出る。ついでに古紙も集めて、スーパーにある回収箱へ持っていく。だんだん部屋の中のものが少なくなってきた。外に出ると、実にさわやかな天候。何ししようかとしばし考えるが、冷凍のソーセージスープを買う。結局買ったのはこれとチョコレートだけだった。家に帰って、それを食べる。400gというと多いような感じがするが、やはりちょうど一人分といったところ。具もたくさん入っていていいのだが、家では保存できないのが残念なところ。買い置きということができない。紙箱に入っているので、そのまま置いておくことはできない。

 午後には日光が部屋の中に差し込んできてまぶしいくらい。今日のパーティーに備えて、いくつかの今日歌うであろう歌について、歌詞のカンニングペーパーをつくる(笑)。メロディーはだいたい覚えているので、歌詞だけで十分。書き終えてから、7時からだからまだ時間があるなあ、店の場所を確認しておくか、と予定表を見たら、なんと6時から開始になっている。このときすでに4時半。もうちょっと気づくのが遅かったらやばいところであった(^^ ;)。燕尾服を出してきて、出かける用意を始める。燕尾服を着るのもこの留学ではもう最後かもしれない。先日手に入れた小さなメンバーバッジをつけていく。出かける前に温度計を見たら14度になっていた。暑いかな、とおもうが、燕尾のままで歩いていくわけにもいかないので、コートを着ていく。外に出てみたらそう暑くもなかった。持っていくものもないので、手ぶらで出かける。5時半前の電車で出かける。時間があったので、反対側の電車に乗ってレコラまで戻り、そこからヘルシンキ行きに乗る。こちらの駅のほうが空いているので乗りやすい。まだまだ明るく、快晴。ヘルシンキでは11度。歩いて会場へ向かう。

 大学からも近い、ペロッシというレストラン。案内によると、ここは普通のレストランではなく、パーティーなどのみに使われるところだとか。道に面した入り口から奥に進むと、中庭がある。屋根がついていて、ちょうどウェルカムドリンクを受け取るところになっているようだ。建物自体も古く、1911年という刻印がある。すでに高級そうな雰囲気が漂っている。6時10分ほど前についたが、まだ来ているのは数えるほど。ちょっと意外。コートをクロークに預ける。ここは無料。まだレストランホールは準備中、ということらしい。しばらくうろうろとして待っている。柱に座席表が貼ってあり、招待客や合唱団の要人は席が決まっている。それとは関係なく名前があるテーブルは、たぶん料理に特別な注文がある人達だろう。ここいらも配慮が細かい。そのうちに人が集まってくる。夜会服とは聞いていたが、なるほどというところ。ピックヨウルのときとそんなに変わらない気もしないでもないが。今日は暖かい日なので丁度いいのかもしれない。燕尾服は暑い(笑)。ヨハンネスと彼女と、それから彼の姉のロジーナさんもやってくる。いちおう今日はこの人のお相手、ということになっている。幹事のミカが受付をやっているので、今日の会費を支払う。それからまた中庭に出ると、ウェルカムドリンクを配り始めていた。スパークリングワインか。来る人達を挨拶を交わしながら、レストランが開くのを待つ。たまにずっと年長の人もいるが、ほとんどはいつもの顔ぶれなのでちょっと安心。ずいぶん年配らしき人から「日本人かい」と声を掛けられる。「チフルを知っているか」といつもの質問がくる。「わしが初めて見た時には彼はバリトンの後ろの列にいてね…」と昔話をしてくれる。しばらくしてから、前の幹事長であったプスカが歓迎の挨拶をする。今日は幹事長のミッコは来られないらしい。それからレストランへと順次入っていく。

 席は基本的には自由なので、空いているところに座る。近くにはセバスチャンやタピオラのミッコが座る。前ではバンドが演奏しているので、おしゃべりするにはちょっとうるさい。本格的にセットされたテーブルで、小さな印刷された今日のメニューが置いてある。前菜とメイン、デザート。これが130FIMというのは安いのか高いのかよくわからないが、安いような気がする。ワインが注がれる。赤と白があって選べる。特に一斉の乾杯などはしないで、テーブルごとに飲み始めている。前菜が運ばれる。生鮭を基本にした丸いもの。これも自由に始める。ロジーナさんは今はトゥルクにいて混声合唱団で歌っているそうだが、そこではパーティーでも席は自由だし、最初に歌で乾杯がある、と驚いている。たしかに、これはずいぶん伝統的なやりかたかもしれない。といっているところで、マッティが立ち上がり、メンバーは全員起立してYLマーチを歌う。これは覚えていないので適当に歌う(^^ ;)。そういえば歌詞には「一人一人が王様である」という部分があるが、先ほどのプスカの挨拶でもこの言葉が出てきたし、普段のマッティやその他の人たちの話の中にもよく聞く言葉である。YLメンの誇り、といったところか。

 しばらくするとメインが運ばれてくる。牛のステーキに、野菜ハンバーグ添え。おいしく頂く。そういえば、こういうところでは主食に当たるパンやポテトは出てこないように思われる。大食漢のフィンランド人達がこれで満足するとはとても思われないが(^^ ;)。その合間にも、あちらこちらから酒飲み歌が始まる。これらは座ったままで歌われる。歌詞のメモが役に立つ。これは回りの面々からも「それはうまいやりかただ」と誉められる(笑)。セレナーデを歌う時には起立して歌う。一通りメインが終わったところで、バッジの授与が行われる。YLのメンバーバッジ、名誉バッジなどが贈られる。彼らに対しては「歌え、歌え」のコールがかかり、1曲ずつ歌うことになる。また少しあとにはラッピグループのメンバーバッジの授与も行われる。また今回のプログラム担当はトップなので、彼らが前に出て、主にセレナーデから少しずつ旋律を歌い次いでいく、というのがある。いまいちだったりすると「次!」と声がかかったり、途中で音を取り直したりと、笑いが絶えない。それからデザートがなかなか来ないので、みんなうろうろしだす。

 だいぶ経ってから、またみんなが席に戻ったところでデザートが配られる。ベリーのシャーベット。冷たいデザートは嬉しいところ。それからコーヒーが配られる。それで食事は終り。デザートが終わったテーブルには、灰皿が配られる。食事中は禁煙、ということになっているようだ。ここでふたたびトップのアトラクション。メンバーから何人かを前に呼び、いろいろ質問していく、ということらしい。ちょっと離れているので、いまいちよく様子が分からないのが残念。質問の内容もいまひとつ理解できない。が結構みんな受けているので、内容的には面白いのだろう。この間に、バーへの扉も開かれ、めいめい飲み物をとりに出て行く。一通りのプログラムが終わったのがもう11時過ぎ。それからはレストランの前のフロアを使って、ディスコタイムになる。ダンスといっても、みんなめいめい好きなように踊っている、というものなので気楽。適当に仲間に入って踊る。1クールが終わったところでバーで飲み物をとり、おしゃべり。いろいろと話をするのはやはり楽しい。イスラエルに行っていたというラウリのお姉さんと話すと、自分と同い年であることが分かったりする。ということはラウリは自分よりも若いということになるが、それも知らなかった。多くのメンバーは自分よりも若い、というのはちょっと意外な発見になる。見た目はそうでもないのだが(笑)。テームは去年の9月に結婚したばかりだということも発見?する。「日本とのコンタクトがあるのは実にいいことだ、帰る前にはYLの資産をもってかえって、日本に紹介してくれ」と言われる。

 この辺りからぼちぼち帰る人も出てくる。もう12時だから、当たり前といえば当たり前だが。しかし若いメンバーを中心にしてまだまだ沢山いる。おしゃべりと、ダンスと酒とがYLというか、フィンランド人の楽しみ方のように思える。ときおり歌が始まる。みんながポケットから音叉を取り出しては音を取る。酒飲み歌や、セレナーデ。たくさん持ち歌があるなあ、と感心する。そのうちヨハンネスたちも帰るということで、挨拶をして失礼する。こちらはまだまだ残る。ダンスは1時くらいで終り。最後で、テーブルに座っていたら「いっしょに踊りましょうよ」と声を掛けられるのでご一緒する。あとで同期のトップのテームが説明してくれることには、こういう場でのダンスの相手というのは別にどうといったことはなく、いっしょに楽しむためのものであるとのこと。確かに見ていると、自由に相手を探している人も多い。こういうのにはいまいち慣れないし、外国人という引け目もある。まあ合唱団のメンバー関係者であるわけだから、それだけましともいえるのだが。ダンスが終わったところでレストランの方は閉じられ、皆はバーに移動する。2時前にバーも終り、最後にマッティの指揮でフィンランディアをみんなで歌う。それから外へと出て行く。中庭で何か集まっていると思ったら、女性たちがバルコニーのようなところへ上がり、男性陣は下からセレナーデを歌う、というのをやるそうだ。「ユタカも来い!」というので歌に加わる。幾つかは覚えているし、怪しげなものも多い。しかしさすがにもうこの時間では、夜会服でバルコニーは寒そう(^^ ;)。3、4曲歌っておしまい。

 ここで帰るとまだ電車があるが、次に行こう、という面々がたくさんいるので、こういうのも最後であろうし、ついていく。お目当てのカッペリはもう閉まっていた。「開いている店はどこだ?」と議論になる(^^ ;)。あちこちさまよって、結局VANHAに行くことになる。入り口には待つ客の列が出来ているが、どういう風にしたのか、別の入り口から入っていくことができる。バーでまたおしゃべり。ショットグラスでなにやら緑色のリカーを渡される。飲んでみると甘い。「サルメッキなんとか」というのでいちおう理解は出来る。しばらくはバーにいたが、そのうちトップのトンミが練習室の鍵を探してきたようで、みんなで2階に移動する。ここで残っていたのは10数人。音を取っては歌っていく。歌ったことがないものも多いが、CDなどで聞いた覚えがあるものもある。下の門番がやってきて、もう入り口を閉める時間だ、という。4時過ぎ。それでみんな出て行く。

 外は小雨が降っている。とりあえず歩いて、ソコス前のタクシー乗り場へ。待つ人の列が出来ているが、タクシーもわりと流れてきているので順調に進んでいく。バリトンのユッカが、どの方向に行くのか、と聞いてきたが、残念ながら違う方角だった。しかし、彼らは話のどさくさで列の中の自分の位置に入ることができたので、だいぶ得をした(笑)。そのうちに自分の順番が来たので乗り込む。道々、ぼつぼつと運転手と会話する。雨は夜に入って時々ぱらぱらとしているとか。またタクシーの料金は昼間と夜とで違うのか、と尋ねてみると、基本料金が昼間は20FIM、夜は30FIMで、距離の加算は同じだとか。家まで行ってもらったら152FIM。23km、と出ていた。家に着いたのは5時前。日本は昼間だし、妻に電話してみたら留守電だった。仕事らしい。気分はそんなに悪くないので、燕尾服を片付けてから寝る。


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