4/21(水)

 8時に目覚める。外はまたいい天気。窓の外にはもう雪も見えなくなった。朝食を準備して、メール読み。出かけるまではあちこちの本をめくる。9時半の電車に乗って出かけることにする。駅に向かう途中でライノに会う。いっしょに電車に乗っていくが、彼はマルミで降りる。そこからヴィーッキのキャンパスまでバスで行くようだ。自分はそのままヘルシンキへ。気温は11度ほど。大学へ向かう。午前中はフィン語の授業。授業としては最後になる。テストに関しても詳しく説明がある。問題の形式や主な内容など、丁寧すぎるくらいに説明される。外国人向けのコースでもあるし、あまり落第者も出せないのかも(^^ ;)。学生の方もしつこく試験の内容について尋ねるのはどこの国でも同じようだ。テキストは4章ほど残したことになる。

 授業後は、そのままシベリウスアカデミーへ向かう。午後はここの図書室で勉強しようという計画。トラムから町を眺めていると、さすがに半袖で歩いている人はまずいない。教室や建物の中ではTシャツの人も多いのだが。先に食事をしてしまう。ギリシア風シチューは前にも食べたことがあるビーフシチュー。今日はパンはとらなかった。また図書室に戻る。時々雑誌を見たり、レコードを聞いたりする。合唱の雑誌を見ていたら、YLに関する記事が出ていた。英国演奏旅行の頃のもののようだ。マッティの談話として、新入団員のオーディションでは、「いかに早く考えられるか」を見るとか。つまり、楽譜からいかに早く音楽を理解していくか、ということがポイントになるらしい。確かに、のんびり屋ではとてもついていけない内容だ。合唱についてもCDはあって、新しいカタログに載っていた。フィンランド放送合唱団のものは素晴らしい録音。またYLの60年代のレコーディングがあったが、はっきり言ってへたくそだった(^^ ;)。日本の学生合唱団と変わらない感じ。6時前までここにいてから、EOLの練習へ行く。

 ちょっと遅れて着いたら、もう発声が始まっていた。今日は体を開放するためのイメージトレーニングを最初にする。静かに息をしながら、体の各部分ごとに意識をしながら、体を開いていく。それから通常の発声へ。今日は演奏会前の最後の練習なので、まだ不慣れなものをさらっていく。大きく問題があるものはあまりないが、やはり難関はレズュール。プログラムにも「〜より」とするだけでどの曲をするかは書いていなく、最後まで粘るようだ。結局、7曲のうち3つを取り上げることになる。練習時間も延びて、15分ほどオーバー。

 外に出ると、まだ明るさが残っている。駅まで歩いていく。夕食を食べていなかったのでお腹が空いた。駅でマッカラを買い、電車の中で食べる。家に帰ると、銀行からの明細通知が来ている。もうほとんど残っていない。メールを読んで日記を書いてから、早めに寝る。

4/22(木)

 8時前に目覚める。今日は薄曇り。ちょっと寒いかなあ、という感じがしたが、外気温は8度くらい。少し前までは0度でも暖かいと感じていたのに、不思議なものだ(^^ ;)。朝食を食べて出かける用意をする。テストには早めに来い、と言っていたので、9時半前の電車で出かけることにする。いつものようにヘルシンキへ向かう。まっすぐ大学へ。コーヒーを飲もうかと思っていたが、それほどの時間はなさそう。教室に入ると、しかしまだ誰もいない。10時5分前には来ていてくれ、と先生は言っていたと思うのだが、その時間に2、3人。そのうちにだんだんと集まってくる。先生自身が10時10分過ぎくらいに来た。いつも遅れてくる人だ(^^ ;)。テストの前には、やはり荷物を窓際に置くように指示される。問題が配られて、合図を待っているが、先生は何も言わないし、回りは勝手に始めている。しばらく待ってみたがやはり何も言わないので、こちらもおもむろに解答を始める。前半は文法、後半は読解。そんなに難しいわけでもないが、正確な変化形となると自信がない。2時間弱の時間が与えられていたが、1時間過ぎに一通り出来たので提出して教室を出る。

 テストの後はいつも緊張のためか、落ち着きがなくなる。どこに行くべきかと迷う。学部図書館によるが、これといった用事もない。外に出て、カイサニエミの角のパソコン屋に入ってみる。「ユタカ!」と声を掛ける人がいるので驚くと、ヤルノがいた。企業研修のようなものだそうな。いろんなところでいろんな人に会うものだ(笑)。一通り眺めてから、何も買わずに出る。興味惹かれるものもあったが、特に必要なものでもないのでやめ。それからヴオリ通りの校舎へ行って食事にする。野菜の煮込みがメインだった。おいしいのだが、いまいちお腹に中途半端な感じは残る。再び外に出る。カイサニエミの坂を下がっていって、アテネウムへ。カフェでコーヒーを飲みながら、美術館の案内を読む。そういえば、最近シネブリュショフ美術館が再開したのだった。行くのを忘れていたが、丁度いい機会なのでスウェ語の後に行ってみることにする。あと、スウェ語の単語覚えもする。

 2時過ぎに再びヴオリ通りへ。途中のキオスクでリップクリームを買う。もう4月も末だが、まだ唇はよく乾く。割に乾燥しているのかもしれない。それからスウェ語の授業へ行く。最初に、夏に2の範囲を自習して秋にスウェ語3を取ろうという意欲的な学生向けに、この春の2の進度について説明がある。いずれにせよ、自分には関係ない。それからテキストやプリントを使って、位置関係の表現を学ぶ。授業後は、カイサニエミからトラムに乗る。トラムを待っている時に、ホテル・クルムスの1階にFazerがここに移る、という貼り紙が出ていた。前より少し広くなるようだ。6番のトラムに乗って、ヒエタニエミまで行く。ヒエタニエミの広場に面してごつい建物があるが、周囲を回ってみてみると職業専門学校だった。天体観測用のドームもついている。

 シネブリュショフは、外国作品の美術館。もともとは個人の家だったようだ。1階が特別展示、2階が常設になっている。今回は取り敢えず常設展示を見る。荷物をロッカーに預けて、チケットを買う。学生は5FIM。階段を上がって2階へ行く。メインの部屋には椅子などのもともとの調度品も置かれている。ピアノが置いてあって椅子が並んでいたが、ここでサロンコンサートも開かれるようだ。肖像画、静物画、イコンなどが掛けられている。少し照明がきついし、窓からも明かりが入るので、一部の絵は反射で見にくい。特にこれは、と思うものはなかった。1階に戻って、図録などを見る。絵葉書は、アテネウムの書店の方がたくさん置いてあったようだ。荷物を出して、外に出る。

 さっき美術館の中から外を見た時、裏は公園になっていて、塔らしきものが立っているのが見えていた。そこに行ってみることにする。少し小高い丘になっていて、その頂上にレンガ積みの3階建くらいの塔がある。入り口には鍵がかかっていた。中には特に何があるということはなさそうだ。窓は一部は板が貼ってあって、窓の絵が描かれている。位置からして、灯台かなにかであったように思われる。土台はだいぶ痛んでいるので、かなり古いものに思える。そこから丘を降りて反対側へ行く。こっちに行けば1番のトラムに乗れるはず…と思って停留所を探す。雨もぱらぱらと当たってきているので急いで歩く。1Aの起点に当る停留所に来たが、時刻表を見ると最終は5分前に出たところだった。残念。仕方がないので歩いて中心街の方へ向かう。このあたりは初めてだが、東に歩いていけば3のトラムにぶつかるはず。雨は幸い本降りにならずに済んでいる。途中に古本屋があったので入ってみる。特にこれといったものはなかったが、スヌーピーの英語とフィン語のものがあって安かったので買っておく。また歩いていく。3のトラムの線路があるところまで出てきたが、ここからだとまっすぐ歩いた方がアカデミーには近いように思える。雨もひどくないし、さらに歩き続けることにする。フレデリキン通りをひたすら北へと歩いていく。割りと馴染みがある通りだが、それでも通る度に発見がある。ともあれ、アカデミーに到着。結局40分くらい歩いていた。

 2つコンサートがあるが、最初は6時から。室内楽ホールの前にはチケット売りのテーブルがある。予約しておいた切符について尋ねるが、うまく話しが通じないので英語に切り替えて話す。とにかく2つ分の切符をもらえた。そこに今回の演奏会の担当者が出てきて、名簿に名前があるはずだ、という。見てみたら、あるにはあったが、綴りが間違っていた。メールで頼んでいたのに、なぜ間違えるのか(^^ ;)。少し待ってから、ホールに入る。2階のバルコニーに座る。最初のコンサートは、アカデミーのフォーク音楽専攻学生による発表会。無料だが、一応チケットが作られている。カンテレやギター、フルート、アコーディオン、ハーモニカなどと楽器も多彩。音楽もフィンランドだけでなく、他の国のものまで含めて演奏される。なかなか好い演奏が多かった。服装もわりと自由で、普段着そのままといった感じもする。1時間ほどだった。

 次のコンサートまで1時間弱あるので、食事に行く。フォーラムまで行って、地下でケバブを食べる。今日は小ビールも飲む。小といっても330ml。大は500mlくらいである。食事を終えてからまたアカデミーに戻る。まだドアが開いていないので、待つ間にスヌーピーを読もうとしたら、英語の方がない。そういえば、さっき食事を待っている時に読んで、鞄に入れないままだった。あそこに忘れてきたに違いない。しかし戻るほどの時間もないし、もともと 5FIMだったからまあいいといえばいいのだが。コンサートのあとで時間があったら探しに行くことにする。

 2つ目のコンサートは8時から。Mateliという女性2人のデュオ。今回は女性についての歌をテーマにしているとか。歌がほとんどはいるが、伴奏にはカンテレやギターに似た弦で弾く楽器など。バロック以前の楽器のような感じがするもの。フィンランドにはバロック音楽はないが、楽器は似たようなものがやはりあったのかもしれない。歌はアカペラのものもある。最近CDも出たそうだが、素晴らしい演奏であったと思う。休憩無しで1時間程だった。

 アカデミーを出るところで、たまたま前にいた黒髪の女性に「日本人ですか?」と英語で聞かれる。あちらも日本人だった。アカデミーの学生だが、1月ほど前に来たばかりだとか。フォークミュージック専攻だそう。いっしょに駅に行くが、電車まで時間があるので、駅のエリエルでビールを飲みながら少し話す。日本の大学を出て2年ロンドンで勉強し、それから先月にこちらにきたという。アカデミーでは特別学生、というか授業ごとに授業料を払う学生だという。なんでもアカデミーも財政難で、正規の学生でのグループレッスンだと教師に給料が払えないので、個人で先生に就くように勧められるとか。国立大学はどこも同じように苦労しているらしい。正規の学生ではないので学生割引も使えないし、だいぶお金がかかりそう。しばらくはこちらにいたいなあ、ということだった。たまたま明日はフィンランド音楽でフォークミュージックの話があるが、というと、それに顔を出してみよう、という。半時間待つつもりが、1時間半も話し込んでしまった。それぞれ電車に乗って帰る。

 ちょっと予定外だったので、帰るのが遅くなってしまった。シャワーを浴びてメール読み、日記も途中まで書いてから寝る。

4/23(金)

 目覚ましの音で目覚める。まだ眠いのでしばらくごろごろとしているが、意を決して起き出す。昨日も遅かったから、6時半起床はなかなかつらい。手早く朝食を用意して、出かける用意をする。雨模様なので傘を持って7時半前に出かける。荷物を取りに郵便局に寄ろうと思っていたが、開くのは9時からだった。しかたないのでそのまま電車に乗る。ヘルシンキについてからトラムでアカデミーへ向かう。電車の都合で、早めに着いてしまう。まだ20分弱あるので、アカデミーの食堂でコーヒーを飲む。8時から開いているのはありがたい。

 講義は8時半から4階のレッスン室で。今日は一連のフィンランド音楽についての最終回で、フォークミュージックについて。カレワラの吟唱から始まって、現代までのフォーク音楽を概観する。CDもいろいろ聞かせてもらえて面白い。楽譜などの資料ももらって、実際に歌ってみたりする。現代のものは楽器や旋律は伝統的なものを使いながらも、今風にアレンジをしている。「古い歌い方に縛られる必要はなく、新しいものを作り出していくべきだ」とは先生の弁。前半のあとで休憩。食堂に降りる。パウンドケーキのスライスというのがあったので、それと紅茶にする。フィロメラのメンバーという女性と少し話す。今は大学2年目で、フィロメラも2年目だとか。その前はシベリウス・ルキオにいてピアノ専攻だったという。ルキオの合唱団にもいたというが、今年日本に来るようだ、というと、私がいた時にはどこにもいかなかったのに、とこぼしていた(笑)。どのくらいフィンランドにいるのかと聞くので、1学年、というと、「なぜそんなにフィンランド語が出来るのか、信じられない」(笑)という。またなぜフィンランド人の学生がフィンランド音楽の講義を取るのか、と聞いたら、ある程度まとまった形での説明は少ないから、とのことだった。

 休憩後は地下のジムに移動する。わりと小さな空間で、ダンスの練習などに使えるようになっている。始めは講義の続き。最近の傾向などについても例を使って説明していく。それから、フォークダンスの実技。基本のステップと、ヴァリエーションを教えてもらい、ペアになって輪になって実際にやってみる。ツーステップのあとに2回転、というのが基本だが、4拍子の間に2回転というのは難しくてできない(^^ ;)。で、1回転のみというのに変更になる。それから実際の音楽に合わせてステップを踏むが、ターンがなかなかうまく行かなくてぶつかりそうになったり、ずれてしまったり。笑いが渦巻く。「あとは自由に即興を入れていって!」と先生は言うが、なかなかそんな余裕はない(^^ ;)。ためしにステップの代わりにターンを入れてみたりすると、「Japanese way! OK, Ok!」などと声がかかる(笑)。20分くらいすると、みんな汗をかいてくる。慣れないせいもあるが、結構ハードなものだ。それが終わったところで、講義も終り。最後に授業全体に関するアンケートが配られる。

 アンケートをジムに私に行く。ついでに義務になっている演奏会について、他の人はチケットを見せたり報告をしたりしている。こちらはチケットは持っていなかったので、昨日のコンサートに名簿があったことを告げておく。もしそれで駄目なら、合唱団に2つ入っているから、といっておく(笑)。食堂に降りて、昼食。今日はスパゲッティだった。昨日会った日本人女性と、他の学生たちとがいるテーブルに加わる。いっしょにいたのは、先日からいる台湾の学生、それからドイツからきてイマトラでデザインを学んでいるという学生。こちらは3ヶ月の交換留学で、あと1月だとか。台湾の学生は2ヶ月だと行っていたし、随分短いサイクルでの交換留学があるものだ。やはりイマトラにあたりには外国人は少ないという。先に二人が出て行くので、あとは日本語で会話する。とにかく演奏の機会が持ちたいが、この夏の音楽祭ではもう遅いと言われたとか。まあそれは無理もないところ。

 フィンランド政府奨学金の申請書類を知り合いのいる会社にFAXで送ってもらっているのを取りにいくのだが、というのでいっしょにハカニエミまで行く。プログラムの会社らしい。届いた書類を見せてもらったが、自分の時と特に変わったところはないようだ。とにかく応募締切まで時間がないのが問題。再びアカデミーに戻って、コーヒーを飲みながら必要な書類について考える。語学能力証明書と健康診断書がやっかいなところ。健康診断書をつくってもらえるか、と近くの学生組合の診療所に行ったら、学生の組合費を払っていないとここは利用できない、とのこと。アカデミーに戻ってから、国際課に行って相談してみる。やはりextra studentというのは通常の学生待遇は受けられないという。一般の診療所を紹介してもらうことにする。普通の診療所だと安めだが、予約制なので1週間くらいかかるとか。急ぐので、というと、個人的に予約するのがいい、少し高くなるが、という。ともあれ予約を入れてもらう。また言語の証明書については、言語センターに行くべきだ、という。しかしもう今日は閉まってしまっていて、次は来週になる。ともあれ、揃えられるものだけでも早く揃えるようにする。予約の時間に診療所まで行く。これはストックマンの向かいのところだった。入り口には昔の診療用具などが飾ってある。

 自分はその間、神学部に行って本を返す。ついでにメールを読んだら、大学の事務からのメールで、学生番号についての説明が来ている。今までの社会保障番号から、大学独自の学生番号への切り替えを進めていくとか。来年以降は、大学の事務は学生番号で行うことになるという。それから外に出る。外は明るく、夕方のこともあって沢山の人が歩いている。観光案内所に寄ってパンフレットをもらい、エスプラナーディを歩いてまた診療所まで戻る。診断書は結局320FIMだったとか。随分高いものだ。それから少し町を観光案内する。1ヶ月ヘルシンキにいて、マーケット広場の場所がよくわからないというのには驚いた(^^ ;)。東の島の方まで歩いていってから、トラムで駅前に戻る。それから駅前のWienerwaldというウィーン風料理のカジュアルな感じの店で食事する。鶏肉のステーキを食べるが、なかなかおいしかった。フィンランドの性格について、また彼女の身の上話など、いろいろと話をしていると7時を回ってしまう。夜はバレエを見に行く予定だったのだが、計画変更になり、一緒にフォークミュージックのライブを聞きに行くことになる。

 地下鉄で西の終点まで行き、そこから歩く。団地街で、8時前だが人はまばら。ベッドタウンの趣きがする。10分弱でケーブル・ファクトリーに着く。話に聞いていたことはあるが、来るのは初めて。このあたりはもともと工場地帯だったようだが、まさに工場の建物そのまま。内部は改装され、現代芸術の発表の場になっている。メインの入り口から入るが、別のところではロックのコンサートや展示会のようなものもやっているようだ。クロークにコートを預けて中に入ると、レストランという名前ではあるものの、ライブハウスといった趣き。案内では8時からとなっていたが、貼って有った予定表では3つのグループが出演し、最初は9時からとある。よってまだ席はがらがら。テーブルを探して、彼女のアカデミーでの知り合いらしい人達のところに座る。フィン語で挨拶したら「フィンランド語はできないので…」ということだった。スウェーデンから来た、本当のスウェーデン人(笑)。アカデミーでフォークミュージックを学びに来ているという。日本の伝統音楽や文化などについての話になる。スウェーデンでも、伝統音楽は一時途絶えたが、60年代から復活してきたとか。しかし演奏の仕方がわからない、といったこともあるらしい。とにかく、日本の伝統音楽についての情報はスウェーデンではなかなか手に入らない、とのこと。遠い国であることには違いない。またフィンランドについては、フィンランドは何でもスウェーデンと比較するのが不思議だ、という。今ではもう大きな違いもないが、以前はスウェーデンの方が明らかに先進国だったわけだし、その意味で比較していたのは当然ではないか、と答える。ともあれ、スウェーデンは常に西を見ているのでフィンランドは視界に入らない、という指摘は正しいと思える。

 9時からのステージは、カンテレを中心にしたバンドによる。もともとの結成は古いが、休止が長かったので久々の演奏だとか。カンテレといってもエレキ・カンテレ。ピックアップで音を拾うようになっているので、共鳴箱はなく薄いもの。金属弦なのか、やはり鋭い音はする。しかし、バンドにしてしまうとどうしても音の弱いカンテレは他の楽器に負けてしまうように思える。1時間程のライブ。それからしばらく準備時間があって、次は10時過ぎから、アコーディオンとバンド。アコーディオンは、現在の第一人者であるマリア・カラニエミ。午前の講義でも少し聞いていた。ピアノを担当していたのがアカデミーの作曲の先生だとかで、多くの曲のアレンジや作曲がこの人によるという。カラニエミの演奏は素晴らしいというかすごいというか。なんとも語れないようなもの。同伴の彼女はすっかり感激していた。3つ目は11時半からだが、この時点でもう遅い時間でもあるし、帰る人が出始める。こちらは一応最後まで聞いていくことにする。3つ目はコンピュータを使ったものと、ハーモニカなどの楽器の組み合わせ。ダンスミュージックといった趣。しかしあまりいい趣味とはいえない(^^ ;)。さすがにもう疲れてきた。これが終わったのが1時前。

 コートを受け取ってから、外に出る。念のため地下鉄の駅まで歩いてみるが、最終は11時半。トラムも無い。途中まで歩いてからタクシーを拾って、駅まで行く。もともとそう遠いところでもないので、すぐに着く。自分は丁度いいくらいの電車があるが、彼女の方は1時間以上待たねばならないので、タクシーで帰ることになる。駅で別れて、こちらは1時半発の電車に乗る。週末の夜中の電車については、ホームの入り口で切符のチェックをするようだ。また、時刻表は0時以降は新しい日として考えるらしい。つまり金曜日の深夜は、土曜日の朝午前1時、という風にみる。2時代の電車などは平日はないので、金曜の夜などには結構重要な情報。家に帰ると2時。メールだけ読んでから、寝る。

4/24(土)

 目覚ましの音で目が覚める。と思ったが何か違うなあ、と考えて、電話であることに気づく。寝ぼけているので最初はとんちんかんなことを喋っていたが(^^ ;)、妻からだった。日記が来ていなかったので心配していたよう。再び寝る。起きると11時半。朝食というか昼食を食べて、たまっている日記を書き始める。昨日が遅かったので疲れているが、飲んでいたわけではないので気分はそう悪くない。ついでに洗濯もする。今日はずいぶん空いている日だ。混んでいる時はいっぱいなのだが、予約ノートもまばらな記入。またスーパーへ買い出しにいく。空き瓶を持っていくが、レシートを取り忘れていた。気がついて戻ったら、もう別の人が使っていた。まあ自分が忘れたのだから仕方がない。また家に帰って、休み休み日記を書く。途中でまた妻から電話がある。書き終えたのはもう5時前。

 早めにシャワーを浴びて、夕食にする。残っている蕎麦をゆでる。食後はちょっと横になってから、部屋の整理をする。いらない紙類をまとめてゴミ置き場に持っていく。別にスーパーのそばまで持っていかなくても、アパートのゴミ置き場に紙用のケースがあった。それから日本に送るものを分類して整理する。ざっと見てみても、2箱は送る必要がありそうに見える。1つに詰めてみたら、書類だけで一杯になってしまった。また箱を調達してこなくては。しかし、外の明るいこと。9時過ぎになってもまだ十分な明るさがある。毎日暮らして変化に慣れているはずでも、やはり面食らう。もう少し片付けをしてから、11時過ぎに寝る。

4/25(日)

 8時過ぎに起きる。今朝はいい天気。朝食の用意をし始めるが、メールを読むと、妻から日本に早く帰るべき用事があることを知らされる。メールの返事を書きながらしばらく考えるが、最終的に今から取れる一番早い飛行機で帰国することを決断する。朝食は紅茶だけ飲んでおき、まずは切符の手配に空港へ行くことにする。ティックリラまで電車で…と思ったら、電車は30分近く遅れてきた。電車が来る直前まで案内放送もないのは不親切。ともあれティックリラまで行く。そこからバスで空港へ行くのだが、バスまで少し時間があるので、川まで散歩。相変わらず水は多い。見ていると、次の電車はダイヤどおりに来ていたようだ。朝のバスの乗客は少ない。空港までは20分強。

 空港のターミナル工事もだいぶ進んできている。ともあれ、出発ロビーにあるフィンエアーのカウンターへ。番号札を取るが、がらがらなのですぐ順番がくる。次の大阪便である水曜日の空席を尋ねると、「ありますよ」といとも簡単な返事(笑)。ゴールデンウィークの始めだし、帰国便は空いているのだろう。あるのは幸いなので、そのままチケットを書き換えてもらう。また上に変更のシールを貼っていた。同時に席番号の予約もできた。24Aだから随分前の方でいいところ。「二人席で、窓側と通路側とどちらがいいですか」と聞いてきたところを見ると、結構空席はありそうな雰囲気。今からそう沢山も予約は入らないだろうし、運が良ければ二人席を独占できるかも。4日前だし、「リコンファームは必要ですか」と聞くと、必要だ、72時間前までに…という返事。「でも、今日は4日前ですけど」というと、それはそうだ、と笑いながらリコンファームもしてくれた。これで航空券は取れた。

 再びバスに乗る。空港前のバスターミナルも奇麗に整備中。次に来る時にはまただいぶ変わっていることだろう。ティックリラへ行くバスは、自分一人だけが乗客。結局最後まで一人だけだった。電車に乗ってコイブキュレまで行こうとしたが、まだ次の電車まで15分以上ある。これなら、隣の駅のヒエッカハルユまで歩いていけそうだ。線路沿いの道を散歩がてら歩いていく。小川が流れていたり、鳥のさえずりがあちこちから聞こえたり。天気もいいので気持ちいいい散歩。結局10分くらいで着いた。電車の時刻表では2分の距離。そこから電車に乗る。

 家に帰って、部屋の片付けを始める。あと3日ですべての整理を終えなくてはならない。まだ残っていた紙類を捨てに行ったり、また冬物の衣服を袋詰めしたりなど。それから妻に電話して事情を説明する。帰国日が急に変わったし、出迎えに来れるかと聞いたら「その日は祝日だし」と(^^ ;)。日本のカレンダーはすっかり忘れている。それから食事をする。もう少し片付けてから、3時前にヤルヴェンペーへ出かけることにする。

 電車に乗るが、しばらく切符を買うべき車掌が来ない。コルソを過ぎてからやっと現れる。コイブキュレからだと16FIMなのだが、ここからだと10FIM。ちょっと得した。ケラバで乗り換える。少し時間があるので駅前を散歩。店先のテラスでビールを飲んでいる人も多い。再び電車に乗る。ヤルヴェンペーの駅前は工事中。しかし暖かいので、町には沢山の人出。半袖の人達も多く歩いている。やはりテラスは大賑わい。アイスクリームのスタンドがあったので、小さなものを食べる。見回すと、広場で市が立っているようだ。まだ時間があるのでちょっと見てみることにする。衣服、籠、お菓子、ぬいぐるみ、パン…。いろんなものが売っていて、見ていても面白い。途中でマッカラがいい匂いだったので、一つ買う。食べながら、ちょうどそばにいたポニーを眺める。子供向けの客寄せ?というか。随分おとなしいものだ。反対側へ通り抜けていって、教会へ。

 まだほとんど来ていなかった。コンクリート打ちっぱなしの建物ではあるが、設計的にはあちこちに工夫があって、ただの箱ではない。音響もいい。教会の写真の入った絵葉書もあったのでもらっておく。そのうちにぞくぞく集まってくる。声出しをして、練習。各曲とも全部は歌わず、出だしだけを練習する。各曲のイメージを思い出す、ということ。記憶が曖昧なところもたくさんあって慌てる(^^ ;)。1時間ほどで一通り終わって、階下の控え室へ。着替えて待つ。怪しいところについて、もう一度確認しておく。6時から演奏会。聞きに来ているのは20人ほど。たぶん、教会関係の人くらいではないのか。こうなると演奏会というよりも公開練習、という感じがする。プログラムどおりに進む。ぼこぼことミスをしてしまう。問題のレズュールでは、途中で音を見失うが、なんとか途中で取り戻す。ちょっと情けない。全体としても、もう一つのように聞こえた。休憩無しで、1時間強といったところ。

 終了後は片付けをして、駅前のホテルのレストランで食事。パエリアを食べたがなかなかおいしかった。日曜の夜8時なのに、お客さんはまばら。この席上で、記念品として楽譜とサイン入りのみんなの集合写真をもらう。また1曲歌ってもらう。8時半の電車で皆帰る。自分はケラバで乗り換えて、コイブキュレまで。9時過ぎに帰ってきたが、やはりまだ明るい(^^ ;)。シャワーを浴びてから、いくつか片付けごと、また関係者へのメール書きなどをする。

4/26(月)

 6時半に目覚める。雨が降っている音がする。まだ眠いし、もうちょっと寝る。が結局7時前には起きてしまう。もう雨は上がったようだ。路面が濡れている程度。朝食はいつものように。残っているものの片付けを始めなくてはならない。まだ新しいものは誰かにあげることにしよう。9時過ぎに出かける。郵便局に寄って、届いていた本を取りに行く。窓口には、標準的な?サイズの郵便受けの大きさに当る定規が置いてある。これに通らないものは、自動的に取りに来るように通知が行くようだ。こういう定規が出来るということは、特にマンションでは郵便受けのサイズは標準化されていることを意味する。規格化はあちこちで見受けられるが、こういうところでもあったとは。また番号札は銀行向けの用事だけになっていて、郵便は番号無しで、という風になっていた。ともあれ受け取ってから、電車に乗ってヘルシンキへ。

 大学についてから、まずはコーヒーを飲んで一休み。やはりちょっと眠気がある。大学の情報誌などの新しいものがあったので、それらを読む。10時過ぎに教室へ行く。今日はフィン語の試験の最終。普段はいなかった人達がいるのを見ると、再試験などだろうか。最初は聞き取り。最初に質問文が書いてある用紙が配られる。大学図書館についての話だが、ちょっと歴史を知っていれば問題文を読まなくてもほとんど解答が分かってしまう(笑)。ともあれ、先生が問題文を2回読み上げ、それについて質問が正しいか誤りかを答えていく。少しややこしいところもあったが、文章そのものも短かったし、特に問題なし。続いて自由作文。10のテーマを書いた問題が配られる。辞書を使ってもいいので少し気楽。フィンランドの音楽について知っているところを述べよ、というのがあったのでこれについて書くのがいちばん容易。大まかな歴史を書いておく。1時間ほどしてから1ページ半くらい書けたので、提出して出る。

 大学を出て、トラムに乗って郵便局へ。小包用の箱を買う。いったん駅に行こうとしたが、ちょうど間に合わない時間。ただ待っていてもしかたないので、もう一度郵便局に戻り、銀行口座の種類変更と住所変更をする。前者は、月々の手数料がかからない方にした。今後使うことはほとんどないので、こうしないと損。再び駅に行き、電車に乗る。家に帰ってきたのは1時。まずはカップうどんとリンゴで食事。まだ少し残っているので早く食べなくては。それから荷作りをする。結局、昨日つくったもののほかにあと2つ送ることになる。それから1つを郵便局へ持っていく。随分重いような気がする。アパートのどこかにキャリーのようなものでもないかと思ったが、やはりないのでかついでいく。実際に量ってもらったら17.3kgで350FIM。重いはずだ(^^ ;)。エコノミーといえども1万円くらいかかっていることになる。郵送料も結局は2、3万円かかることになりそうだ。ついでに隣のヴァンター市の出張所に行き、住所変更の手続きをする。家に帰って、窓を開けていたら熊蜂?が入ってきて慌てる(^^ ;)。やはり春である。お腹も空いてきたのでカップラーメンを食べ、それから6時の電車で再びヘルシンキへ向かう。

 駅からカイサニエミの公園を通り抜けて、リーサン通りへ。公園では子供達のサッカークラブらしきものが練習していた。花は、少しずつ咲きつつある。目的地は、シベリウス高校。何度か前を通ったことはあったが、プレートも何も無いので気づかなかった。入り口は2つあるが、ホールに続くのは東側の方。階段の下でチケットを売っている。今日は、女声合唱団フィロメラのコンサート。CDは、やはり2つしかないようだ。しばらく待っていると、リハを終えた団員が出てくる。それから中に入ることが出来る。ホールは、舞台つきの体育館。木の部分がたくさんあって、わりと古い造りのようだ。舞台上でなく、舞台の前に雛壇がくんであるのは音響上の関係だろう。客席として椅子が100席ほど並べてある。

 7時から少し押して、入場。40人強のメンバー。聴衆は60人くらいとちょっと淋しい感じもする。前半はフィンランドの現代曲を4つ。最初は声が出てきていなかったが、2曲目以降はいいサウンド。ちょっとソプラノが弱い感じはした。アルトにはやはり大砲がいる(笑)。全体としては、フィンランドのトップレベル、というのは過言ではない。いずれも難しい曲なのに、完全に暗譜で歌っていたのはすごいというか、偉い。休憩の時には、荷物を持って、「招きがあるまで」カフェでごゆっくり、と。カフェは学校の食堂にあたる。コーヒーを飲む。他にもパンがいくつか置いてあった。しばらくすると、声が聞こえてくる。見ると、ホールに通ずる階段に沿って団員が並んで歌っている。そのうちに手招きが出て、間を通って再びホールへ。中に入ってみると、椅子の配置が変わっている。2、3個ずつを組みにして、前向きや後ろ向きや斜めに並べてある。だから荷物を持って、ということだったのか。後半のプログラムは、カレワラをモチーフに取った曲。自由な服装で歌う。ちょうど民族音楽のコンサートのように、2群に別れて交唱したり、聴衆を囲むように輪になって歌ったり。さらにはぐるぐると歌いながら走ったり、各自聴衆の間に入って歌ったり。雰囲気が非常によく出ていた。実に楽しい演奏会だった。終わった後に、少し待っていたら、切符を売ってくれた団員が来て、「どうだった?」と聞いてきた。演奏が気になるのは万国共通(笑)。最大級の賛辞を贈っておいた。また、フィンランドの女声合唱にも興味があるし、出来れば情報交換したい、というと、それは喜んで、とのことだった。この春に新しいレコーディングもあるそうで、それが出来たら送るよ、という。こちらからは日本の合唱曲のCDを送ってほしい、日本のことについては全然知らないし、というのでもちろんOK。駅まで歩いて戻るが、興奮覚めやらぬ、というところ。

 電車に乗って帰る。9時過ぎはまだまだ明るい。外から帰ると部屋にものが少なくなっているのが目立つ。メールを書いていたら妻から電話。日本時間だと4時過ぎなのだが…(^^ ;)。

4/27(火)

 目が覚める。まだ暗い。眠いのだが、いったんは起きだそうかと思ったが、まだ6時過ぎなのを見て、また寝る。うとうとしながら、次に目覚めたのは8時。ここで起きることにする。朝食を食べてから、ラテン語の訳をしようかと思ったが、まずは帰国準備に時間を使うことにしたいので、後回し。挨拶のメールを書いたり、荷物の配分を考える。9時過ぎの電車に乗ってヘルシンキへ。まずは床屋へ行って、髪を短くする。暑いと思われる日本への対策(笑)。さすがに午前中は空いていた。それからFazerへ。再び合唱の楽譜を見る。興味惹かれるものを集め、またピアノの楽譜も買うが、15%引きのせいもあって今回はTax-freeの額まで届かず。特にそれ以上買うこともないので、普通に支払う。次に、土産物屋のノルディックへ行く。頼まれていた、ムーミンのマグネットを買い込む。単価は安いが、まとめると結構な額になるものだ。免税で買う。ふと見ると、円のレートは4.4。去年の夏は3.9くらいだったから、ずいぶんな違いだ(^^ ;)。念のためハンカチについてまた聞いてみるが、やはりないとのことだった。

 今度はエスプラナーディのアラビアへ。ざっと見てみるが、前に見ていたデザインのものがない。店員に聞いてみると、今買えるデザインは全てここにあるし、工場の方にいっても同じだ、ということ。ちょっと残念。いったん荷物は大学のロッカーに預け、大学本館五階のフィン語の先生の部屋へ。さすがに昨日の今日ではまだ全部は見られてない、ということなので、メールで結果を送ってもらうことにする。少し話をして、礼を言って失礼する。ここで昼食にする。大学本館で食事するが、今日のメニューには牛とチーズが入った煮込み。好みが別れる味ではあった(^^ ;)。まだ学生カードにはボーナスの額が少し残っているようだ。

   トラムを拾って、駅前へ。郵便局に行き、家賃と電話代を払う。急に変更になったので、5月分の家賃も払わねばならないのはちょっと痛い。それからフォーラムのHPYへ行き、電話の解約をする。話では解約手続きはすぐ出来るそうで、明日来るのなら今晩も使える、ということだったが、もう「今」といってすぐに解約してもらう。残っていた電話代を払って、契約終了。これで電話の権利も解約になるので、もしまた電話を引きたい時には全く新しい契約になるそうだ。短期の停止なら、その番号を取って置くことも出来るらしい。偶然、ここでマッティ・ペロに会った。

 ストックマンの食器売り場を覗くが、これといったものはない。エスプラナーディを歩いて、アーリッカへ。いくつかお土産にするものを買い込む。町にはあちこちに、学生風の人達が本のようなものを持って通行人に売り込んでいる。かけ声によると、ヴァップのガイドらしい。それから再びアラビアへ行って、結婚1年記念にするスウェーデン製のカップを買う。買ったものを神学部のロッカーに預け、国際課の担当者に挨拶に行く。続いてスウェ語の授業へ。授業の後で、試験に行けないことを謝りに行き、挨拶もする。日本にはスウェ語がよくできる友達がいる、というと「じゃあ日本でスウェ語での会話も出来ますね」と笑っていた(笑)。再び神学部へ戻り、荷物を持ってアカデミーへ。いくつかコピーを取っておく。コピーカードもほぼ使い尽くした。ちょっと時間がかかってYLの練習時間にかかりそうになったので、慌てて戻る。

 すでに発声が始まっていた。途中でマッティが入ってきたが、自分のところに来て「日本に帰るそうだが」と聞いてきた。セバスチャンが言ったらしい。発声の後、本練習の前にいつものようにマッティの訓示?がある。今後のスケジュールのあとで、「ユタカが日本に帰るそうだ」ということで、1曲歌ってあげよう、ということになる。前に招かれて、皆が歌うのを聞く。それから簡単にフィン語で挨拶する。YLにいたお陰で、ただでフィンランドが旅行できたというと笑いが起こる。ともあれ、次にはいつ来るか分からないが、また来た時にはぜひいっしょに歌いましょう、と結ぶ。今日の練習のメインはタンゴ。新しいものが4つほどあって、音取りに費やされる。休憩の時に、ラウリに日本での住所を渡し、またYL100年記念誌をもらう。これが2巻本で合わせて2,3kgはあるもの。だから販売の時には買わなかったのだが…(^^ ;)。また、YLの最新のレコーディングから3枚をお土産としてもらう。それから、郵便局まで行って、小包用の箱をもう一つ買ってくる。帰りにマクドナルドでハンバーガーを買い、音楽室に戻ってから食べる。ライノとは、明日のお昼前に会う約束をする。後半もタンゴの音取り。練習後には何人もと挨拶を交わす。セバスチャンは空港まで来てくれるとか。最後にマッティと握手。「最後はタンゴの練習だったが」というので「それがフィンランド人の心でしょう」というと笑っていた(^^ )。

 練習後に、いつものようにビールを飲みにバーへ。ここでは「いざたて」を歌ってくれる。またビールのおごりも。ともあれ、またフィンランドに来ることがあれば、いつでも練習に顔を出してくれ、といってくれるのは嬉しい。電車の時間にあわせて失礼する。10時過ぎだというのに、まだ東の空に明るさが残っているのはなんともいえない(^^ ;)。家に帰ってきたのは11時過ぎ。もう電話も止めたので、メールは読めない。日記を書いてから寝る。

4/28(水)-4/29(木)

 7時半過ぎに起き出す。今日はいい天気。朝食を食べてから、部屋の片付けをする。昨日買ってきた箱に残っている本を詰めていく。少し場所が余ったので服も入れるが、かなり重くなったように思える。それからスーツケースにも詰め始める。いったん詰め終えるが、持ってみるとずいぶん重い。これは軽く20kgを越えているはず。もう一度開いて、衣服類を出して見る。机の回りも整理していく。どんどんものが少なくなっていく、という感じがする。またスーツケースに一通り入れたかな、というところで、まだ机の引き出しにたくさん入っているのを発見。あきらめて、もう一つ新しく箱詰めする。こちらは衣装が中心なので、そんなに重くない。適当なところで、いったん郵便局へ本入りの荷物を持っていく。番号札はいらないというのでしばらく待っているが、局員は二人なのに待っている人は沢山で、番号札を持っている人にしか進んでいかない。いったん番号札も取ってみるが、まだ10人以上先。荷物を窓口に置いたまま、いったん家に帰ってもう一つの箱を取ってくる。帰ってくると2人程前で、丁度良かった。荷物を量ってもらうと、最初のものは18kgで365FIM、もう一つは7kgで200FIM。現金で支払う。これで送るものは全て。

 家に帰って、片付けとスーツケース整理の続きをする。11時過ぎにライノが来る。ベッド類、スタンド、残っている食品などをあげる。今日はいい天気で良かった、明日からは雨になるそうだ、とのこと。とにかく残っているものは一通り引き取ってもらうことにする。カーテンも外すが、「それは青と白でフィンランドカラーだし、記念に持って帰りなよ」といわれたので持っていくことにする。床を掃いて掃除し、すべての荷物を片付け終わると部屋は又もとのように。ただし、天井の電灯と拾ってきたローボードはそのままにしていく。いったん荷物をライノの部屋に入れて、コイブキュレにあるHOASのオフィスに鍵を返しに行く。線路を挟んで反対側になるので、ライノに案内してもらって歩いていく。途中ライノはお金を降ろして、もらった分の代金として、と200FIMをくれた。最初からもうただであげるつもりだったし、ちょっと申し訳ない。オフィスはちょっと分かりにくいところだった。ちょうど入り口を掃除をしているようで、中に入れない。外に立っていた女性二人に声を掛けると、今掃除中で入れないし、何か用事ならここで承る、というので、直接鍵を返す。鍵を入れた返却用の封筒の名前を見て、「ああ、あの苦情のメールをくれた方ですか」と一人が言う。ちょうどメールを受けた担当者とのこと。とにかくあのままでは次に来る人も同じ迷惑を受けるわけだし、彼を追い出すようにする予定だ、とのことだった。

 また部屋に戻り、荷物を持って出かけることにする。ライノも夕方までは時間があるから、と荷物を持ってくれることになる。ヨーロッパの地図が壁に貼ってあったので、こういうルートで飛行機は飛んでいくだろう、と言ったら、ヨエンスーの近くの小さな湖のそばに自分の家族の小屋があるし、飛行機から見ろ(笑)、という。ともあれ、荷物はスーツケース、機内持ち込みが2つ、それと傘。電車に乗って、ティックリラまで。そこから61のバスで空港へ向かう。さすがにスーツケースは重く、階段などではライノもちょっと嫌そう(^^ ;)。バスに乗ってしばらくして、着ていたジャケットのポケットから何気なく航空券の入った封筒をだして中を見ると…「違う」。これはちゃらになったオーランド行きの切符。慌ててとりあえず手元にあった鞄の中を捜すが、ここにはない。ライノは「まあ空港に行ってからスーツケースを開けてみたらいい」という。どこに入れたか、覚えがない。「最悪の仮定としては、」と自分は続ける。「今朝送った荷物の中に入れてしまった可能性がある。」ライノは半ば飽きれ顔。ごみとして捨てたのでは、と聞かれるが、それはない。まあ予約は入れてあるから、いざとなれば新しく切符を買ってでも、と思う。ともあれ空港へ到着。

 チェックインカウンターの前でスーツケースを開け、中を見る。あちこち探していたら、程なく見つかった。これで一安心。でまたスーツケースを閉めてさあチェックインへ行こう、と思ったら、次には「傘がない?」。バスの中に忘れてきたのか、と思う。空港行きのバスはそのあたりで待っているはずだし、聞いてこよう、とライノが言う。彼が行きかけたところで、荷物の影になっていた傘を発見。ちょうど傘の柄と椅子の背とが同じ保護色になっていたので見逃したらしい。ライノはやれやれ、という表情。「旅行にはアクシデントが付き物だし(^^ ;)」といってごまかす(笑)。ともあれ、チェックイン。荷物を量りに乗せると、28.7kg。これはいかん。しかし特に何も言われない。座席は24Aを予約していたのだが、ここはもう詰まっているし、同じ列の反対側、24Lでいいか、という。まあ窓側だし別に構わないのだが、これなら予約の意味がないのでは。しかも出発4時間以上前にチェックインしているのに。混んでいるのか、と聞くと、あと50ほど空席がある、ということだった。結局荷物のことは何も言われず、29kgと書かれたチケットを手にする。

 これからしばらくはフリータイム。手荷物を到着ロビーにある手荷物預かり所に預けようとしたが、ライノが「確かもう一つ下に…」というので1階に降りると、コインロッカーがあった。5FIM硬貨2枚のものと3枚のもの。中には超過料金が415FIMになっているところがあった。ここに荷物を預け、再び615のバスに乗り、ヘルシンキ市内へ戻る。ライノが植物園の学食で食べよう、というのでハカニエミで降りて、歩いて植物園へ。小さな建物が散らばっているが、その一つにカフェがある。木造の建物で、いい感じ。ランチはもう終りに近く、パタは自分が取ったので最後だった。学生カードに残っていたボーナスも全て使いきる。ライノと一緒に、カイサニエミ湾に面した席で食事をする。食後にはカイサニエミのトラムの停留所まで歩いていき、ここで別れる。自分はトラムに乗ってストックマンの前へ。スオマライネンに行き、ラテン語書籍のお土産、またエストニア語の小さな辞典も買っておく。いつ使うか分からないが、必要になる時は急だし、日本からは手に入らない。それからスラソルへ向かう。いい天気なので町は暑いくらい。スラソルでケッコネン氏に会うと、注文した楽譜はまだだとのこと。日本に送ってもらうことにして、住所とカードの番号を控える。住所を書くと、「お、パナムジカの近くだな」といわれる(笑)。知っているのか、と聞くと、知っている、という返事。取り引きがあるらしい。ともあれ、楽譜は届き次第日本に郵送してもらうことになる。帰ろうとしたら、ちょっと待て、すでにここにあるものについては持っていけ、その方が送料も安くなるから、というのでもらって帰る。近くの古本屋で再びスヌーピーを購入。シリーズ全体としてもこちらではあまりはやらなかったようだ。内容的にも選集になっているらしく、コマが飛んでいたり順序が入れ代わっていたりすることがある。それからまた駅前に戻りかけるが、いったんストックマンへ。昨日見て気になっていた、アーリッカの木のウサギを買う。ふたたび駅前のバスターミナルに向かうが、ちょうど空港行きのバスは出たところ。次のバスまでは20分くらいあるはずだし、ただ待っているのもなんなのでアテネウムのミュージアムショップへ。絵葉書を買う。一通をアテネウム内のポストに出してから、バスに乗って空港へ向かう。外気温は19度。

 意外に時間を食ってしまっていて、空港に着いたら4時。着いてみると、発着スケジュールを表示するモニターが停止している。そのかわりに職員があちこちに立っていて、案内をしている。ここでセバスチャンが来るといっていたのでしばらく待つ。が、なかなか現れない。コインロッカーから荷物も出してくる。ほとんど搭乗開始時刻になった頃にやっと姿が見えた。なんでも風邪を引いたとかでしんどいらしい。しばらく話をする。手持ちのフィン語スヌーピーを一冊彼に渡し、これで勉強しろ、という(笑)。5時前に出国審査へ。搭乗券をチェックするだけ。手荷物をX線に通すが、2つあるにもかかわらず何もコメントはなし。

 まずは免税店でタックスフリーのチケットを換金する。どこに行けばいいのか、としばらく迷って、化粧品の店で聞いてみたら、ここでできます、とのこと。パスポートと品物を見せる。ところがビザはまだ1ヶ月以上あるので、「2週間以内じゃないと…」といってどこかに電話で問い合わせている。が結局OKで、換金してもらう。それから免税店に行き、お土産買い。甘味類を買い込む。また自分用にウォッカも。パイナップルやクランベリーの単品もあったが、700mlなので大きい。500mlの白とクランベリーがセットになったもので我慢。他にキオスクでチョコレートを買ったら、残りは10ペンニのみ。もう20分前なので、急いでゲートへ。しかしまだ開いていないようで、沢山の人がたむろしている。いったんチケットを切ってもらってから、まだ開かないのか、遅れているのか、と聞くと、いや予定どおりだ、もうじき開く、という返事。いったん妻に電話をしに行く。ゲートの近くの電話機はカフェテラスの内側にあるので、ちょっと掛けにくい。テレホンカードを使いきってからまたゲートに戻ると、搭乗が始まっていた。やはり団体客が多いらしい。日本語の会話に囲まれる、というのはまさに8ヶ月ぶりの体験。ちょっとした違和感を感じる。後ろにいたおばさんに「きれいな色の傘やねえ」と感心される。が日本製(笑)。飛行機に乗る前に、ヘルシンギン・サノマットと夕刊紙を一つ取ったら、「これもどうぞ」とスタッフにもう一つの夕刊紙を渡される。席は窓側。隣は空きかと思ったが、残念ながら客あり。女性客でツアコンらしい。

 飛行機はほぼ定時に出発。アナウンスによると予定飛行時間は8時間50数分とか。9時間を切っているとは知らなかった。滑走路を西から東へと走って、離陸。高度をあげながら旋回していく。天気がいいので、下の風景はよく見える。しばらくするとヘルシンキ市街が見えた。テーレ湾、フィンランディアホールなどが分かる。ヘルシンキから西の方向へと飛んでいく。そこから北へ向かうのかと思っていたが、そのまま西へとバルト海の上空を飛んでいく。南側にはエストニアの陸地が見えている。少し経ってから海を見ると、まだ氷が張っている。陸地もみえてきたので、ちょうとサンクト・ペテルブルグのあたりになるのだろう。時計も早めに日本時間に直しておく。このころに食事のメニューが配られ、飲み物とおつまみがサービスされる。ビールは何があるかと聞くと、ラピン・クルタとコフの2種類。カルヤラがないのは残念。ラピン・クルタを飲む。機内映画のクリップで、トムとジェリーを流していた。夕食は、鮭と鳥から選択。フィンランド人の男性乗務員が「魚かチキンか?」と日本語で聞いていた。日本人の男性乗務員も乗っている。デザートにはマンゴーのタルト。食後のコーヒーは、聞いてみたらやはりフィンランドの強いコーヒー。乗務員は「でも日本のコーヒーもなかなかいいですよ」といっていた。食後に機内誌「キートス」を読むが、今回は誤植というより内容の間違いをたくさん発見する(^^ ;)。あとで乗務員のところへ行き、校正?したものを渡す。これは別会社がつくっているので、直接フィンエアーがタッチしているわけではないそうだ。また、乗務員同士は英語で会話しているのだが、日本人乗務員は日本路線のみになるので、フィン語は義務ではないとか。

 また夜にはミニボトルのリカーを頼むが、前回とは違って全部カップに開けてから渡される。氷も入れてもらってからちびちびと飲む。しばらくしてからふと思い付いて、メモを書いて乗務員に渡す。メモには、この飛行機のクルーの中にフィンエアー合唱団の関係者ないし、合唱が趣味の人がいるか、と書いてある。しばらくすると、ちょっと年配の女性乗務員が来て、「私は以前フィンエアー合唱団で歌ってましたが…」という。少し話を聞きたい、といって乗務員スペースへ。隣の席の女性は眠っているので、肘掛けを渡るようにして乗り越える。こういう時には不便。フィンエアー合唱団は約30年前の設立で、現在は50名くらいの社員による趣味の合唱団だとか。しかしさすがに客室乗務員は3人くらいという。レコーディングも幾つかあって、町中でも買えるという。見掛けたことはなかったが。興味があるのなら、住所などを教えてくれれば合唱団の担当者に連絡しておきましょう、と言ってくれるので後で名刺を渡すことにする。どのくらいフィンランドに居たのか、というので8ヶ月、というとそんなにフィン語での会話が出来るとは素晴らしい、と誉められる(^^ ;)。

 また席に戻ってしばらく寝る。が熟睡はできない。しかしあと4時間ほど。ぼけっとしながら過ごす。そのうちに外は明るくなってくる。ちょうど中国上空で、ゴビ砂漠の上などを通過していく。着陸2時間前から朝食ということだったが、なかなか回ってこない。1時間くらい前になってからやっと配られ始める。オレンジジュースが先に回ってくる。朝食はオムレツがメインだが、全体としては軽いもの。さすがにそろそろ疲れてくる。飛行機は朝鮮半島を横切って日本海へ。天気がいいので、下の様子もよく分かる。日本の海岸もみえてきた。海岸線から松江の辺りかな、と思っていたが、さらに進むと湖が見えたので、宍道湖とわかる。そこから中国山地を横切って瀬戸内海へ。岡山から瀬戸大橋も見下ろせる。高松、そして徳島が見えたところで旋回を始める。もう高度もだいぶ下がってきた。和歌山が見え、少しずつ旋回して着陸体制に入る。気温は12度というから、ちょっと寒そう。海岸線に沿って高度を下げ、ついに関空の端が見えてくる。無事に着陸。8時43分と結局予定より20分近く早くの到着で、実質飛行時間は8時間45分くらい。

 飛行機が誘導路を走っている間に、気の早い乗客はすでに出る準備を始めている。飛行機がゲートについてから、こちらも荷物を取り出す。入り口に向けて並んでいたら、先にビジネスの客がはけたようで、「こちらからもどうぞ」というのでビジネス席を通り抜けて前の出口から出る。おかげでだいぶ早く出られた。エスカレーターを昇っていくと、前にフィンランド人らしい男性が立っている。「日本へはお仕事ですか」とフィン語で声を掛けると、前に仕事で2年間いたが、今回は休暇だとか。フィン語を勉強して8ヶ月、というと「信じられない」といっていた(^^ ;)。ゲートとターミナルを結ぶ電車から降り、エスカレーターで下がっていくところにある歓迎の広告にも、ちゃんとフィン語・スウェ語のものがあった。入国審査では、同時に着いた便があるのかすでに列が出来ている。「日本でも行列ですねえ」というと笑っていた。特に問題なく通過。続いて荷物の受け取り。カートを出してきて待つが、幸い早くに出てきた。税関はがらがら。パスポートを渡すと「ご旅行ですか」というので「フィンランドへ留学で」というと、「ほう、そういえば白夜とかありますよねえ、あれはいつ頃ですか」と聞かれる(笑)。税関の職員にも珍しがられるとは。別に申告するものもないので、そのまま通過。最後のゲートくぐると空港のホワイエに。

 あきちゃんが迎えに来てくれている。抱き合って再開を喜ぶ。それからちょっと待って、さっきのフィンランド人が出てきた時にこちらの名刺を渡しておく。それから駅へ。次の電車にしたのでちょっと時間がある。アエロプラザにも行ってみるが、まだ朝早いので閉まっているところが多い。うろうろしている間に時間も経つので、駅のホームへ降りる。電車を待つが、側に立っているのはスウェーデン人の家族らしい。荷物のタグは、たしかにアーランダ空港発になっている。「はるか」に乗って一路京都へ。混み具合はそれほどでもない。荷物が重いので、京都駅からタクシーで家に帰る。8ヶ月ぶりに帰ってきた。まだ送られてくる荷物があるが、今回の留学はこれにておしまい。

(完)


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