ヘルシンキ大学合唱団の内実
前川 裕(なにわコラリアーズ)
【YL】
正式名称は「高校卒業者組合合唱団」である。「高校卒業者」に特別の意味があるのはヨーロッパに共通であるが、フィンランドでも同様である。この正式名称から推測されるように、YLの団員はヘルシンキ大学の学生に限らない。シベリウスアカデミーや、経済大学の学生なども集まってくるし、すでに何十年も前に大学を卒業したような団員もいる。日本の「大学合唱団」のイメージとはだいぶ違うが、主力となるのはやはり2、30歳代の若手メンバーである。
【YLの練習】
ヘルシンキ大学に留学して、まず訪れたのがヘルシンキ大学合唱団(YL)の練習見学であった。ヘルシンキの町の中心部、ストックマンデパートの向い側ある学生会館が創設時からの練習場である。2階の道路に面した側に音楽室がある。この部屋には、歴代の指揮者の肖像画がかけられており、練習中はこれらの肖像と対面するような形になる。なかでもひときわ大きいのが、シベリウスの肖像である。
1年は8月から始まる。ここから次の年の5月末までが1サイクルとなる。毎週火曜日夜、午後6時になると三々五々と団員が集まってくる。最初の30分は発声に費やされる。現在は専門のボイトレがこれを行っている。6時半から指揮者による練習が始まる。マッティ・ヒョッキがYLの指揮者となってもう18年になる。たいてい、ジーンズ姿で現れ、またそれが似合っていて、年齢を感じさせない。
8時から30分は休憩となる。音楽室は空になり、近所で腹ごしらえをする者や、階下にあるバーでお茶を飲む者、ビールを飲む者もいる。時間になると再び集まってきて、さらに練習を続ける。公式には10時までが練習時間だが、9時半に近くなると、楽譜をわざとバタンと閉じたりして、「早く終われ」という無言の圧力を団員が指揮者にかけ始める(笑)。マッティはそれも意に介さず、必要な練習を終えるまで続けていく。もちろん、内容によっては早く終わるときもある。練習後は、別のバーに行って飲む者、帰る者とそれぞれである。
【YLのオーディション】
入団の時期は、大学の開始にあわせて9月と1月である。この時期には通常練習が早く終わり、その後に個人オーディションがある。希望者は、当日8時半から練習に参加することが求められ、適当なパートに入って一緒に歌う。
練習が終わると、いったん全員が外に出る。それから一人ずつ呼ばれて、オーディションを受けることになる。指揮者の他、パートリーダーや役員といった主だった団員が同席する。詳しくは私のHPをご覧頂くとしよう。スケールを歌い、決して易しくはない音階を聴音し、自由曲を歌う。さらに、その日の練習で歌っていたものを、カルテットの一員として歌う。私の場合は、練習とは違ったパートで歌わされるなど、通常以上の難しさがあったかもしれない。結果はその場で伝えられる。落ちる人もやはりいる。
マッティに後で聞いた話では、「頭の回転の早い人を求めている」ということであった。現代曲など多数のレパートリーをこなす中で、それに対応できる人材が必要である、と語っていた。なおYLは終身制であり、一度オーディションに合格すると永久に団員名簿に記載される。シーズンの最初にその時期の名簿へ登録することで、いつでも再参加が可能になるのである。
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