撤退の農村計画 in 東京
過疎地域の現実を直視したもうひとつの提案


撤退の農村計画 in 東京
過疎地域の現実を直視したもうひとつの提案

林直樹・齋藤晋・大西郁・江成広斗・山崎亮
2011.6.20
東京芸術学舎
協力:京都造形芸術大学


まず、林氏により、「撤退の農村計画」とは何かという、書籍の概要説明が行われ、続いて、著者のうち4名の方にご登壇いただき、執筆担当した節の内容に関する解説が行われました。
最後に、島根県海士町で集落支援員として活躍されている西上ありさ氏にゲスト出演いただき、その具体的な活動内容をご紹介いただきました。

「撤退の農村計画」が描く戦略的再編―「積極的な撤退」と震災復興
林直樹氏

過疎地の問題は、現在、0か100かしかない。しかし、その中間、生活再建のための集落移転があってもよいのではないか、集団で移転することで、地縁・共同体が維持でき、文化も継承にもつながるということが述べられました。
水田も、耕作できない場合は、荒地にするのではなく、放牧による粗放的管理にするなど、将来復活するかもしれない水田の備蓄ということも考えたい、そういった中間の対策も検討していくことが必要なのです。
撤退というのは非常に難しい方法です。まずはビジョンを示すことが何より大事。決して敗北ではない、勝利に向けた一時的な退却であることを理解してもらう必要があります。
住民の誇りを再建した上で、積極的な撤退をしていくことが未来へのプロセスになるというお話でした。
最後に、東日本大震災の復興に関しても触れていただきました。
短期的には過去の教訓(仮設住宅の入居には地縁が切れないように配慮するなど)が役に立つかもしれないけれど、長期的には役に立たない場合が多いということでした。
今回の震災は、国の人口が減少するという時代に発生したというのが、これまでとの大きな違いで、そもそも復興というイメージが見えにくいこと、もうひとつの違いは、都市農村漁村すべてに壊滅的な被害を与えたということだといいます。加えて、漁業権という複雑な問題も孕んでいます。
震災によって、これまで先送りにしてきた人口減少という課題にはっきりした締切が突きつけられました。私たちは、人口減少時代の新しい生活にシフトしていかなければならないのです。しかし誰もが元の生活に戻りたいと願う気持ちがあるでしょう。そこで、新たなビジョンを示していくことが大事になります。他の選択肢として具体的に日常生活がイメージできるものを示すことで、はじめて何がよいのか見えてくるのではないでしょうか。
また、都市計画と農村計画の連携も必要で、都市農村全体の青写真を示さなければいけない、と締めくくられました。

集落移転の事例紹介
齋藤晋氏

集落移転は1970年代に多くなされたそうですが、ここでは平成の集落移転についてお話いただきました。
総務省の過疎地域集落再編整備事業を使って移転がなされた鹿児島県阿久根市の事例(書籍にも掲載)を中心に、秋田と長野の事例についても、写真を交えてご紹介いただきました。いずれも住民の合意形成がうまくいった移転だそうです。
課題はあるものの、集落移転は決して良くないものではなく、住民にとってプラスに働く面もあるということを理解いただきたい、ということでした。

田畑管理の粗放化
大西郁氏

過疎地域の田畑の管理について、林氏のお話にもあった中間の対策として、比較的費用と労力のかからない「粗放化」策である放牧の可能性についてお話をいただきました。
とくに、耕作放棄地における小規模移動型の放牧について、現在なされている具体的な方法など、聞くことができました。
放牧には、草刈しなくてよいなど労力の削減、畜産農家の経費削減、牛も元気になる、獣害対策など、多くの効果が認められているそうです。
担い手が減るなかで田畑のまま維持するのが困難な場合の次善策として、放牧には期待がもてそうだと思いました。 詳しくは書籍もご参照ください。

森林の野生生物の管理を考える
江成広斗氏

獣害に対しては各市町村ではお金を掛けて様々な対策が取られていますが、なかなか改善されないのが実状です。
高価な柵を設けても、それを維持していくことが大事で、そうしないと問題は解決しません。耐力のある集落づくりが求められているのです。
獣害は実は最近に始まったことではなく、昔から戦いの歴史であったといいます。いま高齢化や人口減少によって集落活動が希薄化するなかで、社会問題として出てきただけのことだそうです。
そんな状況のなか、すべての集落を維持して、野生動物と共存していくのは困難なのが予想され、選択と集中という意味で集落移転の有効性は考えられます。しかし安易な集落移転は、まわりの集落でかえって獣害がひどくなる可能性もあるので、注意が必要です。
人間の領域と野生動物の領域が入り混じっていると、獣害の発生する可能性が大きくなるので、できるだけシンプルな境界にするのが望ましいそうです。そうすることで、設ける電気柵の距離も短くできるし、維持もしやすくなります。
また、獣害のある土地で農業を続けるのは大変なので、農地自体を移動することで農業を継続することも考えたいというお話でした。実際に被害を受けている地区だけでなく、地域ぐるみで獣害対策を進めていくことが大事だと述べられました。

集落診断士とは何か
山崎亮・西上ありさ氏

山崎亮氏は「集落支援員」ではなく「集落診断士」と呼ばれています。外から入っていて支援するのではなく、住民と一緒に対策を講じるという考え方からだそうです。
実際に島根県海士町で集落支援員(診断士)として活動されている、西上ありさ氏をゲストに迎え、海士町での活動の様子を説明していただきました。
   * * *
「ないものはない海士町」というキャッチコピーのもと住民参加で様々な取組がなされています(詳しくは山崎亮『コミュニティデザイン』をご参照ください)。
西上さんは2010年から集落支援員として海士町に入られました。高齢化率は38%と高く、何が問題かわからないという所からのスタートだったので、まずは集落の健康状態を診断することから始められました。
30項目のヒアリングによりレーダーチャートを作成、そして地区ごとの現状と特徴を明らかにして、具体的に何をすればよいかを考えていったそうです。
ここでは、役場の若手職員やI・Uターン住民に対して集落支援員養成講座を開くなど、丁寧な取組をされています。
しかし支援員が挨拶に行くと、決まって住民から「何を支援してくれるのか」と厳しい意見をいただくそうで、支援員の活動について理解してもらうために漫画を作ったり工夫をしているといいます。
よそ者が地域に入っていくのは容易なことではありません。いろんな人の意見を聞く中で、徐々に困っていることは何か「相談」しながら考えていくそうです。地区の魅力や面白さを住民に丁寧に伝えて、30年先の未来のために、一緒にできることは何かをともに考えていくことが大事だと話されました。日々悩みながら取り組まれている様子がよくわかって、会場からは拍手が起こりました。


アンケートより

アンケートでいただいた質問について、講師のみなさんに答えていただきました。

Q:集落移転後の土地に建造物がそのまま残されているのは、それだけで環境・景観に配慮がされていない気がしますが、その点はどうお考えになりますか?
A(齋藤)
今までの調査先で見てきたことに基づいて述べます。移転跡地の建造物の状況ですが、大きく分けて4通りです。
(1)移転後誰も住んではいないが、小屋や山に入るときの足場などとして定期的に人が出入りしているため、比較的きれいな状態を保っている。
(2)移転後誰も住んでおらず、出入りもないため、傷むにまかせているが、まだ建物の形状は保っている。
(3)移転時に壊したか、あるいは移転後自然に倒壊したかで、がれきとなっており、それが一カ所にまとめられている。
(4)がれきも何もなく、更地になっている。
移転元は、山間部に住居が広範囲に点在していることが多いこと、建造物も木や土壁など自然物を利用したものが多いことなどから、あまり環境・景観への負荷を意識させないことが多いです。しかし、人が居住していたことがあるからには、人工物の存在は想像できます。(2)や(3)の場合には特に((1)でも年数がたち管理者がいなくなれば同様に)、建造物やその残骸の環境(土壌や水質)への負荷も分析する必要があるのかもしれません。加えて、環境・景観の問題だけでなく、治安についても一定の考慮が必要かと思います。
ただ、現在の総務省の事業では、移転跡地の処理への補助は明記されていないこと、移転後も小屋等として使いたいという住民の意向があること、などから、建造物をまっさらにしてからの集落移転というのは、現状では少し難しい面があるかと思います。

Q:移転されてしまった跡地まで考えなければ、更なる問題が生まれるだけでは?
A(齋藤)
おっしゃる通りです。
例えば、コンパクトシティが長く注目されつつも、なかなか現実には広まっていかない理由として、「コンパクトになった都市での素晴らしい生活」はたくさん提示していますが、「コンパクト化されたのちの、縮退対象エリアの跡地のありかた」についてはほとんど考えられてこなかったからではないか、と思います。
おそらく、集落移転の跡地管理についても、100点から0点まであるのだと思います。完璧な跡地管理は難しい、でも0点の跡地管理では住民も幸せにはなれない。とすると、財政状況や住民の特徴、入会(いりあい)の扱い方などを考えつつ、現実的かつ住民の要望をできるだけ取り入れた跡地管理を、移転時に行政や移転住民がつくっていくべきだと思います。

Q:移転集落の調査で、職業・収入についてどうであったのか?
A(齋藤)
収入の多寡や移転前と移転後での変化等、くわしくはわかりません。
職業については、移転を機に農業(おそらくは兼業農業だと思います)を離れ、生産年齢の世代は会社勤務に、高齢者は年金生活に移行する、というパターンが何人も見られました。それから、移転元の集落はもともと農業の生産基盤が弱い、という側面もあり、移転前からすでに農業以外の職業で収入を得ているという人も何人も見られました。ともあれ、移転により就業や経済活動に支障が出たというような話は、現在のところ聞いておりません。
ただ、今回の大震災で高台移転が考えられている地域のように、農業や漁業等の生産基盤がしっかりしている居住地からの移転の場合、この職業・収入の問題は、大きな課題になってくると予想されます。

Q:集落支援員の制度は今後の役割として重要かもしれないが、どういった費用が出されているのか?
6名新たに雇ったとあるが、どういう仕組みか?

A(西上)
集落支援を導入する市町村には、特別交付税が配分されます。なので自治体が支援員を導入しますと総務省に手を挙げる必要があります。
集落支援員1人あたり年間最大350万円まで助成されます。内訳としては集落支援員の人件費、活動費等です。人件費は200万円以内におさめ、残りは活動費として使われます。
ちなみに活動費は、車をレンタルするお金や視察等へ行く程度のものしかないので、支援員が何か事業をしたいときは、別途補助金や助成金をとって活動しています。

Q:街そのものが縮退している場合、都市の中心市街地のような場所にも思いきった撤退が必要でしょうか?
A(林)
資金的な問題がなく、移転先でも空間的な余裕(家庭菜園など)が確保できるなら、中心市街地への撤退もありうると思います。
コンパクトシティの時代ですので、移転先の現在の規模、すう勢が非常に重要だと考えています。

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アンケートでいただいたご感想をいくつか紹介します。

・集落移転は本当に有益なのか考えさせられた。
 ご先祖様から受け継いだ土地から離れることでも人脈(地域コミュニティ)が保存されればよいのだろうか。
 本当に山村の生活が再興する時代はくるのか。
 温存とは戻ることを前提としているのか。
 具体事例を考えたら眠れなくなりそうです。

・現実的な解、その実現に向けてとても前向きなお話が聞けて、勇気づけられる思いがしました。
 人のまとまりに対して何かを働きかけようとする時、合意形成が何よりも難しいだろうと思って聞いていました。
 「丁寧に、丁寧に説明をする」と集落診断士の方がおっしゃっていたことが、とても印象的です。
 より実現性の高い計画にしていって、活動を続けてほしいと思います。

・集落診断士の話題が非常に興味深く拝聴させていただきました。
 とくに数字(統計)だけでなく、前向きな提案をセットにして伝える…ショッキングな数字を伝えるんではなく、その地域の良さを話しながら…本当に難しいというのが伝わってきて、面白くかつわかりやすく聞くことができました。

以上、ありがとうございました。

(まとめ:編集N)




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