持続可能な観光の具体的なモデルを示したかった
前田:
『観光の地域ブランディング』をお出し頂いた森重先生に、この本の狙いとどういう方に読んでもらいたいかをお聞きします。
森重:
この『観光の地域ブランディング』の中で、「関係性モデル」というものを提示しております。これは、地域にある資源をどういう風に生かしていくか、単に資源を生かすだけでなく、資源をどういうふうに地域の人々に伝えていくか(つまり、ブランディングからマーケティングへということです)、最終的にはそれで観光客に来ていただくということを提示しました。
通常の観光では、お客さんが来て収入が増えたということで満足することが多いのですが、この本ではそれだけでなく、増えた収入がどういうふうに地域に還元されるかということまで考えました。地域社会に還元されることで地域資源の価値が高まり、さらに地域そのものの価値も高まっていくという、ひとつの循環をするモデルを本の中で描いています。
関係性モデルの中でぐるぐると循環していくことが、今、観光の分野で考えられている「持続可能な観光」とか「サステイナブルツーリズム」の方向を示す一つではないかと思います。そういう意味で、サステイナブルツーリズムの具体的なモデルをこの本の中で示すことが出来たと思っています。
取り組みに問題を感じている人に読んで欲しい
この本をいろんな方に読んで頂きたいと思っていますが、一つはサステイナブルツーリズムや観光まちづくり、着地型観光を実際に経験されている方や、これから始めようと考えている方に読んでいただきたいと思っています。特に、今、観光に取り組んでいるけれどもうまく進まないと考えていらっしゃる方には、それぞれのプロセスのどこで停滞しているかを考えるときに、この本は非常に参考になるだろうと思います。大事なことは、必ずしも地域資源を作るところから始めなくてもいいということです。どこからでも、持続可能な観光は始められることが特徴です。
この本の中では海外も含めた8つの事例を紹介しています。その中には、地域にある資源に磨きをかけてブランド化して売っていく事例もあれば、地域の人は気づいてないけれど、地域の外にいる人たちがこれはいいねと評価したことから始まった持続可能な観光も紹介されています。ですから、どの部分からでも始められるのです。観光のプロじゃない人でも始められる、誰でも始められるのが、着地型観光であり持続可能な観光の面白いところであり、メリットです。そういう意味では、観光のプロ以外のいろんな方に読んでいただければと思っています。
標津町での経験
前田:
この中で、想い出のある事例はございますか。
森重:
私自身は、北海道の標津町という道東にある町の事例が面白かったと思っています。ここは秋鮭が採れる産地なのですが、本来鮭は漁業者にとって大事な資源ではあるけれど、地域の人にとってはそれほど関わりのあるものではなかった。しかし、観光を通じて酪農家や役場に勤めている人、普通に町で暮らしている人たちも、鮭が地域の大事な資源だと認識できるようになりました。
それは外からの目線でそういう認識ができるようになったんです。もちろん、それまでも鮭が地元の資源だとはわかっていたんですが、観光を通じて町にやってきた人たちが「いいね」「素晴らしい」と誉めてくれたことで、地元の人達がより自慢に感じたり、誇りを感じたりするようになったんです。町の人たちがそういうふうに感じることで、観光もより進化するようになりました。観光が進化するとは、単に観光がうまくいって収入も増えましたねということじゃなくて、その地域に暮らすこと自体が誇りあることだと感じたり、生活することで豊かさを感じたりするようになることです。その変化が如実に感じられたという点で、標津町の事例は面白いと思います。
もちろん、こんなふうに観光が進化することで人びとが豊かさを感じるようになった例は標津に限らず、8つの事例それぞれに見られる共通した出来事です。他の地域で活動されている皆さんも、このモデルを見て同じように感じられるのではないかと考えています。
前田:
ありがとうございました。
装丁 コシダアート/正木秀樹
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敷田麻実・内田純一・森重昌之 編著
A5判・192頁・定価2100円(本体2000円)
2009-08-30 初版発行
■■内容紹介■■
施設整備型の観光開発、地域磨きに終始しがちだった内向きの観光まちづくりを超えて、地域外のニーズへ向けた総合的なマネジメントが求められている。そこでポイントとなるマーケティングとブランディングを、軸となる地域組織に焦点をあてながら、8つの事例で分析。持続的な観光まちづくりの戦略を、モデルで明快に示す。
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関連図書
敷田麻実(編著)、 森重昌之・ 高木晴光・ 宮本英樹(著)『地域からのエコツーリズム』
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『観光の地域ブランディング』
●主要目次●
第1章 観光まちづくりの新たな視点
1・1 ブランディングを欠いた観光まちづくりの問題点
1 観光まちづくりへの注目
2 観光まちづくりへの期待
3 これまでの観光まちづくり
4 第2世代の観光まちづくり
5 第2世代の観光まちづくりの課題
6 核心はブランディングとマーケティングの欠如
7 ブランディングとマーケティングの欠如による問題
8 内向き状態克服のための処方箋
1・2 観光まちづくりにおける地域ブランディングの本質
1 そもそもマーケティングが欠けている
2 マーケティングとは
3 「顧客をつくる」ことの難しさ
4 ブランディングが顧客をつくる
5 地域ブランドの全体像
6 地域ブランドで「内向き」と「外向き」の活動を束ねる
7 観光まちづくりと地域ブランドの関係
8 ブランディングとマーケティングの連動
1・3 これからの観光まちづくり
1 第3世代の観光まちづくりへ
2 観光まちづくりの4つの働き
3 関係性モデルで考える観光まちづくり
4 事例の紹介
第2章 地域ブランディングとマーケティング戦略への注目
2・1 ご当地カレーに見る地域振興と連携戦略──北海道富良野地域
1 富良野の概要と富良野オムカレー
2 富良野オムカレー誕生までの道のり
3 「食のトライアングル〈農・商・消〉研究会」が果たした役割
4 関係性を進化させる中間システム
2・2 温泉地域再生をめざした「はこだて湯の川オンパク」──北海道函館市
1 函館湯の川温泉の概要
2 湯の川オンパク開催への道
3 湯の川オンパクが果たした役割
4 湯の川オンパクの将来
2・3 「らき☆すた」に見るアニメ聖地巡礼による交流型まちづくり──埼玉県鷲宮町
1 アニメ聖地巡礼から始まったまちづくり
2 イベント企画とグッズ開発
3 らき☆すたによるまちづくりの分析
4 自発的な観光行動からまちづくりへ
第3章 観光振興による地域資源への再投資を進める仕組みづくり
3・1 観光客の声を生かしたまちづくり──山形県置賜地域
1 置賜地域および山形鉄道の概要
2 地域連携と鉄道の役割
3 観光客の声を生かした観光振興
4 関係性モデルのプロセスが循環するまちづくり
3・2 安全なスキーリゾートをめざす地域協働──北海道ニセコ地域
1 ニセコ地域の概要
2 スキーリゾートの課題と新たな取り組み
3 雪崩事故防止活動が地域にもたらした効果
4 ニセコ地域における中間システムから得られる示唆
3・3 土地買い取りで湿原保全を進める霧多布湿原トラスト──北海道浜中町
1 都市部から遠い霧多布湿原
2 霧多布湿原の保全へのかかわりとその進化
3 地域外から得た支援の地域資源への再投資
4 エコツーリズムによる持続可能なまちづくり
第4章 持続可能な観光まちづくりのためのシステムづくり
4・1 地域の人びとのつながりから生まれる観光まちづくり──北海道標津町
1 標津町の概要
2 標津町エコ・ツーリズムの取り組み経緯とその効果
3 関係性モデルから見た標津町エコ・ツーリズム
4 まちづくりのステップアップに向けて
4・2 政府観光局による地域マーケティング戦略──オーストラリア・タスマニア州
1 タスマニア州とタスマニア州政府観光局の概況
2 タスマニア州政府観光局による多様な観光振興戦略
3 タスマニア州政府観光局の関係性モデル
4 日本の観光まちづくりへの示唆
第5章 観光まちづくりをめざすマネジメントの実践
5・1 観光の関係性モデルで考える観光まちづくり
1 地域ブランディングとマーケティング戦略への注目
2 観光振興による地域資源への還元を進める仕組みづくり
3 持続可能な地域のためのシステムづくり
4 関係性モデルによる観光まちづくりプロセスの鳥瞰
5・2 地域ブランディングとマーケティングの戦略
1 第1世代のマーケティングモデルに見られる基本形
2 地域内のあらゆる会社や組織がサプライヤーになる
3 第2世代の観光まちづくりに不足するマーケティング能力
4 地域にマーケティング力を獲得させる
5 地域に必要なブランディング活用型マーケティング
6 地域ブランドアイデンティティを構想する
7 観光まちづくりのリーダーシップ
5・3 人づくりと地域資源の保全戦略
1 観光利益の地域資源への還元
2 金銭的利益以外の還元
3 地域全体への還元:波及効果
4 持続可能な観光まちづくりのカギ
5・4 中間システムのマネジメント戦略
1 地域側が中間システムの役割を担う
2 4つの働きをマネジメントできる地域関係者がかかわる
3 観光まちづくりはどの働きからでも始められる
4 中間システム自体を進化させる
5 中間システムを維持する
6 中間システムから新しい活動をつくり出す
第6章 観光まちづくりから持続可能な地域へ
1 観光まちづくりの転換
2 適性規模と自律する観光まちづくりへ
3 観光まちづくりにおける関係性の構造転換
4 交流学──交流まちづくりへの希求
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