食と景観の地域づくり
〜小さな活動からネットワークへ〜

本書の狙いを聞く

 

井上・染井
文化庁で文化的景観の制度の立ち上げに関わりった井上さん、農林水産省、外務省、国交省を経て現在、農業と栄養士&技術士として活躍中の染井さんに、本書の狙いをお聞きしました。

 

食と景観はどう関係するのですか

前田:
 この本の狙いをお伺いしたいと思います。
 まず食と景観がどう結びついているのかが分からないという方もおられると思いますので、そこからお話いただけませんでしょうか。
染井:
 身近な例でお話ししますと、私は北海道でグズベリーという小さな木の実を取って参りまして、京都の知人にさしあげましたところ、その知人のお母さんは70代を越えて、少し認知症も入って記憶がぼやけてきている方ですが、その方がグズベリーを食べて、急に昔一時期、北海道にいた時代のことを話し出されたそうです。それは知人の母親の、子ども時代の話ですから、今まで聞いたこともないような話でとても興味深かったそうです。
 このように食べ物と景観は、個人個人のいろいろな思い出に繋がって残っているものだと思います。我々も街を歩いて匂いを嗅いだときに、ある風景が頭に思い浮かぶという経験があるのではないでしょうか。
前田:
 それは食べたときの風景ではなくて、作られている風景もそういう方は知ってらっしゃる、思い出されるということでしょうか。
染井:
 この本のなかでも紹介させていただいていますが、フランスのジャック・ピュイゼという方が「味には風景がある」と言われています。それは人は味を目で見たり匂いを嗅いだり味わったりという五感で判断して、そして記憶で判断し、思い出で判断すると言っておられますが、味は広い意味でとらえると、記憶と結びついていると思っています。

景観政策と食が関係するのですか

前田:
 井上さん、景観政策と食が関係するのですか。
井上:
 今のジャック・ピュイゼの「味には風景がある」という話ですが、実際に地域の様々な風景をみたときに、それが生産と結びついているかというと、現状は悲惨な状況ではないでしょうか。
 各地域を私は文化庁の調査官として調査しましたが、耕作放棄地がここ十数年の間に非常に増えています。そのことを考えれば、生産が滞ってしまったために景観が激変するという事態が起こっているのだと思います。ですので景観を保全すると言うことは、実はその景観を構成している家屋とか畑とかを守ると言うことではなくて、景観を創り出している生業そのもの、農業とか漁業を継続していくような仕組みをつくること、それが結果として景観を守ることになるのではないかと、私としては考えています。
前田:
 この本はそういうことに取り組んでいる方とか、国とかの紹介が載っているのでしょうか。
井上:
 そうですね。景観政策は物を残すことを主体として行われてきたわけですが、文化的な景観という施策が、農業や漁業が創り出している景観に光をあてましたので、地域の農家や漁師の方たちが景観を意識するようになったのです。
 意識することによってより主体的に地域活動をおこなって自分たちが誇りとする自分たちの風景を守っていかないといけないと思うようになった、そういう方々の活動を紹介しているのがこの本です。

ヨーロッパの事例は何を教えてくれるのですか

前田:
 ヨーロッパの事例も載せておられますね。
井上:
 ヨーロッパの事例としては、イタリアの味の博物館、フランスでは味の景観地を中心に紹介させていただきました。
染井:
 フィンランドは私が向こうで生活していた95年に、EUに加盟して農産物の値段が軒並み半分に下がりました。もう極北のフィンランドの農業は生き延びられないんじゃないかといったことがあったにもかかわらず、今もきっちりと生産が続いています。それは、とりもなおさず消費者の方々、国民の皆さんがフィンランド農業を支持しているからです。その裏にはフィンランドの自然を守るというような、そういうライフスタイル、それとまさに密着した農業生産があって、そして自分たちの国の農産物に対する強い信頼というものがあの国の農業を生き延びさせているというのが強く印象に残っているところです。

誰に何を伝えたいか

前田:
 どういう方にお読みいただきたいかを井上さんにお願いします。
井上:
 まず、第一には行政の方です。それは食と景観といっても、食は農政の方が中心になって行われることで、景観は都市整備とか、そういうところが中心になって行われる。そういう分野が分かれたところにある2つのテーマなので、これをどうやって結びつけていくのかが、日本の特に地方行政のなかでは大きなテーマだろうと思います。
 たとえば農村地域にいけば、農業は大きな産業で、そして農村景観は大きな文化的なテーマなので、これを結びつけていくような施策を行政の方にとっていただきたい、というのが一つです。
 もう一つは、やはり地域の方々に読んでいただきたい。地域の方々というのは景観をつくる人たちです。景観をつくる農業をしておられる方や漁業をしておられる方、それから第二次加工をしておられる方々や小さな商店の店主の方々、そういう方々の営みが景観をつくっているということを理解していただきたいと思います。
染井:
 いまありましたが、私も地域のなかでなにかやっていこうというときに、1人ではできない。景観も、農業の人も関係しますし、一般の人も関係します。それを地域の一つの持続可能な産業として捉えようとすると、これも色々な方が連携していかないとできない。その連携する際の凝集力として食とか景観というのは、それぞれの地域にすんでおられる方の共通の体験でもあるわけですから、これを大事にして地域の連携の力を発揮してもらいたいなと思っています。
 ですから地域のすべての方にこういうことに関心をもっていただきたいな、と思っています。
前田:
 有り難うございます。
 
 

『食と景観の地域づくり』


●主要目次●


はじめに

第1章 食と景観にこだわる日本の地域活動

全国ブランドを目指して
1*1 上下流の利害対立を乗り越え農業と漁業が手を結ぶ
日本初のオーガニック牛乳とサーモンアクションプラン(北海道網走市・津別町)
1*2 四万十川の恵みとともに暮らす人々の連携
天空の村の茶畑と伝統の味タカキビモチ(高知県津野町を中心に)

地域にしっかり根づく
1*3 ヨシ原に浮かぶ島の農業を守る
清酒「権座」の酒米づくりと黒豆の生産(滋賀県近江八幡市)
1*4 暮らしを支える湧水がはぐくむ生物多様性
無農薬のコメづくり(滋賀県高島市針江、霜降)
1*5 アブラボテの生息する水田を宝に
棚田のコメと有機栽培茶(熊本県山都町)
1*6 信仰の山の裾野で豊かな食文化を育てる
食まつり、漁師食堂、塩づくりへのこだわり(長崎県平戸市)

元気な人が動き始める
1*7 金採掘の歴史を持つ風景と食を結びつける
砂金の村笹川集落のコメづくりと酒蔵の挑戦(新潟県佐渡市)
1*8 地域の歴史を語り継ぐ女性たちの食堂
南蛮柿(イチジク)伝来の地のスイーツ(熊本県天草市ア津地区)
1*9 船から文化的な景観を眺め伝統の味を楽しむ
鮒寿司と川魚の佃煮・文化的景観航路(滋賀県高島市海津、西浜、知内)

第2章
味の景勝地というアイデアとその多様な展開

2*1 フランス
原産地統制呼称制度とテロワールに基づく味の景勝地
2*2 イタリア
文化的な景観の保全制度と生産過程を学ぶ味の博物館
2*3 フィンランド
ライフスタイルと共鳴する農村居住の推進と食デザイン

第3章 魅力ある食と景観の地域づくりに向けて

3*1 生産地を味の景勝地へと発展させるために
3*2 食と景観の深い関係を大切にする
3*3 小さいが多様なネットワークが重要
 

出版記念セミナー
食と景観の地域づくり〜小さな活動からネットワークへ
2005年4月20日土曜日、13:30〜、於:学芸出版社(京都)
井上典子、染井順一郎、山田照夫、植野健治さんの報告
 演題(予定)
「味には風景がある」 染井順一郎
「食と景観の地域づくり、その広がり」 井上典子
「日本初のオーガニック牛乳と鮭の遡上する景観」オーガニック牛乳生産農家 山田照夫
「世界遺産と食の地域振興」平戸市教育委員会文化遺産課 植野健治
「パネルディスカッション&会場との議論」
 

井上 典子さん略歴

1961年京都市生まれ。同志社大学文学部卒業、ローマ大学ラ・サピエンツア建築学部博士課程都市・地域計画専攻修了。Dottore di Ricerca(Ph.D.都市・地域計画)。民間企業を経て2004年より2010年まで文化庁文化財部記念物課文化財調査官。文化的景観保護制度における制度設計に関わるとともに、全国の文化的景観保存調査を担当。 著書に『風景の思想』(共著、学芸出版社)

染井順一郎さん略歴

1960年千葉県生まれ。千葉大学園芸学部卒業。北海道開発庁、農林水産省、外務省(在フィンランド日本大使館一等書記官)、国土交通省北海道開発局開発監理部開発企画官を経て農業と栄養士&技術士として活動中。
バルト海(フィンランドを含む)における海洋及び周辺陸域の環境保全と農業との関係について行った調査に基づき、網走川流域においてサーモンアクションプランを立ち上げ、サケを育む環境保全型農業による流域づくりを推進している。
技術士(総合技術監理部門・農業部門)及び栄養士
 
装丁 上野かおる
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A5判・248頁・定価2940円(本体2800円)
2013.3.1 初版発行

 

装丁 上野かおる
井上さんが「第8章 文化的景観と風景〜生活・生業の風景の持続と継承」を寄稿
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(本書ホームページ・トップ)

四六判・224頁・定価2625円(本体2500円)
2012-06-15  初版発行

 


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