都心の環境デザイン
街の遺伝情報を読み解く
大阪大学 小浦久子
ところが船場を歩いてみると、 気になるのは、 しっかり立っている近代建築、 表通りには現れない暮らしや緑、 いつもの場所、 新しい街の変化なのである。 都市の中心には、 様々な人が働き、 住まい、 遊び、 想い、 創造する時間が高密度に集積されているということだった。 しかも日本の歴史的市街地では、 同じ場所で何度も建物が更新され、 長く残る建物とそれぞれの時代の先端が積層されていく。
こうした視点で、 集まった写真を見ると、 いくつかの特徴的な遺伝情報が見えてくる。
「住まう」には、 都市を使い、 都市に関わる都市生活者の場の特性が示されている。 居住という最も個人に関わる営みは、 どこか奥まったところにある。 しかしそこには、 多様な個性が集積している。 表通りに見えるのは、 働く時間。 都心が奥をもたなくなると、 休日には空虚が広がる。 そして都心には、 都市生活者が、 まちなか故のプライバシーを豊かに過ごすパブリックな場所がある。
現在の街には、 こうした都市生活者の場の魅力をつくる遺伝情報を発現させる環境が失われてきているように見えるが、 どこよりも鮮明に現れているところが都心であろう。
場所の記憶や街が持ち続けている都市性を読み解き、 「伝える」ことが、 生き生きとした都心環境の持続につながることもわかった。 映しとられた風景には、 都市の風格や、 緑や水、 町割や歴史的空間構造など、 都心環境を持続させる力の基礎的情報が読める。 また、 都市の営みを活性させ多くの人を集める力や、 新旧の営みや公と私の空間などが相互にせめぎあいながらも共存するための空間利用の作法も読みとれる。 市街地が更新し続けても、 都心であるための基礎情報が、 伝えるべき環境のなかに埋め込まれているのである。
そして、 「創る」営みが、 新たな街の求心力を生みだしていく。 集まった写真は、 現在の都心で、 街の遺伝子が潜在している場所を映し出しているようである。 広場、 古い建物、 隙間のような場所に、 新しい芽が生まれてきている。 また、 無機質な空間や平準化へと進む近代への抵抗が、 新しいデザインや都市づくりにつながることも見いだしている。 いずれも新しい環境の価値を生みだしているのである。
今そこに現れる環境は、 多様な営みがせめぎ合っている場所のリアリティであった。 多くの写真に、 川の上の高速道路、 自己主張する看板の氾濫、 開発のすき間に取り残された建物など、 歴史的都心の現実がとらえられていた。
そのような都心環境にこれから何を求めていくのか。 次代を担う都市活動の創造、 郊外の緑とは異なる潤い、 多様な文化や流動する人々を受けとめる都市のパブリック性、 閉じられたテーマパークとは異なる日常のまちなかの自由時間、 様々な試みが積層する持続性など、 生き生きと生きるために、 私たちは都心にどのような場を求めていくのだろうか。
写真に映しとられた様々な風景が語るように、 近代の都心は常に変化してきた。 その中で「住まう」こと「伝える」ことを見失いつつあるようにもみえるが、 実は「創る」ことの中で、 かたちを変えているだけなのかもしれない。 確かに、 常に更新しつづける街の生成力は引き継がれている。 しかし、 その結果できてきた環境はいまだ安定しない。 何か伝えるべき情報が抜けているのではないのだろうか、 それとも進化の過程なのか。
都心の現実は、 せめぎあい複雑な多様性を示す環境ではあるが、 写真のなかに切り取られた場所や空間に潜在する遺伝情報をとらえ直すことから、 都心の環境デザインの手がかりが得られるのではないだろうか。
住まう・伝える・創る
市街地がどこまでもつながって広がり、 都市のかたちは、 見えなくなってしまった。 もはや都市はイメージでしかない。 都心は、 見えない都市の中心として、 多様な営みが高密度に集積し、 そのなかで新しい文化を生みだしていく求心力の場といえる。 それであれば、 都心を、 そこに集まる都市生活者(住まう)が、 創ってきた営みの集積や環境の基盤(伝える)と新たな創造(創る)の場としてとらえてみよう。
せめぎあう風景の先にある環境は・・・
大阪は、 近世からの大都市ではあるが、 東京や京都と異なり、 政治や精神の中心性を担ったことはなかった。 いつの時代も、 そのときの都市の営みを先導する場所としての求心力があるのみである。
街の遺伝子
遺伝子とは、 遺伝情報を伝え、 遺伝形質を発現させる因子といわれる。 街の遺伝子によって発現された形質が、 現在の風景をつくっているとみるならば、 人は、 写真に撮った場所や空間のかたちに、 何らかの街の遺伝情報を読みとっているといえるだろう。
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