文明と風景と
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子ども三人と夫婦が歩いています。舗装されてない道路と自然のままの川。実にいい感じです。
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川で子どもが遊んでいますが、夫婦は川で洗濯して、すぐ近くの家に持って帰って干します。旦那さんも一緒に洗濯していて、のどかな風景です。
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車が止まった時に見ていましたら、足元に見えたのが、ブータンでは珍しい貧しい家でした。そこに夫婦がござを敷いて座っていまして、仲むつまじい風景が見えました。 奥さんの髪をすいてあげているのか、もしかしたら虱をとってあげているのか、長い間二人で座っていました。
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これはパロの近くで一休みした時に見かけた光景です。恋人同士だと思うのですが、道端で小一時間、立ち話をしていました。女の人が日傘を男のほうにさしかけていて、ずっと話していました。
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街中に犬がたくさんいます。朝早かったものですから、シャッターがおりていて、外は雨が降っていて、犬が全部軒下に集まって寝ています。 天気がいいとリラックスして何の心配もなく、道端でごろんと腹を出して横になっていました。
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子どもの顔が非常に明るくて、僕の子どもの時を思い出すような風景です。 通学風景ものどかで、皆、道草しながら帰っていました。
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日本の失われた風景
日本の50年ほど前の風景を撮った写真をみますと、我々は何を失ったのかを痛感します。「一つのユニークな文明が滅亡した。それにも関わらず今の我々は日本文化の変容の過程に過ぎないと、おめでたくも錯覚してきたのではあるまいか」と渡辺京二さんが「逝きし世の面影」で書いています。僕は、日本文明(文化ではなく)など今さらとり返しのつかない過去の遺物だ、仕方なかったんだと考えてずっと仕事をしてきましたが、ブータンに行って感じたのは、都市と建築の形に限っては、もしかしたら別の行き方があり得たのではあるまいか?という疑問です。
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