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協議調整のためのルール作り

2007.3.6 丸茂 弘幸

 京都の新景観政策の中に<選ぶ>手続きがまったく排除されているといったら言いすぎですね。例外的な制度として<選ぶ>手続きがいくつか想定されています。「景観の向上に貢献するもの関しては第三者機関で審査の上一定の範囲で高さ規制を緩和する」という景観誘導型許可制度の導入もその一つです。また優れたデザインの建築物等に対するデザイン基準の特例制度、優良な屋外広告物の特例許可制度も導入するとしています。
 これらの制度の運用に当たっては、「景観の向上に貢献するもの」や「優れたデザインの建築物」あるいは「優良な屋外広告物」等に関して<選ぶ>手続きが欠かせません。その選定には基準ではなく第三者機関を構成するメンバーの判断がものを言うはずです。
 こうした特例制度が有効に機能すれば前記の弊害の一つ目はある程度軽減されるかもしれません。しかし、これらの制度が多用されればされるほど、基準の存在意義が問われることになります。特例制度の運用は慎重を期さねばならないと市が釘をさしているのも当然です。
 にもかかわらず、こうした特例制度を導入せざるを得ないのは、基準にもとづく許認可行政だけでは景観まちづくりがスムーズに進行しないであろうという市当局の現実的な判断からだと思います。そこで、さらに一歩進めて、次のような特例措置をルール化するのはいかがでしょう。
 たとえば景観誘導型許可制度のなかに「景観を著しく阻害する恐れのある建築計画に関しては、第三者機関で審査の上、高さの最高限度を超えない建物であっても建設を不許可とすることができる」という項目を加えるのです。同様に醜悪なデザインの建築物、劣悪な屋外広告物に対しては、基準を守っているからといって必ず許可されるとは限らないという特例措置をルール化します。
 基準にもとづく許認可行政の問題点は、景観を阻害するような問題の建物、醜悪な建物や看板でも、基準さえ満たせば許されてしまう点にありました。どこの都市でも景観の悪化に歯止めがかからないのはそのためです。上に加えたルールはそれを阻止するためのものです。京都の新景観政策に想定されている特例措置は「よいものを認めない」のを防ぐためのものですが、「よくないものを認めてしまう」可能性は除去できません。景観の保全と向上にとって、私はこの「よくないものを認めてしまう」ことの方がはるかに重大な問題だと思います。
 基準の規定に関わらず、よいものは積極的に認めてゆく、よくないものは認めない、ということになると、基準は限りなくガイドライン的なものに近くなります。(実際、ガイドラインとしては非常によくできていると思います。)せっかく強制力のあるデザイン基準を、従来通りの頼りないガイドラインに近づけてしまうなんてとんでもない、という声が聞こえそうです。しかし、私は「よいものは積極的に認めてゆく、よくないものは認めない」という<選ぶ>手続きの明確化を強力に推進すれば、それを補って余りある効果があると思うのです。
 基準によらない<選ぶ>手続きをどのようにルール化するか。それを考える上では、景観誘導型許可制度に関して市が市民に示した「条例で定める主な手続き」が参考になります。以下はそれをもとに私なりに考えてみた試案です。
 (1)(高さ規制・デザイン基準等への適合、不適合の如何を問わず)あらゆる現状変更行為に関して、景観への配慮義務、地区特性への適合義務を明示すること
 (2)あらゆる現状変更行為に関して、計画案が景観への配慮義務、地区特性への適合義務を果たしていることを示す書類(以下書類A)の市への提出を建築主に義務付けること
 (3)計画案および書類Aに関して、市の担当部局と協議することを建築主に義務付けること
 (4)現状変更行為によって影響を受ける関係者(たとえば近隣住民)への計画案および書類Aの開示を建築主に義務付けること
 (5)現状変更行為がなされる地区にまちづくり協議会が設置されている場合は、計画案および書類Aに関して、当該まちづくり協議会と協議することを建築主に義務付けること
 (6)市内各地にまちづくり協議会を設置する努力を市に義務付けること
 (7)影響を受ける関係者(含まちづくり協議会)からの意見書を市(区役所)の窓口で受付けること
 (8)意見書の提出状況により、必要に応じて建築主から関係者(含まちづくり協議会)への説明会の開催を建築主に義務付け、また説明会の状況を市に報告するよう建築主に義務付けること
 (9)担当部局との協議、説明会の状況報告等を勘案して、必要に応じて第三者機関としての審査会に諮り計画案を審査すること
 (10)審査会の審査結果を尊重することを市に義務づけること
 (11)市は必要に応じて市民に公開した公聴会を開催すること
 (12)市は以上の経過を斟酌して計画案の許可、不許可、条件付許可を決定すること
 法律や行政手続きに素人の私が考えたことですから多分専門家から見れば一笑に付される内容でしょうが、どうか考え方だけを見てください。こうしておけば、よいものを掬い上げることができるのはもちろん、関係者からの意見書などを通して、よくないものを浮かび上がらせ、それへの対応策を協議検討することも可能になるはずです。もちろんこれらのすべての過程において、京都市がこのたび示したデザイン基準が、少なくともガイドラインとしては大きな影響力を持つことは当然です。
 「現状変更行為によって影響を受ける関係者」をどのように定めるか、「第三者機関としての審査会」の構成をどう考えるか、など困難な検討課題が多々あるように思います。京都市の景観誘導型許可制度では第三者機関としていわゆる学識経験者からなる審査会を設置するとしています。市域全体に関わるような重要事項に関してはそうした専門家の動員も必要になるでしょう。しかし、景観(の変化)の選択は、日々その景観を享受し、変化によって影響を受ける市民、住民が最終的に決定すべきであると私は考えています。近隣レベルの景観変化は近隣の住民同士で、地区レベルの景観変化は地区住民の間で、市域レベルの景観変化は市政のレベルで決定できる仕組みが理想です。もちろんそれぞれのレベルで専門家の応援を必要とするかもしれません。
 景観まちづくりにおいては、<選ぶ>手続きの明確化、協議調整のためのルール作りこそが今求められているのだと思います。地方自治、住民自治が未熟なわが国において、そうした仕組みを作るにはまだまだ長い時間がかかりそうです。しかし京都は自治の伝統を最も強く持つ都市のひとつだと聞いています。この都市からそうした仕組みの構築の試みが始まることを期待しても、不思議はないのではないでしょうか。
 <選ぶ>手続きの明確化、協議調整のためのルール作りが実現し、デザイン基準等がガイドライン的なものになれば、これによって既存不適格建築物が生ずる心配はなくなります。そうしてはじめて誰もが心置きなく景観まちづくりに参加できる条件が整うのです。基準にもとづく許認可行政がもたらす一つ目の弊害だけでなく、二つ目、三つ目の弊害も解消することがおわかり頂けると思います。

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