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阪神間ナベット・ミュゼ -うごく美術館-

阪神間倶楽部 天川 佳美


 2005年11月3日(木・祝)阪神間倶楽部はNPO法人芦屋ミュージアム・マネージメントの方々と一緒に阪神間の美術館・博物館を廻る「HANSHINKAN NAVETTE-MUSEE」という巡回バスを走らせます。これは交通機関のバスではなく、「うごく美術館」と考えて、文化の日に阪神間文化に親しんで頂こうという企画です。

 阪神間倶楽部の活動は、これまでにも「きんもくせい」紙上で何度か皆さまに報告をいたしてきましたとおり、阪神間のよき文化を生活レベルで継承しようという有志の集りです。2ヶ月に一度程度、六甲山上のホテルの中の教会でオルゴールの調べに耳を傾けたり、須磨や芦屋のお花見、また池田の町並みを歩いたりして3年を経ました。そこでそろそろ何か実のある事業をということで、阪神間の美術館や博物館を廻る巡回バスのようなものが運行できないか、とメンバーのお一人河内厚郎さんのご提案で、今年の初めからNAVETTE-MUSEE-うごく美術館-の準備を進めて参りました。

 阪神間には様々な規模で公私多くの美術館や博物館があります。が、点在しており一日に複数を廻るのはなかなか難しいのです。この文化の日に全てとはいきませんが、芦屋市と西宮市のいくつかのミュージアム(MUSEE)を訪ねることができるよう、しかもその巡回バス(NAVETTE)中では阪神間文化を支えるリーダー達が同乗し(ドクトルと呼びますが、バスガイド、ですね)、阪神間文化についてのうんちくを語る仕掛けです。

 興味のある方は、下記の要領により、参加申込み下さい。

 

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連載【コンパクトシティ15】

『コンパクトシティ』を考える15
ヨーロッパ統合とコンパクトシティ政策の登場(2)

神戸コンパクトシティ研究会 中山 久憲


5.持続可能な都市を目指して

 EUは、冷戦終焉後の「一つのヨーロッパ」として経済的・政治的統合を目指すための「超国家的」な組織である。1国でも反対すれば決定できない全会一致制ではなく、加重特定多数決制などが採用されている。決定されれば、反対であっても、全体の決定を阻止できない。つまり、国家主権の絶対性を克服する仕組みである。EU法は一般の国際法とは違い、国内法化する必要なく、EU官報に公示されると、国家、市民、企業に対して法として効力を持つ。ただし、EUの政策は中央集権化を避けるため、「補完性原理」を基本に、EUが施行するのが効果的な政策はEUが、それ以外は国家が行う権限配分が原則である。

 EUの大きな政策課題の1つは、EC時代からのヨーロッパ全体の環境問題への取組みであった。86年『単一ヨーロッパ議定書』においても、環境政策がECの権限として条約上明記された。

 ヨーロッパは工業化の進展で、国境を越えた環境破壊の問題が顕在化していた。森林は減少し、地下水面は低下し、土壌が汚染され、湿地が消失し、漁場が減少し、河川が干上がり、気温が上昇していた。地球の生態系を守るための環境指標は着実に低下しつつあった。特に、CO2濃度の増加による地球温暖化は、生態系の異常だけではなく、海面上昇を招き、オランダなどの低地国では国土喪失というゆゆしき事態に至る。

 環境政策への取り組みは、73年以来4次にわたる「環境行動計画」の形で展開されてきた。「グリーン・タックス」と呼ばれるガソリン税や大型車への重量税、エネルギー多消費型産業施設に対する重加算税など省エネルギーを促進させるための税率を2〜3%と日(1.7%)米(0.9%)に比べて高く設定している。有機農業比率も、アメリカとは比較にならないほど高い。ゴミの分別収集は、どの国でも6種類が当たり前である。都心でも田園部でもEC各国では自転車専用道路が完備し、森の中の遊歩道もよく整備されている。

 環境政策で求められるキーワードが、「持続可能な都市(サスティナブル・シティ)」である。「サスティナビリティ(持続可能性)」は、72年のストックホルムでの国連人間環境会議で、環境への深い配慮を人間が払うべきであるという「人間宣言」中の言葉として使われた。

 90年に『都市環境に関する緑書』が公表された。この中で、ヨーロッパの80%の人々が生活する都市地域で、公共交通及び交通管制の改善、環境汚染の防止、丘陵地や農地などの開発の抑制や緑化の推進、歴史的文化財の保存など、都市の再生に努め、「持続可能な開発ないし発展(サスティナブル・デベロップメント)」のための都市計画を政策の基本におくことが強調された。これを契機として、都市の環境問題が新たに注目されることとなった。

 92年には国連のリオデジャネイロ・サミットで、持続可能な開発重視の流れが世界の潮流へと発展した。93年のEUへの統合後も、持続可能な都市を目指したプロジェクトが始まり、EC加盟12カ国で中央政府が国境を超えて、共通した空間計画により、国、地域、都市や地区レベルで対応するという方向でまとめられた。

 97年に京都での『気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)』において、先進国2012年の温室効果ガスの排出削減目標等を定めた『京都議定書』が採択され、84カ国が署名した。締結国は140カ国である。最大のCO2排出国であるアメリカは、一旦、合意したが、ブッシュ政権になると、国内事情を配慮して合意を撤回した。しかし、04年にロシアが批准し、55カ国以上の批准と、締結国の1990年CO2排出量の合計が55%以上となったので、05年2月16日に議定書が発効した。EUの削減目標値は8%だが、現時点で1990年の基準値より、さらに8〜10%増加しているため、EUは20%近くの厳しいCO2排出削減に取り組まなければならなくなった。

6.「コンパクトシティ」政策の登場

 持続可能な都市の発展を実現するEUの都市政策が「コンパクトシティ」政策であり、実施は補完性原理により各国で推進されることとなった。都市の肥大化が人と物の移動に無駄なエネルギーを消費しているという反省に立ったからである。

 産業革命を達成した工業化時代の都市は、自己増殖による拡大化の歴史を刻んだ。第1の都市化が「集中化」、第2の都市化が「郊外化」であった。特に、工業化に市場原理が重なり、人間の欲望としての利便性と快適性、資本の効率性が追求されることとなった。結果的に規模の経済が働き、人口と産業の集中化と郊外化が繰り返され、周辺都市を飲み込む形で拡大の一途をたどった。そして、母都市を中心とした衛星都市群を包含した「メガロポリス(巨帯都市)」の概念でしか都市をとらえられなくなった。都市の固有の境界は希薄化し、職と住が異なる都市では市民意識も希薄化し、都市の自立性が失われた。さらに、70年代からの都市の自動車化で、都市住民の生活は、利便性の追求のための自動車依存が前提となった。自動車に頼らざるを得ない郊外住宅地開発や、大規模駐車場が確保できる郊外商業立地を促進した。それが、第3の都市化である「インナーシティ化」という難解な都市問題を顕在化させることとなった。自動車による排気ガス、特にCO2による温暖化の問題は政治問題へと発展した。

 EUは持続可能なコンパクトシティに対して、市場原理を無制限に適用するのではなく、非市場制度を注意深く守り育成することを求めている。労働力を生み出す家庭や教育機関、地域共同体、個人の精神生活を律する倫理や価値観は市場原理が作り出すことができず、非市場制度の中から生まれる。市場原理に委ねれば投資家に直接利益をもたらさない公共交通手段のサービス水準は高まらない。持続可能で快適な社会を作るには、政府を小さくすればよいとするのではなく、市民の自律ある行動と、知恵のある強力な地域団体やコミュニティなどの非市場部門の役割を重要視する。

 この考えは、EU統合が、アメリカの経済に対抗するための経済統合だけではなく、より優れた経済社会の構築、すなわち市場原理を暴走させずに、弱者と貧者に配慮するヨーロッパ型の資本主義を発展させる「ヨーロッパ合衆国」を創ろうとする思考に合致する。

 「コンパクトシティ」とは、都市そのものが「コンパクト性」を追求し、持続可能な都市開発やコミュニティを目指す。プロトタイプはまだない。

 歩行者や自転車が利用しやすい空間づくりや、公共交通機関のネットワーク化で効率を図り、できる限り自動車に頼らない交通環境、CO2などのエネルギー消費削減への貢献を果たす。都市センター地区も魅力を高め、歩いていける範囲内でほとんどが揃う商業施設や公共施設の再配置や再開発を実施する。さらに、都市の建物空間を低層階を商業・業務に、上層階を住居とする混合用途にして効率的で利便性の高い高密度住空間とするだけではなく、公園や緑地のオープンスペースを組み合わせたサーキュレーションの改善で、快適で質の高い生活空間を提供する。また、都市のアイデンティティを高める歴史的・文化的な遺産の保全や都市景観の形成を図るものである。

 EU各国の都市の中には、分権型国家であったドイツやイタリアのように、中世の城壁都市の伝統を守り、都市の中心部には大聖堂や広場、市役所が配置され、歴史的なまち並みの中で中流階層が住む都心居住の形態が残っている。都市内には路面電車や地下鉄が早朝から深夜までサービスを提供している。自治体を中心に、住宅・建物の改善や修復、居住環境の改善、交通コントロールなどの施策が実施され、コンパクトシティとして都市の再生に成功している事例も多くある。

 しかし、英国のような集権型国家では、ロンドンなどの大都市周辺で、国家主導の郊外化政策が進められる一方で、インナーシティ問題に苦しんでいる。コンパクトシティ政策が急がれている。


 

連載【くらし・すまい塾2】


「くらし・すまい塾」発足会の報告

神戸芸術工科大学大学院 石井 清巳


○はじめに

 7月の半ば、「ふれあい住宅」でお馴染み、石東さんの前編で書かれた呼びかけにより、ふれあい住宅をサポートする学生や、「くらし・すまいの変遷」に興味を持つ、学生・社会人・研究者など12人が色々な思惑を持ちながら「大倉山ふれあい住宅・協同スペース」に集まりました。勉強会を「くらし・すまい塾」と名付け、今後の活動方法と方針について話し合いを行いました。そして、今後の活動を記録し、それを発信する方法として「きんもくせい」の紙面をお借りすることができましたので、レポートさせていただきます。

○「くらし・すまい塾」発足会レポート

(2005.07.17 16時〜18時 初顔会わせ)
 【プログラム】ふれあい住宅連絡会終了後 
  (1)石東さん田中さんによる勉強会の発足について (2)自己紹介 (3)文献リスト紹介 
  (4)今後の方針について (5)ふれあい住宅について
 今回の目的は、塾発足と参加者の要望を出し合いながら、今後の基本方針を決めること。そして、お互いの立場や目的を知り合うことです。集まった12人は、ベテラン実務者から大学生(建築・社会学専攻 他)と多様な立場の人でしたので、初回から色々な視点から考えた意見が多く出されました。

 「くらし・すまい塾」は今後、2つの方向で進めて行くことになります。一つは、最近の暮らしや住まいについて書かれた文献を熟読し、意見を交わします。社会の潮流を背景に増加する新しい居住ニーズや住まい方について、じっくり探究できるように努めます。もう一つは、ふれあい住宅などベテラン実務者の方が手がけてこられた場をフィールドとしてお借りし、塾で学んだことを活用しながら、実社会へ向けて調査や何か働きかけをしたいと考えています。

 私は学生の立場からモーニングのサポートに参加し居住者の方と接するうちに、その住まい方に可能性を感じると同時に疑問も抱えます。また、コーポラティブハウスや団地建替えなど、多様な集合住宅ができるなか、そこでのコミュニティと社会システムの仕掛け作りはとても重要だと考えます。今後この塾で、暮らし・住まいについて、実社会と照らし合わしながら学べることを期待しています。

■提案された文献のリスト(書籍名 / 著者名)

(1)家族と住まない家 血縁から〈暮らし縁〉へ
 / 島村八重子/著 寺田和代/著
(2)コレクティブハウスただいま奮闘中
 / 石東直子+コレクティブ応援団/著
(3)住まいと家族をめぐる物語 
 男の家、女の家、性別のない部屋
 / 西川祐子/著
(4)あなたは老後、誰と、どこで暮らしますか
 / 佐橋慶女/編
(5)愛しすぎる家族が壊れるとき / 信田さよ子/著
(6)家族を容れるハコ家族を超えるハコ
 / 上野千鶴子/著
(7)少子高齢化時代の都市住宅学
 / 広原盛明 岩崎信彦 高田光雄/著
(8)21世紀家族へ 家族の戦後体制の見かた・超え方
 / 落合恵美子/著
(9)近代家族の曲がり角 / 落合恵美子/著
(10)現代住まい論のフロンティア / 住田昌二/著
(11)「51C」家族を容れるハコの戦後と現在
 / 鈴木成文 上野千鶴子 山本理顕 他/著


 

連載【くらし・すまい塾3】


第1回 本来のコレクティブハウジングから日本型を考える

神戸芸術工科大学大学院 平野 奈々


 台風11号が近づく8月24日の夜、石東・都市環境研究室にて第1回くらし・すまい塾が行われました。第1回の議題は、事前に石東さんから以下のテーマが提案され、それをもとに9人のメンバーで議論を交わしました。

 1.「本来のコレクティブハウジングと被災地の公営ふれあい住宅について」
 2.参考書籍「家族と住まない家」についての意見交流
 3.その他、自由なテーマで意見交流
 日本でコレクティブハウジングと呼ばれるものの大多数は、本来それがもつ意味とは異なっているのが現状です。その原因を明確にする為、本来のコレクティブハウジングの定義について学び、建築や社会学など様々な見地から議論しました。

○コレクティブハウジングとは何か?

 コレクティブハウジングとは「さまざまな立場の人が、個々人のアパートメントをもちながら、ひとつの建物内に共有の場をもち、協同の食事運営がある住宅システム」です。また、現代的なコレクティブの条件として、(I)協同の食事運営に関する何らかの義務があること、(II)インドアで居住者の密接なふれあいがあること、(III)全ての人に開かれていること、(IV)私的な住戸が完備していること、とされています。(コレクティブハウジング研究の第一人者スウエーデン王立工科大学Dr. Dick Urban Vestbroの定義 / コレクティブハウジングの勧め 小谷部郁子著 丸善株式会社 2001年発行より)

○北欧でコレクティブハウジングが普及した理由

 デンマークでは1979年に都市社会における個人や家族が抱える問題や期待に対応した、住環境のひとつの解として、公共のコレクティブハウジング第1号ができました。王立アカデミーの教授ツアーレ(Karen Zahle)は、その目的を以下の10項目に述べています。(1)小規模・孤立化した核家族の子供や高齢者のための環境問題、(2)女性の社会進出に伴う家事の合理化の必要性、(3)居住地におけるレクリエーション機能への期待、(4)居住地での他人との日常的な友好関係への期待、(5)家族形態の変化に伴う近隣での住み替えの可能性、(6)学生にとっての生活の高さと経済性の両立、(7)失業者が社会的情報を得られる場、(8)身体障害者の自立促進の場づくり、(9)社会的・精神的問題を抱えている人の独立可能な場、(10)共同仕事が生み出す可能性。それらに加え、(11)省資源や環境問題への取り組みの可能性も現代社会に適した利点のひとつと言えます。(コレクティブハウジングで暮そう 小谷部郁子編著 丸善株式会社 から)
 このように、コレクティブハウジングとは、住まい方の形態のひとつであるにもかかわらず、日本では建物の形態だけを取り上げたものが多く、間違った解釈がなされています。また、阪神大震災被災地の公営コレクティブハウジング(ふれあい住宅)の大部分は、高齢者のみが居住するタイプのもので、本来の機能の利点が全くいかされていません。

○日本のコレクティブハウジングのここがおかしい!

 共働きやひとり親世帯、単身世帯、夫婦のみの世帯が多い北欧や北米では、コレクティブハウジングに住む居住者同士の間で食事を当番制にしたり、ルールを決めて家事を協同化したりすることにより、互いの生活を支えています。一方、日本のコレクティブハウジングと称している事例の多くはそのような目的や義務はありません。時折、住民やボランティアにより共同の食事会や茶話会が行われますが、一方的にサービスを受ける形が多く、共有スペースもあまり活用されていません。高齢者だけの居住では特にこのようになりがちで、コレクティブハウジングというよりはシニア共生型住宅と呼ぶのが適切だと思います。介護や子育てなどを目的に居住者が一方的に依存を求める関係だけでは、本来のコレクティブハウジングは成立しないのではないでしょうか?
 日本で本来のコレクティブハウジングが普及しない原因は他にも考えられます。例えば、コレクティブハウジングを先導した建築家にも責任があります。共生型住宅をハード面に関しては提唱したもののその本来の趣旨が居住者に伝わらず、ソフト面の誘導がうまくできなかったことも原因の一つです。また社会学的見地から、戦後のライフサイクルや世帯構造の変化・社会保障制度を時代別に他の国と比較すると、いくつかの要素が関連していることが見えてきました。個人主義が基本となるコレクティブハウジングでは、日本のような家族主義の国では難しいのかもしれません。しかしコレクティブハウジングは、多様化する日本人の生活スタイルや生活観に応えるひとつの方法でもあります。その為にも、単なる集合住宅とコレクティブハウジングのような共同住宅は違うということを認識する必要があります。

○本日の参加者の一言

 「日本のコレクティブハウジングは日本の生活、歴史、文化等を考えると、スウェーデンのDr. Dickの言う現代的なコレクティブの4条件とは異なるものになるのではないか」 「日本での本格的コレクティブ住宅と言っている東京のかんかんの森コレクティブ住宅のように事業化までに数年に及ぶ専門家の手厚いサポートが必要とされるようでは、普及は難しいのではないか」 「コレクティブ居住において家事の合理化のうち、育児と介護が出てきたら、コレクティブは終わりだと思う。これらは一過性のものなので」「コレクティブ居住は現在のないものねだりではないか。田舎から都会に大量の人が出てきた当時は住宅にプライバシーを求めた。今はふれあいを求めている。コレクティブ神話と言えそう」。このように日本でのコレクティブハウジングの難しさを痛感する一方、実体験から「学生同士や出会いで意気投合した人たちとならコレクティブ居住はスムーズにできそう」というようなコメントもありました。

 第1回から他分野、多年齢層での話題豊富な議論が交わされ、とくに学生は良い刺激を受けたようです。『くらし・住まい塾』の素敵な勉強会の始まりとなりました。

☆★「暮らしと家族形態の変化によって、住まいがどう変わってきたのか、どう変わっていくのか」を現場や文献を元に話し合う研究会です。
ご関心のある方はご参加ください★☆
 

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第1回くらし・すまい塾の様子 '050824
 

 

連載【まちのものがたり30】

住吉川物語2
天井川

中川 紺


 俺の仕事は「公務員」。区役所で日々、“住民の皆様”の“苦情電話”に対応するのが仕事だ(といっても差しつかえのないくらい毎日電話対応で時間が過ぎる)。

 春から配属になって、数カ月経つというのに、この部署はどうも肌に合わない。そしてそんな俺の気持ちを察するかのように、課の連中は俺と距離を置いて話をしてきた。同期のTは別の区の窓口に配属されたが、今ではすっかり笑顔をつくることに馴れたらしい。俺には無理だ。

 ストレスは、たまる一方だった。一年かけて禁煙をしたというのに、ものの一週間でそれは破られ、最近は日に数回、階段横の喫煙スペースに通うのが当たり前になってしまった。もちろん一日一箱ではきかない。体調もいいとは言えなかった。

● ●

 いつものタバコタイム。知らない間に、横に銀縁眼鏡をかけた初老の女性が立っていて、俺のことをじっと見ていた。

「えっと、何か私にご用でしょうか」

 何言ってるんだ俺は。“役所”に用があるに決まってるだろ。

「ずいぶんとお吸いになるのねえ……。ねえ、こんなところじゃなくて、川で休憩しなさいな。いい場所があるのよ。そこのね……」

 一方的にしゃべると、婦人はさっさとエレベーターに乗り込んで行ってしまった。

 

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 次の日の昼休み、俺は訳の分からないまま、でもなぜか惹き付けられるものを感じて、あの女性がおしえてくれた場所……JRが川の下を通り天井川になっているあたり……へ出かけた。鉄道を跨いでいるために、川には南北に緩やかな傾斜がついていた。両岸の遊歩道はきゅっと狭くなっていて、さらに外側には石垣がそびえていた。

 その石垣に、俺はゆっくりともたれかかった。目の前を流れる川の音と、歩道の狭さが心地よかった。一服。煙をふうっと吐く。すぐ近くの駅の放送が、風に乗って聞こえてきた。少しの間、目を閉じてみた。

● ●

 昼休みは、ほぼ毎日出かけるようになった。ちょうど石垣に、工事か何かの時についたらしい青いペンキの跡があって、そこを定位置にした。

 川通いが数カ月続いた。不思議なことに、タバコの量は段々減り、課の人とも普通に話をするようになっていった。この場所に来ることと何か関係があるのかどうか分からなかったが、無関係だとは言い切れなかった。あの老婦人に聞いてみたかったが、あれから一度も見かけることはなかった。

● ●

 ようやく秋らしくなったある日、俺はいつものように川にいた。タバコはもう日に数本になっていた。あっ。水の中で跳ねた何かの水しぶきがタバコの火を消した。

 立ち上がると、もたれていたあたりの石垣が焦げたように変色していた。最初からこんな石だったのか、いつの間にかこうなったのかは、思い出せなかった。

「……こんどこそ禁煙できそうやな」

 そうつぶやいた俺の耳に、新快速列車通過の音が微かに届いた。      (完)

(イラスト やまもとかずよ)




第77回・水谷ゼミナール報告

 

 今回のテーマは「ランドスケープと市民参加」で、8月26日(金)こうべまちづくり会館にて行われました。辻信一さん(環境緑地設計研究所)のテーマ解説ののち、次の4氏から報告がありました。

●「デザイン共有化のためのビジュアルなプレゼン手法」/白井治(まち空間研究所)
●「復興まちづくりにおける参加型ランドスケープin築地」/山崎満(UR大阪事務所)
●「みんなでビオトープづくり」/門上保雄(門上環境計画)
●「大規模公園の管理運営への市民参加の動き」/長谷川利恵子(環境緑地設計研究所)


 白井さんからは、公園や建築のデザインイメージを、住民にわかりやすくビジュアルなかたちで説明するために、パソコンソフトを駆使した様々な事例について語られました。

 山崎さんからは、震災復興土地区画整理事業が行われている築地地区(兵庫県尼崎市)で、住民参加による一連の公園づくりのプロセスについての報告がありました。

 門上さんからは、住民参加のまちづくりの先駆けとなった真野地区(神戸市長田区)における住民参加の公園づくり-荒れ地となっていた公園の一角でのビオトープづくりと、震災で空地になった場所でのコミュニティガーデンづくり-について報告されました。長谷川さんからは、大規模な公園での市民参加のあり方、コンサルタントや行政の役割について、芦屋総合公園と播磨中央公園での実践をもとに語られました。

 公園などでの住民参加はかなり実践が進んできていますが、住民参加の様々な工夫や、新たなコンサルタントの役割などが語られたように思いました。

(中井都市研究室 中井 豊)

 
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報告者の皆さん。左から白井さん、山崎さん、門上さん、長谷川さん
 


情報コーナー

 

●阪神白地市民まちづくり支援ネットワーク・第46回連絡会

・日時:10月7日(金)18:30〜21:00
・場所:神戸市勤労会館403号室
・内容:テーマ「まちづくり系コンサルタントのゆくえ」、パネラー(1)まちづくり派コンサルタント/上山卓(コー・プラン)、松原永季(スタジオカタリスト)、(2)ランドスケープ派コンサルタント/松下慶一(環境緑地設計)、門上保雄(門上環境計画)、(3)アーキテクト派コンサルタント/高月昭子(計画工房INACHI)、森崎輝行(森崎建築設計事務所)、(4)シビルエンジニアリング派コンサルタント/井原友建(ウエスコ)、斉藤洋三(長大)、(5)総合派コンサルタント/森下真(都市計画連合)、山崎満(都市・計画・設計研究所)、コーディネータ:中井豊(中井都市研究室)
・問合せ:GU計画研究所(TEL.078-435-6510)

●開港5都市景観まちづくり会議

・日時:10月7日(金)〜8日(土)
・場所:ホテル北野プラザ六甲荘、人と防災未来センター、他
・内容:全体会議I/各都市紹介、講演「源平合戦と神戸」小池弘三(真言宗須磨寺派管長)、語り部と琵琶演奏「平家物語」上原まり、分科会/防災とまちづくり、観光交流とまちなみ景観、全体会議II
・問合せ:開港5都市景観まちづくり会議・神戸大会実行委員会
(TEL.078-322-5484)

●第4回安全・安心まちづくりワークショップ

・日時:11月12日(土)〜13日(日)
・場所:神戸市立長田中学校、他
・内容:活動発表ワークショップ、活動発表ポスターセッション、交流会・まちなか懇談会、まちあるき(新長田、御蔵通、真野、野田北部、北須磨)、テーマ別ワークショップ、他
・問合せ:第4回安全・安心まちづくりワークショップ実行委員会事務局(地域交流センター)(TEL.03-3580-8284、FAX.-8265)

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