室崎:
第3部では、 震災復興における制度のあり方について議論したいと思います。 既存の制度がどういう風に機能したか、 どういう問題点をもっていたかということ、 それから、 今後どのような制度が必要か、 どのような制度を作るべきかという問題もあります。 そういうことについてご意見をお願いします。
まず、 今回の震災の中で、 被災者生活再建支援法という新たな法律が制定されることになりました。 その制度の評価についてはいろいろ意見もあろうかと思いますが、 この成案に努力された和久さんが今日お見えになっておられますので、 その成立の過程や、 国との関係でご苦労なさったことなどをお話しいただきたいと思います。
震災から3年半余りかかりましたが、 被災者生活再建支援法が98年5月にできました。 この法律の成立に至るまでを少しお話ししたいと思います。
そもそもこういった事を私が命を懸けてやろうと思ったのは、 ちょうど4年前の今日です。 当時は但馬の県民局長をしており豊岡に住んでいたのですが、 その日は県民局長会議が神戸であり、 神戸に前日の夜から泊まっておりました。 そしてあの日の震度7の直撃を体験したわけです。
そのあとすぐ、 今回の震災でもっとも被害の大きかった灘と東灘の現場を、 まだ夜が明けきらない前から歩いて見て参りました。 その時に、 壊滅的に住宅が破壊されている、 しかも大量に破壊されている、 これをどういう風に復興していくかがこれから最大の問題になってくるということをまず感じたわけです。
そのために、 個人の住宅の再建、 あるいは生活基盤の再建への支援が必要だ。 災害救助法の中身は、 ほとんどが応急的な処置でしかない。 被災された方々が、 本格的に生活を復興していく上での必要な基本的な制度が皆無であるという風に感じたのです。
まず、 住宅再建、 これをどうするかということで取り組んできたわけですが、 その時に、 中島さんを含め色々な方から様々な案が出ていました。 大別しますと、 基金制度(いわゆる公的資金で住宅を再建する)という考え方と、 共済制度(みんなで助け合って住宅を再建していこう)という考え方、 この2つの流れがあったと思います。
しかし、 そこには大きな壁がありました。 私有財産制の下で個人の財産を税で埋めるということについて、 私も多くの専門の先生方に聞きましたが、 10人が10人とも「日本の税財政制度の下でそこまでやるのは不可能である」と言われるのです。 したがって、 私はみんなが相互扶助の精神でやって行かざるを得ないのではないかと考え、 共済制度を進めることにしました。
その時の最も大きな壁は、 すでに地震保険制度が、 64年に新潟大地震が起きたときに、 当時の田中大蔵大臣の指示の下に作られていたということでした。 そういう制度を無視して別の制度を作るのははなかなか難しいということがまずございました。
震災によって生活基盤全体がやられているわけです。 ですから、 目指すべき住宅の共済制度には、 せめて生活の最も基本的な部分、 家財とか生活必需品と、 住宅への保障が必要だと考えていました。 とりわけ住宅は最大の課題ですので、 まず住宅に重点的に取り組みました。
地震から8ヶ月ほどたった平成7年10月に案を取りまとめ、 その翌年の中頃にかけて国会議員で組織されている議員連盟でいろいろ運動していただきました。 しかし、 国民全体に負担を求める話ですので、 そういうことをやろうという方はなかなかいらっしゃらない。 果たして国民の皆さんが納得するかどうかを、 全員がおっしゃっられ、 具体的に進まないという状況でした。
こういった新しい制度を作っていくときに、 大きな壁がございました。 最初の壁は「個人補償はしない」と言った大蔵省です。 これを突破するために、 基本的には昔の城攻めと同じですが、 まず外堀を埋め、 内堀を埋め、 そして本丸へ切り込むと、 これしかないのではないかと思いました。
外堀は、 やはり国民的な後押しが必要であると言うことです。 全労済協会、 弁護士会、 あるいはその他の全国の組織をもっている団体と一緒になり、 2千500万人の署名を集めました。
それをもとにして、 今度は内堀である国会議員、 与党のみならず野党の皆さんにも働きかけていきました。 その結果、 97年の末くらいに初めて、 自然災害の被災者の生活基盤の再建を支援する法律を実現していこうという方向で与野党が大体一本化したのです。 その後、 参議院選挙前ということもあり、 いろんな問題がございましたが、 最終的には98年5月に被災者生活再建支援法ができたわけです。
金額面では限度額が100万円となりました。 これは全国知事会で最終的にまとめた案と同様です。 私たちの提案から大幅に後退したのは対象範囲です。 こういう自然災害の被災者は、 所得の多い少ないに関わらず、 すべての生活基盤を失っておられるわけです。 だから、 中堅所得層も含むべきだと考え、 所得1千万円を限度として提案していたわけです。 しかし大蔵省との駆け引きとか、 国会議員の駆け引きの結果、 最終的には「所得」が「収入」に置き換えられ、 しかもすべての人が対象となるのは収入500万円以下と、 相当後退してしまったわけです。
一方、 住宅再建については、 大変に重要な問題なので、 今後総合的な観点から検討するという附則が法律に一項入れられました。 それとあわせ、 今後5年経った後に、 法律の中身を再検討するということが附帯決議で付け加えられています。
次に私どもが力を入れておりましたのは、 この被災地でどうするかということです。 新しい法律を作っていただいても、 それは法律の仕組みから法律が出来た後に適用される。 しかもその財源が全国の基金から拠出されるということになりますと、 なかなか遡って適用することへの理解は得られない。 しかし私どもは、 是非経過的な措置で、 少なくとも出来た法律と同様のことをこの被災地でもやっていただきたいとお願いしました。 最終的にはこれも附帯決議で、 被災地についても同様な措置をすると決議されたわけです。
その時に、 すでに被災地では65歳以上の非課税所得者、 こういった方に生活再建支援金の支給制度を始めていました。 その後の法律の成立により、 年齢制限なしに収入500万円以下の方は全員対象になる形で総額1千250億円、 対象者が13万4千人となったわけです。
一方、 私たち兵庫県を中心とした2千500万人の署名を集めた国民的な保障制度を求める国民会議の方でも、 再度体制を立て直し、 こういう制度についての協議会を先日発足させたところです。 議員連盟と密接な連絡を取りながら、 国民にとって有益な制度を創設するための行動を是非とっていきたいと思います。
室崎:
どうもありがとうございました。 では今ご説明いただいた被災者生活再建支援法の評価と、 今後のあり方の議論を進めていきたいと思いますが、 まず、 法律の専門家の観点から戎さんにご意見をお願いします。
私はまちづくり支援機構の事務局長という立場と、 個人的には特にマンションと借地、 借家の問題に関して、 私法の領域の問題で復興が進まないという事態を避けようと、 間接的ながらも支援してきた者という立場で指摘させていただきます。
まず、 まちづくり支援機構ですが、 これは司法書士、 弁護士、 土地家屋調査士、 税理士等の「士」家業が集まって、 中間支援を行おうという団体です。 しかし設立が平成8年9月だったため、 実は一番必要な時期に間に合わなかったということがあります。 そのためこの団体の良さが生きなかったという面があったのです。
ですから、 今後はもっと早い段階から、 まちづくり協議会などにそういった部門の専門家を派遣できるようにいろんな自治体で整備されれば、 またお役に立てるのではないかと思っています。
それは別として、 今回の震災で法律上の制度の不備、 あるいは、 問題が指摘されました。 例えば、 私の専門で申し上げれば、 マンションの再建もそうです。 実は、 区分所有法で建て替えが行われたのは、 この震災が初めてなのです。 それまではいわば全員合意でやっていたわけで、 多数決で決議をしながら進めるというのは初めてだったのです。 その中で、 様々な制度が提唱され、 実際に使われてきました。 区分所有法とは違いますが、 既存不適格のマンションの再興のための総合設計制度も有名です。 これは確か3月17日の建設省の市街地建設課長の通達で実現したわけですが、 そういった様々な制度がありました。
いろんなまちづくり協議会に支援に行ったときによく出てくるのは、 相続、 借地借家、 境界などの問題です。 白地地区では特に境界が大問題でした。 そういった私法あるいは民民の問題が、 実はまちづくりの前に解決すべき課題としてある。 そういう部分をまず片づけなければ、 まちづくり自体が進んでいかないことが今回はっきりしたと思います。
これは何も震災の場合に限ったことではなく、 通常の場合もそうでしょうが、 特に震災地では借地借家の問題が混乱しました。 罹災都市借地借家臨時処理法が2月6日に適用されました。 それが余計に混乱状態を招いたのです。 110番などでいろんな相談を受け、 その相談である程度吸収できたとは思いますが、 やはり最後まで残ってしまった点がありました。
ですから、 これからまちづくりに対するいろいろな支援制度を考えていく中で、 私法上の問題を解決するための支援制度を是非とも整備をしていただきたいと思います。 まちづくりと言えば計画面が中心と思われがちですが、 私は同時に私法上の手当も出来るようなワンセットの支援策が整備されることが望ましいと思っております。
次に被災者生活再建支援法についてですが、 様々な方が本当にご尽力されたと思います。 私はこういう形では実現しないのではないかと、 当初は思っておりました。 というのは、 先ほどからも出ておりましたが、 個人に対する直接の財産補償のような形の支援が難しい。 被災地への遡及適用となると、 なお難しいという面がありました。 そういう難題を乗り越えて、 こういった制度が被災地の動きから出来たということは、 すばらしいことだと思います。
その制度による保護の対象が狭いだとか、 金額が低いだとかについては、 これ言い出したらきりがありません。 私としては、 不十分な点はもちろんあるかもしれませんが、 被災地から発信して今後の大災害の場面で十分に活用できる制度が出来たことは、 素直に喜ぶべきだと思います。
室崎:
どうもありがとうございました。 今お二方から制度の問題についてお話がありました。 、 このお二方のご意見について、 質問はございますでしょうか。
僕はこの4年間、 保険について思いっきりやってきたのですが、 さきほど和久理事がおっしゃったように、 国の考え方が壁です。 国民の命や財産を守るのが国家の役目でしょうが、 いわゆる納税者に対する責任が今回はまったく欠落していたと言わざるを得ないのです。
大型公共事業とか、 福祉関連の予算、 これはとりやすい。 だけど、 一般の住宅再建となると、 まだまだ乏しいわけです。 2千万円も3千万円もお金がかかるのに、 50万円、 100万円の補助金しか出ない。 そういう世界です。
それよりも民間の保険にメスを入れるべきだと思うわけです。 一番のネックが、 和久理事がおっしゃったように地震保険です。 あれはもう無くすべきです。 それから損害保険の地震免責約款。 あいつも同時に無くすべきです。 大きな災害が起こったら、 保険会社がこける。 保険会社がこけたら公的資金を導入して、 預金者保護と契約者保護に国家が動く。 そういうスタイルにすれば問題ないということは、 今の銀行への公的資金注入と一緒だと思います。 そういうのはどうですか。 和久さん。
和久:
非常に規模の大きい災害が大都市で起こったときに、 破綻しないような地震保険や共済制度が出来るかどうかがポイントだと思うのですが、 基本的には、 今おっしゃったように、 国が制度全体を保証することが前提にならなければ、 共済制度にしても地震保険にしても出来ないと思います。
今の地震保険がどうなっているかというと、 一地震に対する給付の総額を抑えてしまっている。 したがって非常に大規模な地震が起きたら1千万円の保険契約をしていても、 それが全体でオーバーしたときには圧縮されて500万円、 200万円になってしまうような仕組みしか今は無いわけです。
一方で保険料は結構高い。 したがって加入率も最高でも15%を超えるということがまずない。 今14〜15%だと思いますが、 震災当時は全国で7%ぐらいの加入率でした。 国民が安心できる制度かと言えば、 9割近い人が入っていないわけですから、 ほとんど役に立っていないというのが実状であろうと思います。
やはり本当に役立つ制度を作っていかなければならないと思います。 保険制度や共済制度、 中島さんの提唱されている現在の保険をくまなく使った方法とか、 さらに税の控除のシステムなど、 総合的に勘案して現実的な制度を検討していただくべきであろうと考えております。
どうもありがとうございました。 被災者生活再建支援法が成立し、 従来は個人に対する国からの直接的な援助はしないという原則を実質的に切り崩していったという意味では成果があったのでしょうが、 他方、 実体としてはどうか。 100万円という額をどう見るのかということですが、 被災地の現状を見ると100万円で立ち上がっていける人が少ないという現実があります。 まだまだギャップが大きいと思うのです。
他方、 別の視点から見ますと、 これは暴論かも知れませんが、 国費なり県費なり市費を全部あわせれば10兆円ぐらいの公的な支援が復興全体に使われているわけです。 その10兆円に比べて、 今回の額はあまりにも小さい。 今回の場合はトータルで1千250億円ぐらいのお金ですから、 個人の生活再建や住宅再建の占めるウエイトが非常に小さなものでしかないということです。 このあたりをどう考えたらいいのかについて、 何かご意見がございますでしょうか。
そこのところが僕らが非常に苦しいところです。 地震のような大きな災害があると、 国が悪い、 何が悪いと、 そういった声に説得力があるわけです。 今回の生活再建支援金の問題でも、 500万円出せとか、 250万円出せという議論があります。 我々の場合、 現実はどうなんだ、 説得力があるのかという議論をしますが、 500万円出せとやると受けが良いという面があるわけです。 だからその辺のギャップを、 政治的に利用されたり、 いろんな形で利用され、 我々にとっては非常に苦しい問題です。
例えば10兆円と言われましたけれども、 国が出したのは被災地全体で四兆数千億円だと思います。 その中で、 例えばガレキ処理であるとか、 家賃補助であるとか、 いろんなものを積み上げて行きますと、 公的支援が一兆数千億円になります。 これは要望が強いから、 役所の裁量で公的支援をしたということです。 もともと公的支援はゼロというところからスタートして、 それでもある程度裁量で支援した。 制度的にはゼロだと言いながら、 実はそれだけのことをしているのです。 それをきちっと分かるようにすべきだったと思います。
例えばガレキ処理にしても、 本当はこれだけ掛かっているんですというべきだった。 請求書をいただいて、 役所が支払えば、 公的支援があると実感してもらえたと思うのです。 そういった工夫が一切なかったため、 今回の地震の場合、 明確に分からなかったと言えます。
それから住宅再建とか生活再建に役立つにはいくら必要かも、 国という相手と交渉して限界が100万円だったのです。 この100万円が、 生活する方、 住宅再建する方の立場から見るとどうなのかと言われれば、 今の国の制度ではそのギャップは埋まらないと思います。 この国の制度をどうするかということをまず議論してもらわなければ、 今の時点で金額が充分かどうかを議論しても現実的な議論にはなりません。 このあたりの差を認識していただかないと、 僕らは非常にしんどいと思っています。
室崎:
他の方で何かご意見ございますでしょうか?
100万円については、 被災された方がまず立ち直るための生活必需品を一通り買ってもらうといったことをイメージしたものです。 このあたりが税で負担する以上、 限界ではないかと思いました。 これにはもらう方の立場だけではなく、 税を納めている方々の考え方も当然あるわけです。 必要最小限度というのが、 制度としては限界ではないかと私は思います。
例えば学生さんなど一人暮らしの人もおられるでしょう。 500万円となると相当な額ですから、 地震前にもっていたものを超えるような額を給付するという場面もありうるわけです。 もともとそれだけのものを持っておられない方に、 それを超える額を出すというのはやはりおかしい。 税を納める方の立場で考えると、 そういうことになると思います。 それでは国民的な理解は得られない。
では、 必要最小限度のものを一通りそろえると幾らかかるのかということです。 例えば神戸市の仮設住宅に入られた方ではどうだったか。 こういった方が生活のためにとりあえず必要なもの、 例えば今の時代ですから、 テレビがないわけにはいかない、 洗濯機がないわけにはいかない。 こういった最低限必要なものを買うと、 大体70万円から100万円ぐらいかかると考えたわけです。
あるいは生活保護所帯の認定の際、 その地域の人が持っておられないものまで持っておられたら、 認定が受けられないという基準があります。 その地域の大体7割の人が持っておられるものなら、 持っておられても生活保護の所帯に認定されます。 そういう保有基準があるのですが、 その枠が大体100万円前後です。 こう言ったことを考えますと、 100万円そのものは基本的に国民が合意できる、 もらう方も出す方も合意できる金額ではないかと思います。 ただ先ほど言いましたように、 対象範囲がかなり低所得層に偏っているというところについては、 まだ大きな問題があると私は考えております。
一人一人の生活再建を
支援出来たか
被災者生活再建支援法の意味
●個人保障の難しさ
和久(兵庫県理事):●生活基盤の再建
もう一方の生活基盤の再建の手だてにつきましては、 これは、 ある意味では公的な資金でやれるのではないかということで、 基金案を作りました。 自治体と国が、 両方で基金を出し合って、 その基金で給付制度を作っていこうという提案をいたしました。●被災者生活再建支援法の内容
簡単に申し上げますと、 1/2は都道府県、 残りの1/2は国が出すというものです。 ただし都道府県の場合は、 47都道府県が600億円の基金を作って、 その運用益で必要額を出していくというものです。 国の方は震災が起こると、 必要な額を直接基金に助成するという形で、 最終的には決着したわけです。●再び、 住宅再建へ
これからの課題として、 住宅の再建に関する制度が少なくとも将来のために是非必要であるということで、 98年12月に国の方では国土庁防災局長のもとに新たに研究会を置く、 また並行して国会議員連盟を再度立て直し、 超党派で議員連盟を作ろうということになり、 すでに発足したところです。 これには共産党を除く与野党の議員が122名入っておられ、 最終的には200名を目指し働きかけています。
柔軟に対応出来た制度と、 出来なかった制度
●震災で始めて適用された制度
戎(阪神・淡路まちづくり支援機構事務局長):●あったら良かった制度
まちづくりの制度について振り返ってみると、 まちづくりだけをスムーズに行えばまちづくりが進むというものではないことが明確になったのではないかと思います。 まちづくりの前提に潜んでいる、 民民の問題、 俗にいう私法上の問題がすごく大きいという気がします。
地震保険をやめるべきではないか
生活再建支援法の金額は充分か
●公的支援全体で考えて欲しい
平野:
●税金を出す人々の理解を得られる限界だった
和久:
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