きんもくせい50+19号
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震災1周年の台湾を訪ねて

  垂水 英司

地震後2度目の台湾

 地震後台湾を訪れるのは2度目になる。 最初は震災後2ヶ月経った昨年11月で、 これは内政部営建署の招請で、 「建築行政」と「まちづくり」について阪神大震災における地元自治体の経験を伝えるため、 他に3人の神戸市メンバーとともに訪れた。 今回は全く私的な訪問で、 ちょうど1周年前後に訪台する二つの調査グループ(神大室崎教授のグループ、 神戸芸工大斎木教授のグループ)に便乗させてもらって、 1年後の復興状況を垣間見る機会を得た。 一知半解どころかごく限られた情報だけで云々するのはおこがましいが、 これら2度の訪問を通じてそれなりに台湾の震災復興について感じた印象を記してみたい。

 まず1年を経た状況として感じるのは、 条件の整ったケースや早く立ち上がれた人たちの再建が形となって表れてきており、 また、 いくつかの先進的なまちづくりの取り組みが軌道に乗り始めていることである。 しかし一方で、 当初の復興の枠組みから外れるもの、 復興に乗り切れない困難なケース、 さらに新たな問題点等課題も顕在化してきているように思われる。 台湾大地震と阪神大震災とでは被害の様子や復興施策に違いがあるが、 私たちの経験でも1年経った時点といえば、 施策の見直しやメニューの追加が焦眉の課題となった時期である。 以下、 まちづくり、 住宅再建、 学校再建について見聞した印象をかいつまんで紹介したい。


まちづくりの先進地

 まず、 復興のまちづくりである。 前回の訪問の時、 地域の復興まちづくりは、 下から上へ積み上げていくということが基本方針として謳われており、 まちづくりの必要な地区には大学の専門家、 コンサルタント、 ボランティアなどが張り付いて住民の合意を形成すべく検討の真っ最中であった。 台湾では最近都市更新条例が制定されるなど面的事業手法の裏付けも整いはじめている。 また、 住民参加型のまちづくり方式として「社区総体営造」も進んできている。 とはいうものの、 復興まちづくりの課題の大きさに比べると、 面的事業やまちづくりに対するマンパワーや経験はまだまだ成熟途上といわざるをえない。 しかし、 制度や仕組みを超えて柔軟な乗り切り方をするのが台湾独特の活力であり、 今後の動きを注目したいというのがその当時の私の印象であった。

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地元のまちづくり委員を含めコンサルタントから説明を聞く(大雁村)
 今回の再訪では、 まちづくりが進み始めている地区をいくつか訪ねることができた。 大きな被害を受けた中寮郷、 あるいは、 東勢鎮の商店街・本街をはじめ、 山間部の高齢化が進む小村・大雁村、 さらに山間部にはいった原住民の集落・松鶴部落、 900メートル近い高地にある・草嶺内外湖などである。 これらはそれぞれ特徴や到達点に違いはあっても、 住民、 専門家、 ボランティア、 あるいは行政などが同じ目線で話し合っていること、 自力でやれることなどは形にとらわれず自然体で活動を発展させていること、 物の復興だけでなく産業、 文化の発展や人材育成など総合的に課題をとらえていること、 復興まちづくりの支援は公的なものだけでなく「全国民間災後重建連盟(全盟)」からの支援、 内外の人材や寄付など多彩に活用しているといった点が共通している。

 今回回ったまちづくり地区の選定や段取りをしてくださったのは、 全盟で中心的な役割をされている台湾大学の陳亮全先生である。 当然のことながらこれらの地区は復興まちづくりの先進地で、 それぞれに状況や程度は違っても成果を上げつつあるものであり、 私たちもそこから学ぶ点も多い。 しかし課題は広く大きいだけに、 緒についたばかりのまちづくりが今後紆余曲折ある過程をどう持続発展させるかが注目点であろう。 それと共にまちづくりが進んでないところ、 整備方針が決まっていないところがまだ多く残されているとおもう。 こうした地区の状況については今回あまり把握できなかったが、 復興支援のもう一つのポイントになってくるのではと思う。


正念場に入る住宅再建

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竹を使って自力で住宅建設する住民たち(松鶴部落)
 次に住宅再建である。 台湾の場合、 すでによく知られているように相当早い時期に、 1年分の家賃補助、 全壊20万元、 半壊10万元の見舞金支給、 3年据え置き150万元までは金利ゼロの低利ローンなど住宅再建支援策を打ち出していた。 台湾は賃貸住宅の占める割合はごく少なく、 復興のため公的な賃貸住宅を供給する考えはなかった。 そのせいか、 前回の訪問時は住宅再建が本格化していない時期であることともあわせ、 公的賃貸住宅にウェイトを置いた「住宅復興に関する神戸の経験」にさして大きな関心を寄せているようには感じなかった。 しかし、 見舞金と低利ローンで再建を組み立てられる人はいいが、 高齢や収入減、 権利関係など様々な理由で再建不能に陥る人も出てこよう。 また、 都市部では台湾の住宅の多くは共同建てや連棟建てが多く、 日本でのマンション再建に類似する課題が今後顕在化するのではないかといったことが前回訪問時の感想だった。

 さて1年後の状況であるが、 定量的な把握には及ばないが、 条件の整った人から順次着手していっているのであろう、 町のあちこちで連棟建ての共同住宅や、 また村落の中では戸建て住宅の建設がはじまっている。 いずれも相当頑丈なRC造が多い。 近郊農村の鶴亀村では3階建ての住宅数軒が広場を囲むように協調再建され、 すでに入居しているところを訪れた。 山間の松鶴部落では自分が住んでいた土地に簡易な鉄骨と竹を使って住民の共同作業で自宅再建をしている。 いわば手作りの自力仮設だ。 こうした自宅再建の態様はさまざまであるが、 家賃補助、 全半壊見舞金や低利ローンなどの復興施策が再建の大きな原動力になっていることがそれぞれの地区での聞き取りで伺えた。

 しかし一方住宅再建については種々の問題が顕在化してきているようだ。 家賃補助を生活費に使ってしまったケースはあちこちで耳にしたが、 やはりこうしたケースは相当数に上るのではないか。 土地問題もなかなか根深そうだ。 権利関係や建築法規関係で許可が取れないものなど時間のかかる課題が横たわっている。 違反建築も多く対策に苦慮している。 原住民の場合土地が国有で権利が不明確なこともある。 共同住宅の再建についても連棟建てはともかくいわゆる区分所有型のマンション再建へ向けた調整はまだまだこれからのようだ。 その中で雲林県斗六市で倒壊した3棟のマンションのケースは郊外の戸建てに集団移住することで調整が進んでおり、 日本にはなかった方式だけに興味を覚えた。 また、 まちづくりの方針が決まらず住宅再建ができないといった地区もある。 そうしたなかで現在の住宅復興施策の柱である自力再建支援だけでは手が届かない部分が出てきており、 賃貸の復興住宅が必要ではないかといった議論もではじめていると聞いた。 住宅再建はこれからが正念場といったところか。


民間支援で進む学校再建

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完成した永楽国民小学校とパワーあふれる梁校長
 さて次に学校再建についてふれたい。 台湾では多くの学校が被害を受け、 建築、 特に公共建築に対する信頼性が一気に地に落ちたとさえいわれた。 前回訪問したときこの点は主題ではなかったにもかかわらず多くの質問を受けるなど、 学校再建が震災復興の柱の一つとなっていた。 今回再建中の現場をいくつか回ったが、 すべて民間支援ということに強い印象を受けた。 特に完成したばかりの南投県永楽国民小学校では立派な施設と女性校長のパワーに圧倒された。 この学校では被災した後すぐ、 地域から資金などの支援や軍の兵士の応援を得ながら自力で竹を使って仮設教室を建設、 2週間後には授業を再開したという。 こうした取り組みを評価した飲料会社が寄付を申し出、 早期再建が実現した。 さらに設計についても広く協力を呼びかけ、 それにボランティアとして応じた中国技術学院の教授や学生が参加した。 それ以外に訪れた中寮国民小学校はテレビ会社であるTVBSが、 集集国民中学校は仏教団体の慈済会がそれぞれ資金援助をしているものである。 特に慈済会は今回被災した学校の内17校の再建に資金援助を予定している。 しかし、 民間の資金援助を得られた学校は早く再建しているが、 それ以外は遅れ気味であるという。


多様で柔軟な復興からなにを学ぶか

 以上、 まちづくり、 住宅再建、 学校再建について見聞した印象をかいつまんで紹介した。 ところで台湾でいつも感じることだが、 ここでの問題解決は多様で柔構造ということだ。 たとえば「公共」と「民間」の関係もそうで、 行政側(特に基礎自治体)には制度的な裏付けや執行体制が十分整っているように思えず、 それが逆に「小さな政府」となっているのかもしれない。 その分各層の民間部門が自力で、 単に知恵だけでなく資金を含めた具体的な力を発揮しながら乗り切っていく、 一種の「ネットワーク社会」といえなくもない。 前回も慈済会や企業が建設した仮設住宅に驚いたが、 今回特に印象深かったのは、 まちづくりや学校再建における地域住民や専門家、 企業や各種団体など民間支援の多彩さであった。 私などは、 支援が受けられないところはどうなるのかといったことがすぐ気になるが、 翻って考えると、 多様で柔軟な社会構造は、 いまわが国が求めようとしている方向と重なるところが多いように思えてならない。 短兵急な評価になることは避けつつ、 台湾の復興から私たちは多くのものを学び取る必要があるとの感を深くした。


 

花みどり市民ネットワーク設立

まちづくり会社コー・プラン 天川佳美

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10月2日花みどり市民ネットワーク設立総会の模様
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10月2日花みどり市民ネットワーク設立総会の模様
 1995年5月、 「ガレキに花を咲かせましょう」で始めた花と緑の活動は震災後の荒れ地や瓦礫撤去の終わった空地が放置されたまま夏を迎えることのないよう、 そして元の住民がもう一度その場所にかかわるきっかけになれればとの応急的な取り組みでした。

 花の種をまくことで住民のかたがたも私たち支援ネットワークのメンバーも震災から無我夢中で過ごした4ヶ月を振り返り、 もう一度“住まい”や“暮らし”を考え直すよい機会でもありました。 多くの住民のなかには家を無くされただけではなく、 家族や大切なものを無くされその場所に立つことさえ心痛む方々もおられたはずで、 そんな人達に「さぁ、 今から種と土を混ぜて全体にまいてください」と言いながら心の中では「ごめんなさい」と言っていたことが思い返されます。

 私たち支援ネットワークの花と緑の活動については“市民まちづくりブックレットVol. 4”に書きましたのでここでは省略いたしますが、 '96年3月の“阪神グリーンネット”の発足とともに花や緑の専門家が力を結集し、 花苗や木々の提供、 緑花相談を始めることになりました。

 道路が決定し住宅が建ち始め各地域での復興がはじまると、 阪神グリーンネットは家家の周りの植裁や生垣づくりの手伝いもしました。 街なかの小さな公園を住民と一緒にワークショップで考え、 具体的にできあがった地域もありました。 多くの地区で街角を彩る花や樹が住民の手によることの第一歩だったと思います。

 震災から5年が過ぎた今年2000年5月、 『日本造園学会全国大会・2000年記念神戸分科会みどりのNPOフォーラム』が神戸で開催されました。 みどりのまちづくりにかかわるNPOに焦点を当てた会合として、 花やみどりに取り組んでおられるボランティアや地域団体の300人を越える多くの参加があり、 共通の課題への対応やそれぞれの活動をつなぐネットワークのあり方を神戸から提言、 発信しました。

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花みどり市民ネットワークの構成図
 このフォーラムがきっかけになり、 今年10月2日『花みどり市民ネットワーク』は誕生したのです。

 思えば昨年から今年にかけて多くのボランティア活動の拠点がこの花みどりネットワークだけでなく、 NPOとして誕生しました。

 アートサポートセンターは島田誠さん率いるアートエイド神戸からの発足です。 しみん基金KOBEは多くのボランティア活動を支えた今田忠さんたちのHAC基金解散後にできました。 そして神戸まちづくり研究所は復興塾のNPOです。

 このように震災から5年を経て緊急的な対応から恒久的対応に移ろうとしている時期がやっと訪れたようです。

 花みどり市民ネットワークはこれまでの地域での活動をいかしてそれぞれの意志で花とみどりのまちづくりを進めていくとともに、 情報を交流し、 共有化することで「ゆるやかなネットワーク」を形成し、 行政とも新たなパートナーシップに基づく協力や連携を図りながらお互いに支援しあっていくというものです。 それぞれの活動の企画やイベント提案をPRしたり参加を呼びかけたりという情報の発信はささやかではあってもこれからのまちづくりの一場面を作って行くものと思います。

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出典:「KOBE2001イベントガイドブック」
 さて、 来年2001年は、 震災から6周年。 震災後のいろいろな活動も“緊急的対応から恒久的対応”と書きましたように少しづつではあっても落ち着きを見せ始めたようで『震災鎮魂、 慰霊』という名称のもとに行う行事は今年の1月17日に比べると来年は減少します。 しかしそれぞれの人の心の中ではずっと鎮魂の気持ちは変わらず1月17日は特別な思いの日に違いはないのです。

 2001年1月から9月の間に神戸市で開催される『神戸21世紀復興記念事業』。 この事業は震災のときお世話になった全国のみなさんに感謝の気持ちを込めて神戸のまちを、 元気になった私たち市民を見ていただこうというイベントです。

 『花』『光』『彩』『夢』の4つのコンセプトで構成されたこの催しをきっかけとして市民も行政も震災からの多くの支援に感謝をあらわし、 人々の暮らしや街の様子を見ていただく機会になればと取り組み始めています。 これらの4つのコンセプトも行政が勝手に行うのではなく震災直後から活動を続けて来た市民やボランティアの成果としてのコンセプトです。 KOBE2001のパンフレットの花のプログラムによると『震災の年の、 あの春を私たちは忘れません。 瓦礫の中から力強く萌え出た若葉のみずみずしさ、 桜の花の心なぐさめる優しさ…。 この感動を全国のみなさんと分かち合うため、 街に、 公園に、 通りに、 市民手づくりの花があふれます。 春から夏へ、 感謝の花の神戸です。 』この言葉どおり、 私たち瓦礫隊や阪神グリーンネットから5年を経て大きく成長した“花みどり市民ネットワーク”の多くの人々やたくさんのグループが既に来年の準備を初めています。 街の中の花やみどりは出来る限り市民活動の成果として参加型ワークショップ形式が始まりました。 布引ハーブ園、 ポートアイランド、 須磨離宮公園といった市の施設にも市民のアイディアや働きが活かされる予定です。 それらの今後の活動状況は「きんもくせい」紙上でお知らせして行きたいと思います。


 

基礎コース終了、 各コースは順調に行われています

CA2000報告(その2)

いきいき下町推進協議会 CA2000委員会

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修了証を受け取る受講生/基礎コース 茶店きんもくせいでの講義風景 雨の中行われた現地見学001009
 

基礎コース

 NO. 17(00年8月号)で報告しましたCA2000研修の基礎コースが、 10月2日に終了しました。

 最終回は、 まず辻さんから公園や広場の計画・設計、 ワークショップ方式による公園計画への住民参加などまち並み緑化の仕事についてと新開地2丁目の事例による市街地再開発事業について講義がされました。 続いて後藤さんから「これからの街づくりの目標像」のテーマで、 近代都市計画の理論、 神戸市総合計画における「まち住区論」、 そしてこれからのまちづくりとして、 「コンパクトシティ」、 「人間サイズのまちづくり」について講義がされました。

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■基礎コースの講義内容及び出席状況
 講義終了後に、 基礎コースの修了式が行われ、 5回以上出席された24名受講生(うち皆勤は15名)に、 平井健二氏(神戸市住宅局住環境整備部長)から修了証が渡されました。


理論コース

 基礎コースと同じく5月に開講した理論コースは、 月2回、 茶店きんもくせいで、 すまい・まちづくりの専門家(まちづくりプランナー・建築家・学識経験者・行政担当者など)の実際の活動業務からの経験的まちづくり理論を講師2名による各1時間の講義と受講者と講師による30分の質疑討論を行うゼミ形式の研修です。 また10月と2月にはそれぞれ神戸の西部と東部を訪れ、 見学や調査を行い、 地元まちづくり協議会との交流会も予定されています。

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■理論コースの講義内容及び出席状況
 理論コースも予定定員20名の3倍以上の74名の応募がありました。 理論コースはゼミ形式で行うという趣旨でしたので、 ハーフコース(すまいづくり理論コース、 まちづくり理論コース、 6〜10月、 各5回、 こうべまちづくり会館)を新設し、 対応することになりました。 第1回と第2回は会場をこうべまちづくり会館に変更し、 希望者全員の方に受講してもらい、 ガイダンスの意味も含めて、 「まちづくり概論」と「すまいづくり概論」のテーマで行われました。 そして、 第1回に実施したアンケートに基づき、 6月からは3つのコースに分かれていただきました(理論コース24名、 すまいづくり理論コース19名、 まちづくり理論コース18名、 辞退13名)。

 理論コースの第3回(6月12日)は、 茶店きんもくせいにて「協同居住論」というテーマで、 「コレクティブハウジング」(石東直子)、 「下町気質論」(森崎輝行)の講義がなされ、 その後のディスカッションでは講師と23名の出席者の間で活発な意見交換が行われました。

 現在、 全プログラムの半分にあたる第10回が終了しました。 いくつか簡単に内容を振り返りますと、 「福祉まちづくり論」では、 水谷さんからバリアフリーの概念や高齢者・障害者の心身機能と住宅の問題点などから高齢者にとって住みよい住宅について、 野崎さんからは、 「ココライフ魚崎」、 「みくらプラザ5」の事例や震災前の下町の暮らしを紹介しながら、 福祉のコレクティブタウン、 まちづくりにおけるソフトの重要性について講義がされました。 「緑花まちづくり論」では、 辻さんが講義に先立ち受講生にワークショップを体験させることから始まり、 住民参加型の公園づくりや震災後に結成された阪神グリーンネットの活動などまちづくりと緑についての講義がされ、 天川さんからは震災後の緑の活動についてスライドを中心に話がされました。 「共同化建築論」では、 矢島さんの共同化建築と法制度、 共同化事業制度、 震災復興における共同・協調化、 分譲マンションの再建支援についての講義のあと、 瀬戸本さんから集合住宅の再建事例の説明とともに集合住宅の計画手法のめざすものについて、 またトルコの被災地視察の話を交えながら、 設計監理の重要性について講義がされました。

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野田北部まち協との交流会の様子
 第10回(10月9日)はハーフコースの受講生も含めて、 神戸西部の現地見学&地元交流会が行われました。 大雨洪水警報が発令されるほどの豪雨のためコース変更を余儀なくされましたが、 11名の参加者が14: 00にJR新長田駅に集合し、 新長田駅北地区(区画整理)のシューズプラザ、 鷹取東第一地区(区画整理)の再建共同住宅「パル鷹取」やポケットパーク、 野田北部地区の細街路整備の状況などを見学しました。 その後、 浪松老人憩いの家にて、 野田北部まちづくり協議会の浅山三郎会長、 河合節二両氏から、 震災後の様子やまち協の取り組みについて話を聞きました。

 また、 理論コースのダイジェスト版としてこうべまちづくり会館で行われてきたハーフコースはすまいづくり理論コースが10月16日にまちづくりコースが10月23日に無事終了しました。


実践コース

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実践コースの面接の様子000828
 実践コースは、 まちづくり協議会やまちづくりコンサルタント、 設計事務所などの協力を得て、 市民まちづくりの実務を手伝いながら、 現場での実践を行う活動研修で、 以下の6つのコースが設けられました。

 8月10日から募集を始め、 8月28日にこうべまちづくり会館で、 各コースの講師によるガイダンス及び面接を行い、 19名(Aコース3名、 Bコース2名、 Cコース1名、 Dコース4名、 Eコース5名、 Fコース4名)の受講生を決定しました。

(吉川健一郎)


情報コーナー

 

第16回阪神白地まちづくり支援ネットワーク記録

 10月6日(金)、 神戸市勤労会館において「民間高齢者住宅供給の動向」をテーマとして行われました。

 まず最初に石東直子さん(石東・都市研究室)から「高齢者住宅供給制度の全容と概括」というテーマで基調報告が行われました。 高齢化という時代背景をふまえて、 高齢者向け住宅・施設の体系や高齢者向け優良賃貸住宅制度の説明がされました。

 パネラーの発表はまず、 豊田みどりさん(エスト・アド琴尾商事(株)代表取締役)から「町なかの不動産仲介業者の高齢者住宅への取り組みと展開」というタイトルで発表がありました。 成人人口の減少で既存の賃貸住宅の需要が減少しており、 既存の賃貸住宅が生き残るためには高齢者向けの住宅改造が求められていますが現実的には問題も多いそうです。 また、 豊田さんはご自身の介護の経験から地域の高齢者が集まれる「シニア倶楽部」という施設を開かれており、 高齢者が目的をもっていきいきとくらせる環境を作ろうとがんばっておられる様子をうかがうことができました。

 次に岸広さん(神鋼ケアライフ(株)取締役)からは「エレガーノ摩耶(HAT神戸に建つシニア住宅)」の紹介がありました。 兵庫県では高齢者住宅の供給が全国よりも高く、 震災で入居が促進されました。 高齢者は、 自身の将来を考えると、 介護が保証されているという安心を求める傾向があるとのことでした。

 次に田中浩さん(積水ハウス(株)六甲開発事業部)からは、 「六甲アイランドシティイーストコート11番街」の紹介がありました。 「メディケアサービスマンション」と称されていて、 この「メディケア」というのは造語で甲南病院と提携した医療・看護・介護が一貫して提供されていることなどの報告がありました。

 最後にフロアー討論が行われました。 2015年には4人に1人が高齢者という高齢社会を迎えます。 その社会をまちがどのように受け入れるのかを考えていかなければならないと思いました。

(神戸大学大学院生 中村幸枝)


イベント

第48回水谷ゼミナール

21世紀の新しい都市(まち)づくりに向けて

神戸市民まちづくり支援ネットワーク/第35回連絡会

ひょうご住まい・まちづくりフォーラム

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