読者レビュー
スケッチブックをバッグに入れて、旅でふと出会った風景を、さらりと描く。
それができたら、どんなに素敵だろう。
この本は、そうした漂泊のスケッチ願望に答えるばかりか、ページをめくるたびにお札所参りもできて、さらに描画テクニックも惜しげなく図解されるという、まさに一粒で二度も三度も美味しい内容になっている。
著者の宮後浩先生は、お遍路姿に身をやつしつつ、次から次へとめくるめく西国33ヶ所のお寺を、素晴らしい水彩スケッチで案内してくれる。私達が乗り込む列車の窓に映るのは、最初は白い紙にモノクロームの水平線、それから輪郭が現われ、次第にフォルムが、色彩が目に飛び込んで、しまいには光と影の鮮やかな世界の広がりにいつのまにか立っている。
実は、このスケッチ巡礼は、先生と一緒だと特急でラクラク♪なのだが、じゃあ一人で行ってみよう、となると途端に足取りが重くなる。そりゃ、そうだ。だって先生のように迷いのない水平線を一本引くのにも、戸外で踏ん張りながらスケッチして足の筋肉が鍛えられるのと同じくらいの修練があるはずなのだ。いや、もしかすると先生には無かった苦労かもしれないが、ともかく足元おぼつかないへなちょこビギナーを励まし、なんとかスケッチの楽しさを味わってもらいたいと、先生は本の中でさまざまな工夫を凝らしている。それが、構図、パース、建築の構造、物体の捉え方、影の表現、などの知識とテクニックの説明である。その内容密度の濃さたるや、本来なら1冊にとても収まるものではない。余りに濃すぎて、へなちょこビギナー(つまり私)としては、さらにへこたれそうになるのだが、水彩の広がる世界に憧れを持つ人には持っていて損の無い本だ。損の無いどころか、先々を明るく照らす常夜灯になること間違いない。
スケッチを描いてみて、その出来上がりにどこか不満を感じるなら、この本をどのページでもいいから開いてみると良い。優しく力のある線と、調和のある色彩のうちに、探している答えが必ず見つかるはずだ。
↓スケッチを描いてみました。
▼宮後式スケッチ気付いた点
(京都造形大ランドスケープデザイン学生/藤津紫)
スケッチをしたいという方は多い。続けて絵心がないから無理だと言う。私はそんなことはないと思うのだが、どうすればよいのか分からない。著者はスケッチのコツは簡単なことばかりだと紹介してくれる。そこで実際にこの本にある通りにやってみた。第15番札所観音寺である。
彩色する前の段階は3つある。まず自分がなにを描きたいのかをはっきりさせる。そしてその印象を活かした構図を考えるとある。このことがもっとも大事なことだという。自分との対話が旅を深めると著者は考えているようだ。この本は旅の本でもあるのだ。観音寺の本堂は小さいながらも背の高い美しい姿をしている。その印象を描いてみよう。
次の下書き段階では、立体を描くためのコツを教えてくれる。透視図法で言うところのホリゾンタルライン(目の高さの水平線)とヴァニシングポイント(消失点)の設定だ。平易な解説で分かりやすい。そして設定に従っておおまかな形を下書きする。実は私はスケッチを我流で学んだので、これまで下書きというものをしたことがない。したがって描いているうちに画面に収まらなくなることも多い。このように下書き段階で十分吟味しておけばよいわけだ。
最後に下書きを消しながら清書をする。ここで私のスケッチブックのほうが小さいらしいことに気づいた。本のように細かいところが描けない。しかたがないので下書きを大きめに変更しながら清書を進める。そのうちに間違いに気づいた。下書きを変更した時点でホリゾンタルラインも下げるべきだったのだ。しかたがないので、これも修正しながら進める。
清書終了まで30分。しかし、どうにも寸詰まりなお堂になってしまった。自分が描きたい印象を甚だしく裏切っている。くやしいのでもう1枚、今度は我流で描いておいた。こうやって描いてみると自分のクセがよく分かっておもしろい。
著者は1946年大阪生まれ、多摩美卒業後1972年デザイン事務所を開設。続けて1973年に建築パースの教室を始めた。30年間の実践的な教育の経験がこの本の分かりやすさの源だろう。スケッチはコツを押さえれば面白いように描けるものだと私も思う。そしてこの本のとおりに進めれば、初心者であってもスケッチを完成させることができると思う。たとえ時間がかかったとしても完成した作品は何ものにも代え難いだろう。この本は初心者にもそして我流者にもおすすめの1冊である。
↓スケッチを描いてみました。
15番札所。垂直線が描けないのが私のくせ。どうしても自分のほうへ寄ってきてしまう。ということで、いつもははがきサイズで描いている。今回は本にあったように緑色の乾かないうちに茶色を落としてみた。いい感じ。
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