こんばんは。京都での映画会に、昼夜共にこんなにたくさんのお客さんにお越しいただいて、本当にうれしく思います。ありがとうございました。この映画の撮影が終了したのが2000年の夏で、完成したのが今からちょうど1年前になります。あれから1年ちょっと経ちましたので、この映画に出演した5人が今、どんなふうに過ごしているのか、簡単に近況報告をさせていただきます。 高校受験して残念な結果に終わったよっちゃんという男の子なんですけれども、彼はこの4月に高校生になりました。千葉商業高等学校の定時制に合格することができました。今はバレーボール部に入ってはりきって毎日学校に通っています。 この映画に出てくる子どもたちはだいたい千葉県内にある県立高校あるいは市立高校、いわゆる公立高校に入った若者たちですけれども、彼らは小学校で普通学級に入ることも、中学校の普通学級に進むことも、ものすごくいろんな抵抗がありながら、それでもやっぱり地域の中でみんなと一緒に暮らしていきたいんだということで歩みを続けてきて、そして高校もみんなが行く高校に自分も行きたいということでチャレンジを続けてきた人たちです。定員が割れるような、例えば100人募集があるところに80人しか集まらなかったという人気のないような所をねらって、なんとか高校生にさせたいと教育委員会との話し合いをかさねつつ、もうずっとそういう運動を続けてこられた親御さん達のグループがあるわけです。 1年浪人し、2年浪人し、中村じゅんくんは3年間も待ってやっと入学して、この春に4年間の定時制高校を終えました。彼は遅刻は少ししていました。彼は自動車を見るのが好きで、横断歩道でぼーっとバスがながれていくのを見ているうちに時間が過ぎて遅刻をしてしまったということが何度かあったみたいなのです。そういうのを撮影できるといいなと思ったりしていたのですけれど、撮影に行く日はスタスタ歩いて誰よりも早く教室に入ったりしていましたので、そういう場面はありませんでした。彼は、遅刻は何度かあったのですが休むことはなくて、4年目は皆勤でしたね。定時制には毎日学校へ来られない学生さんもいます。気持ちの問題とか、物理的な問題とか、いろんなことで行かれない子もいる中で、じゅんくんは一日も休まないで行ったということに対して、周りの仲間たちは尊敬しているんですね。「こいつ、何があったって毎日学校へ来てるじゃん、すげぇ」っていうふうに。頭をまっ黄に染めた男の子がそう言ったりしている姿を見ると、たとえ点数がとれなくて定員割れしたところに何とか入ったそんな高校生であっても、高校生活を送っていく中で、彼らはちゃんとそこに生活の場をきちんと作って一緒にやっていかれるんだなというのを、私はまわりにいる若い人に教えてもらったように思います。 それから、就職活動をしていた山本えみ子さんは、今も就職活動をしています。ついこの間も内定まで出たのですけれども、最後の健康診断でちょっとしたアクシデントがありまして、残念な結果になりました。とにかく仕事をする道を探していきたいということで、あきらめずに、でも「あせってもしょうがない」というところも親御さんや本人にもありますけれども、仕事をするんだという気持ちはもちつつ日々を暮らしているようです。 それから、立石あゆみくんという寝てばかりいた彼は、あんなに寝ていて進級できるのかなーというのは親御さんはもちろんみんな心配していたのですけども、先生は先生であゆみ君の歩き方をきちんと見ていて下さって、そこをちゃんと評価して下さって、今年4年生になりました。私は彼が卒業を迎える時に花束をもってお祝いに行きたいなと思っています。 それから山田あきらくん、ドラムをたたいていた彼は、最後に紹介しましたように船橋吹奏楽団に所属していまして、習志野高等学校の音楽部のOBの仲間と顧問の先生も一緒にバンドを作って、老人ホームの慰問などの活動を続けたいと言っています。全国ツアーなんかをしたいと先生ははりきっていまして、すばらしい演奏を聞かせてくれるようなバンドに成長しています。もしかしたら関西にやってくることもあるかもしれませんので、その時は会いに行ってあげてください。 あきらくん、よっちゃん、えみちゃん、中村じゅんくん、立石くん、みんなそれぞれ相変わらずなんですけど、彼らに出会って3年くらいになりますが、すごく大人っぽくなっていて、表現をする能力なんかがどんどんついてきているなーと感じています。 それと、今、島崎さんが署名のことをおっしゃっていましたけれども、こういう法案(学校教育法施行令の一部を改正する政令案)が制定されようとしている、これはラインを引こうとしているんですね。実は、この映画は文部科学省の選定というのをいただきまして、よもやそんなことはするまいと思っていました。お役所の方たちは、今の社会の中でどう人間を管理していくかということに目線をおいているみたいで、この程度の障害は普通学級でいいけど、ここから先はダメとか、そういう線を引こうとしているそういう改定です。この線はいったい誰が決めるのか、何をもって良し悪しを見るのか、そのラインを誰が引くのか、引いていいのか。私は彼らと付き合いながら、変わるべきは彼らではなくて、私たち自身であると感じました。少なくともノーマライゼーションという言葉をみんなが耳にするような社会になっているにもかかわらず、相変わらずそういう線引きをして平気でいる大人たちがいっぱいいるということを、私たちは肝に銘じつつ・・・。私は子どもの頃にこういう子どもたちと出会わなくて、大人になって初めて彼らと付き合ったんですけど、もったいなかったな、もっと若くして知り合っていたら、彼らの仲間みたいに本当に柔らかく自然に付き合えていられたのにと思います。でも、私は大人になってから出会ったけれど、大人だって間に合います。変わるのは大人だし、大人が子どもたちを守っていかなければいけないし、まず大人である私たちが変わろうという意志を持って、持ったらあとは全部取っ払って付き合ってみれば何も難しいことを考えなくても楽しい時間が待っていますから。この映画がそういう扉を開く一助となれば映画を作った甲斐があると思っています。 この映画は北海道から九州までの50ケ所くらいで上映会をすすめていただいています。作ったのは私たちスタッフが何人かおりますけども、これから映画を育ててくださるのはやはり観客のみな様だと思います。こういう今の現状を変えていく力というのも、私たち一人一人の力で変えていけたらいいなーと思っております。今後ともよろしくお願いいたします。本日はどうもありがとうございました。
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