「新法案」に対する 個人的見解
「重大な触法行為をした精神障害者に対する新たな処遇制度(案)の骨子」 に関して
2002.3.9 遠山照彦
(1)
新法制定の必要性への疑問 何故今新法なのか
ここ10年間変化していない精神障害者の刑法犯検挙人数 年間約2000件で、
全刑法犯検挙人員数の0.6〜0.7%。(平成13年犯罪白書)
なのに何故 今 新法なのか?
この間の事件への、市民の応報感情(マスコミに煽られた)にのっかたもの。
○理由のわからない大量殺人事例への納得のいく対処。
○精神医療の開放化、人権尊重の進展により、精神病院が一定の役割を行っていた社会防衛的な役割をおこなえなくなった。
この背景には、精神病院が精神分裂病の治療施設として純化するため、他の障害者を受け入れられなくなっている事情がある。
○被害者の人権尊重の動きによって、加害者の処遇に関心が高まっている。(2002.2.2塚崎直樹)
今まで、手をつけてこなかった、あるいは一般の精神医療に肩代わりさせていたものが、「臭いものにふたを仕切れなくなった」のが現状と認識する。
しかし、少ないとはいえ、130人の殺人を犯した精神障害者(「疑い」含む)、120人の放火を犯した精神障害者が存在する、重大犯罪としては700人強(平成12年度)存在する事実がある。平成8〜12年の累計では(法務省刑事局調査)殺人を犯した心神喪失・心神耗弱者は702人になった。これらのうち、一般精神病院で治療可能なのは、不明だが、おそらく少数。
それらを踏まえた上で、これらの人たちの適切な処遇を真面目に考えるのなら、「新法」制定もありうると考える。
(2)新法の目的についての疑問 「再犯防止」、長期・半永久的「入院」可能性
再犯防止も「新法」の目的とされているが、それに成功するかどうかは疑問である。まだ精神医学的には、研究段階の課題。
幸いなことに、精神障害者の再犯率は低い。
再犯予測は、大変困難である。あくまでも医療確保・社会復帰が中心である。
「6ヶ月ごと」に「処遇」を見直すということらしいが、本当に「退院」可能性はある
のか?半永久的な入院にならないのか?そこが大問題である。
そうならないかどうか、最初は1,2施設での「実験段階」を経て、しっかり再評価すべき。
もし、「新法」を作るならば、定期的に法を見直しして、成果があがらず、半永久的入院に
なるばかりであれば、「新法の廃止もある」ことを明記すべきである。
(3)「第3 審判」の問題
@「合議体」の構成の問題。措置入院においてさえも、その判定に2名の精神保健指定
医がかかわり、診察・処遇決定している。より拘禁性の高い「入院命令」等の「処遇」を精神科医1名で判断・決定することは、間違った決定をする危険性が高くなる。精神医学の診断技術が、まだ不完全さを多く持っている現時点では、少なくとも2名の精神科専門医の「診断の一致」をもって、診断・処遇決定する必要がある。
A
鑑定入院」をしない場合、検察官の判断のために起訴前鑑定をすることになるのか。その場合、起訴前鑑定を「本格的な鑑定」と同質のものに改善できるか。
拘置で、起訴前鑑定や本鑑定を行うとした場合は、拘留期間が長引く。その間の精
神医療の保障が大切になってくる。
現状では、必要な投薬・治療を受けていなケースも間々ある。
拘置所内での、精神医療の改善は、どうするのか。指定医療機関から往診するのか。
(4)「第4 指定医療機関における・・・」
@ 指定医療機関は、狭義の「精神病」患者のほか、精神病院医療の中で対応できない反社
会性人格障害などの人格異常を(併せ)もつケースや、覚醒剤依存症など薬物依存を持つ
ケースなどを「入院」させることになるらしい。
治療高度の技術を要するケースの司法精神医学的治療・社会復帰訓練を行うことになる。
(なお、単に反社会性人格障害の場合には、責任能力ありとし、一般の受刑者と同様の手
続き・処遇となるらしい。)
それには、当然現行の一般精神医療のマンパワー・技術では対応できない。
国公立病院の中に「専門病棟」を整備するらしいが、十分なマンパワーを配置し、
かつ司法精神医学的治療・処遇の研究も行っていくような、充実したものが必要。
そうでなければ、「精神障害者による重大な触法行為防止」という、難題に対応できず、
現状を変えることにはならないので、「新法」制定の意味が無い。
病床規模・マンパワーとしては、20-30床以内とし(先進諸国の一般精神科急性期病棟
は、10-20床規模)、入院者1人に対し看護スタッフ最低2人とし、精神保健福祉士、臨床心理士、行動療法士、も常駐し、精神保健指定も3人以上確保して、高度な行動療法・精神療法・薬物療法を行える環境を整えるべきである。
国立かどうか、マンパワーはどうか、その中身によっては、「新法」反対もありうる。
A
また、一般の診療報酬の費用内で運営すること不可能なことは、明らか。国費で運営されるべきである。
B まだわが国に於いては、「重大な触法行為を犯した心神喪失・心神耗弱者」に対する治療・処遇は研究的段階であることを鑑み、研修・研究機関の機能も充分果たせるような施設を、当初全国で1〜2箇所を実験的に設置し、その成果を見て全県に順次建設していくのが、現実的ではないか。その治療効果・成果が上がらないならば、5年後の見直しで「新法」の廃止も考えるべき。実験的性格の強い制度「新法」であることから、5年ごとに法の見直しをすることとする。
(5)刑務所内での精神医療の保障等
また、この指定医療機関の医療チームが、有罪となり刑務所へ収監されたケースの
刑務所内での精神医療の保障、刑期満了後の、措置入院のための鑑定と入院先の選
択、地域生活におけるアフターケア(訪問、往診も含む)にも当たるのか。
それも「再犯防止」として、重要ではないか。
(6)精神障害者の重大な触法行為を防止するには、精神医療の充実が最も大事
これは、これまで何度も言われ確認されてきたこと。
なかでも、かかりやすい精神科医療の発展と精神科救急の充実が大事である。
この10年ぐらいの間の 精神科診療所や精神科デイケアの増加、
2000年度 精神科救急事業 都道府県に義務付け
2001年度 精神保健福祉法34条「移送制度」発効
も評価できる。しかし、不十分点もある。
かかりやすい精神科医療という点からいうと、2002.4の診療報酬改訂は、精神科外来医療発展を阻害するもの。「通院精神療法料」の逓減は、医療機関の経営圧迫。診療所が倒産閉鎖されるようになれば、地域医療体制への打撃に。速やかにもとの点数に戻すべし。
デイケアも、精神障害者の地域生活を支え、病状回復・病状再発防止に大変役立っている。今後、精神科デイケア料についても逓減をするつもりなのか。デイケアは、精神科医療の中でも、比較的重症者・精神障害者レベルの患者さんが利用しているので、そうなると「重大な触法行為防止」の観点からも、重大な問題だ。
片方で、「重大な触法行為をした精神障害者に対する新たな処遇制度」といいながら、片方で精神医療の充実に逆行する事をやっている。これでは、「触法患者への医療保障」といっても信頼性が無い。
精神科救急も整備されてきているものの、不十分。
とくに、精神障害の第二次予防として、早期発見・早期治療重要。その中心は救急。
今後「アウトリーチ」も含めて整備を。その点で、入院を伴わない精神科初診往診(引きこもっていて、家庭内暴力・近所迷惑行為などがあるケースで入院は要しないが、医療を要し、かつ通院困難)には、大変な人手と労力・専門技術を要するが、そういった「精神科特別初診往診料」を創設して、地域医療機関の早期介入を促進するのはどうか。