xx Because I Love You xx
― the first half ―
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なぜ? 世の中には謎がいっぱい。 いくら考えても、すべての謎が解けることはない。 だから僕は問い続ける。…考え続ける。 シキが僕に声をかけてきたのも、僕がボーッと考えゴトをしていた時だった。 気がついたら放課後で、誰もいない教室に僕は一人座っていて…目の前にシキがいた。 「帰んねーの?」 低い声で、そう問われて、僕はあわてて立ち上がった。 じっと自分を見つめる視線が痛くて、顔を伏せ、ギクシャクした仕草で帰る準備を整える。 「イッショニ、カエローゼ」 一瞬何を言われたのか分からなかった。 一緒に…帰る?誰が?誰と? 「オレ、高山史貴って言うの。隣のクラス」 直接、話をするのは初めてだ。…でも…。 「…知ってる」 シキは有名だった。 ”もう、信じられないくらい魅力的な顔!” ”あの声、腰にくるわよね。耳元で、ささやかれてみたい!!” ”ギュってあの体の中に抱きしめられたい!” そんな女の子たちの、ウワサ話に加え、いつもたくさんの人に囲まれていたのでイヤでもシキの姿は目に入った。 「オレもお前、知ってるよ。成瀬岳、だろ?」 「変なウワサ、たってるかな?」 僕は苦笑した。 ボーッとしていることが多いし、自分から人に話しかけるのが苦手で、自分からの接触は極力避けるようにしている。一部の人に、変人あつかいされているのは知っていた。 「いや、何か、いつもボーッとしてるから興味もって、人にお前の名前、聞いた」 「そう。で、僕と一緒に帰って、僕がどんなヤツか知る?」 シキはちょっと笑って、何も答えなかった…が、そうなのだろう。 …別に僕と帰ったって面白くもなんともないと、思うんだけどね。 それでも、僕はシキを肩を並べて校門を出た。 「さっき、何考えてたんだ?」 「…なぜ、人には感情があるか。なぜ寂しいとか、悲しいとか…マイナス感情を持ったりするのか?」 初対面の人間に、何と思われようと関係ない。 そう思って、正直に答える。 僕のこの、何にでも疑問を持つクセは、物心ついたときからあった。 早くに母を亡くし、父と二人で暮らしていたのだが、父は極端に口数の少ない人だった。 父と話がしたくて、自然、疑問を提示することで父からの返事を貰うという会話方法を身につけていた。 父に話してもらうために、僕は一生懸命、疑問を探した。 中学校に入って、何でも思った疑問を口に出すことは、まわりに鬱陶しがられることに気付いた。 でも、僕はそれ以外のコミュニケーションの取り方を学んでいなかった。 僕の口数は減り、かわりにボーッとする時間が増えた。 シキのように僕がボーッとしながらいつもなにを考えているのか、聞いてきた人は結構たくさんいる。 皆、僕を友達にしてくれようとしたんだろう。 僕をそのまま受け入れて欲しかった。もし、思ってもいないことを、答えたら、その場は上手くいくにしても、そのあとの付き合いが僕には辛かった。 どうせ、後でダメになるなら…。 僕はたいていの場合、考えた通りを答えた。 それを聞いたものは、皆鼻白んだ顔をしたり、なんと言ってよいか分からずに、困った顔をしたりした。 なぜ、僕は人と違うのだろう?………それらの経験を通して、新たにわいてきた疑問である。 シキは何と答えるのだろう? 「マイナス感情が解消されたとき、喜びが感じられるから、じゃないか?」 長い沈黙の後、シキはそう言った。 我ながら疑問に思っても仕方のないような疑問について、ずっと考えてくれてたんだ? 僕は嬉しくなって、クスクス笑った。 「そうだね」 「お…おかしいか?オレ、あんま頭よくねーからな…」 バツの悪そうな顔をするシキに、僕は ますます笑った。 「オイ…笑いすぎ。でも、オレだって、いろいろ考えることはあるんだぞ!”なぜ空は青いか”とかな」 「高山、その問い、オーソドックスすぎ…。でも僕も昔、気になって調べてみた。大気中の微粒子によって太陽の波長の短い青い光が散乱し、その光が僕たちの目に届くからなんだよね」 「おお!くわしいことは、よくわかんねーけど、そうだったのか!」 「あ、まだ知らなかったんだ」 久しぶりに心から笑っている自分に気付いた。 僕まで楽しい思いにしてくれる。 さすが、人気のあるヤツだな、と思った。 別れるまでの時間が、あっという間で…別れ際、これでお別れ…もしかしたらこうして二人で話せる最初で最後の機会になるかも…と思うと、大きな喪失感を覚える自分がいた。 …僕は、次の日嬉しい驚きに見舞われることになる。 なんと、シキは次の日も帰る前に僕を誘いに来たのだ。 そして僕はシキと僕の降りる駅まで二人で帰った。 その次の日も。その次も。 ”なぜ?” 疑問に思いながらも、シキと過ごす心地よい時間を失いたくなくて、僕は疑問を置き去りにした。 いつの間にか高山は”シキ”で僕は”ガク”になっていた。 「ガク、ごめん。今日、職員室呼ばれてて、遅くなりそうなんだわ。あのビデオ借りてオレんち、先に行っといてくれる?母さん、またお前と話したいって言ってたし、よければ相手してやって」 昼休みのうちに、そう言われていたので、僕は放課後になると、シキを待たずに教室を出た。 出たところで、女の子の小さな体とぶつかる。 「あ…ごめん」 瞳のクリッとした、カワイイ女の子。 ぶつかった拍子にその子が落とした教科書を拾って、差し出す。 それを受け取らずにこちらを睨み付けられ、僕はたじたじとなってしまった。 「あの…ごめんね?そんなに、痛かった?」 「あなた…成瀬岳ね」 「…そうだけど…君は?」 見たことはある顔だったが、名前までは知らない。 「知らない?知らないの?…じゃぁ、教えてあげるわよ!秋野真奈美よ。シキの彼女の、ね」 ………。 シキに彼女がいることは知っていた。けれど、シキは僕たちの間に彼女の話を持ち出さなかったし、僕もその存在を気にしたことがなかった。 「シキを取らないでよ。なぜ、あなたが毎日シキと一緒に帰るの?あなたにそんな権利、あるわけ?」 なぜ、シキは僕と一緒に帰ってくれるのか。 見ないフリをしてきた疑問に、僕は直面させられていた。 なぜ、シキの彼女である秋野さんを差し置いて、僕がシキと一緒に帰るのであろう? 僕がシキの友達にしてもらえてるとしても、にわかの友人と、長い付き合いの彼女、どちらの優先順位が高いか? 普通、彼女であろう。 では、なぜ、シキと僕は一緒に帰るのか? …それは…それは、僕がシキと一緒に居たいからだ。 シキは僕があまりにも、懐くんでカワイソウで捨てられなくなった? 思えば最初の日から、僕は何でもないようなことで笑って…シキに懐いていた。 シキを一生懸命、自分のもとに留めておこうとする自分。 ありのままの自分を受け入れてくれるシキの側が心地よかった。 シキの笑顔、たまに耳元でされるナイショ話の甘い声、女の子でもないのに、ドキドキした。 シキに、たまらなくあこがれて…彼が…好きだった。 シキの側に居たい。 …でも、それは僕の勝手な思いで…。 そんな僕のエゴをまわりに押し付けることは……。 間違っている。 身を切られる思いで、僕は口を開いた。 「ごめん…。もう一緒に帰らないよ」 口の中が異様に乾いていた。 秋野さんは、なぜかちょっと驚いた顔をした。 いつの間にか集まった野次馬をかき分け、その場を後にする。 …僕の悲しみは…解消されることが、あるのだろうか…? 解消されない悲しみの、存在意義は?
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