xx 癒しの森 xx 2

 

 そのままホテルへ向かうかと思いきや、太一は二人に連れられ、5分後には居酒屋にいた。

「…何で、酒屋なわけ?」

 合点の行かない顔で、太一がたずねると春也でなく、もう一人のほうの男が応えた。

「さかるんじゃねーよ。ガキ」

 思いっきり男を睨み付け、太一は春也に向き直り答えを求めた。

「ま、お近づきのシルシに、ね?親交を深めましょ?」

 春也の顔で微笑まれると、太一は逆らえなかった。

「あーあ。こいつってば春の顔に骨抜きになってら」

 図星をさされ、少し顔を赤くした太一の肩を春也が優しく抱き寄せる。

「ホント?太一。嬉しいよ……愛、今日は何からんでるの?」

「気にいらねーから」

 自分が気に入らないと言われて、いい気がするやつなんていない。

 太一は酒の力を借りて、年上の男に向かってタンカをきった。

「あんた、何様?俺が気に入らないならそっちが消えろって」

「…言えてる」

 ボソリともらして、クスクス笑う春也に、男はいやそうな顔をした。

「ごめんね。愛ってば、仲間はずれにされるのは寂しいんだよ」

 って、デカイ図体して…と、太一は男を観察する。

 光の下でよく見ると、男はなかなかオトコマエな顔をしていた。

 春也ほど際立った整い方はしていないのだか、その悪っぽさが魅力的だった。

 冷静になってみると、会ってから男には嫌な顔しか見せないような気がする。

 誰だって、そんな顔されれば嫌だよな…。

 思って、太一はちょっと眉を上げて、男を見た。

 男に歩み寄るために、口を開く。

「えーっと、愛さん?」

 春也がそう呼んでいたので、同じように呼ぶと男は余計眉間の皺を深くした。

「その呼び方はヤメロ…」

「だって、俺あんたの名前、教えてもらってないもん」

「…志野原だ」

「下の名前は?」

 聞かれたくなさそうなのを、知っていて太一は聞いた。

 春也のフォローのせいか、口では怒っても心では許してくれているような気がした。

 案の定、男は口元を歪める。

「………」

 口を閉ざす男の代わりに、春也が答えた。

「深い愛って書いて、“ミアイ”って、読むんだ。いい名前なのにね?どうして嫌がるんだろ?」

 ききながらも、春也は分かっている風で楽しそうだ。

「やっぱり愛さんで、いいんじゃん。愛さん?」

 呼んだ太一に深愛は返事せず、ワザとらしく横を向いて煙草をふかしていた。

「愛さんってば!…愛さん!愛さん!」

 意地になって、太一は呼び続ける。

 それも段々と声のボリュームを上げて。

 太一はこんなことをする自分が信じられなかった。

 これって…甘えてる。

 太一の行動は深愛にじゃれついているようなものだった。

 太一はいままで、そんなこと人にしたことがない。

 仕方も知らなかった。

 それが…今日はこんなに自然に…。

 春也の微笑みのマジックにかけられたようだ、と思った。

 さすがに、店中に響く声になって深愛が反応を返す。

「分かった。“愛”でいいから、黙れったら、このクソガキ」

 春也の手に口をふさがれ、やっと黙った太一を見ながら深愛は溜息をついた。

「悪かったな。伸志さん」

 知り合いなようで、深愛はカウンターの中に立つ男の名を呼んで謝る。

「いや、他に客もいないからいいけどね。カワイイ子だなぁ。深愛、あんまいじめるなよ?」

「くっそ。どいつもこいつも、俺を…」

 ブツブツと深愛が文句を垂れ出したが、太一の耳には聞こえなかった。

 大分、お酒が入っていい気分になってきている。

「あー。愛さん、煙草はダメです。口が臭くなって…イヤ…」

「うるせーな」

「愛、俺もいっつも言ってるよ?キスする前は吸わないでって」

 春也にまでたたみかけられて、今日は厄日だとでも言うように深愛は天井を見上げた。

「しなきゃ、いーんだろ?」

「ダメ、俺がしたいの」

 春也は深愛の頭の後ろに手をやり、引き寄せて口づけた。

 太一はボーッとその様子を見ていた。

「こーらこら、お前らここで始めんなって」

 伸志の制止が入って、春也は残念そうに口を離す。

「おら、お前らもう場所移すぞ」

 言うが早いか、深愛は立ちあがり、勘定を済ませる。

 春也を挟んで、太一と深愛が並び、三人は夜空の下を歩いた。

「どこへ向かってるんですか?」

「俺たちの家」

 もっぱら、太一の問いに答えるのは春也の担当だ。

「俺たち?一緒に住んでるんですか?」

「そうだよ」

「…ふーん」

「太一は?家、帰らなくても大丈夫なの?一人暮らし…じゃ、ないよね?まだ、高校生くらいかな?」

 太一は素直に頷く。

「でも、一人暮らしみたいなもん。親、なかなか帰ってこないし」

「そっか。まぁ、考えようによっては色々できちゃって、いいよね?俺も君の両親に感謝しなくちゃ。それでないと、俺たちは会ってなかったかも、しれない」

 そう。自分たちは、そういう危ういつながりなのだ。

 もしかすると、すれ違いつづけ、一生会っていなかったかもしれない。

 会ったけれど、明日のこの時間にはつながりは完全に消えているかもしれなかった。

 太一は腕を伸ばし、春也のコートの裾を掴む。

 離したくない…と思った。

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2000.03.16 脱稿



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