xx 癒しの森 xx 5

 

「ん…まぶし…」

 朝日をまぶた越しに感じ取った太一は、意識が浮上してくるのをボーっと待った。

 頭がはっきりとしてくるにつれて、体の上にある重みが気になってくる。

 日の光を手で遮りながら見ると、誰かの腕だった。

 左から一本、そして右から一本。

 持ち主は、春也と深愛である。

 昨晩のことを思い出して、少し赤くなりながら、そして少し幸せな気分になりながら、太一は起き上がる。

 そっと二人の手をどけて、太一はベッドから抜け出した。

 昨晩それぞれが一度イった後、風呂にまた三人で入って、中でもう一度交わった。

 その後、三人とも折り重なるようにベッドに倒れこみ、そのまま眠ってしまったので、体はキレイだった。

 太一は昨晩借りたパジャマを脱ぎ、自分が着ていた服を脱衣所から取ってくると、身につけ始める。

 時計を見ると、8時少し前。

 制服に着替えに、一度家に戻らなくてはいけないので、完全に高校には遅刻してしまうだろう。

 ま、いっか。

 太一が身支度を整え終えた頃になって、深愛が起きてきた。

 大きなあくびを噛み殺しながら、太一を見る。

「はよ」

「あ、おはようございます。えーっと、春也さんは?」

 深愛と二人というのは、何だか居心地が悪くて、太一は聞いてしまう。

「あいつは、今日1コマないからな。寝かしとく」

「…大学生ですか?」

「あ、言ってなかったっけ?」

 言いながら、深愛は近くの扉から出て行く。

 すぐに戻ってきた彼は太一にコッペパンを一個投げてよこした。

「時間ないだろ?これでもかじりながら帰れ」

「…はぁ」

 深愛の心遣いを、太一は戸惑いながら受け取る。

「じゃ、俺はこれで…春也さんに宜しく伝えといて下さい」

 太一は玄関へ向かった。

 “また、この家に来てもいいですか?”と聞きたかったが、拒否されるのが怖くて、どうしても口に出せなかった。

「おい、ちょっと待て」

 呼び止められて太一はバッと勢いよく振り返る。

“また来い”って、言って欲しい…!

 太一のそんな思いは、通じなかったようだ。

「金」

 それだけ言って、深愛は封筒を差し出した。

「あ…」

 二人に買われていたことなど、太一はすっかり忘れていた。

 お金など、どうでもよかった。

 二人との行為を、お金になど換算したくなかった。

「何て顔してんの?お前…」

 無意識のうちに、歪めていたらしい顔を太一はハッと戻す。

 お金を渡されて、傷ついている自分に腹が立った。

 何をこいつらに期待しているのだろう?

 人に特別な好意を持っても、傷つくだけだと知っているのに。

 驚いた顔で自分を見る深愛から太一は奪うように金を受け取り、ポケットに突っ込む。

「…?中、確認しないのか?」

「どーでもいい…」

 思わず本音を言って、太一は“しまった!”という顔をする。

 太一は急いで深愛に背を向けると、外に出るためのドアを開けた。

「…じゃあね」

 それだけ言って、走り出す。

「お…い…」

 呼び止めかけて、深愛は自分が何も掛けるべき言葉を持っていないことに気付く。

 自分は、何を言おうとしたのだろう。

 何も言うことがないならば、なぜ呼び止めようとしてしまったのだろう。

 あいつが、あんな顔見せるのが悪い!

 深愛は苦笑をうかべる。

 小さな深愛の呼び止めは太一には届かず、彼の姿はすぐに消えたが深愛はしばらくその場で考えごとをしていた。

「……寒…」

 無意識に口にして、気が付く。

 開いたままの玄関からはヒューヒューと冷たい風が吹き込んでいる。

 深愛はさっさと戸を閉めると、春也の眠るベッドルームへ戻った。

 ベッドの隅に腰掛け、春也の顔にかかった髪を優しくかきあげる。

 深い眠りの中にいる春也は動かない。

「なー、春。金渡して、泣きそうな顔されちまったよ…」

 春也はスースーと息をたてて、眠り続けていた。

 

 

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2000.03.20 脱稿



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