xx 癒しの森 xx 6

 

 学校は…嫌いだ…。

 頑張って行くほどの価値も見いだせなくて、また夜に十分に睡眠を取れないことも多いせいで、太一は遅刻することもしばしばだった。

 しかし、担任は太一に何も言わない。

 他の先生から、苦情がいっているだろうに、太一の親に連絡を取ることもしなかった。

 それは、太一には好都合だった。

 外聞を気にする両親を持つ太一が遅刻できるのは、担任のおかげだといえる。

 今日も太一が学校に着いたとき、たまたま担任の日野が授業をしていたが、開いたドアに太一の姿を認めると、彼は何もなかったように教科書を読み始めた。

 気付いている生徒はいないだるうが、太一はいつも日野が気まずそうに自分から視線を外すのを知っていた。

 ばーか。

 いいかげんに慣れればいいのに…。

 日野に対して思ったことだが、太一はそれが自分にも言えることを知っていた。

 いつまでたっても、そういう態度をとられて胸を痛める自分。

 日野は、高校に入ってすぐ出来た、太一の恋人だった。

 最初は日野の太一に対する同情から始まったそれは、次第に本当の愛情へと変化したかに見えた。

 太一の友達、戸倉が日野に惚れるまでは。

 そして、日野が戸倉を愛し始めるまでは。

 ある日太一は、気付いてしまった。

 日野の自分への気持ちは同情から変わっていないこと、そして、彼の愛情のベクトルが、自分の友人へと向かっていること。

 太一は二人を呼び出し、日野を一発殴ると、その体を戸倉に押しやった。

 太一は、恋人と一番の友人を同時に失った。

 それっきり、太一が学校という場で、心を開くことはなかった。

 高校二年になって、戸倉とのクラスは分かれたが、またも担任は日野だった。

 勘弁してくれよ…。

 思いながらも、自分に後ろめたさを抱いているだろう日野を利用して、太一は二重生活のような生活を続けてきた。

 いつまでたっても日野を見てチクチクする心臓なんてくそくらえ、だ。

 自虐的な気分になりながら、クラスメイトの呆れたような?面白がるような?…少なくとも、好意的でない視線を受けつつ太一は席についた。

 日野が、知らん顔で教科書を読みつづける。

 太一は教科書を開け、無機的な文字列に意識を集中させた。

 学校は、勉強するところ。

 …それ以外の何をも、求めはしない…。

 

 あの二人に会いたい…。

 いつもより、学校にいる時間が苦痛だった。

 昨晩、少しでも幸せを感じてしまったから?幸せな感覚を思い出してしまったから?

 彼らに傾こうとする自分が恐かった。

 信じては、ダメだ。

 信じて、裏切られるのはイヤだ…。

 でも…。

 太一の足は知らず知らずのうちに、彼らの家の方へ向かっていた。

 息を呑んで、インターホンを押す。

 ドアが開いて、深愛が顔を覗かせる。

「…?おお、ガキか。何だ、忘れ物か?」

「……いえ」

「何だ?何しに来た?」

 きつい口調ではなかったが、その言葉は太一には痛かった。

 一回寝たからって、いい気になるな?

 お前なんて、一回限りの相手なんだよ?

 家を知られちまって、鬱陶しいな?

 いろいろと、言葉の裏を想像してしまって、太一はめげた。

「いや、何でもないです。用事があったような気がしたんですが、気のせいでした。帰ります!」

 太一は急いで、回れ右をする。

 深愛は呆然と、家の塀の影に隠れる太一の姿を見送った。

 まずった…。

 ポリポリと頭を掻きながら、深愛はドアを閉める。

 その音を、太一は泣きそうになりながら塀の陰で聞いていた。

 未練で、その場を動けなかった。

 どうしたら…?

 太一が思ったときだった。

「あれぇ?太一!どうしたの?」

 太一が声のした方を見ると、春也が自分の方へ向かって駆けてくるところだった。

「あの…えっと…」

「もしかして、会いに来てくれた?ね、そう?」

 何故か、肯定するのが死ぬほど恥ずかしいようなことも、春也相手になら素直になれた。

 おずおずと肯いた太一の頭を春也が抱きしめてくる。

 昨晩と同じ、春也の暖かい香りに包まれる。

 それだけで、何か…暖かい気持ち。

「嬉しいよvどうして、こんなところで立ってたの?中に入って待っててくれたらいいのに。愛、まだ帰ってなかった?」

「いえ…」

「え?何?もしかして、愛に入れてもらえなかったの?」

「いや、俺が勝手に…」

「もうっ!愛ったら」

 春也は太一の言葉を勝手に理解して、怒りはじめている。

「春也さん…そうじゃな…」

「とにかく、入ってv寒かったでしょ?ごめんね」

 春也の後について、太一が玄関に入ると、早くもズカズカと家の中に踏み込んだ春也が深愛を叱る声が聞こえてくる。

 あ…ちょっと愛さんに悪かったかも…。

 思いつつも、太一は再び二人と関わりを持てそうな予感に顔を綻ばせた。

 

 

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2000.04.30 脱稿



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