xx 癒しの森 xx 7
太一がリビングに入ると、恨みがましそうな深愛の視線が飛んできた。 「…くそガキめ…」 そりゃ、ちょっと悪かったとは思うけど…。 心ない深愛の言葉に、太一が傷ついたのは事実だった。 「だって、愛さんが…」 「あー?何だって!?」 片眉を上げて言った深愛の頭を春也が軽く叩く。 「愛、すごまないの!いいよ、太一。言っちゃえ言っちゃえ」 春也に後押しされて、太一が深愛の様子を窺いながら言葉を紡ぐ。 「愛さん、俺が来るの嫌そうで…用がないなら帰れ、みたいな…」 「そんなこと、言ってねー」 不機嫌そうに深愛が返す。 「でも、そうとられるようなコト、言ったんでしょ」 春也の助けを借りて、太一は一番聞きたかったコトを聞いた。 「じゃ…俺が来たの、嫌じゃない?」 「う…」 言葉に詰まった深愛に、太一は畳み掛けるように続けて言った。 「用がなくても来ていい?」 恥ずかしいことは言いたくなかったが、ここで肯定しなければ太一は絶対に傷つくだろう。 深愛はそれを、太一の必死な瞳から読み取っていた。 「うう…好きにしろ」 当人は自覚していないのだろうが、一瞬明らかにホッとした表情を浮かべた太一に、深愛は心の中で苦笑した。 続いて、その太一の視線を受けた春也はニッコリ笑う。 「もちろん、俺も大歓迎だからねv」 次の瞬間、太一の腰に手が回り、意外なほど強い春也の力で空中に持ち上げられた。 「な…何?」 そのまま太一は椅子に座っていた深愛ところへ運ばれ、その膝の上に下ろされる。 深愛は何が何だか分からないまま、とにかく太一がずり落ちないように、腰に腕を回して支えてやる。 突拍子もない行為に深愛は呆れたが、“かわいい…”という感情を心の中で抱いてしまってもいた…。 “かわいい”と思ったのは、そんな無邪気なことをする春也に対して?それとも、太一…? 深愛自身、判然としないまま一応呆れたような反応をしてみせた。 「オイ…春…」 深愛の抗議を聞かず、春也は二人まとめて抱きしめる。 「うーん、イイ感じv 太一、またHも一緒にしようね」 言いながら、太一、そして深愛の頬に“うちゅー”とキスをする。 「ええっ!?あ…はい」 驚きながら、しかし肯いた太一に、後ろから呆れたような声が掛かる。 「…承知するかよ?ふつー…」 しかし、深愛の口は言葉の後、太一の首筋に吸い付いた。 「ひゃっ…そんなこと言いながら、何やってるんですか!!」 「え?吸血」 太一の見えないところで深愛は機嫌よさげに笑い、同じ所に噛み付いた。 「あわわわわ!」 深愛も一見硬派だが、所詮春也の同居人だ。 それを、太一はここで思い知らされることになった。 「ずるーい!愛ばっかり!」 春也の言葉を受けて、深愛は口を離す。 腰を掴んで太一を立たせると、深愛は自分も椅子から立ち上がった。 「ま、続きは今度な。まだ日は沈んでねーし。夕飯の支度してくるわ。ガキは、どうする?」 「えーと…」 迷惑にならないのか、判断しかねた太一に珍しく深愛が一歩踏み込んだ助け舟を出した。 「どーしても、“帰らなきゃいけない”ワケじゃねーなら、食ってけば?」 「そうそう。味は保証するよ。俺の料理も食べさせてあげたいんだけど、今日は愛の当番なんだよねー」 春也も、そして深愛も、すでに太一の少し過剰なほど人に気を使う性格は理解していた。 二人に進められて太一も肯く。 深愛がキッチンに消えると、春也はニコニコしながら太一に“ちょっと待っててね”と言い置いて、部屋を出て行った。 なにごとか?と思いながら待っていた太一の前に戻ってきた春也は赤いバラを一本手に持っている。 「簡単な手品」 春也は軽くウィンクして、右の掌を太一に見せる。 何も持ってないよ?と、ヒラヒラ振る。 太一が肯くのを見ると、春也はその右手で花の部分を覆った。 そして、その手を退けた瞬間、花は白く変わっていた。 テレビなどではよく見るマジックだが、目の前で見るのは初めてだった。 パチパチと拍手した太一に春也が優雅に礼をしてみせる。 「なに?春也さん、手品師!?」 「そうv まだ卵なんだけどねー。結構本気で頑張ってるんだ。もっとすごいのも、おいおい見せてあげるからね〜」 春也は食事が出来るまでの間、自分や深愛のことについてポロポロと話してみせた。 なんと、深愛のもう1つの趣味はピアノらしい。 料理にピアノ、何とも意外な趣味で太一は目を丸くした。 「ホント、愛ってば凝り性だからねー、どっちもかなりの腕だよ。あいつ自分の部屋にピアノ置いてるんだ。今度、聞かせてもらいなよ」 ホント、聞いてみたい…と太一が思ったとき、キッチンから出来上がりを告げる深愛の声がした。 しばらく黙っておいしい料理に集中していた三人だが、ふと、春也が思い出したように口を開いた。 「ね、太一。高野ゼミナールって知ってる?」 春也の言ったのは、有名な大手予備校の名前だった。 太一は和風ハンバーグを口に入れながら肯く。 ハフハフと熱さを逃がしながら飲み込んで言った。 「知ってるも何も…俺、そこの生徒」 「え!?そうなんだ」 「おい、春。止めとけ」 深愛が、厳しい顔して春也を制す。 「何で?いいじゃん」 二人は、視線でお互いの主張を戦わせる。 え?なに? 太一は、戸惑いながら二人をかわるがわる見遣った。
2000.05.23 脱稿 |