xx そういう関係2 xx   ― 交わる関係 ― 4

 

 一浩さんと、研究室で話をしていたときだった。

「おい、浩二!よせって。落ち着けよ」

「うるさい!!」

 だんだんと、近づいてくる声。

 明らかに、浅井と浩二と分かるものだった。

 僕は一浩さんと、何事か、と顔を見合わせる。

 すぐに、二人のやり合う声は研究室のドアの前まできた。

 と、同時にバタンと音をたててドアが開けられる。

 まず、怒りの形相の浩二が目に入った。

 後ろから、浅井も顔をのぞかせる。

 困ったような表情。

 僕が息を呑んでいる前で、浩二は一浩さんにつかつかと歩み寄った。

「お前!何考えてんだよ!?」

 浩二に顔を寄せて言われ、一浩さんは少し仰け反って右手で眼鏡をずり上げる。

「…突然失礼な訪ね方してきて、開口一番にそれか?」

 あきれた口調で言われて、浩二は余計に怒りを煽られたようだった。

「織に何言った!?留学?ざけんじゃねー」

「はぁ?俺はただ彼がNGOに入るか、国際公務員になるか、したいって言うから、留学制度があることを教えただけだ。あとは、俺も来年留学することを言ったぐらいだな」

 あくまでも、淡々とした口調で一浩さんは応対していた。

「勝手に、織に逃げ道与えんじゃねーよ!」

 そこで、一浩さんは効果的にニヤリと笑った。

 一浩さんは、どうして浩二が怒っているか、最初から何となく分かっていたみたいだった。

「浩二」

 突然、口を挟んだ僕に、浩二は鋭いままの目を向ける。

「怒る対象が違うよ。一浩さんは全然悪くない。留学をしようと決めたは、僕だ」

「…こいつは、俺の邪魔をすることを、楽しんでるんだ!!」

「言いがかりだよ。浩二、ここは一浩さんの研究室だ。彼の時間を無駄にするのは…」

「俺が入ってきたとき、お前としゃべってたじゃねーか!」

「そうだね。僕も、浩二も、一浩さんの邪魔をしてる。出よう…」

 僕は浩二の背を押して、ドアへ向かった。

「織」

 一浩さんに呼ばれて、僕は振り返る。

「さっきの“法律の捕らえ方について”、有意義な議論だったと思うよ。また、いつでもおいで」

 優しく眼鏡の奥の目を細めて言われる。

 照れくさくて、僕はそそくさとお礼を言って、部屋を後にした。

 右隣で浩二は憮然とした顔をしている。

 浅井が左隣から僕の肩を引き寄せ、耳元で囁いた。

「織。もう一度、信じてみないか?」

 それだけ言うと、一つウィンクして寄越して足早に去ってゆく。

 信じる…浩二を…?

「何て?」

「いや、たいしたことじゃ…」

 あいまいに言葉尻を濁した僕に、浩二はそれ以上追及してこようとはしなかった。

 長く続く廊下には僕と浩二だけが、いた。

「…織、話…しよーぜ」

「………」

 思えば、一緒に住んでいた頃も…いや、浩二と会ってからこのかた真剣に向かい合って話をしたことはなかったかもしれない。

 昔は…いつも、違う方向を向いている浩二に、僕が一生懸命に話し掛けていた…。

 ここしばらくは、僕がそっぽを向いている…。

「家、来いよ」

 一度、ちゃんと向かい合おう、と思った。

 僕の思いをすべて、浩二に聞いてもらうのだ。

 僕はコクンと一つ、うなずいた。

 

 浩二が鍵を開けるのを、横で見ていた。

「住む場所、替えなかったんだね」

「…ああ」

 僕は、ボンヤリとここの鍵を捨てるのをためらった自分を思い出していた。

 どうしても捨てられなくて、今の下宿の収納スペースの中に投げ込んだ。

 今も探せば、出てくるのだろう。

 探すつもりは、ないけど…。

 中の配置も変わっておらず、僕はダイニングテーブルの椅子へと向かった。

 ドアを閉める音がして、次の瞬間、僕は浩二に後ろから抱きしめられていた。

「…織!」

 耳に息がかかったかと思うと、首筋に口付けられる。

 浩二の手が、シャツの裾をズボンから手繰り出し、僕の肌に触れる。

「ば…バカ!!」

 僕は、何が起こっているか理解するとすぐに、抵抗する。

 身を反転させて、思いっきり浩二を突き放した。

「織!」

「こういうのは…いけない…。僕たちは恋人同士でもないのに…こんなこと、やるべきじゃなかったんだ…」

 体の関係を持ってしまったから、僕は期待してしまって…勝手に傷ついて…。

 近づいてきた浩二が、僕の両手首を掴む。

「恋人同士に、なればいい!」

「…!!!」

 僕は目を見開いて、間近にある浩二の顔を見た。

「…本気?」

「もちろん」

 簡抜入れない返事が、浩二らしい。

 僕は、フッと笑いを漏らした。

「信じないのかよ?」

「…ごめん。“たくさんいる恋人の一人?”とか、思ってる」

「違う。お前だけだ!」

 額に浩二のキスが落とされる。

 懐かしい、浩二の唇の感触…。

「…いつまで?僕が手に入ると、浩二はすぐに僕に興味をなくすよ」

「そんなことない!」

「……浩二…ごめん。僕は、信じられない…」

 でも、信じたい…。

 浩二と抱き合えるほど近くにいて、同じ空気を吸っていると、それだけでこんなに満たされた気持ちになる…。

「織…織、俺はどうしたらいいんだ?どうしたら、信じてもらえる?」

 浩二は…策士だ…。

 いつも高圧的な浩二にこんなことを言われると…心を揺さぶられる。

 ああ。こうして、僕はまた…。

 思いつつも、僕は浩二に向かってゆく心を止められなかった。

 もう一度…浩二ににチャンスを…そして、僕にチャンスを…。

 僕は、ある決意をした。

 

 



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2000.03.30 脱稿



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