xx そういう関係2 xx
― 交わる関係 ― 5
「Attention please, this plane will arrive at....」 滑らかな英語を聞くともなしに聞きながら、僕は飛行機の窓から見える、日本の土地を懐かしい思いで見つめていた。 久しぶりの日本だった。 アメリカでの一年は、あっという間に過ぎた。 一ヶ月ほどで生活に慣れてくると、人はホームシックにかかりやすくなると聞いていたが、そんなものにかかる間もなく、ハードな大学生活をこなすのに精一杯だった。 それこそ、日本での問題について考える間も全然なく…。 一緒にアメリカへ飛んだ一浩さんも、忙しそうだったので(何てったって、大学院留学。勉強の大変さが違う)近くに住んでいても、たまに一緒に食事をするくらいが、関の山だった。 それだけでも、疲れた心が癒されて、ずいぶんと救われたものだけれど…。 ほとんどの荷物は向こうから家へ送っていたので小さな手荷物だけを持って、僕は飛行機から降りた。 税関で簡単なチェックを済ませて、入国する。 「織!!」 え、僕? 思わぬ呼びかけに、僕はキョロキョロあたりを見回した。 そして、すぐに見知った顔を見つける。 「浅井!」 アメリカから二ヶ月に一回程度の割合であったが、浅井には連絡を入れていた。 僕はもう一度、浩二を信じてみようか、という気持ちにはなっていたが、そのまま受け入れるには今までの苦しみが大きすぎた。 だから、予定通りアメリカに飛んだ。 その間、浩二がどう動くか。 浩二には僕の心が、また受け入れ始めていることなど微塵も見せずに日本を発った。 だから、さっさと僕のことなど見切りをつけて、他の人とよろしくやっているかもしれない。 …それはそれで…いい。 少し、期待してしまっている僕は傷つくだろうけど、完全にまた浩二にのめり込んで、裏切られるよりは遥かにましだ、と思った。 この僕の汚い企みは、浅井にだけは話した。 浅井は“それで、浩二をもう一度信じられるなら…”と肯いた。 アメリカから、浅井に手紙を書いても、僕は浩二の様子を聞かなかったし、浅井も当り障りのないことしか、書いてこなかった。 だから、僕が日本にいない間、浩二がどうしていたのか…知らない。 浅井が僕の前に駆け寄ってきて、僕を懐かしげに見た。 「…元気そうだな。織」 「うん。ハードだったけど、充実してたよ。浅井は…色っぽくなったね」 言って、笑う。 浅井は、一年前よりウェーブがかった髪を伸ばしていて、より軟派な雰囲気を漂わせていた。 「はは。そうか?」 あっけらかんとして笑う浅井を、僕はじっと見つめた。 で、浩二はどうだったの? 僕は、浩二の言った言葉を信じてもいい? 「…聞きたそうだな?浩二のこと」 「まぁね」 急に神妙な顔になった浅井に、僕は悪い答えを予想して勝手に盛り上がってしまっていた心の温度を急激に冷やした。 そうだ、また僕は根拠もなしに期待して…。 「お前が、いくら止めても聞かなくて留学してしまったから、浩二、荒れたよ」 「…そう」 「でも、お酒に走っただけだ。女とは…俺が見る限り、やってない…」 ………!! 「それから、今回俺は何も言ってないんだけど、自分で何を思ったのか、立ち直った。酒に逃げるのをやめて……後は、本人に聞け」 「……?」 浅井が顎で示した方を見ると、浩二が…いた。 遠目で見たところ、外見は全然変わってない。 「お前も苦しんだけど、浩二も結構苦しんだと思うよ。で、今の浩二は信用するに足る、と思う。今度こそ、お前ら幸せになっちまえ!」 背を押されて、僕は一歩一歩、浩二のほうへ歩いてゆく。 浩二はじっと動かずに、僕を見ている。 二人の距離が、どんどん縮まって…最後は浩二の方から駆け寄ってきた。 思いっきりお互いを抱きしめ合う。 浩二!浩二!浩二!浩二! もう、何も考えられない。 歓喜の奔流が僕を飲み込む。 「…会いたかったぞ」 「うん」 「俺の言うこと聞かずに、行っちまってムカツイタ」 「うん」 「でも、愛してるぞ」 「うん」 「お前もか?」 「うん」 「……勝手に行ったのは…許す」 あは。浩二だ。 この勝手なところが…たまらない。 勝手だけど…前となにか違うような気がする…。 浩二の優しさが、言葉から伝わってくる。 「…うー」 浩二が僕を抱きしめる腕に力を込めて唸った。 「え?どうしたの?」 ビックリして身を離し、浩二を見ると彼は眉をひそめていた。 「ここじゃ、人目があってキスもできねぇ…」 「…!」 「早く、家へ帰ろう」 浩二はチャラチャラとポケットから出したキーを振って見せた。 「何?車??」 「そ。免許取ったの」 大股で歩き出した浩二を僕は小走りで追いかける。 「浅井は?」 「放っとけよ。あいつは電車で帰るさ」 それでも気になって振り返ると、すでに浅井は元いた場所には、いなかった。 前に顔を戻すと、すでに浩二は遥か先を行ってしまっている。 僕が走って追いつくと浩二が言った。 「元々、空港で別れることになってたんだ。気にすんな」 「そうなんだ」 返事をしながら、気付いた。 歩調、僕に合わせてくれた? どこでそんな高等ワザ、教わったの? 浅井かな? 優しい男の心得、とか浩二が浅井に教えてもらっているところを想像して、僕は思わず吹き出してしまう。 浩二が怪訝な顔で見たが、僕は笑いを止めることができなかった。
2000.04.03 脱稿 |