xx そういう関係2 xx   ― 交わる関係 ― 1

 

 最初の頃は、どうしても離れたところから浩二の姿を目で追ってしまっていた。

 友人と笑い合う浩二が眩しくて、どうして自分は浩二の笑顔が向けられる場所にいられないのだろう…とシクシクする心臓をやり過ごす毎日だった。

 これでは、諦められない…と、僕はある日を境に浩二の出現する場所に出来るだけ行かないことに決めた。

 同じ授業は仕方ない。友人たちにうるさく言われるのがイヤで、同じグループの奴らが陣取っている席の隅に座るようにもした。

 けれど、浩二がいるだろう時間に食堂へ行くことは避けたし、下校の時間が同じにならないようにもした。

 浩二の出る講義は決まっていたので、一度、浩二に会わないような一週間の行動パターンを立ててしまうと、あとは意識せずにそれをこなすだけで良かった。

 僕は浩二との思い出を次第に分厚い殻で覆い、心の隅に目立たないように置いた。

 しかし、ふとしたコトで浩二のことを、彼と一緒に過ごした日々を思い出してしまうこともあった。

 偶然、浩二が目に入るだけで封印した気持ちが殻を割ろうとコトコト騒ぐ。

 それを押さえるのが、クセになった。

 一時、浩二を忘れようとすればするほど、心は引き戻され、思うように行かない自分の心をねじ伏せようと葛藤していた時期があった。

 それに疲れた頃、僕は想いを押さえつけずにうまく逃がしてやる方法を身につけた。

 他のことでもあまり、何も感じなくなった。

 けれど、確かに胸が痛む回数は減っていった。

 食堂の代わりに顔を出すようになった喫茶店で、よく浅井に会った。

 たまに女連れの浅井は照れたような顔を僕に向けた。

 それも、女が頻繁に替わる…。

 こいつも、浩二と同じ人種か…。

 けれど浅井に向ける感情は浩二へのものとは違っていたため、僕は苦笑で済ますことが出来た。

 浅井との関係は、心地よい。

 浩二と僕の変化は感じ取っているだろうに、あえて聞いてくることはなく、普通に僕と付き合いを続けてくれている。

 僕は大抵一人でいたし、浅井の連れがいないときは一緒に食事をしたり、時には一緒にレポートを片付けることもあった。

 しばらくは自分から浩二に近づかないようにすることで、浩二との距離を保てた。

 偶然浩二とぶつかっても、心乱さずにニッコリと笑えるくらいにはなった、そんな頃…。

 何と、浩二は自分から僕に近づいてくるようになった。

 僕が一人で歩いていると、浩二が頻繁に声を掛けてくる。

 あんなに分厚かった殻がいとも簡単にひび割れるのを僕は呆然としながら感じていた。

 ダメだ、と思いつつも浩二に誘われると、二回に一回は食事や遊びに付き合ってしまう。

 それは、僕にとっては拷問と等しかった。

 浩二がおもちゃを無くした感覚で、僕を元の場所に戻そうとしているのは分かっていた。

 浩二は、たかが“おもちゃ”でも自分のものを無くすのは絶えられないのだ。

 傲慢で…だからこそ、魅力的…。

 しかし、それに手放しで魅かれるわけにはいかないのだ…もう…。

 自分を抑えるために、ますます僕の心はザルになっていったらしい。

 もう…何も、感じない…。

 

 やっとのことで、浩二と一緒にいても心にさざなみがたたなくなった2回生になってすぐの時期、僕は“浩二のお兄さん”という人と知り合った。

 浩二のお兄さんは一浩と言って、同じ大学の法学部の院生だった。

 昔、浩二から聞いて“いる”というのは知っていたのだが、会ったことはなかった。

 僕も法学部生で、たまたま選択したゼミの教授に一浩さんがついていたのだ。

 最初、向こうが僕のことを知っていて、声を掛けてきた。

 同じゼミを受けて、授業の始まる前に話したりするうちに僕は一浩さんと結構親しくなった。

 勉強に打ちこんでいた僕にとって、院生は刺激的な話し相手だった。

 一浩さんが、浩二と似ていたら、とても近くにいることなんて出来なかっただろうけど、一浩さんは容貌も性格も全然浩二と違ったのだ。

 体つきは二人とも上背はあるが、一浩さんの方が細いイメージ。

 眼鏡をかけているせいもあって、インテリっぽい。

 自分に自信があるところは浩二と同じだが、人への接し方は一浩さんの方が格段によい。

 浩二のことが話題になったとき、僕が複雑そうな顔で「今ちょっと…」と言葉を濁すと、喧嘩でもしていると思ったのか、何も聞かずに話を変えてくれた。

 そういう、優しい心配りのできる人だった。

 最初に会ったときこそ、浩二といろいろ比べて考えてしまったが、僕はすぐに浩二とは切り離した存在として一浩を認識できるようになった。

 今では、僕は一浩さんと研究室で政治について討論しながらお茶することが多い。

 穏やかな、生活だった。

 研究室で過ごす時間が増えるにつれ、浩二と偶然遭い、声を掛けられることもほとんどなくなった。

 これで、忘れられる…。

 ほっとしたような、大切なものをなくしたような、感覚。

 これで、いいのだ…。

 

 



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2000.03.23 脱稿



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