慢性胃炎の治療と胃癌予防のためのピロリ菌除菌治療について(改訂版)
※この項目はヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の除菌治療が平成25年2月より保険適応となったため,書き換えました.
胃癌予防のためにピロリ菌の除菌治療をしてほしいが?
慢性胃炎でピロリ菌陽性と言われたが,除菌治療すべきか?
上記のような疑問やご希望をお持ちの方は,少し長いですが,以下の解説をお読み下さい.
日本では毎年10万人が胃癌と診断され,5万人が胃癌で命を落としています.部位別癌死亡数は男性では肺癌についで2番,女性では大腸癌,肺がんについで3番です.ヘリコバクター・ピロリ(以下ピロリ菌)感染者には非感染者に比べ,胃癌が多いことが統計的に指摘されていました.ピロリ菌の除菌治療(菌を薬で退治し無くすこと)を行えば胃癌が予防できる可能性が推定されていましたが,実際に除菌治療を行い胃癌の発生率が低下したというデータは以前はありませんでした.しかし,日本のピロリ菌研究者が総力を挙げた多施設試験の結果が2008年8月に発表され,除菌治療で胃癌の発生率が低下することが世界で初めて示されました.
この結果を踏まえて,ヘリコバクター・ピロリ学会では,すべてのピロリ菌感染者が除菌治療の対象であるとしています.しかし,最近までは除菌での保険治療が認められていたのは,胃潰瘍,十二指腸潰瘍,胃MALTリンパ腫,特発性血小板減少性紫斑病,早期胃癌の内視鏡的治療後に限られていました.H25年2月よりようやく,ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の病名での除菌治療が認められました.
以前から保険適応が認められていた5病態に対する除菌治療の有用性は実証されており,迷わず行うべきです.しかし,日本のピロリ菌感染者の大部分を占めるヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の患者さんは3,500万人と推定されており,これらの方すべてに除菌治療をおこなうべきかという問題があります.ピロリ菌感染者は組織学的(粘膜を採取し顕微鏡で調べると)に必ず慢性胃炎を伴っています.しかし大半の人は無症状で,一部の人が吐き気・胃重感・胃痛などの症状を伴っています.除菌治療が成功すると,組織学的胃炎は必ず改善します.しかし,意外なことに,症状はかならずしも取れないのです.従って,症状の改善を期待して除菌治療する期待外れになることが往々にしてあります.一方,前述のように除菌治療で胃癌の発生率が低下しますが,ピロリ菌感染者のうち胃癌になるのは1年あたり0.2%のみで,生涯を通しても胃癌を発症しない人の方がずっと多いわけです.そこで,胃癌になる危険のある人を絞り込んで除菌治療を行えばいいのですが,その手段が今のところ確立していません.
除菌治療による主な副作用は下痢です.まれに皮疹,肝障害や味覚異常がありますが,薬剤中止により改善しますので,あまり恐れる副作用ではありません.除菌の成功により胃酸分泌が回復し,胃・食道逆流による胸焼けを生じることがあります.この場合は制酸剤による治療が必要となってきます.しかしこのディメリットより胃癌予防というメリットのほうが大きいと思います.また,保険適応となったので除菌治療に要する費用もそれほど高くありません.従って,現時点では,ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の方は皆さんに除菌治療を受けていただいたら良いと考えています.目的はあくまでも胃癌の予防です.
除菌治療後も胃癌になるリスクはありますので定期的に胃内視鏡検査を受けることが必要です.胃粘膜の萎縮が高度だと言われた方は年1回,萎縮の軽度の方はその程度により2-3年に1回が望ましいと思います.