「小公女」セーラのパン(1)

「小公女」セーラのパン(2)


(1)「小公女」あれこれ

「小公女」の思い出
「甘食」とは?
原文を調べてみると
日本で出版された訳本いくつか
比較

(2)「小公女」と「甘食」

「小公女」という本で「甘食」と訳された本は本当にあるのでしょうか

「小公女」の思い出
子どもの頃、はじめての「自分の本」は「小公女」でした。家には本はいろい
ろあったはずですが、それらの本は家族兄弟共有のもので「自分のもの」とは
思っていなかったのです。「私の本」だと言える本は、「小公女」1冊。でも、
それがうれしくて、うれしくて、どこに行くにも持って歩いていた記憶があり
ます。「これ、私の本よ」と誰かれとなくその本を見せようとした記憶はある
のですが、残念ながら友人たちは外で本を見せられても、あまり関心は持って
くれなかったような思い出がありますが。というわけで、外に遊びに行くのに
本を持ち歩いていくようなことをしましたから、せっかくの「私の本」はいつ
かどこかに忘れてきてしまった、いつのまにかなくなってしまった、どんな風
にして読んだかという記憶よりも、そんな風にして「なくしてしまったのだ」
という記憶のほうが鮮明かもしれませんが。

「小公女」という本は、ある日、突然のように父が私に渡してくれたものです。
たぶんセーラと同じ11才か12才の頃でした。どういう理由があってそんな
本を買ってきてくれたのか(あるいは誰かから譲り受けたのか、それはわかり
ませんが)、ほとんど覚えはありません。父は本が好きでしたから、私が本を
読んでいると、たぶんそれだけでとても満足していたような人でした。父が私
に最初に与えてくれた本は「小公女」という本だった、なぜその本だったのか
というのは、もう理由も何もわからないけれど、最初の「自分の本」について、
あれこれ思い出があるのは、とても幸せなことかもしれないと思います。

ただその本は今から考えると新刊の本ではなくて、たぶん古本だったのではない
かと思うのです。表紙はボール紙で固いものでしたが、カバーなどはついていな
くて、A5くらいの大きさで、厚さ2センチほどだったように記憶しています。そ
の本はどこの出版社の本で誰の訳だったのか、いまさらながらそれを知りたいと
は思いますが、無理な話しですね。

その後いろんな本を読みましたが、やっぱりいまだに強烈に記憶があるのは
「小公女」だと思います。「小公女」のなかでもとにかく一番記憶に残った場
面はセーラが拾った4ペンスで「パン」を買うくだり。セーラの父がインドで
亡くなり、セーラは貧しくなって、ミンチン先生の学校の小間使いにされ、寒
い日にひもじい思いをかかえつつお使いにだされた時、パン屋の前で4ペンス
銀貨を拾う。ところが自分よりもっとお腹を減らした女の子にせっかく買った
パンをあげてしまう、そのあたりの場面です。私の読んだ本ではそのパンは
「甘食」と訳がついていた記憶があります。ほんとうに「甘食」と書いてあっ
たのかどうか、はっきりした記憶はないのですが、「小公女」と言えば「甘食」
それくらい結びついて強烈な印象を残しているのです。

その「場面」と「甘食」、なぜ私の記憶のなかにいつまでも残るものになって
しまったのか、いまだに理由はよくわかりません。でも、拾った4ペンスでセー
ラが買ったパンはいったいどんなパンだったのだろうか、おりにふれてふと思
いだしてしまうのです。
いまでこそ町には「パン屋」さんがたくさんあり、さまざまな種類の「焼きた
てパン」は、それほど苦労もなく手に入れることができますが、私が10才前
後の頃には、「焼きたてパン」はそうそう目にすることも口にすることもなかっ
たものです。


「甘食」とは?
「小公女」のなかで、セーラが買ったパンは「甘食」と訳がついていたという
記憶があったのですが、ほんとうにそうだったのか、私の思い込みだったのか、
ちょっぴり気はなっていたのですが、少し調べてみたら、「小公女の甘食」と
書かれているページはいくつかあり、そのページの作成者の方も小公女セーラ
のパンは「甘食」だったと記憶されているようですから、かつての「小公女」
ではたんなるパンではなく「甘食」と訳されていた本があったというのは、や
はり記憶違いではなさそうです。

ホームメイド・ケフィアの部屋

では「甘食」とはどんなパンかというと、
続・「甘食」はいったいどこに?

「甘食」とは、円錐形で頂点の部分が破裂していて、そこにピーナッツのよう
なナッツ類がついているでかいビスケットのようなパン菓子、ですね。

しかしながら、このパンだと「焼きたてほかほか」「つやがあって見るからに
おいしそう」という感じとはかなり違うように思います。「小公女」という本
で「甘食」という訳がつけられた頃は、「焼きたてパン」よりは「お菓子のよ
うに甘いパン」という意味合いのほうで使われていたのだろうと思いますが、
「甘食」という訳は、「時代」がつけた日本語訳ということになりそうですね。

というわけで最近になって再版されているような「小公女」には当然ながら「甘
食」などという訳はなく、「焼きたてのパン」あるいは単に「パン」と訳されて
いるのが普通のようです。


原文を調べてみると

では、ほんとうにセーラが買った「パン」はどんなパンだったのでしょうか。

原文は、2つの場所から簡単に手に入れることができます。
2つともオリジナルの原文ですから同じものです。


(1)グーテンベルグプロジェクトにある原文
The Project Gutenberg Etext of A Little Princess
by Frances Hodgson Burnett

http://www.gutenberg.org/etext/146
A Little Princess

The Project Gutenberg Etext of A Little Princess
by Frances Hodgson Burnett
(#3 in our series by Frances Hodgson Burnett)

And then, if you will believe me, she looked straight at the
shop directly facing her.  And it was a baker's shop, and a
cheerful, stout, motherly woman with rosy cheeks was putting into
the window a tray of delicious newly baked hot buns, fresh from
the oven--large, plump, shiny buns, with currants in them.

It almost made Sara feel faint for a few seconds--the shock, and
the sight of the buns, and the delightful odors of warm bread
floating up through the baker's cellar window.



(2)University of Virginia Libraryにある原文

Burnett, Frances Hodgson. A Little Princess
Electronic Text Center, University of Virginia Library

 A Little Princess

And then, if you will believe me, she looked straight at the
shop directly facing her.  And it was a baker's shop, and a
cheerful, stout, motherly woman with rosy cheeks was putting into
the window a tray of delicious newly baked hot buns, fresh from
the oven--large, plump, shiny buns, with currants in them.

(焼き上がったばかりのパンは)、
大きくて、ふかふかにふくらんでいて、
つやつやしていて、干しぶどうが入っていた。

原文で見る限り、セーラが買ったパンはカレンズと呼ばれる
「干しぶどういりの丸いパン」

いわゆる「レーズンバンズ」、干しぶどう入りの丸パン、ですね。
焼きたてだとあまい香りがして表面がつやつやしていて、ほんのり甘みのある丸パン。





日本で出版された訳本

日本の古本屋のページで検索をかけてみると、
12冊がピックアップされました。
日本の古本屋

これらの本はいまも手に入れ入ることが可能ですが、
訳者の名前を見てかなりびっくりしてしまいました。
ではいったい誰が「小公女」のなかで
large, plump, shiny buns, with currants in them.
と説明されているパンを「甘食」と訳したのでしょうね。

小公女 
バーネット作 伊藤 整訳、新潮社、1 、平7 文庫版 4349
	
小公女 小学生全集52
石川寅吉編、文藝春秋社、1 、昭和2

小公女 小学生全集第五十二巻
菊池寛訳、文藝春秋社、昭和2
	
小公女 
久保田万太郎、丸善、1冊、昭2
	
小公女
バーネット、岡上鈴江訳、旺文社、昭52

小公女セーラ ドリームミユージカル 〈プログラム/チラシ付〉
演出:小林裕 キャスト:岩井小百合/団時朗/木村有里、1、1987年
	
小公女
バーネット 川端康成・野上彰訳 角川文庫、1、昭41
	
小公女
川端康成訳、小学館、昭35
	
小公女
川端康成訳、河出書房、昭30
	
小公女
バーネット 岡上鈴江訳、旺文社、1冊、昭和52
	
小公女
水島あやめ著 バーネット原作、講談社、1 、1950
	
小公女 小学生全集第52巻 
菊池寛訳、文藝春秋社、1928


比較

(1)
(完全版)
リトル・プリンセス 小公女
作  F.H.バーネット
訳 伊藤 整
画 高田美苗
発行所 株式会社 文渓堂
1995年11月20日 第1刷発行
ISBN4-89423-103-4

本書は、1953年12月に発行された新潮文庫版『小公女』を底本としています。
再発行にあたっては、以下の点をあらためました。
旧仮名使いを新仮名使いとし、子どもにわかりやすいように、
むずかしい感じはひらがなにする。
原文の表現をそこなわない範囲で、現代表記法に基づいて変更する。
むずかしい語句や事項には、小活字で傍注を加えた。
(編集部)


(セーラが四ペンス銀貨をひろうあたり)

そして、読者がわたしの言うことを信じてくれるならば、セーラが立っていた、
そのすぐ前に店があって、見ると、それはパン屋であった。ふとったゆかいそ
うな赤い顔をしたおかみさんが、かまからだしたばかりの、まだ熱い焼きたて
の、おいしそうな甘パンを盆に持ってきて、かざり窓にならべているところで
あった。その甘パンは大きくって、ふくらんで、つやがよく、ほしぶどうのは
いっているのだった。


(2)
子どものための世界文学の森11
小公女
フランシス・E・バーネット作
吉田比砂子訳
集英社 1994年
ISBN4-08-274011-2

「ま、四ペンス銀貨だわ。いったい、だれがおとしたのかしら」
ひろいあげて、まえをみると、そこはパン屋でした。地下工場からながれだす
空気が、あたたかいうえに、パンのよいにおい。おなかのすいているセーラが
気がとおくなりそうでした。(略)
てきぱき、あまパンを、たなにならべながら、おかみさんはちゃんと、セーラ
のひもじさを、みてとったようです。
「気にしないで、あまパンでもかったらどう?四ペンスで四こ。
でも、二こおまけしとくよ」。
おかみさんは、顔ににあわず、気がつくやさしい人のようでした。おれいをいっ
て、セーラはパン屋をでました。まっすぐ、さっきの少女のそばへいって、セー
ラは、あまパンをひとつさしだしました。

(3)
小公女(上)(下)
バーネット作
谷村まち子訳
かい成社文庫3131
ISBN4-03-651310-9
1985年7月1日1刷
1987年4月6刷

そして、信じられないことに、セーラのたっていたその目のまえに一けんのパ
ン屋があった。ふとった愉快そうな赤い顔をしたおかみさんが、いま天火から
だしたばかりの、やきたてのおいしそうなパンを盆にのせて、かざり窓になら
べているところだった。そのパンは大きく、ふかふかして、つやがよく、ほし
ぶどうがはいっているのだった。

(4)
世界文学の玉手箱10
小公女 Sara Crewe
バーネット
中山知子訳
河出書房新社
1993年3月10日初版発行

目の前はパン屋の見せだった。元気で太ってて、バラ色の顔をした、やさしそう
なおかみさんが、かまどからだしたばかりらしい、焼きたての、おいしそうなブ
ドウパンを、盆にもって、ガラスのケースに並べていた。大きくて、ふっくらし
た、つやのいいブドウパン。なかには干しブドウがはいっているのだった。

(5)フラワーブックス
小公女
バーネット作
足沢良子訳 
小学館
1982年12月1日初版

セーラの真向いには、パン屋があった。太って、ばら色のほおをしたやさしそう
な女の人が。焼きたてのパンをウインドーに並べているところだった。
(この本は「パン」もしくは「暖かいパン」)

(6)世界こども名作全集2
小公女
漢字関連 学習おもしろ百科
文  岡 信子

「では、パンをください」

(この本は原作とはかなりかけはなれた訳になっていて、
  あまりよい訳とは思えないですが)


(7)
リトル・プリンセンス
小公女
バーネット
伊藤 整 訳
新潮文庫
昭和28年12月25日発行
平成13年9月10日30版
ISBN4-10-221401-1

そして、読者がわたしの言うことを信じてくれるならば、サアラの立っていたそ
のすぐ前に店があって、見ると、それはパン屋であった。ふとった愉快そうな赤
い顔をしたおかみさんが、かまからだしたばかりの、まだ熱い焼きたての、おい
しそうな甘パンを盆に持ってきて、かざり窓にならべているところであった。そ
の甘パンは大きくって、ふくらんで、つやがよく、ほしぶどうの入っているのだっ
た。


(8)
小公女
バーネット 伊藤 整 訳
新潮文庫
昭和28年12月25日発行
平成16年12月25日32版改版
ISBN4-10-221401-1

そして、読者がわたしの言うことを信じてくれるならば、サアラの立っていたそ
のすぐ前に店があって、見ると、それはパン屋であった。ふとった愉快そうな赤
い顔をしたおかみさんが、かまからだしたばかりの、まだ熱い焼きたての、おい
しそうな甘パンを盆に持ってきて、かざり窓にならべているところであった。そ
の甘パンは大きくって、ふくらんで、つやがよく、ほしぶどうの入っているのだっ
た。




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