2000/11/24 京都新聞で次のような記事を見ました。京都新聞でオンライン記事を探した
のですが、なし。共同通信の記事なので、こちらにあるかと思ったのですが、見当
たらず。
最古の印刷聖書ネット上に公開
英国図書館
(ロンドン22日共同)
ロンドンの英国図書館は22日、慶応義塾大学と NTT などの協力で、同図書
館が保有する世界最古の活版印刷物の「グーテンベルグ聖書」の鮮明な映像を
同日からインターネットのホームページで公開したと発表した。同聖書はドイ
ツのグーテンベルグが1455年ローマ・カトリック教会の標準ラテン語訳聖書
「ウルガタ」の彩色写本をゴシック書体で印刷した「42行聖書」ともいわれ
る傑作。48部しか現存せず、うち2部を同図書館が保有している。(以下略)
英国図書館のグーテンベルグ聖書の写真はこちら
The British Library
The British Library
慶応大学のThe Gutenberg Bibleのページ
もう1組の「グーテンベルグ聖書」は、テキサス大学のThe Harry Ransom Humanities
Research Center の Book コレクションのシンボルとして使われています。
Early Printed Books
Early Printed Books
The Gutenberg Bible
テキサス大学のコレクション「グーテンベルグ聖書」は
Harry Ransom Centerに常設展示されている。
「グーテンベルグ聖書」と呼ばれる活版印刷の聖書は、1450年から約5年
間に、紙と羊皮紙に180部印刷された。48冊が現存しており、21組は2
巻揃い。テキサス大学Ransom Centerにあるものは、2巻組で完全に揃ってい
る。
ハンマー・オブ・エデン ケン・フォレット著 矢野浩三郎訳 小学館 1800円
本の奥付けは 2000年12月1日1刷発行となっています。今日はまだ2000年11月
22日ですから、なんとまあ、未来の本ですね。
新書サイズですが、黄色い表紙が妙に目立つ本。
本の厚みは約4センチはありますから、相当厚いですね。
近所の小さい本屋さんでみつけました。妙に目立っていたので、手に取ると、
ケン・フォレットの本。価格はちょっと高いかなと思ったのですが、買うつも
りでしたが、一度書棚に戻しました。他の本も見てからあとで買う本をまとめ
て取ればいいと思って戻したのですが、別の売場で文庫本などをながめて、さ
て、レジに行こうとして、さきほどのフォレットの本を取りに行こうと思った
ら、あらら!お兄さんが私の目的の本を手に取ってながめているではありませ
んか。向かい側の棚から、そっとその黄色い本を手にしている人の様子をうか
がっていました。もしやあの本買うつもり?いや〜、たとえ厚さが4センチあ
ろうが、新書サイズで1800円はやっぱりちょっと高い。あの人はぜ〜ったいあ
の本を買わないと思った(ごめん)。5分ほど待つと、その人は黄色い本を棚に
戻し別の場所に移動しました。
そのすきに私はお目当てのハンマー・オブ・エデンをさっと取り、レジに行き、
お金を払い、そのお兄さんになんだか申し訳なくて、さっと店から出ました。
実はケン・フォレットが好きなのですよ。といってもそれほどたくさんの本を
読んでいるわけではないのですが、以前に読んだ「大聖堂」という小説がとて
もおもしろくそれ以来のファンなのです。ケン・フォレットの本をみかけるた
びに買おうと思うのですが、全部買っているわけではありません。でもこのハ
ンマー・オブ・エデンはなぜかとっても読みたかった。
う〜ん!やっぱりおもしろいです。推理小説という範疇に入れてしまうには
ちょっとはみ出す部分もあるのですが、まあ、その範囲でしょうか。
ロサンジェルスの大地震はまだ記憶に新しい。だけど、「地震」というものを
人為的に起こすことができるのかどうか、それはよくわからないのだけれど、
石油探索用のバイブレーターを断層が走る地域で使うと地震を起こす可能性が
ある、なんだかとっぴな発想かもしれないのですが、これがこの小説の妙にお
もしろくしている。
カリフォルニア州のすべての発電所開発をやめろ。やめないと地震を起こす。
「ハンマー・オブ・エデン」と名乗るグループがインターネット上の掲示板に
こんな警告を出した。最初はいたずらだろうと誰もまとにも取り合わなかった。
しかし、本当に警告通りの日に地震が起こり、FBI が動き出す。
リチャード・グレンジャーはカリフォルニアのシルバー・リバー・バレーに住
むコミューンの指導者。コミューンでは彼はプリーストと呼ばれている。「プ
リースト」とは司祭の意味。彼らの住む土地がダム建設のために立ち退きを要
求されたことから、プリーストは「ハンマー・オブ・エデン」を名乗り、人工
地震を起こすとカリフォルニア州を脅迫する。ハンマー・オブ・エデンの正体
をあばこうとする FBI と過去を隠して自らのいまの生活を守ろうとするグレ
ンジャーとの攻防戦。ストーリーはきわめて単純なのだが、FBI の女性捜査官
とおいつおわれつの緊迫ゲームが続いて確かにおもしろい。著者はウェールズ
生まれのイギリス人だけれど、映画にしたらアクションに次ぐアクションにな
るかもしれないですね。
クリスマスシーズンにはちょっと早いかもしれないけれど、11月も終りに
近くなると、ふと思い出す本は、カポーティ「クリスマスの思い出」。
『11月もそろそろおわりに近い朝のようすを想像してください。』
もう何度も何度も読んできて、これはさりげないはじまりのようだけれど、
かなり強烈に印象に残るはじまりの文章だ。11月のある朝、クリスマスの
ためにフルーツケーキを作る準備をはじめるおばあちゃん。おばあちゃんは
60をいくつかこえた年齢で、ぼくは7歳。おばあちゃんと言っても本当は
とっても遠い「いとこ」同士の関係。決して豊かではない、「素寒貧」(す
かんぴん)の暮らし。おばあちゃんとぼくは1年かかって、フルーツケーキ
を作るための費用をためこむ。ガラクタ市をひらいたり、木イチゴをつんで
きて売ったり、お葬式に使う花を編んで売ったり。あるいはまたちょっぴり
罰当たりかと思いながらも、賞金が出るさまざまなコンテストに応募したり
して、お金をかせぐ。でもお金なんてそんなにがっぽり入ってくるわけじゃ
ないから、やっぱり日々の暮らしはとってもつつましい。
おばあちゃんは映画にも行ったことがないし、うちから5マイル以上遠くに行
くこともない。聖書と新聞以外には本も読まないし、お化粧もしたことがない
し、人の悪口も言ったことがないのだ。おばあちゃんがすることといったら、
ガラガラ蛇を殺したり、鳥をかいならしたり、夏にはお化けの話しをしたり、
ひとりごとをいったり、花を世話をしたりするくらい。何といっても一年の一
番の大きな仕事はクリスマスのためのフルーツケーキを作ることだから、おば
あちゃんとぼくは、そのために毎日つつましい暮らしをして、ケーキのための
お金をためる。だから「11月がそろそろおわりのある日の朝」というのは、
おばあちゃんにとったらとっても大事な日なのだ。
1年かかってためこんだお金でおばあちゃんとぼくはケーキのための買いだし
に行く。サクランボ、シトロン、ショウガ、ヴァニラ、パイナップルの缶詰、
柑の皮に、乾ブドウ、クルミにウィスキー。それからどっさりの小麦後とバター
と卵などなど。フルーツケーキの材料のなかで一番高くて手にいれにくいのが
ウィスキーだ。州の法律でアルコールの販売が禁止されているので、ウィスキー
を手にいれるには、ハハ・ジョーンズさんの店に行かなくてはいけない。ぼく
たちは全部の買物をすませたあとで、ハハさんの店に行く。ハハさんの店とい
うのは、ちょっと「罪深い」キャバレーだった。おばあちゃんとぼくはちょっ
とだけうっとうしい気持でハハさんの店に行く。上等のウィスキーをケーキに
つかうなんてとハハさんは何のかんのと言いながらも、それでも売ってくれる
のだ。だからおばあちゃんはハハさんに届けるケーキには乾ブドウをちょっぴ
りたくさんいれてやろうと思うのだ。
さて、材料がぜんぶそろうとおばあちゃんとぼくはフルーツケーキを作る。4
日かかって全部31個のケーキができた。ああ、なんてたくさん!そんなにた
くさんのケーキはおばあちゃんとぼくが「なんとなく心ひかれた人たち」に食
べてもらうためにあげるのだ。なんとなく心ひかれた人たち」というのは、た
とえばルーズベルト大統領だったり、バスの運転手さんだとか、うちのそばで
車が故障して1時間ほど話しをした人とか、そんな人たち。たくさんのケーキ
はぼくたちの心に残った見ず知らずの人たちやほんのちょっとだけ会った人た
ちに送るんだ。
次に必要なのはケーキを送る小包の代金。ケーキを送るとぼくたちはすっかり
文なしになってしまうのだ。そこで、おばあちゃんとぼくはちょっぴり特別な
コーヒーでお祝いをする。コーヒーにはびんの底にまだ少しだけ残っているウィ
スキーをいれるのだ。おばあちゃんとぼくは暖炉の前でウィスキーコーヒーを
飲む。ほんの少しのウィスキーよっぱらって歌をうたう。
それからぼくたちはクリスマスツリーにするもみの木を探しにいく。ほんとう
はぴかぴかに飾りつけたいのだけれど、もうお金がないから、ぼくたちは色紙
に絵を描いて、切り取ったり、折り紙でいろんな飾りを作る。
それからそれから、ぼくたちはクリスマスプレゼントを用意する。おばあちゃ
んはほんとうはぼくに自転車を買ってやりたいと思っているけれど、なにせお
金がないものだから、凧を作っている。ぼくもおばあちゃんに買ってあげたい
ものがあるのだけれど、やっぱりお金がないので、凧を作っている。ぼくたち
は凧が大好きだし、凧上げの名人だから。凧ができるとクリスマスツリーの星
飾りのところにかけておくのだ。さあ、クリスマスの日、おばあちゃんとぼく
は凧あげにいく。おばあちゃんは空にあがった凧のゆくえを追いながら、「今
日のこのながめをじっと眼にとめておきさえすれば・・・」「この世に思いの
こすことなんてない」。おばあちゃんは、ありのままのこの世に素朴につつま
しく神さまの姿を見て拝んでいるんだ。
数えきれないほどクリスマスの本があるけれど、私はこのカポーティの「クリ
スマスの思い出」という短篇が好きだ。つつましく、やさしく、それでいてた
くましく生きるおばあちゃん。悲しみも喜びも心に秘めて、1年がけでフルー
ツケーキを作ることを楽しみに生きるおばあちゃん。
「クリスマスの思い出」は、1956 年の作品。1958年の「ティファニーで朝食
を」以後カーポーティは、1966年の「冷血」を発表するまで作家活動の沈黙期
間があった。「冷血」のための準備期間でもあったのだろうが、「クリスマス
の思い出」という作品はカポーティの作家活動に大きな転機となる作品だった
のではないかと言われている。「ぼく」はカポーティの少年時代の体験である
のは確からしいし、「おばあちゃん」のいきざまは、いつまでも「ぼく」の心
に残っている。
トルーマン・カポーティ Truman Capote
Truman Capote (1924-1984)
Truman Capote Papers, c.1924-1984
1924/9/30 ニュー・オーリンズで生まれた。
17 歳のとき、3つの短篇が3つの雑誌に掲載される。
1948 (23 歳)「遠い声、遠い部屋」Other Voices, Other Rooms
1949 「夜の樹」 Tree of Night
1951 「草の立琴」The Grass Harp
1956 「クリスマスの思い出」A Christmas Memory
1958 「ティファニーで朝食を」
Bleakfast Tiffany's
Moon River の mp3 データはここから入手できます。
Bleakfast Tiffany's soundtrack
8年ほどの沈黙があり、
1966 (42歳) 「冷血」Cold Blood
1968 The Thanksgiving Visitor
「クリスマスの思い出」A Christmas Memory
1997 年にアメリカでのテレビ放送の作品がある。
「800番への旅」E.L. カニグズバーグ 岩波少年文庫
「800番」とは何だろうと、読みはじめから謎だった。ほとんど終りの部
分まで読まないと「800番」が何かわからない。
さて、近頃のテレビの密かな人気番組のひとつに「テレビショッピング」があ
る。健康器具や布団、便利商品やアクセサリーに食品類などを扱っていて、ど
ういう説明の仕方をするかはもうすでにわかっているのに、なんだか妙におも
しろくてなんとなく見てしまうことがある。特にアメリカの商品紹介の番組は
妙にしつこいところがかえって受けていたりするようだ。
こういう商品を注文する時は電話をかける。注文先は電話料金不要の0120
で始まる電話だ。0120******に電話すると、当然ながら受け付ける
「人」が電話に出る。そこまで自動でやっているということはまずないでしょ
うが。たまには FAX で注文ということはあるけれど、こういうテレビショッ
ピングのようなものの場合は、0120ではじまるフリーダイヤルで電話注文
をするほうがなんとなく、らしき雰囲気にはなるかもしれない。ただし、残念
ながら、私はこういう商品を買うために電話をかけたことはないけれど。
「800番」というのは、日本で言うならフリーダイアルのような番号なので
しょう。そういう番号ではじまっている24時間受け付けの電話注文サービス。
電話ショッピングやテレビショッピングの商品を買おうとして、0120では
じまる電話番号に電話をすると、当然「誰か」が出るわけだけれど、その電話
に出た人が「誰である」かなんて考えたことあります?普通はそういうことは
どっかにとんでしまって、電話がつながると、何番の何という商品を注文した
いのですがといきなり用件からはじめますよね。当然ながら電話を受ける側も
届け先の住所を記録する以外は、電話をかけてきた人が「誰か」などいうこと
は関係ないし、「商品」についてのやりとりはあっても、互いに誰であるかな
どということはどうでもよい。こういう電話って、人と人がなんだか不思議な
関係で話しをしていることになるようだ。
マックスは12歳。父と母が離婚して、母はちょっと上流の男性と再婚するこ
とになる。母が新婚旅行に行く間、マックスはラクダ屋をしている父のところ
で暮らすことになる。ラクダ屋って?父はアーメッドという名前のラクダを一
頭飼っていて、何かの催し物やお祭がある場所に行って、ラクダに人を乗せて
日銭をかせぐ、そういう商売だ。マックスの母は移動生活がいやになって離婚
したということらしい。父はラクダをつれてとにかく人が集まる場所に行く。
マックスはさまざまな人に出会うことになる。そのなかに一組の親子、サブリ
ナ(娘)とリリー(母)がいた。リリーは普段は「800番」の電話受け付けの仕
事をしている。「800番の電話受け付け」この仕事ほど、(自分の)名前を隠
した職業はない!とカニグズバーグは書いている。
そうか、なるほどね。自分にはもちろんちゃんとした名前があり、何者かであ
るはずなのに、800番の受け付けをしている時は、何者でもない。「顔もな
い。個性もない。過去もない。未来もない」。だから、彼女たち親子は「何者
かになる」ことを始めた。一定期間だけ、何かの集まりの参加者になりすまし、
名前をかえ、職業をいつわり、ホテルに泊り、食事をし、そして大勢の人が集
まるどさくさにまぎれて、それらの料金はその主催団体のつけにしてしまうの
だ。
マックスがラクダ屋の父さんについて、そういう集まりや大会や祭の場所に行
くと、なぜかサブリナ親子に出会う。ところが、会うたびに彼女たちは服装を
変え、名前も変え、職業も変える。マックスは何か変だと気がつくのだが。
サブリナ親子はそういう暮らしを悪いことだとは思っていないようだ。一定期
間だけ仮面をかぶって、別人の「ふり」をする。あちらこちらに出没し、同じ
ところには2度は行かないわけだから、ほとんどうそが見破られることはない
はずだけれど、たまたまマックスに出会ってしまい、マックスがサブリナに好
感を持ってしまったことから、彼女たちの奇妙な暮らしをのぞいてしまうこと
になる。
サブリナ親子は極端な例かもしれないとは思うけれど、じゃあ、マックスは
「ふり」をしていないか。マックスの父はどうだろう?そして、私はどうだろ
う?
何かの「ふり」をしていない人なんているはずないよ、そうか、そうかもしれ
ないなぁと思う。「ふり」をしても「ふり」をしてるとわかってしまうやつは
当然いるけれど、うそっぽさを全然感じない人もいるわけだ。どこまでが「ふ
り」で、どこからがふりじゃない、本当の自分?なんだろう。
マックスの母さんはちょいと上流の男性と再婚した。移動暮らしがいやで、会
員制のレストランやちょっとステータスを感じさせるようなものを身につけた
りすることにあこがれた。それってもしかしたら「ふり」かもしれないなぁ。
「800番への旅」、全部を読み終えて、そして、ちょっと印象に残ることを
まとめてみようとして始めて解題になった。カニグズバーグの観察力というの
は、いつもながらに本当に感心する。
-------------
Alta Vista で number 800 というキーワードで検索をかけてみると、
9,884,345 pages found.
まあ、そりゃ、しぼりこんだキーワードではないですから、まあ、
すごい数ヒットします。
佐野洋子さんの「あれも嫌い これも好き」というエッセー集を読んだ。
朝日新聞社 1600円
11月1日第1刷発行ということですから、出来たての本ですね。第1部は朝
日新聞朝刊に2000年1月から 7月まで掲載されたもの。第2第3部は多くの雑
誌等に掲載されたものを加筆、再構成したものだそうですが、かなり最近の文
章が集められた本です。
佐野洋子さんと言えば、「100万回生きた猫」という絵本の著者ですが、気
がつけば私はその他の佐野さんの本もほとんど持っている。佐野さんは不思議
な魅力がある人だ。とっても情熱的な人だとも思うけれど、きわめて冷静でド
キッとする一言にたまらい魅力を感じてしまう。世に、「ほんね」と「たてま
え」などという言葉があるが、佐野さんのドキッとする一言というのは、この
方の感性がごく自然に見抜いた言葉、つまり、このうえもなく真実をついた言
葉であったりするから、うそのない信用できる人だと私は思っている。
全部を読み終ってみると、この本はなかなかすごい。ひとつひとつの文章の配
置がかなり意味を持ってきてしまう。考え抜かれた構成なの?なんて思ってし
まうのだけれど、でも、たぶん、違うだろうな。考えぬいたというよりも佐野
さんの感性がそういうものを作り上げてしまうのかもしれない。そういう意味
ですごいなぁと思うのだ。究極「文は人なり」なんだなぁと改めて思いますよ、
ほんとに。
佐野さんの猫の話は大好きだ。別にとりたててかわった猫が出てくるわけじゃ
ない。太り気味のどうにもぬぼ〜っとしたイメージの猫がでてくるけれど、佐
野さんが猫のことを書くと、なるほどなぁ、猫ってそういう生き物なのかなん
て思ってしまうから、これまた不思議。思わずうちの猫にも話かけましたねぇ
「お前、ちょいと太りすぎだよ。3日ほど姿消したら」なんて、ね。でもうち
の猫は佐野さんちの猫とは違うから、3日ほどまじで姿を消しちゃうなんてこ
とはないだろうなぁ、きっと。
佐野さんは幼くして亡くなった弟のために、ある日4万円で、仏ダンを買った
そうだ。タンスの上に仏ダンをおいて、だけど、はて?どうやって祈ればよい
のかわからなくて、なんだかブツブツ言わないと間がもたないので、ブツブツ
やっていたら、最初は自分の身の回りのことを祈っていたけれど、気が付いた
ら世界平和を口にしていて、思わず嘘つけと思ったそうだ。神仏にほんまにお
願いしたいのは、自分のことだったりするのが本当のところかもしれないなぁ。
デパートの地下食品街のなかのパン屋さんで、クロスパンを見つけた。なんで
も全館英国ファアだそうで、イギリス系の商品があちこちに置かれているらし
い。思わず目に入ったクロスパン、丸いパンの上に白い十字の模様がはいって
いるだけのものなのですが、2つ買ってみました。1個100円だったか、1
20円だったか。山に積まれたパンはなんだか表面がテカテカと妙に輝いてい
て、焼き立てだったものですから、とってもおいしそうでした。
でも、よく考えたら(そんなによく考えなくても)なんということのないごく普
通のシンプルな丸パンなわけですから、特別においしいってわけでもないのは
当り前のことですが、なるほどなぁ、これがクロスパンかと妙に感動しちゃっ
てるからおもしろいです。丸パン、いわゆるバンズと言われるものには何も入っ
ていないバンズが基本でしょうが、レーズン入りのレーズンバンズとかくるみ
入りのものとかいろんな種類があります。はっきりと「クロスパン」だとわか
るものを見たのははじめてでした。イギリスで復活祭前の金曜日(キリストの
受難記念日)Good Fridayの朝食にクロスパンを食べる習慣があったそうです。
それで十字の模様がついたのか、そもそも十字の模様があったので、そういう
日に食べるようになったのか、その起源まではどうだかわからないけれど。復
活祭用のクロスパンは白い十字の模様がついています。けれど、丸パンのてっ
ぺんに十字に切り目を入れて焼くというのは、ごく普通のことだと思いますか
ら、模様にしろ切り目にしろ、十字の模様がついているものを「クロスパン」
と呼んでいるだけで、いわゆるいろんな種類の丸パン(バンズ)のひとつですね。
マザー・グースの唄のなかに「ホットクロスパンの唄」というのがあります。
訳は私訳です。
HOT-CROSS BUNS
Hot-cross Buns!
Hot cross Buns!
One a penny, two a penny,
Hot-cross Buns!
Hot-cross Buns!
Hot-cross Buns!
If ye have no daughters,
Give them to your sons.
焼きたてほかほかの十字架パンはいかが
十字架パンはいかが
ひとつ1ペニーだよ、いや、2つで1ペニーにするよ。
焼きたてほかほかの十字架パンはいかが
焼きたてほかほかの十字架パンはいかが
十字架パンはいかが
おじょうちゃんがいないなら、
ぼっちゃんたちにどうぞ。
この唄の私の解説はこちらをどうぞ。
復活祭の食べもの
buns というのは、英和辞書を見てみると、
研究社英和中辞典
(通例干しぶどう入りの)小型の丸いパン, バン: ⇒cross bun.
リーダーズ
バン 《うす甘の小さな丸パン; 香料または干しブドウなどが入っていることもある》.
・a (hot) cross 〜 《Good Friday に食べる習慣になっている》 十字形の型をおし
た甘パン.
研究社英和中辞典では、cross bunを見よとなっています。リーダーズにもク
ロスパンの説明がありますから、かなり一般的な丸パンなのですね。
さて、もうひとつの訳に「甘パン」というのがありますが、プレーンなバンス
でも味つけでもあるのでしょうが、他のパンに比べたらバンスは甘みがあるパ
ンかもしれないですね。
そういえば、ふと思いだしました。「小公女」のなかに「甘パン」というのが
出てきて、私は妙にその部分が記憶に残っています。「小公女セーラ」という
のは、私の小さい頃の愛読書で、なぜかこの本をとっても大事にしていた記憶
があります。セーラのお父さんが亡くなったあと、セーラはみじめな暮らしを
しなければいけなくなります。ある雨の日、お腹をすかせたものごいの女の子
がパン屋さんをのぞき込んでいて、セーラはその少女を見ると、自分も同じよ
うにお腹をすかせているのに、パンを買って少女に与えてしまう。その時のパ
ンが「甘パン」だったか「甘食」だったか、私が読んだ本には確か「甘食」と
いうような訳になっていたと思うのです。ただ、その時、「甘食」というのが
どんなパンだかわからなかった。
デパートでクロスパンを買って、なんだかそのパンのことを考えているうちに、
もしかしてセーラが買ったパンはクロスパンだったのかもと思いました。
「小公女」のその場面、原文ではどんなパンだと書かれているのか、なんだか
妙に気になったので、原文を見てみました。
A Little Princess
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"Wait a minute," she said to the beggar child.
She went into the shop. It was warm and smelled deliciously. The
woman was just going to put some more hot buns into the window.
"If you please," said Sara, "have you lost fourpence -- a silver
fourpence?" And she held the forlorn little piece of money out to
her.
(セーラは拾った4ペンスコインをにぎりしめていました。)
ちょっと待ってて。セーラはものごいの少女に言いました。
セーラは店に入りました。店のなかはとっても暖かく、すばらしくよいにおいで
いっぱいでした。パン屋のおかみさんはちょうど焼き上がったばかりのバンズを
もっと並べようとしていたところでした。
「すみません」セーラは言いました。
「4ペンスをなくされませんでしたか。4ペンスの銀貨です」
------------------------------------------
hot buns は「焼き立てバンズ」と訳すのがぴったりはするようですが、パン
のてっぺんに十字の切り目や飾りが入ったクロスパンだったのかもしれません。
つまりクロスパンというのは、別に特別な日の特別なたべものというわけでも
なく、ごく普通のおやつパン。それにたまたま十字の模様がついたりしている
ので、復活祭と結びついたのかも。
クロスパンは、マザー・グースの唄では1つ1ペンスということですが、セー
ラは4ペンス持っていて、 "Four buns, if you please," パンを4つもらお
うとします。でもおかみさんは紙袋に6個のパンを入れてくれたのです。とい
うことはパンは1個1ペンスなのですね。マザー・グースの唄の値段と同じで
す。セーラの買ったパンは、それがプレーンなバンズなのか、それともレーズ
ンバンズのようなものかは不明ですが。でも、一番安いバンズだったのでしょ
う。その後、このものごいの少女はパン屋さんで働くようになるし、「小公女」
のなかで、このあたりは私がきわめて鮮明に記憶している箇所です。
「甘パン」というのは、菓子パンというよりは、甘みのあるパンということで
しょうか。「小公女」が書かれた時代も庶民的なおやつパンだったのでしょう
ね。
ほかほかの焼き立てバンズというのは、やっぱりおいしそうに見えるし、もし
ちょっぴりお腹が減っていたら、たまらなくおいしいパンかもしれません。
チャイコフスキー記念東京バレエ団公演(2000年10月15日、琵琶湖ホール)
ベジャール・ガラ
春の祭典
ドン・ジョヴァンニ
ボレロ
たとえば「白鳥の湖」をはじめ、できるだけたくさんの古典的なクラシックバ
レエ公演を見てから、ベジャールの作品を見ようと思った。けれど、思いのほ
か早くその機会がきてしまった。でも、一応「白鳥の湖」を数回、「ジゼル」
や「シンデレラ」や「海賊」その他の作品もいくつか見る機会があった。そし
て、熊川哲也の「カルメン」の舞台も見た。そして、とうとう、東京バレエ団
のベジャール作品を見る機会を持った。見る前から、きっと大きな衝撃がある
だろうなと思っていた。どんな衝撃かはそれこそ見てみないことにはわからな
い。
予想通り、正直とてもびっくりした。とりわけ「春の祭典」には衝撃という言
葉がぴったりする。いままでに出会ったことのない世界。これがバレエ?ああ、
これがベジャールの作品か、という新鮮な驚き!無理矢理いままでのクラシッ
クバレエやモダンバレエというような範疇にいれて考える必要はない、これこ
そダンス!ダンス?、そう「踊り」と日本語にすると、あの迫力ある舞台には
どうも合わないようだ。
ストランビンスキーの「春の祭典」は、1913年ニジンスキーの振付けでロシア・
バレエ団によって初演された。初演の舞台はいまだに伝えられる賛否両論だっ
たそうだ。それこそ衝撃、わかる!もしその時代に私がいたなら、やはり、もっ
ともっと大きな衝撃を受けたかもしれない。劇場でブーイングの口笛をふいた
かどうかはわからないけれど、これがバレエ?!なのかと、頭が混乱したかも
しれない。しかし、いまの私なら、その衝撃は反論ではなく、やはり、ベジャー
ルが表現しようとするもののすごさに驚き、力いっぱい拍手できる。
ベジャールの「春の祭典」は1959年ブリュッセルで初演され、それを機に20
世紀バレエ団が生まれた。「春の祭典」は、それほどの新しい動きを生み出す
エネルギーを秘めていたのだと思う。
ストランビンスキーの「春の祭典」の音楽は、非常に異質な音とリズムがある。
3拍子でもなく、4拍子でもなく、聞きなれないリズムに聞きなれない音。し
かしながら、何かとほうもなく不思議な力を感じるのは確かだ。けれど、聞き
ながらやっぱり首をかしげて、これは?と思ってしまう。ところがベジャール
の舞台に出会ってストラビンスキーの「春の祭典」とは何を表現しようとして
いる音楽なのかに正直言ってはじめて気がついた。あの音楽が表現するものを
目で見ることができたときはじめて、私は「春の祭典」の意味をつかむことが
できた。なんだか恐ろしかった。命あるものの存在の意義深さというのか、生
きることへの貪欲さが恐ろしかった。けれど、それが命を継続して支えていく
のだ。「春の祭典」は、身ぶるいするような恐さを感じる舞台だった。
クラシックバレエはトウ・シューズで立つという技術を得て、その独特の表現
方法を発展させた。繊細な表現が華麗な舞台を生み出すことになったし、それ
ゆえに生身の人間の世界よりは、非人間的なもの、この世ならざる魂の世界や
ファンタジックな妖精の世界を描くことを得意としてきた。観客たちも、バレ
エには、この世ならぬ世界を見ることに期待を持つものだ。バレエとはそうい
うものだと思いこんだまま、ベジャールの作品に接することになると少々悲劇
的かもしれない。
「ボレロ」は「春の祭典」とはまたかなり違った作品だ。「春の祭典」は体の
動きや形に意味を感じるが、ボレロは動きのひとつひとつには意味は感じない
が、全体を通じてボレロという音楽を体で表現するとこうなるのだという、や
はり音の視覚化を感じる。ボレロという曲そのものが同じリズムの繰り返しで
どんどん緊張感を高めていき、最高潮で突然に終了するという非常に変わった
音楽であって、またいわゆる「はまる」音楽でもあるから、これを体で表現す
るということはやはりとても高度な表現だと思う。動作には意味を求めないと
いう点では、ボレロはクラシックバレエの延長にあるように思うが、さまざま
な体の動きだけであれだけの迫力を生み出すというのは、ほんとうにすごい。
ベジャールの公演を見て思うこと、それは、私はこれからも「白鳥の湖」を見
たいし、「ジセル」や「くるみ割り人形」も見たい。そして同時に新しい作品
も見たいのだ。つまり、「バレエ」にはまだまだ挑戦できることが本当にたく
さんあるということで、もっともっと未来があるということだ。
ソフィアの白いバラ 八百板洋子 福音館書店
『ソフィアの白いばら』を読んで、体験のすごさ、素晴らしさに改めて圧倒さ
れています。本を読みながら著者の体験にどきどきし、いままで自分が知らな
かった世界に思いを寄せることができるとしたら、その本は本当に素晴らしい
と思う。
あと8分の1くらいを残すところまで読みすすめたとき、まだ最後まで読んで
ないのに、この本に出てくる多くの人たちがその後どうなったのか、それが気
になって気になって、全部を読み終える前に、とうとう「あとがき」をしみじ
みと読んでしまいました。
本を読み始めるとき、ときどきさっと「あとがき」に目を通してから読むとき
があるのですが、この本も実は一番はじめに「あとがき」を見ています。でも、
その時はこの本に出てくる多くの人の状況がつかめずよくわからなかったので
す。ところが4分の1読み、半分まで来ると、なんだかすごい感動していまし
た。それでどんどん読んでいったのですが、あとほんの少しを残して、それぞ
れの人たちがいま、どうしているのか、そのことがとっても気になってしまい
ました。
そんな思いになり、たまらなくなって「あとがき」を読んでいくと、YOKO さ
んが愛したこの方はやっぱり亡くなっておられたのか、この方もと、しみじみ
と出会いの不可思議さを感じ、ひとりの人の生き方が大きな歴史とは無縁では
有り得ないことを改めて思いいたりました。
「ソフィアの白いバラ」は著者八百板洋子さんのブルガリア留学の体験記です。
バルカン半島の国々は日本人にとってなじみが少なくて、状況がよくわからな
いという部分もあるようにも思います。日本人からみたら、ヨーロッパでもな
くアジアでもなく、民族的にも複雑だし、「中近東」などという呼び方は実に
微妙な戸惑いを含んでいるかのよう。
ある時、スロバキアに住む方からメールを頂きました。
スロバキアに住むカトリックの信者さんです。
「チェコスロバキア」という国の名前は知っていても、「チェコ」と「スロバ
キア」という2つの国となると、実はもうよくわからなくなってしまうという
程度の知識しかないのがとっても恥ずかしいけれど、その方と何回もメールで
話をして、彼らが「ソビエト」という国のことを語るときは、そのことに返事
を書こうとして何を書いてよいのか、本当にどきどきしたことがありました。
オリンピックでサッカーでは、日本とスロバキアの対戦になったとき、「あなた
の国とサッカーの試合があるんだ」とメールを出しましたら、そういうスポー
ツなんて、宣伝のためのプロパガンダに過ぎないんだ、自分たちの生活はそん
なものにはごまかされないよととても強い調子のメールをもらってうろたえて
しまったことがありました。「プラハの春」の話もスロバキアの人にとっては
やっぱり別の意味があるわけだし、多くのカトリックの司祭たちが亡命したり、
殺されたりしたと、そういう話も教えてもらったことがありました。
個人の運命が歴史の大きな流れとは無縁では有り得ない、ブルガリアという国
での体験がまたひとりの人の生き方に大きな意味を与えていく、体験の重さを
感じた本でした。
フジ子・ヘミング 魂のピアニスト 求龍堂
CD は La Campanella Fujiko Hemming
フジ子・ヘミングの「ラ・カンパネラ」を初めて聞いたとき、正直びっくりし
た。これがピアノの音?いままでに聞いたことのないようなピアノだ、そう思っ
て聞いているうちにどんどん引き込まれてしまう、そんな不思議な気分を味わっ
た。優しくやわらかで、心に訴える何か、確かに、そういう何かがあるような。
けれど、それが何かのか、追求する必要はないなぁと思う。フジ子・ヘミング
のピアノなら、思わず涙があふれる、そんなことがあるかもしれないなぁと思
う。なんで涙が出るんだろう、その理由は自分でもわからないかもしれない、
きっと。
私は BGM はあまり好きではない。どうしても気持が音楽のほうにひかれてし
まうようで、なかなか集中できなくなる。ところが、いったん何かに集中して
しまうと、どんなに周りで音がなっていても、今度はまるで聞こえていない。
極端なのかもしれないけれど、何かするときは、だから自分で BGM をかける
ことはめったにありません。それでもたまに、好きな CD などをかけながら、
何か作業をしていたりすることはあるのですが、その時はピアノ曲を選ぶこと
はほとんどない。選ぶならバイオリン系の音と決めている。これはたぶん、ピ
アノは「叩く音」であるから、BGM として使う場合はどうも頭にビンビン響い
てくるようで私は苦手なのだ。ところがバイオリン系の音だとそれほど気にな
らないということは気がついていたので、たまにBGM を使うときは、五嶋みど
りの CD に決めている。
ところが、フジ子・ヘミングのピアノは違う。違う意味で BGM にはできない。
だって、聞き惚れてしまう。聞いてしまう。もっと聞きたいと思ってしまう。
どうしてあんな音が出るのだろう、ピアノはピアノなのに、あくまで軟らかく、
流れる音のなかに、余韻が残る。
「文は人なり」ということわざがあります。音楽も同じですね。「音は人な
り」。出そうと思って出せる音ではない。テクニックではない。フジ子・ヘミ
ングという人そのものがあの音を奏でている。
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