日々のコラムのような日記のような。


1999.05.28

「義を見てせざるは勇なきなり」という、私はここで声をあげる

私有財産制、言論の自由そして通信の秘密が市場経済の基礎である。
故に組織犯罪捜査の名を借りた盗聴に反対する。1999.05.28
”あなたは、盗聴されても株の注文ができますか?”


1999.07.22

煽動に負けない人間、かつ考え直せる人間になりたい

昨今、
煙幕をはるごとくの集中豪雨的なサッチー報道や、
オウムへのまるで鸚鵡返ししたような住民や行政など、
一言で言うなら、
自己の理非分別を失い、流されるままの行動である。
彼らに、何が欠けているのだろうか。
また、この種の行動パターンがもたらすものを考えよう。
国中がカルト教団になりやすくなるのである。

もちろん、さきごろのバブルや第二次大戦のときのように、
その末路が悲惨なものであることは予想できる。

そのとき、私は逃げ出すかもしれない、
しかし、敢えて諌言をなす勇気と理性だけは保持していたい。
これが、相場で儲ける知恵でもあることは諺の通り。

可能世界の解釈の例

1:Bという手段があれば、Aに対抗が可能であった。
2:Bという手段は、Cに属するものに適用しない。
3:AはCに属していた。

上の文が全て正しく、相互に矛盾しないとしよう。
2と3から、次の文が導かれる。
”Bという手段は、Aに関して適用されない。”
これと1が矛盾しない解釈として
”Bという手段があっても無くても、Aに対抗が可能であった。”
この文と上記の文が矛盾しないことは容易である。

もっとも、
Aをオウム教団、Cを宗教法人、
Bを盗聴法とし運用の予想をあてはめると
1と2がともに間違っている。


1999.10.03

宣言すれば安全なのか?知的水準は問うことから

知的水準の低下が話題となっているらしい。
分数計算などの最小限の知識さえ備えないことも問題である。
キャッチボールも2次方程式を直感的に解いていることに
気づかない御用作家のことは言うまい。

疑問に対して根拠をもって答えず「宣言」をもって
真実を心理にかえて答える態度に納得するのか。
しかも事件のたびに嘘をくりかえしてきた。

なぜ原子力産業にたいして反対できないのか。
高レベルの放射性物質もれがあきらかに起きているのに
(近くのゴルフ場で被曝したひともいる。)
僅かの日数で土地や農産物が安全になるのか。

混乱と不安を除くためだけの宣言に疑問を持って
自分の体と精神を守ろう。


1999.12.03

キール学派というナチス時代の刑法思想

ナチスの刑法思想においては「贖罪思想」が強調されたが、
それは、贖罪応報ではなく、威嚇による目的刑であった。
刑法自体が、体制維持を目的とする徹底的な目的刑法であり、
その体制に反対する者を殲滅する殲滅刑法であった。

さて、このような刑法思想は国家を守れたであろうか。
この国家とはプロイセン以来の文化伝統も含めてである。
歴史は物語る、戦争以前に国家は崩壊してしまった。

では、私の愛する日本は大丈夫と言えるだろうか。
破壊活動防止法・暴力団対策法・盗聴法・団体規制法
合わせると戦前の治安維持法も顔負けである。


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