| ACCIDENT |
26kmの給水ポイントが近づいた。 それまで3ヶ所のスペシャルドリンクはいずれもエネルゲンだったが、ここから3ヶ所はカーボショッツを水に溶かしたものを置いていた。 これも前回防府での好結果を踏襲したもので、前回より1つ多くしていた。 このスペシャルは、是が非でも取らねばならなかった。 30km以降のスタミナの鍵を握っていると考えていたからである。 従って、スペシャルテーブルのだいぶ手前から左側に寄り、備えた。 スペシャルテーブルは、ゼッケンナンバーの下一桁によって振り分けられ、手前から1,2,3…と並んでいた。 305番の私は、5番のテーブルがターゲットだ。 4番テーブルの手前で、おそらく4番のスペシャルを取ろうとした選手と、進路が交錯した。 私の進路は、わずかに左へ振れた。 ! もともと目一杯左に寄っていたので、それ以上左に寄ることの意味は明白だった。 …しまった! 4番テーブルの端に、左脇腹が衝突。その反動で、体は左へ半回転し、真後ろを向くような格好で、仰向けに転倒した。 痛いというよりも、早く立ち上がって走らなければ、ということで頭が一杯になった。 だいぶばらけてはいたが、この時点で今まで一緒だった集団からは、あっという間に離された。 立ち上がり、わずか10m先にある5番テーブルのスペシャルを奪うと、また走り始めた。 この間、時間にすればわずか数秒のことだっただろうが、私にとってはとてつもなく長い時間に感じられた。 幸いにも、走行に支障をきたすような重篤な故障はしていないようであった。 テーブルに打ち付けた脇腹と、転ぶ瞬間に突いた手が痛かったが、少なくとも手を見る限り大したケガはなさそうである。 軍手をしていて助かった。 すぐに、集団の後方にいたXZT氏に追いついた。 「大丈夫ですか」 「痛かったです…」 これだけ会話が交わせるのであれば、まだ余裕はある。 思わぬアクシデントでロスしてしまったが、ここであきらめるわけにはいかない。 ペースを上げ、抜かされた集団に追いすがった。 そして、30km地点を迎えようとする頃には、既にほとんどバラバラとなっている集団の残骸に混じっていた。 30km通過タイム、1時間49分41秒。初めて1時間50分を切った。 30kmの自己ベストをも上回っていた。 そしてこの5kmのラップタイムは18分06秒で、今回の最速ラップをマークしていたのだった。 コースは復路の別大国道へと突入していった。あと、12.195km。 本当の闘いが、ここから始まる。 |
| 不撓不屈 |
別大国道海岸部に入って、31kmの給水ポイント。 ここでもスペシャルはカーボショッツなので、外すわけにはいかない。 さっきの給水でのこともあるので、より慎重にアプローチした。 とはいえ、今や集団と呼べるような選手のかたまりはなく、レースは持久戦へと移行していた。 ターゲット、5番テーブルをロック。しかし、遠目に見てもすぐに自分のスペシャルがわからない。 前半と比べ、残っているスペシャルの数が増えているのだ。 既に5番テーブルの目の前に来た。でも、まだわからない。どこだ、どこだ… ああっ、何てこった! 自分のスペシャルはテーブルの一番奥にあった。 しかも付けていた目印の旗が一番見えにくい角度となっていたので、直前までわからなかったのだ。 あわてて手を伸ばすも、触れただけで回収には失敗。スペシャルはテーブルの端から落ちた。 このクソッタレがぁぁぁぁっ!! 一瞬やり場のない憤りに熱くなりかけたが、すぐに自分自身に言い聞かせた。 うろたえるな!スペシャルはあと1つある!この場はゼネラルを取れ! スペシャルテーブルのやや後にある、ゼネラルドリンクのヴァームウォーターを取った。 まだまだ、この程度のことで、あきらめて、たまるか。 復路の海岸部は、追い風とはいうものの、カーブでのバンクの走りにくさは変わらなかった。 往路ではただ付いて行くだけだったが、ほとんどフリーで走っている今の状況では、かなり気になる。 何とかいい方法はないものかと、路面をよく見ていると、あることに気が付いた。 車の轍である。 わずかに車の轍部分がへこんでいる。 ということは、カーブ内側寄りの轍部分は、わずかではあるがバンクをうち消す方向に傾いているのだ。 よし、この部分を走ろう。幾分か走りやすくなった気がした。 しかしながら、別大国道はリニューアルを繰り返しているらしく、新たに出来たばかりの路面ではまだ轍が出来ていないのでこの方法は使えなかったが。 34km地点、今回初めてアラームが鳴った。ついにキロ3分45秒をオーバーしたのである。 でも、あわてるな、貯金は十分ある。それに、アラームが鳴っている間にボタンを押せた。 4秒オーバー。まだ、大丈夫だ。 そして第二関門の35km地点がやってきた。もはや関門閉鎖は問題ない。 完走もおそらく行けそうだ。 となると、次の焦点は2時間40分を切れるかどうかに移りつつあった。 第二関門通過:2時間08分24秒(関門閉鎖まであと2分36秒) これで次の関門までキロ4分半かかっても大丈夫だ。 今のペースを維持すればいい。無理な注文ではあるまい。 36kmの給水ポイント。自分のスペシャルはここで最後である。 今度こそ、確実に取る。止まってでも取る。幸いにして、今度は見つけやすかった。 わしづかみするようにして、回収成功。最後の燃料補給をした。 既にこのあたりから、毎回アラームを鳴らしていた。 でも、前半の貯金を考えれば、キロ4分を守れば十分だ。 つまり、15秒オーバーまでは許容される。 手元の時計は、かろうじて10秒オーバーまでで食い止めていた。 |
| 神の領域へ |
やがて別大国道も終わりを告げ、大分の市街地に還ってきた。 ついに、あと5kmの看板を確認。カウントダウンが、始まった。 |
市街地に入り、沿道の応援の数が増えてきた。 40km手前、なぜか2人の子供の応援が目に止まった。 どうも、あの仕草は手パッチンを求めているのではあるまいか。 |
しかし、市民レースのスタート後すぐならまだしも、このような大会で、しかもゴール間際では誰も応じてくれないだろう。 と思った瞬間、自分でも思ってもみなかったが、沿道に寄って2人と手パッチンした。 |
本当にその子らが期待していたのかは確かめようもないが、とても喜んでいるのは確かなようすであった。 逆に、私自身はさらなる力をもらったような気がした。 ありがとう。もしこれでいい記録が出たら、君たちのおかげかも知れない。 |
残り距離とタイムを見比べつつ、2時間40分はもう確実に切れるという状況であった。 あとは自己ベストとの闘いであった。キロ4分なら十分であった。 |
まだ40km地点は来ないのか。この良き知らせを、早く皆に伝えたい。 40km地点の計測マットを踏めば、遙かな空間を一気に飛び越えて、それは伝わる。 もはやそのためだけに走っているようであった。 |
走れ、粘れ、守れ。 |
第三関門通過:2時間27分50秒(関門閉鎖まであと5分10秒) |
残り2km!!自己ベストの大幅更新は確実だ。あとはどこまで切り込めるかだ。 |
舞鶴橋の手前、最後の上り。妙見山モード、発動。前のランナーに並びかけ、抜き去った。 それでもアラームが鳴り響く。鳴り終わっても41km地点がまだ遠い。 これでもか、これでもかともがいてようやく通過。12秒オーバー。 まだキロ4分は守られていた。そしてここが今回最も時間のかかった1kmであった。 |
国道を左に折れ、残り1kmの標識。 もう競技場は目の前だ。かなり強い向かい風になったが、構わず突き進んだ。 ぽつりぽつりと前方にいるランナーを風よけにして、スリップストリームよろしくかわしていった。 |
競技場のゲートをくぐった。ゴールタイムは、35分か、36分台か。思いもよらなかった大記録。 ここで昨年夏たくろーさんが叩き出したベストタイムが浮かんだ。 確か2時間36分のはず。秒数までは覚えていない、これに並べるか。 |
第3コーナーから第4コーナーを回る。ゴール時計の表示は36分になってしまった。 後ろから足音が聞こえる。絶対に、抜かせるものか。 |
最後の直線、スロットルを目一杯踏み込んだ。声すら上げられなかった。 一週間前の大阪国際女子で幾人かの仲間達が果たせなかったゴールを、 そしてこの日未明コロンビアが果たせなかったタッチダウンを、 この身が成り代わって、決めた。 |
記録 2時間36分24秒(自己ベスト2分更新) 順位 89位(完走138人中) |
| 勝利の勲章 |
前回の防府と同様、まだ限界とは思えなかった。一体どうなっているのか自分でも理解しがたい状況であった。 これは新たなる闘いの序章に過ぎないというのであろうか。 |
ともかく、先にゴールしたり、あるいは後からゴールしてきたネットランナー達と無事の生還を祝った。 |
その時、一人の見知らぬランナーが、私の姿を見て血相を変えて走り寄ってきた。 |
「すいませんでした」 |
何のことか一瞬理解できなかったが、話を聞いて思い出した。 26km地点の給水で、私と交錯したのだという。 自分が転倒の原因を作ってしまったことが気がかりでならなかったようで、 私がゴールできたかどうか、心配して待っていたようなのだった。 |
私自身、あの転倒に関しては誰が犯人と追及する気はそもそも無かった (むしろ原因としては私があまりにも迂闊だった)ので、あのあと16km以上も気に病みながら走り続けたそのランナーにむしろ気の毒な思いをさせてしまって申し訳ない気がした。 |
転倒に関しては気にしていない、自己ベストも更新できて何も申し分ないと伝えると、そのランナーは安心したようだった。 |
今回は、レース後も別府にもう一泊するので、温泉でゆっくり疲れを取ることにした。 湯に浸かると、体のあちこちが擦り傷でしみる。なかでも特にしみたのは、左の脇腹。 よく見ると、見事にテーブルの端のコの字型に擦り傷があった。 まるで今回の大記録の勲章のようであった。 |
To Be Coninued... |