センテナリオ
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浮かび上がった問題

 

この建物は京都のストックになりうるか

司会

 先ほど岡本さんがふれたように、 この会場は近隣の人たちとの交渉や説明会を何度も開いた思い出深い場所です。 ちょうど1年半ほど前になりますが、 近隣からの鋭い質問を受けて岡本さんが泣きそうな顔で口ごもっていたり、 安原さんとにらみ合っていたこともつい思い出してしまいました。 そんなことを思い出してしまうと、 このマンション建設もきれい事ばかりではないとつくづく思います。

 スケルトン定借によるコーポラティブマンションの建設に関しては幾つかの大きな課題があると感じました。

 ひとつは、 絹川さんが話されたように、 この地域への愛着があって住み続けるために、 百年持つ良い建物(ストック)を作って地域に貢献したいという思いと、 周囲の住環境が調和したかどうかです。

 ご存じのように周辺は2階建ての低層住宅が主ですから、 そこに法律上可能な容積よりも抑えたとは言え、 ボリュームの大きな建物が建つと周囲の住人との感情的な葛藤だけでなく、 環境上、 あるいは景観的にも葛藤が起きてしまいます。 地価の下支えを狙ってともかくやたらと規制緩和されていますので、 少々押さえてもなかなかうまく納まらないのです。

 先ほどの安原さんのスライドでも見たように、 絹川さんの旧宅は実に素敵で、 空間的にもゆったりとしていました。 新しく建ったセンテナリオも素敵な建物ですが、 風雪に耐えてきた建物の風格や良さがなくなってしまったことは残念に思います。

 そうは言っても、 古いお家がすべて再生・修復して住み続けられるかというと、 これは難しい。 特に地価が高い間は経済的に難しいでしょう。 ですから、 建て替えは絹川家に限らず、 今後もいろんな所で起きるでしょう。 そこで、 今回のスケルトン定借によるコーポラティブマンションは旧宅の喪失に変わる価値を生み出せたのか、 地域に貢献できたのか、 それは普遍化出来るのかが問われていると思います。

 ちなみにこうした町家の建て替えに際し、 京都市は町家型共同住宅という町並みに配慮した集合住宅を提案していますが、 残念ながら普及しているとは言えません。 またデザインとしてあれで良いのかも種々議論があるところです。 では一体、 どういう建物なら将来の京都のストックになって町並みを形成していけるのか。 そのあたりを感じたままお話しいただければと思います。

 まず、 この地域の住人であり、 同時に建設業界の住人でもある絹川さん、 いかがでしょうか。

絹川

 このテーマを振られたら嫌だなあと思いながら聞いていましたが、 いきなり直球が来てしまいました。

 建設屋の立場から言うと、 我々は市民から町壊し屋だと言われ、 罵倒されることに慣れてしまう悲しい職業です。 現実に京都の古い町並みを壊すことが多かったと思います。 ただ、 町家を建て替えてビルにするお施主さんの中にも、 古いお家を壊すことに胸を痛めている人が多くおられるのも事実です。

 ですから、 今回は良いものを作って今までの贖罪を果たしたいという思いもありました。 これが前田さんの投げかけた課題への答えになっているかどうかは分かりませんが、 今回の建て替えが答えのひとつだったら嬉しいと思っております。 これぐらいで許していただきたい。

司会

 では次に、 安原さんにこのテーマをほぐしてもらいましょう。

安原

 何を残すか、 何をどんな形で受け継ぐかも今回のテーマだったと思います。

 建物を町家風にして面影を残そうかとも思いましたが、 もともとこの地域は大正から昭和にかけて形成されたお屋敷町で町家が立ち並んでいた地域ではありません。 京都の別の場所なら町家の要素を残す手がかりが見つかったのでしょうが、 ここではそれが難しかったんです。 では何が出来るかを考えた末に決めたのが、 緑をポイントにすることです。

 先ほど緑の写真をたくさんお見せしましたが、 ここの建築の大きなポイントとして「緑の資産をつなぐ」ということをやっていくことにしました。 特に、 今まで絹川さんという個人の邸宅内にあった緑を外部に出してオープンにする、 そのオープンな緑が地域の中で市民の緑として成長していくことがここのマンションの大きなキーワードになると思いました。

 ただ、 いつも我々に課せられる命題として「経済的ポテンシャルを出来るだけ発揮せよ」というのがありますので、 それをどこまで辛抱するかが課題でした。 ちなみに今回の建物は、 建蔽率は60%、 法律上の容積率は200%まで建てられるところを、 建蔽率50%・法律上の容積率を167%にしています。 少し余裕を持って控え目な建物にして、 隙間を多く取る努力をしました。


近隣との軋轢について

安原

 今回、 周囲から大きな問題とされたことに5階建てにしたというボリュームの問題があります。 もともとここは20メートルの高度地区なのですが、 美観二種もかかっていますから15メートルまでと決められている場所です。 ある種の地域の合意で15メートルと決められた場所だろうから、 15メートルの中でどう工夫しようかと考えるのが私の立場でした。 ところが近隣の人から「ここは4階までの所だ」という声が出てきた。 じゃあ、 階高を高くして4階で15メートルにするならいいのかと言いたくなりますね。 これは自分でも詭弁だと思いますが。

 どっちにしろ、 町をどう作るかという過程の中で、 合理的な合意を積み重ねながらまちづくり行政が行われるようにするべきです。 今回の体験からそんなことを考えました。

司会

 都市計画屋さんに文句を言うと、 「何も15メートル建てろと言っている訳ではない。 15メートルまでで適切に建てるのが建築家と施主の責任」と言って逃げられます。

 では普段、 京都のまちづくりをよく見ておられる平家さん、 いかがですか。

平家

 先ほどはコーポラティブ居住者の立場からお話ししましたが、 私は市役所から(財)「京都市景観まちづくりセンター」に職員として派遣されている立場なので、 今度はそちらの方から話をしてみます。

 どんな仕事かというと、 地域の人たちが自主的に自分たちの町をよくしたいと動き出した時の応援をしたり、 地域と共生する土地利用のあり方を提言したり応援したりという内容です。

 その視点から言うと、 今回のプロジェクトは事業主側が地域と共生していくことをテーマとして掲げており、 素晴らしいことだと思います。 実はそうしたプロジェクトがなかなかないのが今の京都の実情であり、 事業主側が地域を無視することの方が多いんですね。

 なぜ事業主が地域共生というスタンスをとれないのかを考えると、 多分地域に話を持っていくことですごい反発を食らったりなどの難しい事が多々あるため、 なかなか地域との関係が持てないという状況があると思われます。 今回は、 地主さん自らの発想でこのプロジェクトを実現されたわけですから、 私はその点がすごいなと感心するところです。

 もうひとつ指摘しておくと、 今回のようなプロジェクトをスムーズに進めようと思ったら、 地域の側にもそれをきちんと受けとめられる成熟さや仕組みが整っていることが必要条件ではないかと思っています。 今回、 近隣の人ともめたというのは、 それまでにこの地域をどうしようと話し合うだけの基盤や仕組みが整っていなかったのではないか、 みんな個々に物事を考えていたからではないかと推測いたします。

 今は、 京都のあちこちで自分たちの町をよくしていこうというグループが立ち上がったり、 まちづくりを考えようとする地域の人々が増えてきています。 そういう地域で地主さんが声を上げれば、 地域の良さを引き継げるかなりいい結果を生み出せるのではないでしょうか。

 今回出てきたプロジェクトをめぐる様々な問題は、 おそらくここだけの問題ではないでしょう。 事業主側と地域側双方にかみ合う点が見つかれば、 お互いが地域の価値を共有できるような双方納得のいく地域共生の事業が出来ると私は考えています。

司会

 近隣との軋轢が表面化した頃、 冗談で「最初に法定容積率いっぱいの200%の計画案を見せてから、 167%の案にしたら誉めてもらえたのに」とよく愚痴っていました。 もし本当にそうしていたら、 これは悪徳ディベロッパーのよくやる手口ですから誉められたものじゃないのですが、 そんな声が頻繁に出るほど我々は参っていました。

 最後にこの近隣との問題について、 最前線で叩かれた岡本さんからコメントをいただきたいと思います。

岡本

 この会場では人知れず何度も泣きました……なんて、 ハハハ。 まあ正直に言うと、 限度いっぱい建てるわけでもないのに、 なぜアカンと言われるのだろうとは思いました。 それにこういう問題が起きた時、 行政側で対応してくれる部署がないのが実情です。 ですから、 すったもんだを繰り返すことになったのですね。

 個人的にマズイなあと思ったことは、 真面目に対応すればするほど長引いて相手が感情的になってしまったことです。 こちらとしても例えば5階建てを3階建てにせよという要求などには時間をかけても対応できないものですから、 早めに切り上げて諦めてもらう方が相手にとってもよかったのではと思いました。 コーポラティブ入居者の中にも時間が経つにつれ、 この企画に参加したことを後悔しているような場面も何度か見ました。

 ただ、 百年後には嘘のようにみんな仲良くなっている、 そんなことを願っています。

絹川

 すいません、 私からも一言。 今回の件で私が反省していることを聞いていただきたい。

 建設の仕事をしていると、 近所から反対を受ける仕事を請け負うことはよくあります。 その時、 お施主さんが普段の近所づきあいをどうしていたかが分かってしまいます。 ウチの現場が「○○さんとこの建て替えやったらどうぞ心おきなくやってください」と親切にされることもあれば、 「××さんとこの工事? フン、 ウチの前に車をとめるなよ」とけんもほろろの対応をされることもあります。

 今回、 岡本さん、 安原さんを始めみんな苦労したのですが、 詰まるところ結局は私の近所づきあいのレベルが京都人の常識を下回っていたことに尽きるのではないだろうか。 これは今回私が深く反省していることです。 平家さんがやっておられる「景観まちづくりセンター」に関わっていながら、 私自身が属する町内の事には何の貢献もしてこなかったために攻撃を受ける事になったのだと思うと、 私の不徳のせいで皆さんに迷惑をかけてしまったと思うことしきりです。

 ただ、 ひとつだけ痛恨事なのは先ほど前田さんが言われた「冗談」、 つまり容積率200%の案を最初にぶつけなかった戦略の甘さです。 最初からベストの案を近隣に見てもらったのは、 あまりにお人好しだったような気がしてなりません。 もっと作戦を立ててから望むべきだったと、 心から悔いています。

 地域に貢献できるまちづくりをしたいと思っても、 嬉しくなる話ばかりではないことを今回体験しました。 それどころか、 こちらの思いに冷水をあびせられることもある。 次にやるときは、 もっと狡猾に進めたいと思っています。

司会

 はい、 絹川さん、 それぐらいにしときましょう。


コーポラティブマンションの可能性と供給側の課題

司会

 次にコーポラティブというマンションの新しいシステムそのものの可能性について話し合いたいと思います。 安原さん、 絹川さんからこうしたシステムについて「ワガママ」「思いの実現」という言葉が出ていましたが、 やはりコーポラティブマンションは既成のマンションに比べるとコストや施工上の問題点が数多くありました。

 絹川さんは建設人として、 こうしたシステムに可能性を見出し、 これからもやっていきたいとお考えだと聞いておりますが、 一方では「ややこしいから、 本当は近づきたくない」ともよく言われています。

 今回こうしたマンションを作り上げてみて、 施工会社の立場としては正直どのように思われていますか。 また、 設計をした安原さんからもコーポラティブマンションの将来性についてコメントを頂きたいと思います。

絹川

 では、 地主から施工会社の人間の立場に変身してお話しさせていただきます。

 今回、 現場所長を務めた奥野は大変苦労いたしました。 本当は今日ここに来て話をして欲しいと頼んでいたのですが、 逃げられてしまいました。 目の下に二重、 三重に隈を作っていたのだから、 逃げ出すのも無理はないと思ったものです。

 今回のマンションの部屋は13室、 それぞれが全く違う自由設計の間取りなので、 普通のマンションを作るのに比べると13倍の手間がかかっているわけです。 13倍苦労したというのが、 現場の正直な気持ちです。

 ただ、 苦労だけじゃないのがコーポラティブの特徴です。 奥野所長はコーポラティブの施工はこれが2回目の経験になりました。 前回(7戸のマンション)も苦労したのですが、 その時彼は「お客様にとても近い仕事でした。 失敗したら物凄く怒られるけれど、 うまくいくと心から誉めてくれました。 意気に感じる部分が建設人としてはあります」と言ってくれました。

 私が「だけど、 こんなしんどい現場はもういやだろう」と聞くと、 「もう1回ぐらいならやってもいいです」と口走ったがために今回の現場も彼に任せました。 今は「しばらく休ませて欲しい」と申しております。 ただ、 今回も意気に感じる部分は残しているようです。 私としては、 奥野の下で経験を積んだ若手が育って欲しいと思っております。

 最後に奥野所長から「今日来れませんが、 レポートを書きました」と渡されていますので、 そこからいくつか抜粋して読んでみます。 まず問題点としては、 積算から契約までの期間、 契約から着工までの期間がタイトであったとしています。 続いて、 今回のように各住戸の仕上げが多種多様な建物の場合、 単価の見直しがあってしかるべきだと言っています。 他にもいろいろありますが、 「ともあれ、 今回もいい経験をさせてもらいました」と締めくくっています。

 本当に奥野所長を始め現場の者たちは苦労いたしましたし、 私としては心から誉めてやりたいと思っています。 だけど、 我々のコーポラティブの施工のやり方がまだ完成されたシステムとは言い難く、 改善すべき点がいっぱいあるのも確かです。 私としては、 今後どこをどう改善していくべきかを社内でチームを組んで話し合うべきだと考えています。

K-FLATS御所西プロジェクト新築工事を振り返って
苦労した点
  • 13戸の住宅を施工するにあたって、 それぞれ個性あふれる住宅であり躯体工事の間から、 均一化されたものがほとんど無く苦労した点に加え着工して躯体工事の途中までに、 決定されたインフィル図が無く全体像が見えなかった点が特に苦労しました。
    又、 契約後もより良くユーザーや設計者のニーズに伴う変更が、 膨大にありその対応に追われて、 手配が遅れ気味となり工程管理や品質管理に支障をきたさぬ様、 大変苦労いたしました。
  • 原価管理的には、 マンション単価並みでの契約で有った為、 発注の段階でこれまた大変苦労し、 能率的に作業が進むよう毎日の作業工程を調整した事についても、 大変神経を注ぎました。 良かった点
  • まず、 これはコーポラティブと言う訳では無いのですが、 立地的に当社の深く関係していた土地と言う事もあり、 近隣の方々には工事の施工については、 理解を得られた事に深く感謝しております。
  • 協力業者についても、 コーポラティブという事を理解してもらい良く協力して貰ったと思います。
  • やはり、 13戸の住宅を造るという事はやりがいがあり自分自身への自信になると思います。
  • 変更は膨大に有りましたが、 今回の様に変更して積算して指示書という流れについては、 過程は苦労しましたが、 結果良かったと思います。
  • 仕上材の施工を行う前に、 各住戸のお客様にスイッチ関係を含む中間施主検査については、 良かったと思います。
  • やっぱり、 一番はなんとか無事にお客様に引き渡せた事が、 とっても嬉しいです。
    問題点
  • 積算から契約までの期間がタイトであったと思います。
  • 契約から工事着工までの準備期間がタイトであったと思います。
  • 今回の様に、 各住戸の仕上げが多種多様な建物の場合、 単価の見直しがあって欲しかったと思います。 改善点
  • 施工者サイドから希望しますと、 着工前に、 インフィル及びスケルトンの実施に沿った契約を行う事を強く希望します。
  • 納期工程に沿って、 早期の発注と施工者としてのその準備が必要だったと思います。 反省点
  • もう少し完成まで余裕をもって、 未済工事をもっと無くして引渡しをすべきだったと思います。
  • 現場スタッフが少なく、 人員の増強を出来れば良かったと思います。
    公成建設株式会社 奥野 正樹
  • 安原

     今の日本では家はたくさん供給されています。 ただ、 たくさん供給する側からいつも出るのが「合理化」という言葉です。 一体、 何に向けて誰のために合理化するのか。 私は「合理化」という言葉を聞くたびにそう考えてしまいます。

     合理化の内容を問わないまま仕事の効率化だけを進めた結果、 いつの間にか世に出回っているマンションが当たり前、 これが標準ということになりました。 本当に今の既成マンションが当たり前なのかについて、 多くの人々は深く考えていません。 チラシをぱっと見ただけで、 どんな住棟配置でどんな間取りなのかもたいてい分かりますよね。 そんなマンションが全体の98%を占めています。 その「当たり前」を考え直したいとずっと思っていたことが、 私がコーポラティブに関わり続けている大きな理由の一つです。

     ですから、 私は家の中の仕上げだけを考えるのではなく、 プランニング全体から見ていきたい。 そうすると、 住棟配置など建物のレベルアップにも取り組まねばならないということも一生懸命考えています。 ただ、 そこでコストや合理化の問題が出てくるんですけども。

     「リーズナブル」という発想で、 高くなることで何が得られるか、 何を失うかという議論がきちんとされれば随分意味があると思うんですよ。 ところが、 最近のマンションは価格競争にあおられて、 とてもそこまでいかない。 誰が今の既成マンションが「当たり前」ということにしてしまったのかと、 いつも疑問に思っています。

     もうひとつ申し上げたいことは、 材質感についてです。 オレフィンシートのラッピング建具をみなさんご存じですよね。 汚そうとしても汚れないやつです。 これに代表されるように、 マンションに使われる材料は手間いらずだけど、 どんどん材質感のないものばかりになっています。 私はこれに異議を唱えたかったし、 今回は肉体に伝わる材質感のあるものを取り入れたいと考えました。

     実はこの部分でも合理化することはできるんですよ。 どこかの山林と契約して、 安物ではない本物の木を安く購入することだって合理化の一つなのに、 なぜかそこには目が行かない。 もちろん、 本物ばかりでやりましょうということは無理なのですが、 ひとつの方向性が当たり前になってしまうとそれ以外の方向が目に入らなくなってしまう、 そんな風潮への考え直しが必要ではないかと思います。

     それと、 今絹川さんがおっしゃったように、 今回の現場では確かに現場所長の奥野さんには大変な苦労をかけました。 奥野さんの顔を見るたびに、 私はいつも「すまんなあ」と言っていたものです。

     で、 奥野さんが指摘したコスト見直しの問題ですが、 当初は一般のマンションと同じコスト(標準設計)で募集をかけたんです。 標準設計から新しく何かを付け加えると当然値段は上がるのですが、 その時再度コストの見直しをして「こうだから高くなる」と入居者に説明できればよかったのですが、 そうした時間がとれないまま、 早く施工しなければいけない状況になって現場はかなり苦労したんです。

     もし、 コストの見直しをしていれば、 少々値段が上がってもそれなりにきちっと納得のいく単価が出たでしょう。 それが出来ることを合理化と言うんだと思います。 しかし、 現実には近隣との交渉で工期が大幅に遅れ(子供さんの学校の関係で1年遅れの入居になった人もいますし、 賃貸の人は遅れた分の居住費が嵩むことになりました)、 かつ共有部分・専有部分を削った結果、 その分の土地代負担、 工期のずれで新たに防災設備が必要になったり、 冬期にかかってコンクリートの調合費が上がったりと不利な条件が発生して、 不安と怒りが募っていた入居者に向かって詳細な説明をゆっくりと出来る状況ではありませんでした。 入居者は分譲マンションと比較して考えますから、 追加と聞くとどうしても「高い」となります。

     ですから、 スタートの段階から合理化できるシステムにして、 入居者からのオプションの要求にもすぐ対応できるようにしていけば事態は変わるかなという気はします。 ただそれは予想していた100%までは満足いかないにしても、 そんなシステムを作ることで、 我々の世界も意味を持ち直してくると思います。

    司会

     実は私も「高い」と言った一人ですし未だにそう思っています。 もともと自由設計が出来るということで募集した以上、 様々なバリエーションが出てくるのは分かっていたはずですし、 標準設計から高価な材料に変更したのなら納得できますが、 似たようなものでも単価が大幅に違ってくるのは、 やはり理解しがたいものがあります。 何よりもそのあたりをきちんと説明出来る人が誰もいない。 予想しつつ予算に納まるように設計していたはずなのに見積もりはまるで納まらない。 挙げ句、 お金のつじつまさえ合わせられない混乱状況を見ていると、 システムとしてあまりにも未熟ではないかと情けなくなります。 良いものをつくっているのだから、 時間がないからというのは、 言い訳になりません。

     その辺は、 入居者と作っている立場では意識が相当違うのでしょう。 そのあたり、 コーディネーターの岡本さん、 いかがですか。

    岡本

     やっぱり高いのはあきません。 安く出来るのにこしたことはないんです。

     今回はお風呂やキッチンなどの住宅設備をまとめて買うことでコストダウンをすることを含んで募集したのですが、 ふたを開けてみると見事に各戸バラバラでした。 それもコストが上がっているひとつの要因だと思います。 ただ、 一般のマンションに比べると、 壁紙も環境に気を使ったいいものを採用されていて、 部屋のグレードはどこも高く仕上がっています。

     今後どう合理化を図っていくかという点についてですが、 スケルトン部分の値段はそう変わりませんので、 インフィル部分を工夫していくことが考えられます。 例えば13軒の設備を全部まとめるのは自由設計という観点からは難しいのですが、 4軒ぐらいをまとめるのならそこそこ納得のいくコスト内に納まるのではないかと思います。

     ただ、 入居者が好みで標準設計から変更していく部分について値段が上がるのは仕方ないと思いますが、 今回の企画が人を集めてから土地を探すというやり方ではなくて、 予定金額を想定してコーポラティブに興味のある人を極めて短期間に集めたことも意見をまとめる時間がなくなった要因でもあったと思います。 コーポラティブマンションに参加する人は、 住まいを買うものではなく、 直接発注する中で自分の好みや値段の透明性を確保したい人たちだと私は理解しています。 コミュニティはそれに付随してくるものです。 ですから、 その中でコストをどう位置づけていくかは、 周辺のマンションの調査をしてどこがどう違うかを比較する中でやっていきたいと思っています。 今後はその辺を修正しながらやっていこうと考えています。

    安原

     誤解のないよう、 一言だけ付け加えておきます。

     私も長い時間をかけてゴチャゴチャとプランをこね回すのがいいとは決して思っていません。 シンプルにものが出来て、 しかもそれが材質感のある素材、 作り手・入居者双方が納得のいく合理化システムで出来上がっていればいいと思っています。 ですから、 皆さんが時間をかけるのがコーポラティブだとか、 勝手気ままに出来るのがコーポラティブだと思っているのならそれは大いなる誤解です。

    平家

     私たちがコーポラティブを造ったのは18年前になりますので、 今とは随分状況が違っていると思いますが、 変わってないのは住み手が自分たちの住む家をどうするかの決定権を持っていることだと思います。 ですから設計変更する必要が出てきたときは、 入居している48軒が話し合って決定しました。 そういう話し合いは相当した覚えがあります。

     例えば、 サッシの色を何色にするかという問題がありました。 カラーにしたい人、 シルバーがいいと言う人、 いろんな要望が出たんです。 1軒1軒の要望を満たしていくととてつもない複雑な発注になるので、 どうまとめればいいかと設計グループからユーザーグループに要望として出てきました。 我々がまとめた結論は、 個々人の希望と経済的な合理性も考えてリビング側はカラー可能、 それ以外はシルバーに統一するというものでした。 この結論を出すまで、 ユーザー同士で一生懸命話し合いました。

     また、 それ以外にも窓をたくさん取りたい人がいて、 開口部を多く取るため構造的に当初なかった部分に柱を入れる必要が出てきました。 それもユーザーグループで話し合って、 その位置の1階から4階まで柱を通すことも決めました。

     私たちのユーコートもスケルトン・インフィルに近い部分があります。 それはパイプスペースを上から下まで通していることで、 各住戸が2カ所ずつパイプを通しています。 そこから半径何メートル以内を水回りスペースとするというルールを決めました。 それもユーザーグループが考えた合理性だと思います。

     ですから、 私たちの場合も完全フリーではなくて、 共同住宅としての質や安全性を確保するためのルール作りについてはかなり議論いたしました。

     お金の点について言及しておきますと、 インフィル部分は個人の実費だということを最初の時点で言っておきました。 それを徹底しておかないと、 設計や施工の人の苦労が大きくなってしまいます。 ユーザーグループとしてもその辺をちゃんと考えておくべきで、 グループとしてその辺を追求して物事を決定していったという経緯があります。

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