『ガニメデ・クラブ』 The Ganymede Club (Tor, 1995)
   チャールズ・シェフィールド Charles Sheffield



 SFとやらを読んでみようとした友人に、いきなりハードSFを薦めては酷だ――などというのは、SFファンの勝手な思い込みじゃあるまいか。たしかに本職の科学者や技術者の作品ともなると、なんとなく一般向けでないような気はしてしまう。
 そのせいでいちばん損をしている作家がシェフィールドである。いかめしい経歴から私のような文科系の読者が身構えるほどには、彼はハードコア一辺倒の作家ではない。一般読者にも広く受け入れられうるエンタテイナーとしての力量にもただならぬものがある。フォワードやベンフォードと並んで、科学者ハードSF作家の代表のように語られることが多いけれども、作家シェフィールドの資質は、じつはフレドリック・ブラウンのそれに近いとすら私は思っているのだ。
 さて、今回ご紹介する作品は、九二年の Cold as Ice と同じ宇宙を舞台にした姉妹編である。二一世紀後半、すでに人類は、月や火星はもちろん、小惑星帯やガリレオ衛星にまで自給自足可能な大都市を築いており、土星の衛星にも探査の手を伸ばしている。地球を中心とする内惑星系と、小惑星帯以遠の外惑星系とのあいだには、二○六九年に“大戦争(ルビ:ザ・グレート・ウォー)”が勃発、地球の北半球壊滅をはじめ、各惑星・衛星に多大な犠牲を強いて、内惑星系の勝利に終わる。科学力に優れた小惑星帯陣営では、戦時中さまざまな没倫理的兵器が開発されたのだが、戦中戦後の混乱のため、いまだ謎を残す部分が多い――という、両作品の背景をまず押さえておこう。
 ローラとスプークのベルマン姉弟は、両親を地球に残したまま、北半球壊滅寸前に間一髪でガニメデに逃れ、やがて五年の月日が流れる。人間の夢を電子的に記録することすらできる未来の精神分析医“ハルデイン”となったローラのところに、ある日ブライス・ゾンネンバーグと名のる奇妙な患者が訪れる。行ったはずのない地球や火星での体験が、生々しい白昼夢となって現れる症状に悩まされているというのだ。あまりにも鮮明な彼の夢を共有したローラは、それが実体験にちがいないと確信する。
 一方、論理を操る才能に恵まれたスプークは、十五歳にしてパズル・ネットワークの雄となっていた。彼の出題した難問をこともなげに解いた“バット”という少年とオンラインで知り合った彼は、人嫌いの天才少年の気を惹こうと、姉が記録したゾンネンバーグの夢データを盗んで送りつけ、バットの知的好奇心をかき立てることに成功する。
 そのころ、ゾンネンバーグの夢と格闘するローラの前に、コナー・プレストンなるジャーナリストが現れる。二人はたちまち恋仲になるのだが、じつはこの男、“ガニメデ・クラブ”なる正体不明のグループが放った刺客であることをローラは知らない。ガニメデ・クラブは、どうやらゾンネンバーグが真の過去を取り戻すのを恐れているらしいのだ。逢瀬を重ねるうち、ついにプレストンに殺されそうになるローラ。危うく難を逃れた彼女はプレストンを催眠下に置き、彼の雇い主たちの目的を聞き出そうとする……。
 どうやらシェフィールドは、一作一作は趣向を変えた読み切りハードSFミステリとして楽しめ、シリーズとして読めば近未来宇宙史として二度おいしい連作に挑もうとしているらしい。目下、その狂言回しとなっているのが、バットことラスタム・バタチャリヤなる探偵役だ。Cold as Ice では成長した姿で大活躍したこの不思議な男、早い話が、究極のおたくなんである。ガニメデ地下の“蝙蝠窟(ルビ:バット・ケイヴ)”に独り隠れ棲み、端末の前で美食を貪りつつ太陽系のあらゆるデータベースに通じ、世界というパズルをただただ読み解かんとする、安楽椅子探偵の系譜に連なる者なのだ。ネロ・ウルフと思考機械ヴァン・ドゥーゼン教授を足して二で割らなくてもすむほどの超肥満児だが、その頭脳は先達たちにも引けをとらない。シェフィールドお得意の超天才キャラクターである。
 ミステリの要素が濃いとはいえ、さりげない技術的ディテールの小技にもこと欠かない。舞台といい、キャラといい、おいしいとこだらけのこのシリーズ、形式美を安心して楽しみたい娯楽SFファンは要チェックです。

[SFマガジン・96年12月号]


( ^_^)/ 原書の試し読みはこちら



冬樹 蛉にメールを出す

[ホームへ][ブックレヴュー目次へ][SFマガジン掲載分目次へ]