『終りなき平和』 Forever Peace (Ace, 1997)
   ジョー・ホールドマン Joe Haldeman



 不朽の戦争SF『終りなき戦い』(風見潤訳/ハヤカワ文庫SF)の続篇ではない。この名作がはらむ問題を二十年前には存在しなかった視点から掘り下げ直した、いわば、テーマ上の続篇だというのが著者の弁である。
 舞台は西暦二○四三年、アメリカに率いられた先進諸国多国籍軍と第三世界の反先進国勢力“ングミ”は、八年にわたる泥沼のような“ングミ戦争”を続けていた。先進国はナノマシンを用いた夢の生産手段“ナノフォージ”を手にしており、生活必需品はもとより、およそあらゆる製品を低コストで作り出せる。一方、ナノフォージを持たぬ第三世界諸国は、先進諸国の事実上の支配と貧困に苦しんでいるのだ。『終りなき戦い』が人類と得体の知れぬ異星の敵との不条理感に満ちた戦争を描き、ベトナム戦争、ひいては、かつての東西問題を色濃く反映していたのに対し、本書では“持つ者”と“持たざる者”との戦い、すなわち“南北問題”(と呼ぶには、あまりにも国際情勢は複雑化してしまったが)に焦点を合わせている。
 主人公の黒人兵士ジュリアン・クラスは、ふだんは大学で物理学を研究・指導する“パートタイムの兵士”である。彼は戦地に赴かず、遠隔地のヴァーチャル・リアリティー端末にジャック・インし、実際の戦闘を行う“ソルジャーボーイ”と呼ばれるロボットを操っているだけなのだ。それぞれに高度な技能と専門知識を持つ男五人、女五人で一部隊を成す兵士たちをVR装置が一心同体に繋ぎ合わせ、情報伝達のギャップがまったくない理想の部隊を作り上げるのである。彼らは戦闘で死ぬことも傷つくこともない。装置に長時間ジャック・インするためのドラッグがもたらす副作用や、精神的・肉体的な過負荷によって消耗死に至ることがあるのみだ。
 安全なのか過酷なのか判然としない奇妙な戦闘に携わる一方、文民としてのジュリアンは、同じく科学者である歳上の恋人アミーリアと物憂くも幸福な関係を保っている。アミーリアは、木星とその衛星にナノフォージを投下して人類史上最大の粒子加速器を建造し、宇宙創生時に匹敵するエネルギーを生み出させようという“ジュピター・プロジェクト”に参画している。スケールこそ大きいが地味な基礎研究であり、さほど注目されているわけではない。
 そんな“平和な戦争”と日常との狭間にたゆたうジュリアンだったが、強い自殺志向を持つと軍に分析されていた彼の中で、ある日、ゲリラの少年をレーザー砲の誤射で殺してしまった事件を引鉄に無為な戦闘への疑問と絶望が噴出する。自殺を図ったものの担当医師の機転で命を取りとめた彼を待っていたのは、アミーリアからの信じ難い知らせだった。ジュピター・プロジェクトを実現してしまったが最後、複雑な連鎖反応によって、この宇宙が崩壊してしまう可能性があるというのだ。アミーリアの要請で数学的再検証を手伝った彼は、宇宙破滅理論が正しいことを知る。その事実に戦慄すると同時に、不思議な魅惑を感じるジュリアン。アミーリアらは直ちに事実を公表しジュピター・プロジェクトを中止させようとするが、いち早くその情報を掴んだ“神の鉄槌”を名告る秘密集団が、これこそ宇宙を最初からやり直すための神の恩寵だと信じて、公表を阻もうとジュリアンたちの命を狙う。加速器の稼動まであとわずか――。
 『終りなき戦い』とちがい、登場人物の心理や個人的背景が一種純文学的なまでに厚く書き込まれているが、それによってSF本来の醍醐味が減じることはない。むしろ、戦争と平和の本質をより深く現代的に見つめた、旧作を凌ぐ作品に仕上がっている。

[SFマガジン・99年1月号「SFスキャナー特別版」]




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