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電脳祈祷師美帆 邪雷顕現
(東野司著、学習研究社 歴史群像新書、1997年、780円、ISBN4-05-400751-1)

 この本はもう、タイトルで勝っている。“電脳祈祷師”でございますよ。あ、ちょっと、ハードSFファンの人、逃げないように。こいつが邪悪な“電気の魔”と闘うのだ。これこれ、だから、逃げないように。
 いかがわしい。素敵にいかがわしい。ランドクルーザーを駆る筋骨隆々たる仙人なんてのと通じるいかがわしさだ。そう、ヒロインの電脳祈祷師・鵜飼美帆は、あざといくらいに符号を反転したミスター仙人・九十九乱蔵にほかならない。ランクルじゃなくて、ボルボに乗ってるんだけども。メリハリの利いた改行と体言止めを多用する文体は、乱蔵を躍動させる夢枕獏のそれをはっきりと意識しているだろう。ただ表層的なスタイルを真似ているのではなく、エンタテインメント・モードに於ける夢枕文体の本質を自家薬籠中のものにしている。すなわち、スタジオに据えた複数台のカメラを切り替えるのにあらず、透明なレポーターが担いだ一台のカメラで目まぐるしくシーンを切り取ってゆくような映像的三人称の語りである。いわゆる神の視点とはちがう。クリストファー・プリーストの『魔法』(早川書房)ではないが、事情を知らない透明人間が奇怪な出来事を黙々と取材しているという感じだ。読むほうはこんなに読みやすい文体もないのだが、書くほうはたいへんにちがいない。括弧内の台詞と地の文の描写とを、自然な描出話法(地の文での心内発声)で的確にないまぜにしてゆかねばギクシャクしてしまうからだ。透明人間が見えてはいけないのである。
 現代文明を支える電気が人間に叛逆をはじめる物語なのだと、メタフォリカルに読むばかりではかえって陳腐になってしまう。われわれが電気に対して抱く名状し難い気色の悪さに素直に身を委ね、頭の中の“不信の停止”ペダルをいつもより深めに踏み込んで、文体に流されてゆくのが楽しい読みかたである。作者も言うように、キャラクターがかっこいい。いいじゃないか、かっこよければ。しかも、ふつうのホラーなら霊魂やら魔力やらで説明するところを、この電脳祈祷師、全部電気で説明してしまうのだ。本気で信じていたら“トンデモ本”になってしまうほどだが、微妙な一線で妙に論理性を保持したエレガントな屁理屈の展開は、紛れもないSFのものである。魔除けの五芒星が聖なる電荷の動きを象徴していたとは、いやあ、迂闊だった。いままでなぜ気づかなかったのだろう。
 「歴史群像新書」などというシリーズに入っている理由がよくわからないのだが、これくらいいかがわしいと、いろいろ複雑な事情もあるのであろう。いかがわしくて大いにけっこう。いかがわしさはSFの勲章なのだ。さて、「物語は始まったばかり」で、鵜飼美帆に惚れるだけの「価値のある物語」だそうだから(あとがきの思い切った自画自賛調は、夢枕獏へのウィンクだろう)、続きを楽しみに待ちたい。当然、次あたりからは乱蔵の“シャモン”に相当するマスコットが出てくるんですよね?


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