宣教の切り口・日本の場合は



日本においては、長い宣教の歴史がありながらも、
依然として低迷を続けているのがキリスト教です。

第二次世界大戦が敗戦で終わり、
日本のキリスト化を目指して、
欧米各国から多くの宣教団体が日本に向けて送りこまれました。

盛んに教会開拓が進められ、
今やプロテスタントだけで約8000ケ所の教会が建てられました。
しかしながら、クリスチャン人口は、
全人口の1パーセントといったところです。
少子高齢化が進む現代社会の中で、
クリスチャン人口は減少傾向にあります。

一方、経済発展が著しい東南アジアでは、
宣教団体やクリスチャン団体が、
医療活動や教育活動に、
さらには、農業や商工業への起業資金の貸付などと言った、
地域開発の働きと同時に教会開拓を進めた結果、
多くの教会とクリスチャンを生み出すこととなっています。

かつては、
隣国の、韓国や中国でも、地域開発と教会開拓が同時に進められ、
多くのクリスチャンを生み出す結果となっています。
韓国では三人に一人が信徒であり、
クリスチャンの政治家や企業家さえ生み出したのです。
中国では、国策としてキリスト教への弾圧や迫害がありますが、
1億人を超えるキリスト者を生み出しています。

キリスト信仰というものは、勤勉、勤労と節約、質素、
そして禁欲を生み出します。
その結果、富をもたらし財政も豊かになります。

「あなたがたは神に選ばれ、
聖なる者とされ、愛されているのですから、
憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。
互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。
主があなたがたを赦してくださったように、
あなたがたも同じようにしなさい。」

(新約聖書・コロサイの信徒への手紙・3章12〜13節・新共同訳聖書)

しかし、現代のヨーロッパやアメリカでは、
富は増加しましたが、宗教の実質が失われる結果となりました。

築かれた財は、世俗の欲求や生活の見栄をも増し加えることになります。
富が増すと共に、高ぶりや怒り、世俗への愛着をも増し加えることになります。
それがヨーロッパやアメリカの現実の姿です。

トランプ政権が生まれる10数年も前から、
教会やクリスチャンたちは、さまざまな分野で、
古き良きアメリカへの回帰を目指す意識と活動が高まっていました。
社会のさまざまな領域に、その活動が盛んになっていました。
それが、トランプ政権を生み出した一要因であったかもしれません。

さて、我が日本は、どうでしょうか。
信仰と経済はリンクしていたでしょうか。
教会開拓と地域開発はリンクしていたでしょうか。

日本の経済から見て、信仰は、また別物だったようです。
経済活動の中で傷ついてしまった人たちの受け皿として、
社会の病理の中で、受け皿としての役割を負わされてしまったのです。

「疲れた者、重荷を負う者は、
だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」

(新約聖書・マタイによる福音書・11章28節・新共同訳聖書)


北白川 スー

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Wrote up on March 13, 2018.