上坂冬子の
おんなあるじ訪問

突き出しは毎日変えて


 店のおもてに立ってわたしは思わず叫んだ。
 「コレ、コレ!あたしはかながねこんな店を開きたいと思っていたのよ」
 目白通りに面して小じんまりとした玄関がある。その玄関の並びに、瓦屋根に格子戸の、一見しもたや風の構えがあり、そこをあけるとおでん鍋を囲んで、サラリーマンやOLがさざめいている。つまり素人の家の軒をちょいとなおして屋根つづきにおでんの店を張ったのだ。
 いいわ、あたしもゼッタイやってみたい、と思わず口走ったら、たにし亭の女あるじ沢井ふささんはピシャリといった。
 「定年退職しておでん屋でもはじめたいなんていう人がいますけど、『おでん屋でも』なんて甘い気持ちならはじめない方がいいですね」
 わたしはすかさず言い返した。一生懸命やればきっとできると思うわ!ところが、ママさんは再び冷ややかに一こと。
 「急に一生懸命なんてのはアテになりません」
 商売というものは、長い間の一生懸命が実らなければダメなんだというその証拠に、昭和十二年に開店して以来三十七年間、この店では、二日とつづけて同じ『突き出し』を並べたことがないそうな。
 「昨日はタコが安かったんで大根おろしを添えました。おとといは豆もやしの醤油あえ。突き出しはすぐ反応ができますでしょ。今日のはおいしいね、なんて。毎日が勝負です。

ゆっくり年月をかけて儲ける


 そりゃ、あたしも最初は素人でしたから、おでんぐらいがとっつきやすいんじゃないかと思ってはじめたんですけど、おでん屋というのは一晩中気の休まるときがありません。火加減がむずかしいんです。お客様がどっとくりこんで来たらサッと煮立てなきゃならないし、お客の途切れた時には煮込みすぎないように火を弱めなきゃならないし…」
 つまり、ドライバーのハンドルみたいに、片時もガス栓から手が離れないらしい。店は午後六時から十二時まで。おでんのネタは約二十種。ゼンマイを竹皮で束ねたもの、キャベツ巻き、油揚げのひき肉づめなどは、開店以来手作りで通している。
 たにし亭名物「お茶割り」というのは、しょうちゅうをほうじ茶で割って氷を浮かせたもので、これが大コップ一杯で八十円。
 「いえ、よそにはゼッタイありません。あたしの発案ですから」
 とにかく、お客は満員である。カウンターに十席、奥の居間には二部屋とも学生のコンパがぎっしり。一晩に二、三回転して、六十人から八十人が出入りするという。
 繁昌の秘訣はやっぱり「味」でしょうネとつぶやいたら、たちどころに反論あり。
 「味ももちろんですけど、それ以上に、売る人の性格でしょうネ。クセの悪い人はつまみ出す位の気力をもってやらなきゃ、酒クセの悪い客がつけ上がります。
 それと、一ペンに儲けようと思わないこと。悪あがきをせず長い年月をかけてゆっくり利益を出すのがコツでしょう。十年つづいた店は5%しかないっていう位、のみ屋はむずかしいんですよ」

座敷は年内予約済み


 お客は一人当たり、五百円から千円で立ち上がっていくそうな。座敷は年内一ぱいすでに予約済みだけど、一人当たり四、五品つけて約二千円。何しろママさんのほかに手伝いの子が一人と、学生アルバイトの皿洗いが二人だから、手が間に合わない時は値下げして品数を減らすそうだ。悩みは立ち仕事で足が疲れること。
 「一日十里は歩く勘定になります。足から弱ってきますけど、こういう店は人間の個性でやっていくものですから、わたしが疲れたら誰にもゆずられず閉めちゃいます」
 ここをつぶしてビルにでもすればすわっててもお金の入ってきそうな場所なのに、気のおけない学生や若いサラリーマン相手におでん一筋のママさん。ウン、誰かに似ていると思ったら、せっせときび団子を作って桃太郎に貢いだ正直婆さんのイメージだ、とようやくわたしは思い出した。


●おばさんの写真箱に入っていた25年以上昔の新聞記事より(古い記事なのでどこの新聞のものか不明)




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