寄稿記事の一部

「出版ニュース」連載「ブックストリート 書店」 全24回転載
『読書メイトじんぶん』 人文書院サイト内  「京洛・寺町通信」全6回※リンク切れ
京都古書研究会「京ふるほんや往来」  第79号に「新刊屋と古本屋」掲載※リンク切れ
「ず・ぼん」(ポット出版)  第3号に「新刊屋から見た古本屋」 掲載※リンク切れ
「人文会ニュース」120号※近日公開 「 三月書房の“現在はどこにあるか”について二、三のこと」掲載 

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    new「<吉本>本のネット販売について」

       『吉本隆明〈未収録〉講演集 5』月報掲載 2015年4月 筑摩書房


 三月書房は京都寺町二条にて一九五〇年に開業した、売り場面積十坪の新本書店です。五〇年代から六〇年代にかけては、大きな書店でもせいぜい百坪程度でしたが、七〇年代から大型化しだして、九〇年代には千坪級もめずらしくなくなりました。そんな中でうちの店は、大型書店のスキマを狙い、なんとかつぶれずに残っています。
 スキマ狙いとは、大多数の分野での競争をはなから放棄して、ごくわずかの分野のそれもごく一部分だけは、どこの大型書店よりも密度の濃い品揃えをしようという方法です。それで九〇年代にわりとよい結果が出ていたのが、現代短歌、人智学、ガロ系漫画やペヨトル工房などのサブカル系、そして吉本隆明関係あたりでした。 インターネットに手を出したのは一九九八年で、書籍の検索とメールができればと、ごく軽い気分ではじめたのですが、不思議なくらいに相性がよくて、いつの間にやらネット通販もけっこうな売上になりました。ネットの世界では地べたの書店業界のように、地域一番店だとか、立地が最高だというようなことは何の役にも立たず、総合書店サイトは上位数店しか成り立ちません。その他のサイトは何らかの専門性を持たないと見向きもされませんが、そこにうちの店のスキマ狙いがピンポイントでうまく当たったわけです。
 最初は、それ以前から紙で配布していた現代短歌と人智学の在庫リストをメールで送信することからはじめましたが、当時としてはまだ珍しかったらしく、メーリングリストに入れていただいたり、掲示板に貼っていただいたりで、予想以上の反響がありました。それで、よくわからないままに、パソコンの附録ソフトで作ったごく粗末なサイトを、一九九九年秋に仮オープンしてみました。当初のコンテンツは現代短歌と人智学の在庫リストのみでしたが、「吉本隆明の本」の頁に新刊情報をアップしはじめると、通販のお申し込みをメールでいただけるようになりました。その方々に新刊案内をメールで配信してみたのが、いまに続く「<吉本隆明>本新刊のお知らせ」のはじまりです。 
 もともと吉本氏の著作は、六〇年安保のころから今日まで、うちの店の最大のドル箱です。もっともよく売れた一九六〇年代末から七〇年代にかけては、「試行」が毎号四〇〇冊、一九七二年開業の弓立社の第一弾「敗北の構造−吉本隆明講演集」は四百冊以上も売れました。その後は次第に売れ行きが落ち、九〇年代になると、市内の他店では買えない「試行」こそまだ一〇〇冊以上売れていましたが、どこの書店でも買える新刊本は、四〇冊ほどしか売れなくなっていました。ところが、ネット通販が伸びはじめると、店頭の落ち込みをカバーして、売上は大きく回復しました。
 二〇〇一年五月に送信を開始した、「<吉本隆明>本新刊のお知らせ」は、吉本氏本人の新刊本の簡単な情報だけではじめたのですが、次第に紙誌への寄稿や談話記事、テレビ番組やネット物、そして吉本氏について書かれた書籍や新聞雑誌の情報、さらには、谷川雁、島尾敏雄のように、吉本氏と関係の深かった著者や、村瀬学氏のような「試行」の寄稿者の新刊情報まで載せるようになりました。このように発行回数と毎号の字数が増えても、制作費と通信費がほとんどかからないのがメルマガの長所です。しかも、バックナンバーをサイトに貼り付けておけば、いつでもすべて閲覧できますから、メルマガの読者以外の方にも読んでいただけます。
 このメルマガが、<吉本>本の読者に歓迎していただけたのは、吉本氏が文章や談話を発表される新聞、雑誌、書籍、パンフなどが、あまりにも幅広く数多いため、従来はそれらの情報を漏れなく入手することが困難だったからでしょう。吉本氏は知名度の低い版元や、非営利的な発行者からの依頼であっても、担当者が信頼できると判断されれば引き受けらることが多かったようでした。そのため、まったくその発行を知らないままに終わる出版物も少なくなかったのですが、このメルマガをはじめてからは、発行者、編集者そして通りがかりの読者までが、重要なことから瑣末なことまで、積極的に知らせてくださるようになり、多少は時間的に遅れるときがあるものの、ほぼすべてを網羅できるようになりました。
 うちの店のオンライン通販は、メールで問い合わせがきたら、在庫の有無、送料や支払方法を返信し、なっとくしていただいてから、正式にお申し込みいただくという、おそろしく原始的なものです。筑摩書房のようにふつうに流通している出版社の本は、地元の書店でも大手
の通販サイトでも購入可能ですから、さほど多くは売れません。うちの店の<吉本>本の通販が大きく伸びたのは、一般流通していない出版物が多数あったおかげです。
 このような自主流通本の仕入れも、ネットがなければかなり難しかったことでしょう。ネット検索できなかったら発行者の連絡先を探すのもたいへんですし、メールがなくて手紙や電話だと交渉がめんどうです。それに、ネット通販がなくて店頭販売のみだったら、仕入れが可
能になる最小限の売上が見込めないため、あきらめねばならないことも多かったはずです。
 ネット通販のスタートダッシュに、もっとも貢献してくれたのが、二〇〇〇年に創刊されて、いまも年に一〇冊のペースで刊行が続いている、猫々堂の「吉本隆明資料集」でした。この案内を「吉本隆明の本」の頁に掲示すると、通販の申し込みが多数あり、初期の号は毎号五
〇冊以上も売れました。これは猫々堂さん自身のサイトがなく、販売書店もごくわずかだったため、ネットではうちの店の独占販売に近かったからです。
 その猫々堂松岡氏に紹介していただいた、齋藤清一氏の「米沢時代の吉本隆明」シリーズと、宿沢あぐり氏の「新編 吉本政枝拾遺歌集」、「今氏乙治作品抄」などもネットではほぼ独占販売だったので、やはりたいへんよく売れました。これらの資料を検索して、初めてうち
の店のサイトに来られた方は多かったに違いありません。
 ネット通販のピークは、二〇〇三年頃からの数年間でした。そのころ思潮社から刊行された「吉本隆明全詩集」は、二五〇〇〇円+税という定価にもかかわらず、五〇冊ほど売れましたが、通販分が四〇冊はありました。二〇〇八年に出た「吉本隆明五〇度の講演」も税込価五万円と高価でしたが、三〇組以上も通販で売れました。このような高価本がよく売れたのは、<吉本>本読者の中心的な世代が、当時はまだ定年退職前で、体力も資力も十分におありの時期だったからと思われます。 この原稿の依頼を受けた機会に、通販のご常連にごく簡単なアンケートをお願いしてみたところ、回答者四七名の平均年齢は、二〇一五年一月現在約六五歳でした。女性はわずか二名でしたが、なぜこんなに男女差があるのか、あるいはうちの店だけのことなのかは不明です。
 ついでに、電子本の利用状況も質問してみましたが、専用端末を所持されている方は若干おられるものの、日常的に利用されているらしい方は数名でした。ちなみに、現在電子本で読める<吉本>本は一〇点程度で、まだあまり珍しいものはないそうです。吉本氏はデジタル本の出版にも積極的で、CD本やCD−ROM本も早い時期に出ましたし、九〇年代末からは「ほぼ日」のサイトにて、動画付のインタビューを何本も公開されていました。今年からはじまった「ほぼ日」サイトでの講演音源の無料公開も、ご本人の遺志だと聞いています。そんな吉本氏のことですから、ネットの普及があと一〇年も早ければ、電子本の「吉本隆明全集」を企画されたり、メルマガ版「情況への発言」を定期配信されたかもしれません。
 それはさておき、ちかごろうちの店のネット通販は全体的に低調になっていますが、これは生産年齢人口の減少と、通販最大手のアマゾンが、うちの店の得意にしていたスキマを次々に塞ぎつつあることが響いているようです。それでもほかの分野に比べると、<吉本>本の落ち込みが比較的少ないのは、いまだにアマゾンでは扱っていないものが少なくないことと、多くの常連様が送料無料のアマゾンではなく、送料がかかってもうちの通販をわざわざ利用してくださっているらしいおかげです。
 出版業界はここ二〇年近く売上の減少が続いていて、まったく回復の気配がないばかりか、いつ全面崩壊してもおかしくない状況です。それに私自身も常連客の平均年齢と同じ六五歳であり、<吉本>本の売れ行きも、うちの店も、この先あまり明るい見通しはありません。それでも、せめて晶文社の「吉本隆明全集」の完結までは、出版業界も、うちの店も、そして<吉本>本読者の皆様のご健康と年金も無事であることを願っています。

 

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三月書房 (新本屋でした)