釋昇空法話集【坊外篇】第2話

還相の菩薩


還相院釋了然師 満中陰法話
2000年4月21日 福井県坂井郡柿原 専教寺様

 ようこそ、お詣りくださいました。本日は、この専教寺様の御住職であられました、還相院釋了然師の忌明法要でございます。このような法要に、皆様とともに遭わせて頂けますご縁を、有り難く存じております。

 還相院釋了然師は、私にとりましては義理の兄でございました。お同行の皆様をはじめ、本日お詣り頂きました皆様方、あるいは本日はお運び頂けなかった多くの方々には、義兄の病中より、葬儀から今日の忌明に至るまで、ひとかたならぬご厚情を賜り、本当に有り難く存じております。本日は、了然様にご縁を頂きまして、しばらくの間お話しをさせて頂きますが、まずは、ご厚情を賜りました皆様方に、心より御礼申し上げます。有り難うございました。

 本日は、了然様の忌明法要でございますので、了然様の院号にちなみまして、還相という言葉を核にして、お話し申し上げたいと思っております。

 ただいま、忌明のお勤めが上がりましたが、声明は、耳から入って心に落ちる。ところが、話というものは、ややもすれば、耳から入って頭で止まる。なかなか、心にまで落ちてこないのですね。私のような若い者が、させて頂くような話は、なおさらでございますが、どうぞ声明の余韻を味わって頂きながら、しばらくのあいだ、お付き合い下さいますようお願い申し上げます。

 さて、人は亡くなると、私たちの五官では捕らえることのできない世界に逝ってしまわれます。目に見ることも、手に触れることもできない世界へと去っていかれるのです。ですが、それは「無になってしまう」ということではありません。

 世間では、「人生は川面に浮かぶウタカタ(アブク)のように果ないものだ」と、よく言われます。お聞きになったことがおありだと思いますね。たしかに、私たちの人生は、たかだか数十年でございますから、まあ、川面に浮かぶアブクのように果ないと言えば、そうかもしれません。

 ですがね、皆さん。あの川面に浮かぶアブクを、一度よくご覧になってみて下さいね。川面のアブクは無から生まれて無に帰っていくわけではないのです。川面のアブクは川の流れから生まれてきて、また、その川の流れへと帰っていくのです。

 私たちも、そうなんですね。私たちも、無から生まれて無に帰っていくわけではないのです。私たちは「大きな命の世界」から生まれてきて、また、その「大きな命の世界」へと帰っていくのです。「死ぬ」というのは、「体」という、この束の間の「アブク」の姿を捨てて「大きな命の世界」に帰っていくことを言うのです。その「大きな命の世界」を、私たち門徒は「お浄土」と呼ばせて頂いておりますね。

 人は亡くなるとすぐにお浄土へと帰っていくのです。それが、私たちの頂いている「浄土の教え」です。「人は亡くなるとすぐにお浄土へと帰っていく」というのは、慰めでも、気休めでもありません。それは、命の真実への気づきなのです。

 京都の、あるお寺の御院様から、以前、こういうお話しをうかがいました。その御院様は、70代で奥様を亡くされました。長年連れ添ってきた奥様を亡くされて、大きなショックを受けられました。そのときは、悲しいとか苦しいとかいった思いを通り越して、我が身に何が起こったのか解らなかったそうです。

 ですが、火葬場でお骨になった姿をご覧になったとき、突然、「ああ、女房は、お浄土へ帰ったんだ」と、体中でストンと納得できた。「ああ、よかったと思いました。今でも少し寂しい思いはしますけれど、もう涙はありません」とおっしゃいました。

 皆さんは、どうお感じになるか分かりませんが、私は、そのお話しをうかがいまして、「人は、慰めや、励ましでは、癒されない。まことの教えでこそ、人は癒されるのだなあ」と、つくづく、そう思いましたね。

 了然様も、お浄土へお帰りになったのです。あちらの中陰壇に、了然様の御遺骨が安置されておりますが、了然様は、あそこにはおられません。それでは、あそこにあるのは何かと言えば、あそこにあるのは、47年前に、お浄土への旅仲間として私たちと一緒に暮らすというご縁をもって生まれてこられ、そのご縁を果たして「お浄土」に帰っていかれた方がおられたという証です。

 ですがね、あの御遺骨よりも何よりも、そういう素晴らしい人と一緒に暮らしたという証は、皆さんお一人お一人の心のなかにありますでしょう。どうぞ、その心のなかにある証を大切になさって、了然様が伝えていこうとなさった「命の真実」への気づきを得て頂きますように。その気づきを得られたとき、きっと、還相院という了然様の院号の意味がお分かりになると思うのですね。

 人は亡くなるとすぐに、お浄土へと帰っていくのです。ですが、現代社会に生きる私たちは、たいてい、そうは思っていない。私たちは、たいてい、「生まれてきたのは偶然で、死ねば終わりだ」と思っている。違いますかね。

 私たちは、現代社会の科学的な教育を受けて育ったものですから、心のどこかで、「目に見える世界が全てだ」と思っているところがございますね。確かにね、「目に見える世界が全てだ」ということであれば、たとえば「私」というのは、この、目に見える体のことだということになる。この体が私の全てだということになれば、当然、「死ねば終わりだ」ということになってまいりますね。

 しかしですね、もしも、「生まれてきたのは偶然で、死ねば終わりだ」というのなら、そんな人生には、最初から、意味も目的も無いということになりはしないでしょうかね。「人生には意味も目的も無い」というのなら、結局は、どう生きたって同じことです。死ねば、全て御破算になってしまうのです。

 現代社会に生きる私たちが、一番不安に感じているのは、実は、そのことではないでしょうかね。私たちは、常に意識しているわけではありませんが、心のどこかで、「生まれてきたのは偶然で、死ねば終わりだ」と思っている。そして、そんな思いを握りしめて、苦しんでいるのです。

 ですがね、「命の真実の姿」は、そうはなっていないのです。聞法を重ねてこられた皆さんには、よくよくご承知のこととは存じますが、「浄土の教え」では、「死ねば終わりだ」とは説かれていない。「人は、死ねば浄土へと帰っていくのだ」と説かれている。「そしてまた、浄土の光を携えて、この世界へと戻ってくるのだ」と説かれているのです。

 目に見えるように描きますとね、私たちは、この「娑婆」に暮らしている。そして、死ねば「浄土」へと帰っていく。「浄土」というのは「光明土」とも言いますように、「光の世界」です。この「娑婆」から「光の世界」へと帰っていく姿を「往相」と言います。

 そしてまた、「浄土」の光を携えて、この「娑婆」へと戻ってくる。「娑婆」に光をもたらすために、戻ってくるのです。この、「浄土」の光を携えて「娑婆」へと戻ってくる姿を「還相」というのです。

 私たちはみな、「浄土から生まれてきて、またその浄土へと帰っていく」のです。「往相」と「還相」を繰り返しているのです。それが、私たちの「命の真実の姿」なのです。「輪廻転生」というのは、本当は、そのことを言うのです。

 ですが、それは、自分の力、「自力」で成し遂げていることではないのです。伝統的な言葉で申しますと、それは、「弥陀の廻向」によって成し遂げられていること。つまりは、他力の働きによるのですね。

 ですがね、私たち現代人は、「弥陀」とか「廻向」とかいう言葉が出てきた途端に、訳が分からなくなるというところがございますね。私たち現代人には、「人が往相と還相を繰り返しているのは、仏様の与えて下さった力による」という言葉を聞いた途端に、科学的でないという思いが湧いてきまして、心をピタッと閉ざしてしまうところがある。違いますかね。

 そういう方のために申しますとね、たとえば、私たちは、芸術であれ学問であれスポーツであれ、抜きん出て才能のある人を「天才」と呼びますでしょう。「天才」というのは「天によって与えられた才能」という意味ですが、それはつまり、その人に「生まれつき備わっている力」という意味ですね。

 それと同じことなのです。「天の与えた力」と言おうと「仏の与えた力」と言おうと、同じことです。つまりは、「往相と還相が弥陀の廻向によって与えられている」というのは、「往相と還相」は、私たちの命に本来的に備わっている力だという意味です。「それが、命の自然な姿」、「命というのは、そうなっているのだ」という意味ですね。

 私たちは、「浄土から生まれてきて、またその浄土へと帰っていく」。それが、私たちの「命の真実の姿」であり、私たちの「命の自然な在り方」なのです。そのことを、御開山聖人は、「自然法爾」とおっしゃっています。

 御開山の御師匠様であった法然上人も、同じように思っておられました。それは、そのお名前からも分かります。「自然法爾」という言葉は、「法爾自然」とも書きます。その「法爾自然」の最初と最後の文字を採られたのが、「法然」というお名前ですね。

 私たちは、「命の真実」とは違った思いを握りしめて、「命の自然な姿」に背いて生きているから苦しいのです。「死ねば終わりだ」という思いを握りしめて、生活にしがみついて生きているから苦しいのです。

 「本当は、そうではないのだ。私たちは、死んでも終わらないのだ。私たちはみな、死ねば浄土へ帰っていくのだ。魂の故郷である浄土へ帰っていくのだ」と、心の底から納得できたとき、「死ぬことへの不安」は解消されます。「死ぬことへの不安」が解消されたとき、初めて、私たちは、本当に生きることができるようになる。心安らかに生きることができるようになるのです。

 「死ぬことへの不安」が解消されれば、老いていく日々を楽しめるようになり、病からも学べるようになる。そして、生まれてきたことを、喜べるようになるのですね。

 また、これほど憎い人と一緒に暮らさねばならないというのは、よほど、私はこの人に縁があるの違いない。きっと、この人は、私に何か伝えるために生まれてきた人に違いないと、そのご縁を大切に思えるようになるでしょう。

 愛しい人との別れでも、これが永遠の別れではない、また「お浄土」で会えるのだと知るでしょう。求めても得られないときにも、ああ、これは今生では私に授かっていないのだと納得できる。「私が、私が」と言ってはみても、本当は、私もあなたもないのだ。みんな「お浄土」への旅仲間なのだと気づけるのではないでしょうかね。

 私たちは、浄土から生まれてきて、また、その浄土へと帰っていくのです。命というのは、そうなっているのです。「そうなっている」ということは、本当は、信じるとか、信じないとかいった問題ではないのですね。

 私たちは、何度もそれを経験してきたわけですから、当然、命の底では、知っているのです。ですが、忘れてしまっているのですね。その、忘れてしまっていることを、思い出しなさいと教えて下さっているのが、「浄土の教え」なのです。そして、その「命の真実」を思い出すご縁になること、それを「還相」と言うのです。

 私たちはみな「浄土」から生まれてきたわけですから、私たちの命には自ずから「還相」の働きが備わっているはずですが、その「浄土」から持ち帰ってきた「光」は、自分のための「光」ではないのですね。ですから、自分には、その光に気づけない。その光に気づくのは、他の誰かなのですね。それが、人と人との縁というものなのですね。

 了然様の院号は、還相院でございます。この院号は、老院様がおくられたものですが、その老院様から、以前、うけたまわったことがございます。老院様のお父様がお亡くなりになるとき、お父様は、「還相、還相」とつぶやかれた。その言葉を、お小さかった老院様は、お父様の遺言と受けとめられた。

 甚だ僭越ではございますが、そのとき、老院様は、無意識のうちに、「還相」を予感なさったのではないかと推察いたします。誰かが、浄土の光を届けに、御自分のもとにやってきてくださる。還相の菩薩がおこしくださる、という予感です。

 それが、この度のことがあって、はっきりと心に落ちられた。「薄々感じてはおりましたが、やっぱり、あなたでしたか。我が子となって、お浄土の光を届けてくださいましたか。あなたは、私にとって還相の菩薩様でした」と。老院様は、了然様の命に託されていた「還相の光」を、その御往生のときに、はっきりとお感じになった。だからこそ、還相院という院号をおおくりになった。誠に僭越の極みでございますけれど、私はそのように頂いております。

 私たちはみな、浄土の光を、命に託されて生まれてくるのです。別の譬えで申しますと、浄土からのメッセージを託されて生まれてくるのです。私たちは、出会うごとに、「命の真実の姿を思い出しなさい」というメッセージを渡し合うのです。ですがね、その浄土からの便りは、七色の封筒に入っているのものですから、なかなか読んでもらえないのですね。

 七色の封筒というのは、私たちの感情のことです。浄土の光、大慈大悲の光は無色透明ですが、この私という煩悩に支配された人間を通して、その光が漏れるときには、屈折して、光に色が着いてしまうのです。

 それは、ちょうど、小学校の理科の実験で見せてもらった、プリズムのようなものです。太陽光線は無色透明ですが、プリズムを通すと、赤から紫までの七色の光に分かれましたね。憶えていらっしゃいますでしょうか。私たちは、あのプリズムのようなものなのです。

 光に色を着けるのは、私たちの煩悩ですが、その煩悩のお陰で、無色透明で見えなかった浄土の光が、目に見えるようにもなるのですね。ですから、逆に言えば、赤色の光が見えるということは、その奥に、無色透明の光があるという証拠でもあるのです。

 たとえば、赤い光が「腹立ち」、青い光が「喜び」、黄色い光が「悲しみ」だとしますとね、誰かと出会って腹が立った、喜んだ、悲しい思いをしたというのは、そういう感情をまとって、大慈大悲の光が、働き出てくださっているということなのです。そのことに、私たちはなかなか気づけませんけれど、腹立ちも、悲しみも、喜びも、その全てが、大切なことへの気づきの縁を秘めているのですね。

 たとえて言えば、私たちは、出会うたびに、いろんな色の封筒を渡し合っているのです。ですが、私たちは、その封筒の色に、腹を立てたり、喜んだり、悲しんだりするばかりで、なかなか、その封筒を開けて見ようとはしません。せいぜいが、自分に喜びを与えてくれる好きな色の封筒と、思い出したくもないという嫌いな色の封筒を仕分けるくらいのものですね。

 今日、ここにお集まりの皆さんは、了然様とご縁の深い方々ばかりですから、申しますのですが、皆さんの心の中にも、了然様から届いた手紙が、開かれないまま山のように残っているのではないでしょうか。開かれないまま残っている手紙の山。私たちの日常の言葉で言えば、それは「思い出」ということになります。「思い出」を、外から眺めている限り、愚痴や繰り言しか湧いてきません。

 どうぞ、皆さん、その封筒を開いてご覧になってくださいね。こちらの老院様は、了然様からの封筒をお開きになったのです。お開きになるとね、赤い封筒も、青い封筒も、黄色い封筒も、なかにはみな、白い紙が入っていた。お浄土からの、ご催促の便りが入っていたのですね。

 あのとき腹が立ったことも、あの時喜ばせてもらったことも、また、あのとき悲しい思いをしたことも、すべては、お浄土からのお諭しでしたかと、お手を合わせておおくりになったのが、あの「還相院」という院号ですね。

 子供を授かるご縁というのは、尊いものですね。子供だけではありません。人との出会いにご縁を感じるということは、何よりも尊い経験ですね。私たちが、わざわざ、この不自由な肉体をまとって娑婆に戻ってくるのは、この、人との出会いを求めてのことですね。

 たとえば、重い潜水服を身につけて暗い海に潜るのは、真珠を探すためですね。真珠を見つけたときの感動は、真珠の涙となってあふれてくるのです。ですがね、人に「還相の光」を感じられるのも、また、「浄土の教え」を聞かせて頂いているお陰、「往相」が廻向されているお陰なのですね。

 また、人との出会いは、自分の「煩悩」に気づかせて頂くご縁でもありますね。「煩悩」というのは、いつも申しますように、「他の誰よりも我が身が可愛い」という心の働きのことですね。今の言葉で言えば、「煩悩」とは「エゴ」のことです。私たちの行動は、無意識のうちに、この煩悩に支配されております。

 私事をお話しするようで、いささかお恥ずかしいのですが、3月4日のことです。了然様が、今まさに、お浄土へ帰って行こうとなさっているとき、その枕元で、「文知さん、文知さん」と、大声で呼び戻そうとしている自分がいる。了然様は、その呼び声に応えるように、何度か戻ってきてくださいましたが、そのお姿を見ておりますうちに、ふと気づいたのですね。

 本当は、「ご苦労様でしたね、有り難うございました、もう逝ってもいいですよ」と、言うべきところを、その一言がどうしても出てこない。思えば、「文知さん、文知さん」と呼びかけていたのは、文知さんのためではなかった。そうではなくて、この大切な人を亡くせば、自分が悲しい、自分が哀れだ、自分が可愛そうだと、我が身可愛さから出た呼びかけだった。

 そうは気づいても、やっぱり、「もう逝ってもいいですよ」という一言は出てきませんでした。どこまでも、我が身可愛い自分なのですね。「煩悩」に支配されている身にとっては、大切な人を亡くすということは、何としても納得できない、受け入れられないことなのですね。

 ですがね、少し心が落ち着いてくると、「浄土の教え」を頂いたお陰で、私の心を握りしめている「煩悩」の指の隙間から、「命の真実の姿」が垣間見えてくるのですね。そして、「これでよかったのだ。文知さんには、何もやり残したことはないのだ」と思えてくるのですね。

 私たちはよく、「人の心が分かる」と言いますが、本当は、人の心など分かりはしないのです。分かるような気がしているだけです。たとえば、若くして逝かれた了然様の心が分かるといっても、それは、本当に分かっているわけではない。「自分なら、こう思うだろうな」と、煩悩に支配された自分の心で、想像しているだけですね。

 そんな凡夫の口からは、「若すぎたよな、あれもしたかっただろうな、これもしたかっただろうに」と、繰り言ばかりがあふれてくる。「命の真実の姿」を聞かされても、慰めや、気休めとしか思えず、「そう考えるしか仕方がないよな」という、暗い諦めに沈んで行くのです。ですがね、本当は、そうではないのです。

 仏の目から見ると、了然様には、何もやり残したことは無いのです。ここから先のことを、私たちに残して逝かれることが、了然様の最後のお仕事だったのです。人は、幾つで逝っても、何もやり残したことは無いのです。人は、お浄土から携えてきた手紙を配り終えると、また、お浄土へと帰っていくのです。そこから先は、私たちの仕事です。残された私たちの仕事は、その手紙を、間違いなく読むことなのですね。

 先ほど申しましたように、老院様は、その手紙を読まれたわけですが、老院様だけでなくて、若院様もまた、その手紙を読まれたのではないかと、私は思うのですね。と申しますのはですね、若院様のご覧になった夢の話を伺ったからです。

 ご承知のように、御開山聖人は、その御生涯の要所、要所で、夢をご覧になり、その夢に導かれて、お悟りに到達されたのですね。私は、夢というものには、大切な意味があると思うのです。

 「若さん」は二つの夢をご覧になった。その一つは、「お父さんと肩を抱き合って喜んでいる」という夢だった。この夢は、初七日までに何度かご覧になったそうです。

 もう一つは、ちょうど一週間前の六七日の朝にご覧になった夢で、ちょっと長いのです。お父さんとお母さんと、チイさんと若さんが、四人で電車に乗っている。ふと気づいたら、お母さんとチイさんと、若さんは、プラットフォームに降り立っていた。電車を見上げると、窓のところに、病み疲れたお顔のお父さんの姿が見えた。電車は、そのお父さんを乗せたまま、プラットフォームを離れて、走り出した。

 若さんは、「これはいかん!」と、大慌てで電車の窓を蹴破って飛び乗り、お父さんのもとへと走り寄って見れば、そこには、お父さんの臨終のお姿があった。そのお姿を見た途端、涙があふれて止まらなくなった。そこで目が覚めたら、本当に涙があふれていた。そういう夢です。

 この夢の話を伺いましたときに、私は思いました。「若さんは、お父さんの思いに追いついた。そして、お父さんの臨終のときに、お父さんの願いを受け取ったのだ」と。「だからこそ、お父さんは、若さんの肩を抱いて喜ばれたのだ」とね。夢というのは時間の無い世界ですから、この二つの夢は前後が逆になっているのだと思いますね。

 その若院様の夢をとおして、私は、専教寺様の未来に、そして、お同行の皆様の未来に、明るい光を感じます。確かに、この度のことは、悲しく辛いことでしたが、阿弥陀様の願いに違うことは、何も起こっていないと思うのです。「了然様に、やり残したことは何も無い」。私は、そう信じております。

 今日は、その了然様の満中陰の法要でございますが、法要というのは、亡くなった方のために勤めるわけではございませんね。法要というのは、亡くなられた方への感謝の思いや追慕の思いをご縁として、つまりは、「有り難かったな、懐かしいな」という思いをご縁として、改めて仏様と向かい合い、聞法し、お念仏を称えるためにあるのです。

 私たちが今日のこの法縁に出会えたのは、形の上で言えば、喪主でいらっしゃる若院様がお招き下さったからですが、もっと深いところで言えば、了然様がお招き下さったからなのですね。

 了然様は、顔中でニコッと微笑まれる方で、心の優しい方でしたね。今日お詣りになっている皆様方お一人お一人の心のなかには、きっと、あの了然様の微笑みが鮮やかに残っていると思うのです。

 了然様というより、お同行の皆様には「ご院さん」と言った方が近しい思いがなさるでしょうね。「ご院さんの、あの優しいニコッとした微笑みに、ホッとしたな、有り難かったな。あの微笑みが懐かしいな」。そうは思われませんか。いかがですか。

 お友達や、ご親戚の方々には、「般若さん、文知さん」と言った方が馴染みがあるでしょう。文知さんの、あのニコッとした優しい微笑みに、もう一度会いたいですね。

 「有り難かったな、懐かしいな」。そういう、了然様への感謝や追慕の糸に引かれて、皆さんは、今日、ここにお詣りになった。

 言葉を換えて申しますとね、皆さんは、了然様が、皆さんの心に掛けておかれた糸に引かれて、仏様の前に出てこられたのです。娑婆の方を向いていた私たちの顔を、仏様の方に向けて下さった。その働きを、「還相」と言うのですね。

 「賑やかなことが好きだった人だから、沢山の人が集まって喜んでいるだろう」というのではないのですね。そうではなくて、この私を呼んで下さったのだということに思い至ったとき、還相という言葉がただの言葉ではなくなり、了然様が、この私にとって、還相の菩薩様だったことに、気づくのですね。

 さて、私たちは、たとえどんなに長生きしようとも、いずれは死ぬのです。お釈迦様でも80歳でお亡くなりになったのです。ですが、そこには「死ぬことへの不安」は無かった。「死ぬこと」は避けられなくとも、「死ぬことへの不安」は解消できる。仏教がめざしているのは、「命の真実の姿」を伝えて、この「死ぬことへの不安」を解消することです。

 「死ぬことへの不安」が解消されたとき、仏教の言葉で、「安心(あんじん)」を得たと言います。「安心」を得た人は、心安らかに、本当の自分を生きることができるようになり、命が輝いてくる。その命の輝きが、世界を照らす光となるのです。「浄土の教え」の本当の意味は、そこにあるのですね。

 私たちは、「何処から来て、何処へ行くのか」と言えば、「浄土から生まれて来て、また、その浄土へと帰っていく」のです。「何のために生まれてきたのか」と言えば、「往相と還相のために生まれてきた」のです。とは申しましても、私たちにとりましては、これはまだ、ただの言葉でしかありません。

 ですが、聞法を重ね、お念仏を称える生活のなかで、感じることが出来るようになっていきます。感じるけれど、分からない。分からないけれど、感じる世界がある。その、感じる世界をしっかり受けとめること。それが信じるということなのです。

 私たちはみな、お浄土から生まれてきたのです。お浄土は、私たちの魂の故郷なのです。そのお浄土のことを思い出す「よすが」として、阿弥陀様は、私たちに「南無阿弥陀仏」という御名号を下さったのです。

 「南無阿弥陀仏」というお念仏は、私たちの魂の故郷の詩なのです。阿弥陀様のお陰で、私たちは、この娑婆に暮らしながらも、故郷の詩が歌える。素晴らしいことだと、思われませんか。

 その「お念仏」を喜んでいる姿、仏法を喜んでいる姿、それが「往相」なのです。そして、仏法を喜ぶ人がご縁となって、また仏法を喜ぶ人が生まれてくる、その働きを「還相」というのですね。

 本日は、了然様にご縁を頂きまして、皆様とご一緒に、心安らかなひとときを過ごさせて頂きました。有り難く存じております。また、ご縁がありましたら、ご一緒に聞法させて頂きたいと念じております。本日は、長い時間、お付き合い下さいまして、本当に有り難うございました。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。




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