釋昇空法話集・第41話

いのちのなかま

子どもたちに伝えたい

(2008年11月9日 報恩講法話)
 本日は、お忙しいところを、ようこそお参りくださいました。ご苦労様でございます。だんだん寒くなってまいりましたね。毎年のことですが、こんなふうに寒くなってきますと、今年も残り少なくなったようで、何とはなしに気ぜわしい思いがいたします。皆さんは、いかがでしょうか。

 さて、本日は「報恩講」でございます。ご承知のように、この「報恩講」というのは、浄土真宗のご開祖でいらっしゃる親鸞聖人の祥月命日のお勤めでして、私たち真宗門徒にとりましては、一年のうちで最も大切な法要です。

 俗に「浄土真宗は苦労人の宗教だ」というそうですが、蓮如上人は、「仏法は若きころたしなむべし」とおっしゃっています。実際、子どもの頃に学んだことは、言葉通り、「身につく」ように思います。また、子どもの頃に聞いた話が、ひととし越してから、ようやく分かってくるということもありますね。

 子どものころから、仏法に親しむことができたら幸せだと思いますが、昔から、子どもは、親の背中を見て育つと言いますように、子どもに仏法を伝えたいと思ったら、大人が、仏法を生きていないとダメなのですね。

 お念仏の教えを子どもたちに伝えたい、子どもたちに伝えられるような大人でありたい。タマゴが先かニワトリが先かというような話ですが、そういう願いを込めて、今日は、お話させて頂こうと思います。話の題は「いのちのなかま」です。

 いつもながらの、いささかまとまりのない話ですが、どうぞ、しばらくのあいだ、お付き合いくださいますよう、お願い申し上げておきます。

 さて、お念仏の教えを子どもたちに伝えたいと申しましたが、子どもたちに仏法の話をするのは、なかなか難しいのです。理屈を言っても始まりませんのでね。地蔵盆なんかで、子どもたちに話をするときに、本当に悩みます。

 仏法は、人生の様々な問題を、「いのち」の問題として解決しようとする教えです。「いのち」を尊び、「いのち」に感謝し、永遠の「いのち」への気づきを深めていく。そういう教えが、仏法です。

 「いのち」の問題は、医学の守備範囲だと思っておられる方もありますけれど、そうではないのです。医学が扱うのは、「いのち」ではなくて、「病気」です。もちろん、「いのちに関わる病気」もありますから、医療に携わる人々にも、仏法は大事だと思います。

 仏教は「いのち」の教えなんですが、現代社会の一番の問題は、この「いのち」が大切にされていないということではないかと思いますね。いじめでも殺人でも、「いのち」あるものとしての共感が薄い。歌の詞(ことば)を借りて言えば、「みんなみんな、生きているんだ、ともだちなんだ」という気づきが育っていないのです。

 現代社会は、競争社会ですから、子どものときから、周りを見れば競争相手ばかりだという環境で育ちます。そのために、なかなか「ともだちなんだ」という思いは育ちにくいのでしょうね。実際、試験の日に、成績の良い子が風邪で休んでいたりすると、嬉しくなるという子どももいるのです。これは、どうしたものかと思いますね。

 そんな現代の子どもたちに、まず伝えたいのは、私たちはみんな「いのちのなかま」なんだということです。人間だけでなくて、犬もネコも、草も木も、「いのち」あるものはみんな、「仏のいのち」を生きている「いのちのなかま」なのです。仏教の言葉で言えば、「一切衆生(いっさいしゅじょう)、悉有仏性(しつうぶっしょう)」です。

 そのことを、子どもたちに話したいと思いましてね、今年の地蔵盆には、こんな絵を作ってみました。皆さんにはお馴染みの「いのちの全体像」を、子ども向けに描いたものです。海の上に、島が浮かんでいます。丸い島、四角い島、三角の島です。

 目に見える世界では、島は、みんな、姿も形も名前も違います。ですが、実際には、海に浮かんでいる島というのは、どこにもなくて、丸い島も、四角い島も、三角の島も、みんな、目に見えない海底でつながっていて、「ひとつ」なのです。

 私たちも、これと同じなのです。目に見える世界では、「私」と「あなた」は、別の人間です。姿形も名前も違う。生まれも、年齢も、経験も、出来ることも、好き嫌いも、みんな違います。

 ですが、目に見えない「いのち」の奥底では、みんな、つながっていて「ひとつ」なのです。私たちは、大きなひとつの「いのち」を生きているのです。

 私たち仏教徒が、仏様と呼んでいるのは、この大きな「いのち」のことなのです。つまり、私たちは、仏の「いのち」を生きているということです。私たちは、みんな、仏の「いのち」を生きている「いのちのなかま」なのですよ。

 子どもたちは、「なかま」という言葉に敏感です。まずは、みんな「いのちのなかま」なんだという、それだけでも分かってもらえたら有り難いと思って、話しております。一回でも、この絵を見て、いままで知らなかった話を聞いたということが、大事だと思いますね。

 現代は科学万能のような時代ですから、そんな時代に生きている私たちは、目に見える世界が全てのように思っているところがありますけれど、それでは大事なことが見えてこないですね。

 「いのち」は目に見えません。「いのちは尊いものだ」という理由は、目に見える世界にはないのです。子どもたちに、「いのちの尊さ」を伝えようと思うのなら、もっと大きな世界に連れ出すことが必要です。

 信仰の世界も、そこから始まります。信仰に生きるというのは、この絵でいえば、半分に折りたたんだ「目に見える世界」だけで生きるのではなく、全部開けて、「目に見えない世界」をも含めた、フルサイズの世界で生きるということです。

 私たちは、大きな「いのち」に支えられている。「仏のいのち」に支えられている。これが、私たちの「いのちの真実」です。そのことを教えているのが、仏法なのです。

 目に見える世界にとらわれている私たちは、なかなか、この「いのちの真実」に気づけませんけれど、お念仏とともにある日常生活のなかで、この「いのちの真実」への気づきを深めていくこと、それが、信仰に生きるということです。

 私たちを支えている、この大きな「いのち」のことは、目には見えませんから、感じるしかありません。この大きな「いのち」への感受性を高めていくことが、宗教教育なのです。

 宗教は、人間にしかありません。人間にとって、一番大事な教育は、宗教教育です。宗教教育といっても、そんなに難しいことではありません。以前にもお話いたしましたが、宗教教育というのは、毎日の食卓で、手を合わせて、「いただきます」、「ご馳走さま」と言うところから始まるのです。

 地蔵盆なんかで、子どもたちにも、ときどき、この話をするのですが、手を合わせて、「いただきます」と言うのは、食卓の上に並んでいる、食べ物の「いのち」への感謝なのですよ。

 私たちは、他の生き物の「いのち」をもらってしか、生きられないのです。私たちは、無数の「いのち」に支えられて生きている。その、もらった「いのち」に感謝して、手を合わせて生きるところに、「いのちの真実」への気づきが深まっていくのですね。

 思えば、私たちは、大自然の「めぐみ」で生かされて生きているのです。「めぐみ」というのは、「タダ」だということです。

 「大自然のめぐみは、タダだ」なんて言いますと、「そんなことはない、サンマは100円だった、大根は200円だった」という話になってまいりますが、それは、サンマや大根がマーケットに並ぶまでに関わった人間の手間賃でして、サンマや大根は1円ももらっていないのですよ。サンマも大根も、私たちにタダで「いのち」をめぐんでくれているのです。

 これは以前聞いた話ですが、ある小学校に、親御さんから電話がかかってきて、その方は、こう言われたそうです。「小学校では、給食のときに、いただきますと言わせているそうだが、いったい誰に対して言わせているのか。給食費はちゃんと払ってある。タダで食べさせてもらっているわけではない」と。大人が、ここまで分からなくなっているのですね。

 電話を受けた校長先生は、「『いただきます』という言うのは、いのちへの感謝であって、宗教的な行為だから、教育現場には相応しくない」と思われたようで、その後、その小学校では、給食の時間に「いただきます」と言うのをやめてしまった。それで、どうなったか。

 給食の時間に、お給仕がすんだら、先生がポケットから笛を出して、ピーッと吹く。その笛の音を合図に、みんなガサガサと食べ始めるようになったのだそうです。どう思われます。これでは、人間の食事ではなくて、犬のエサですよ。食べ物の「いのち」への感謝をなくすと、人は犬と同じになるのです。

 そして、食事が終われば、「ご馳走さま」。「馳走」という漢字は、走り回るという意味です。サンマが海から捕れて食卓に並ぶまでには、あるいは、大根が畑から収穫されて食卓に並ぶまでには、多くの人々が走り回ってくださった。そういう人々への感謝が、「ご馳走さま」なんです。

 「いただきます」は、食べ物の「いのち」への感謝。「ご馳走さま」は、食事を準備してくださった人々への感謝です。食卓で、そんなことは言っていないということでしたら、今日からでも、おっしゃってくださいね。

 あらゆる「いのち」は「仏のいのち」です。食べ物に手を合わせることは、仏様に手を合わせることなのです。「いのちを大切にする」という思いは、日常生活のなかで実践されてこそ、身につくものです。お分かり頂けますでしょうか。

 以前、ある御法事で、この「いただきます」の話をしましたらね、「ごえんさんみたいな話を、もっと小学校でもしてもらわなあかんなあ」とおっしゃった方がおられました。子どもの問題としてではなく、ご自分の問題としてお聞き頂きたかったのですが、なかなか「我が身のこと」として話を聞くことはできませんね。

 まあ、こういう話は、学校では、なかなか難しいかもしれませんが、たとえ、学校で教えたとしても、家に帰ってきて、親がグズグズだったら、なんにもなりません。

 子どもにとって、親から一番言われたくないセリフは、「誰のお陰で飯が食えているんだ」という言葉だそうですが、おそらく、そういう言葉は、食べ物の「いのち」に手を合わせる生活からは、まず出てこないでしょうね。

 ひとごとではありません。私も、親ですから、なにも偉そうなことは言えませんけれど、親が何を大切にして生きているかは、大事ですね。そこで、ちょっと、私たち大人の方に、目を向けてみることにいたします。

 さて、昔から、「子どもは親の背中を見て育つ」と言われています。それは、つまり、 子どもは、面と向かって教えられたことよりも、親の背中から感じることで、生き方を学ぶということです。

 「背中」というのは、身体のなかで、もっとも無防備なところです。無防備だからこそ、「背中」には、本音がもれでるのです。つまり、子どもは、面と向かって教えられた建前ではなく、親の背中にもれでた本音を感じて育つということです。

 人の本音というのは感じるものですから、子どもでも分かるんですよ。たとえば、私は一番大事な産業は農業だと思っておりますけれど、近頃の農家は、専業農家が少なくなりましてね、農業をするのは週末の土日だけで、あとは町で現金収入の得られる仕事をしていることが多いのです。

 土日だけの農業というのも時代の勢いでしょうけれど、農業を次の世代に伝えられるかどうかは、その土日の農業を、どんな思いでしているかにかかっています。土日は、畑に出られて嬉しいというのと、農地があるからやむをえず畑に出ているというのでは、大きく違うでしょう。その違いは、子どもにでも伝わります。

 仏法でも、そうでしょうね。背中からもれでるほど仏法を生きていれば、きっと、子どもにも伝わるでしょうし、私たち自身が、仏法を生きていなかったら、おそらく面と向かって仏法の話をしても、伝わらないでしょうね。

 親の背中を見て育つということに関して、ずいぶん昔のことですが、こんな話を聞いたことがあります。小学校の先生で童話作家だった、宇野正一先生の話です。

 宇野先生は、幼いころに、母親と死に別れ、父親の実家で育ちました。お祖父さんが、信心深い人で、食事のときには、口癖のように、「たべものさまには仏がござる、拝んで食べなされ」と話してくれた。お祖父さんを尊敬していた宇野少年は、ご飯のなかには仏様がおられるものだと信じていた。

 それで、あるとき、学校の顕微鏡で、ご飯粒を覗いてみた。金色に輝く仏様が見えるかと、ワクワクして覗き込んだところが、それらしい物は何も見えない。そこで先生にたずねてみたら、先生は、笑いながら、「ご飯粒の中には、蛋白質(たんぱくしつ)と含水炭素(がんすいたんそ)と、脂肪と水分、その他のものは入っとりゃせん。おまえのじいちゃんの言うのは迷信や」と答えた。

 少年は家に帰ると、さっそくお祖父さんのところへ行って報告し、「おじいちゃんの嘘つき」とせめた。するとお祖父さんは大きな声で、「バチアタリ!」と言うと、仏壇の前に行って泣きだした。宇野先生は、「今もその時の祖父のうしろ姿が忘れられない」とおっしゃっています。

 お米の「いのち」も「仏のいのち」です。仏法を生きていたお祖父さんの目には、その「仏のいのち」が見えていたのです。お祖父さんは、孫に、本当に大切なことを伝えたいと、せつに願っておられた。それで、その願いに反して、方向違いのところで迷っている孫を見たとき、お祖父さんは、わがことのように悲しかったのです。

 「バチアタリ」という叱声と、その涙には、孫を思うお祖父さんの、まことの情がこもっていた。その、まことの情が、後年、宇野先生をお念仏の道へと導くご縁となったのです。

 宇野先生は、こう記しておられます。「今にして、この祖父の教えが身にしみて思われてくる。今の学校教育にいちばん欠けているのは、この祖父が教えてくれたものの見方ではないか」と。

 その宇野先生の詩を、ひとつご紹介いたします。「たべものさま」という詩です。

     たべものさま

      たべものさまには佛がござる
      おがんでたべなされ

      大むぎめし しいなもち
      まずいまずいともんくたらたら
      そのたびたびに叱られた

      帰命無量寿如来
      今頃やっとおがめました
      たべものさまには
      佛がござりました
      おじいさん

              (宇野正一『樹にきく花にきく』)

 おそらく私たち団塊の世代が、最後かも知れませんね。弁当箱をあけて、フタについたご飯粒から先に食べるのは。そういう世代だからかもしれませんが、この詩は胸にこたえます。

 「たべものさまには佛がござる、おがんでたべなされ」。この話は、有名でして、いろんなところで紹介されていますが、どんなに時代が変わっても、忘れてはいけない、大事なことだと思いますね。

 目に見える世界が全てだ、どんなことでも科学で解明できるんだ、と思い込んでいると、本当に大切なことが見えてきません。

 学校の先生は、「おまえのじいちゃんの言うのは迷信や」と言いましたが、お祖父さんの話は決して迷信ではありません。お祖父さんは、なによりも大切な信心の話をしていたのです。そんな信心をなくした現代人こそ、迷信に振り回されているのではないでしょうかね。

 松明の火の粉や、線香の煙を浴びたり、大根やキュウリを食べたりして、無病息災を祈るのが、信心だと思っていませんか。病気はいらない、ボケはいらない。大学に受かりたい。良縁が欲しい。そういう自分に都合の良い願いをかなえてもらうのが信心だと思っていませんかね。

 このあいだも新聞に、兜町の証券マンが、兜神社に祈願している写真が載っていましたけれど、兜神社に祀られているのは、平将門の兜でして、株式投資とは何も関係がないはずですがね。「兜(かぶと)」と「株(かぶ)」の語呂合わせかもしれませんが、「自分に都合の良いことが起こるように」と、物乞いすることが、信心ではありません。

 わずかなお賽銭で、仏様や神様を、自分の欲望の手先に使おうというのですから、こんな厚かましいことはない。と申しますとね、「わずかな賽銭やない、しっかり出してます」とおっしゃる方もある。そういうことではないのですが、難儀ですね。

 仏法は、自分の欲望を満足させるための教えではありません。そうではなくて、仏法は自分自身を知るための教え、自分自身の「いのちの真実」を知るための教えなのです。

 現代では、神様や仏様にお願い事をすることが信心だと思っている人と、そういうものは迷信だと思っている人ばかりで、まことの信心の人がいない。それをいいことにして、お寺も、雲いきが怪しくなっているということはないのでしょうかね。

 先祖供養と御利益信仰は、本来、仏法ではないのですが、今のお寺から、先祖供養と御利益信仰を取り去ったら、何が残るのでしょうね。「たべものさまには、佛がござりました」と言えるような、深い気づきが、はたして残っているでしょうかね。

 子どもは、親の生きる姿を見て育つのです。親が、人生の問題に、どういうふうに応えていくのかを見て育つのです。人生の問題に、どう応えていくか。私たち仏教徒には、仏教徒としての応え方があるはずだと思うのです。人生に対して、仏教徒としての姿勢を持つ。大事なことだと思われませんか。

 「七五三と結婚式は、神社に行く。クリスマスは、お祭り気分で教会に。葬式は、やっぱり仏式かな」なんてことはないですかね。

 私たち自身が、仏法を生きることを通じてでしか、子どもに仏法は伝わらないのです。私たち自身が、仏法を生きて、仏法を喜び、人生に満足するなら、きっと子どもたちにも仏法は伝わります。喜びや満足を嫌う人はいませんからね。

 さて、最初にお話いたしましたように、子どものときに、まず大事なのは、みんな「いのちのなかま」なんだという気づきですが、年を取ってからも、この気づきは大事です。

 年を取ると、だんだん身近な人々が欠けていって、寂しくなっていきます。家族がいても、世代が違う。することもなく、話し相手もいない。先のことを思うと、心細くて、いたたまれないほど孤独を感じるという人もあります。

 ですが、私たちは、自分の力で生きているのではなくて、あらゆるものに支えられて、生かされて、生きているのです。聞法とお念仏の生活のなかで、そのことに気づいた人は幸せですね。

 そのことに気づいた喜びの詩を、ひとつご紹介します。これは以前にも一度ご紹介いたしましたが、念仏者だった東井義雄(とうい・よしお)先生の、「支えられてわたしが」という詩です。この詩が好きなもので、もう一度読ませていただきます。

       支えられてわたしが

        ざしきに上がればざしきが
        ろうかに出ればろうかが
        便所に行けば便所のゆかが
        どこへ行ってもどこへ行っても
        わたしを支えてくれているものがある

        そればかりではない
        妻も子どもも孫も
        有縁無縁の人々も
        生きとし生けるもののいのちたちも
        石も土も空気も
        わたしを支えておってくださる

        ああそればかりじゃない
        忘れづめのわたしを支えづめに
        久遠の願いがわたしを
        支えていてくださる

           (東井義雄『いのちとのふれあい』より)

 「独り生まれて、独り死んでいくのだ」と思っていたけれど、そうではなかった。あらゆるものに、あらゆるいのちに、支えられて、わたしは生きているのだ。ああ、それだけではない。聞いても聞いても忘れてしまうわたしを支えて、気づけよ、気づけよと、どこまでも願いつづけてくださっている、ありがたい「いのち」だった、と。

 私たちは、独り生まれ、独り死んでいくのではありません。「お経様に、独生、独死、独去、独来と、書いてある」とおっしゃる方もありますけれど、それは違うと思いますね。お経様には、その言葉の直前に、「人、世間愛欲の中に在りては」と書かれているのです。

 「人、世間愛欲の中に在りては、独り生じ、独り死し、独り去り、独り来る」。これは、『仏説無量寿経』(巻下)にでてくる言葉ですが、「世間愛欲の中に在りては」というのは、「私」と「あなた」は別の人間だという「娑婆世間」のなかにあっては、という意味でしょう。

 「『私』と『あなた』は別の人間だ、目に見える世界が全てだ」と考えていると、人は、孤独です。「独生、独死、独去、独来」です。ですが、本当は、そうではないのです。私たちは、無数の生き物や品物に支えられて生きている、仏の「いのち」に支えられて生きているのですよ。

 お遍路さんの笠に書いてある「同行二人」という言葉は、仏様といっしょに歩いていますという意味です。「一人いて喜ばば、二人と思うべし。二人いて喜ばば、三人(みたり)と思うべし。その一人は親鸞なり」(『御臨末の書』)。これは、親鸞聖人の最後の言葉です。信心の人には、ひとりのときはあっても、独りぼっちのときはありません。

 念仏詩人の木村無相さんの詩に、こんなのがあります。「ひとりのとき」という詩です。

       ひとりのとき

        だあれもいない
        ひとりのとき
        おねんぶつさまが
        こうささやく

        ひとりぢゃあ
        ないんだよ
        ひとりぢゃあ…

               (木村無相「ひとりのとき」『念仏詩抄』)

 親鸞聖人は、「浄土にて必ず必ず待ちまいらせ候べし」(『末灯鈔』)と、おっしゃっています。『阿弥陀経』には「倶会一処」とあります。私たちは、みんな、浄土から生まれてきて、また、その浄土へと帰って行く「いのちのなかま」なんですよ。

 お浄土は、私たちみんなの「いのちの故郷(ふるさと)」です。その故郷を思い、故郷を語り、互いに、いのちの気づきを深めあっていく。それが、私たちの法要であり、聞法の集いなんです。

 生まれ故郷(こきょう)は、「からだの故郷(ふるさと)」。お浄土は、「いのちの故郷」です。その二つの故郷をつなぐ「こころの故郷」に、お寺がなれたら、有り難いですね。

 さて、これで話はひとまず終わりですが、もうしばらくお付き合いください。まとめというより、別冊付録のような話を、もう少しだけさせて頂きます。

 私たち真宗門徒にとりましては、仏法というと、「浄土の教え」のことですが、法然上人と親鸞聖人が深めていかれた「浄土の教え」は、非常に洗練された教えです。私は、仏教の花は、ここに開ききったと思っております。

 法然上人は、「私たちはみんな、浄土から生まれてきて、また、その浄土へと帰っていくのだから、死後のことは心配せずに、お念仏を称えて暮らしなさい」と、お説きになりました。

 死ねば、「仏のいのち」に帰るのです。私たちは、死んだらどうなるか心配でしかたがないのですが、死後のことは心配しなくてよいのです。

 さらに、親鸞聖人は、「私たちは、現に、仏の光のなかで生きているだから、その仏の光に気づいて、心安らかに生きなさい」と、お説きになりました。

 私たちは、あらゆる衆生を救い取って捨てないという、阿弥陀仏の摂取不捨(せっしゅふしゃ)の光のなかで生きているのです。ですが、そのことに気づいていないのですね。

 大事なのは、すでに仏の光のなかにいることに気づくということですが、「気づき」は、努力して手に入れるものではなくて、向こうからやってくるものなのです。

 「さあ、気づこう」なんて思っても、気づけるものではありませんね。「気づき」は、こちらから深めるものではなくて、向こうから深まるものなのです。

 私たちにできることは、常に、「仏のいのち」に向かって、心を開いて生きることだけ。それが、聞法とお念仏の生活なのです。

 この、「仏のいのちに向かって心を開く」ということですが、以前、こんな話を聞いたことがあります。蓮如上人と一休禅師の話です。

 一休さんの方が20歳ほど年上でしたが、このお二人は、非常に仲が良かったそうで、いろいろエピソードが残っております。ある時、一休さんが蓮如さんに、こんな歌を送ってこられた。

 「阿弥陀には まことの慈悲は なかりけり たのむ衆生を よりたすくとは」

 「あらゆる衆生を救いとって捨てない(十方衆生摂取不捨)というのなら、たのもうと、たのむまいと、救うのがまことではないか」という問いかけの歌です。それに対して、蓮如さんは、こういう歌を返された。

 「阿弥陀には へだつる心 なけれども 蓋(ふた)ある水に 月はやどらじ」

 タライに水をはって外に出すと、夜空に輝く月が、水面に映りますね。この水をはったタライが私たちの心で、月が仏です。月影は、誰のタライにも、わけへだてなく映ります。ですが、タライに蓋がしてあると、映りませんね。タライは、月に向かって開いていることが大事なのです。

 それでね、私たちのご本尊は、阿弥陀仏ではなくて、「南無阿弥陀仏」なんです。「南無」というのは、「たのむ」ということ、「まかせる」ということです。つまりは、タライの蓋を取るということですね。

 タライの蓋を取らないとき、「南無」のないとき、私の心に阿弥陀仏はない。美術館などでは、展示品に「阿弥陀仏一体」なんて書いてありますが、「南無」のない「阿弥陀仏」には、働きがない。私に働きかけてくださる仏様は「南無阿弥陀仏」です。

 「南無」とたのむことは、「まかせる」ということ。「私が、私が」と言うのをやめて、南無阿弥陀仏の働きを受けるということ。月を映す、蓋のない水になるということです。

 蓋のない水になる。それは、仏に向かって、心を開いて生きるということ、聞法とお念仏の生活をするということです。そこに、仏の光がさしこんでくる。その光のなかで見えてくるのは、今まで見えていなかった、本当の自分の姿です。自分の心の中身です。

 仏の光に気づくということと、自分の姿が見えてくるということは、同じことなのです。仏法は、自分自身を知るための教えだと申しましたのは、このことですが、見えてくる自分の姿は、決して喜ばしいものではありません。お粗末なものです。

 私は正しい、私は間違っていないと、私の都合を振りかざして、ひとを裁いては得意になっている。ちょっとでも自分の都合が通らないと、はらわたが煮えくりかえって、八つ当たりする。おもちゃ売り場で泣き叫んでいる子どもより、始末に悪い。つまらん、情けない奴です。

 そんな私でも、生きていくには、他の生き物の命を奪うしかないのです。思えば、「いただきます」と言って、許される問題ではない。私が生きていくということは、計り知れないほど、罪深いことなのです。

 「いただきます」は、「有り難う」ではなくて、心の底からの「ごめんなさい」ですよ。おそらくは、そこまで気づきが深まっていかないと、光は見えてこない。そこまで深まっていないと、子どもに伝わっていかないと思いますね。

 3年後の平成23年(2011年)には、宗祖親鸞聖人の750回忌法要が勤まりますが、蓮如上人の時代には、寛政2年(1461年)に200回忌が営まれました。

 お手元のプリントにあります親鸞聖人の肖像画は、聖人83歳のお姿で、「安城御影」(あんじょうのごえい)といいますが、この肖像画は、その200回忌のおりにお飾りされたものでして、現在は西本願寺にございます。

 蓮如さんは、一休さんをその法要に招待なさいました。法要に参列なさった一休さんは、「来世相応の心」と題して、こういう歌を詠まれました。「えりまきの、あったかそうな黒坊主、こいつ(親鸞)が法は、天下一なり」。なんとも乱暴な歌ですが、「親鸞聖人の説かれた教えは天下一だ」と褒め称えた歌なんです。

 一休さんは、親鸞聖人を尊敬するあまり、臨済宗から真宗に転向しようとなさったことまであったそうですが、さきほどの安城御影の模写を蓮如さんから譲り受け、終生大切になさったといいます。

 みなさんは、あるいは、家の宗教として、真宗を受け継がれたのかもしれませんけれど、天下一の教えを受け継いだのだと、思いを新たにしていただいて、どうぞ、心安らかにご精進なさってください。蓋のない水になる。南無阿弥陀仏です。

 では、本日は、これで終わらせていただきます。まとまりのない話に、長い間お付き合いくださいまして、有り難うございました。また、ご一緒に聞法させて頂くご縁がありますように、念じております。有り難うございました。ナマンダブ、ナマンダブ、ナマンダブ…



次の法話へ


紫雲寺HPへ