釋昇空法話集・第60話

念仏もうさるべし

健康と生き甲斐を越えて

(2015年3月21日 彼岸会)
 お忙しいところを、ようこそお参りくださいました。ご苦労さまでございます。

 本日はお彼岸のお中日です。元日から数えて、ちょうど80日目になります。年を取るにつれて、時の経つのが速く感じられるようになりましてね。このごろは、一日一日が、あっというまに過ぎていくように思いますが、皆さんは如何お感じになっておられますでしょうね。

 私事ですが、このあいだの大晦日に「前期高齢者」になりましてね。いよいよ老人の仲間入りかと、辞書で、「初老」というところを引いてみました。そうしたら、「もとは40歳のこと」とありました。驚きましたね。

 平均寿命が50歳を超えたのは、昭和22年でしたから、そのころでしたら、たしかに、40歳は「初老」だったのでしょうね。65歳なんて、ご隠居さんもいいとこですが、そんなことを考えておりますうちに、ふと、蓮如上人のお言葉を思い出しましてね。

 『蓮如上人御一代記聞書』にある言葉です。蓮如上人が79歳のときのこと。当時、山科に本願寺がありました。正月一日に、道徳という名のお弟子さんが、ご挨拶にあがられたところ、蓮如上人は、こうおっしゃった。「道徳はいくつになるぞ。道徳、念仏もうさるべし」と。

 道徳は、蓮如上人より五つ年下だったそうですが、具体的な年齢を問題にされているのではないのでしょうね。そうではなくて、おそらくは、数え年で一つ年齢の加わった正月一日だからこそ、改めて、「いつまでも生きているつもりになって油断していてはいけない、念仏を称えなされよ」と、お諭しになったのでしょうね。

 「念仏を称える」というのは、死の準備をするということではありません。そうではなくて、念仏と出会うということは、自分の人生を生きるうえで、とっても大事なことなのです。ところが、いつまでも生きているつもりになっていると、その肝心の人生が、なかなか始まらないのですね。

 「いくつになるぞ、念仏もうさるべし」。このお言葉は、ひとり道徳だけがお目当てではなくて、いくつになってもウカウカと生きている、この私自身への、お諭しだった、と改めて気づきましてね。ご案内いたしておりますように、今回は、この「念仏もうさるべし」というお言葉を講題に頂いて、お話させて頂くことにいたしました。

 いつもながらのいささかまとまりのない話ですが、どうぞしばらくのあいだお付き合いください。

 さて、さきほど、平均寿命が50歳を超えたのは昭和22年だったと申しましたが、平安時代から江戸時代までは、平均寿命が30歳前後だったと言われております。

 長生きした人がいなかったわけではなくて、子供の死亡率が高かったことと、たびかさなる戦乱や、天災、疫病などのために、ばたばたと人が死んで逝ったからです。

 親鸞聖人は、9歳のときに清蓮院で得度なさいましたが、その年(1181年)にも、洛中のいたるところに餓死した人の死骸がごろごろしているというような、歴史的な大飢饉が起こっていますし、蓮如上人のころも、「応仁の乱」から戦国になっていく大変な時期でした。

 かつては、死の世界が、日常生活のものすごく近くにあった。そんな死への恐れや、死んだらどうなるのかという死後への不安が、仏法を求めさせた。死ぬということが人生最大の問題だったのです。

 ところが、今は、違いますね。とくに戦後のわずか数十年の間に、私たちの社会は大きく変わりました。とりわけ、科学技術が進んでどんどん豊かになり、平均寿命が50歳から85歳にまで延びました。

 そして、いつのまにか、町から、お葬式が消えましたね。死骸がごろごろ転がっているどころか、死を思わせるものが、ほとんど姿を消してしまいまして、周りを見渡すと、あれも欲しい、これも欲しいと、欲しい物がごろごろしている。

 この世の持ち時間はうんとあるし、欲しい物がいっぱいある。そこで私たちは、死ぬことなんか考えずに、もっと豊かになれば、もっと幸せになれると、生きることだけを考えるようになった。いかがですか。

 たしかに、今ほど、物が豊かにあって、人が長生きする時代は、なかったでしょう。まことに結構なことですが、では、それで、私たちは本当に幸せになったかというと、どうでしょうね。

 昔と比べたら、うんと幸せなはずだと思いながらも、眼を閉じて、じっと座っていると、だんだん退屈になってくるとともに、こころの底から、妙な不安が湧いてくる。

 その、こころの底から湧いてくる、妙な不安というのは、よくよく考えてみると、死ぬことへの不安なのです。「死ぬことなんか考えずに、生きることだけを考える」といっても、私たちの人生から「死」が無くなるわけではない。私たちは、こころの奥底で、そのことを知っているのです。

 人生は、誕生から始まり、死で終わる一本道ですが、「死ぬことを考えずに生きる」というのは、前を見ずにハンドルを握っているようなものでして、危なっかしくて仕方がない。それは、不安ですよ、ね。

 それでも、なんとか「死ぬことを考えない」ですまそうとするものですから、「健康」だ「生き甲斐」だと、いうことになるのでしょうね。

 長生きしても、身体が不自由になっては何にもならないから、「健康が大事」。ただ健康でいるだけでは、退屈で仕方がないから、「生き甲斐が大切」。

 このあいだも書店で、ある心理学者の本をぱらぱらと立ち読みしておりましたら、「定年退職後は、趣味や特技を活かした生き甲斐を見つけるとよい。趣味も特技もない人は、何でも良いから人の役に立つボランティア活動に参加するのが、生き甲斐を見つける手っ取り早い方法だ」というようなことが書かれておりました。

 「私は、仕事もあるし、趣味も生き甲斐もある。宗教なんか必要無い」と言う人もありますが、それは、お金があって、身体が動くあいだだけですよ。寝たきりになった人に、「貴方の趣味はなんですか、生き甲斐はどうですか」なんて言っても、意味ありません。

 ちなみに、夫婦で、妻が先に亡くなった場合、その後、夫は2年しか生きていない。それに対して、夫が先に亡くなった場合、妻は、17年生きているそうです。

 ある方が、こうおっしゃった。「夫は、定年後の生活を考えているようですが、私は、夫が亡くなってからのことを考えています」と。といっても、夫も妻も、考えていることは、ほとんど同じです。「お金、健康、生き甲斐」。これだけです。自分が死ぬことは計算に入っていない。

 健康も、生き甲斐も、あれば、それは結構なことですが、永遠に生きられるわけではありませんからね。むしろ、私たちは、自分の死が視野に入ったときに、はじめて、人生を真剣に考えるようになるのではないでしょうかね。

 人生はいつ始まるのか。小説家の遠藤周作さんの『死について考える』という本に、こんな文章がありました。

 「昼間は検査とか何やかやで気が紛れるけれど、夜、九時になって消灯してから、患者の生活が終わって、人生が始まります。死ぬんじゃないだろうか、という想念がふわっと出て来ます。おれが死んだ後,家族はどうなるだろうか、会社を辞めさせられるのだろうか、そんな想念が頭に湧き上がって来るわけですが、そういう場合に、日本の医学だと、かるい眠り薬を与えるだけなんです。でもそんなもので苦しみが解決するはずがない。心の奥の問題ですから」と。

 入院の経験がおありの方は、お分かりになりますでしょう。病院は、夜がつらい。老いや、病や、死を、思い悩む苦しみ。そういう心の奥にある苦しみを、どう受け止めていくか。それが仏法なのです。

 お金や地位や名誉を求め、何か美味いものはないか、何か面白いことはないか、健康が大事、生き甲斐が大切といって、「生活」だけが問題になっている間は、仏法を求める思いは生まれてこないのかもしれません。

 ですが、いずれ、誰もが、人生に直面するときがやってきます。できれば、そうなるまえに、仏法にご縁があって、聞法するということが大事です。

 では、仏法は何を教えてくれるのか。聞法すれば何がわかるのか。かつて、安田理深先生は、こうおっしゃいました。「仏法を聞くと、本当のことが分かるというより、自分の誤っていたことが分かるのだ」と。

 私たちは、自分のことは自分が一番よく知っていると思っておりますけれど、本当は、そうではないのです。私たちの眼は外を向いて付いておりますので、他人のことは見えても、自分のことは見えないのですね。

 「経教はこれを喩うるに鏡のごとし」という言葉があります。中国の善導大師のお言葉ですが、お「経」の「教え」は、自分の姿を映す「鏡」のようなものだという意味です。

 仏法に説かれている「いのちの真実」を鏡として、自分の本当の姿を見せてもらう。それが、仏法を聞く、聞法するということです。

 仏法を聞きながら、「なるほど、そういう理屈か」なんて思っているあいだは、仏教の勉強にはなっても、聞法にはなりません。

 たとえて言えば、「ちょっと鏡を見てこい」と言われて、「ああ、見てきた、丸い鏡やった。なかなか立派なものや」なんていうのが、勉強するということなんです。そんなことをいくらしても、自分の姿は見えてきませんね。

 実際、自分のことは、見えないのですね。このあいだも、ある方が、「ごえんさん、ちょっと聞いてください」と、おっしゃるので聞いてみたら、こういう話でした。

 息子に家を買ってやった。引っ越しが済んだので、その家に行ってみたら、嫁の母親が来ていて、「いらっしゃいませ」と言ったんだそうです。それでもう、「腹が立って腹が立って」ということでした。

 自分の息子のために、自分が買ってやった家なのに、客のあんたが、「いらっしゃいませ」とは、何や。「おじゃましてます」と言うのが、スジやろ、とね、言いたいところをグッと我慢して帰ってきたのだそうです。

 いかがですかね。気持ちは分かるんですけれど、そこに、自分を見つめる目というのは、ありますかね。

 そうかと思うと、これも、このあいだのことですが、ある方が、おっしゃった。「ごえんさん、イスラム国というのは、えげつないことしよりますなあ。あんな奴らは、みんな集めて殺してしまわなあきませんなあ」と。

 これって、イスラム国と同じ土俵に上がっていませんかね。この間まで、「憲法九条、憲法九条」と、言っていた人なんですがね。

 「自分が迷っていることに気付かないのが、凡夫の迷い」(有国智光)とおっしゃった方がおられますが、なかなか、自分は見えませんね。「善人ばかりの家庭は争いが絶えない」といいます。「自分は正しい」と思っているときは、要注意ですよ。

 仏法は、「私たちが悩み苦しむのは、心を煩悩に支配されているからだ」と説いています。「煩悩」というのは、「他の誰よりも我が身がかわいい」という心の働きのことでしたね。

 「他の誰よりも我が身がかわいい」ものですから、「他人に、負けたくない、損をしたくない、自分は間違っていない」と、自分をかばい、「病気になりたくない、年を取りたくない、死にたくない」と、自分にしがみつくことになる。それが、思い通りにならなくて、悩み苦しんでいるのですが、そのことに気付いていないのが私たちなのです。

 悩みや苦しみの原因は、自分の外にあるのでなく、内にある。煩悩具足の自分にある。「そんな自分が見えますか」と、仏法は、鏡を差し出しているのです。

 以前、こんな標語を見たことがあります。「『怒る』『欲張る』 習っていないのに できる僕」。お寺の日曜学校に通っている小学生の作文のようですが、おそらく、お寺で何度もお話を聞いているうちに、自分が見えてきたのでしょうね。大人でも気づけないような、すごいことですよ。

 私たちは、たいてい、自分を主張し、競争に勝ち、利益をあげることが大事。死ぬことなんか考えずに、いつまでも健康で若々しいことが大切、と考えていますからね。そんな私たちには、なかなか分からないのですよ。

 「負けたくない、損をしたくない、自分は間違っていない」と思って、どこが悪いの。「病気になりたくない、年を取りたくない、死にたくない」って、あたりまえでしょう。みなさんも、そう思われるかもしれませんが、それが、煩悩に支配されているということなのです。

 「病気になりたくない、年を取りたくない、死にたくない」と思っても、それはできない相談です。「負けたくない、損をしたくない、自分は間違っていない」と思えば思うほど、自分と他人をのあいだに、柵ができていき、孤独になっていく。

 それなのに、それが幸せになる道だと思い込んでいるのが、私たちです。そんな私たちが、自分は間違っていたと気付くのは、いつか。それはです、今まで考えずにきた「自分の死」が、視野に入ってきたときなんです。「死」が人ごとでなくなったときですね。

 たとえば、不治の病で、医師に余命を宣告されたような場合です。人は、悩み苦しんだ末に、最後には、自分の死を受け入れるようになると言われています。

 自分の死を受け入れるようになると、もう、それまでのように、自分を取り巻く世界から、自分を守らなくてもよくなるでしょう。そうなると、自分と他人を隔てていた「こころの柵」が消えていき、「いのちの真実」が見えてくるのです。

 以前読んだ、青木新門さんの『納棺夫日記』に、こんなことが書かれていました。葬儀の仕事をしている青木さんを、一族の恥だと罵った叔父が、癌で、もう今日か明日かだという知らせがあった。「ざまあみろ」と思うほど憎んでいた叔父だったが、母親に説得されて、見舞いにいった。その時のことです。ちょっと読んでみますね。

 「叔父は確かに朦朧としているようだった。しかし、私が誰であるのか分かったらしく、震える両手を上に伸ばそうとした。私は、その手を握りながら、叔母が用意した椅子に腰を下ろした。

 叔父は、私の方を見ながら何か言おうとしているようだった。その顔は、以前私に説教していた時と全く違う顔であった。安らかな柔和な顔であった。目尻からは涙が流れ落ちていた。

 叔父の手が私の手を少し強く握ったように思えた時、『ありがとう』と聞こえた。その後もしばらく私の手を握ったまま、言葉にならないような『ありがとう』をくり返していた。その顔は、弦しいほど安らかな柔和な顔であった。

 叔父は、翌朝死んだ。私の心から僧しみが消えていた。ただ恥ずかしさだけがこみあげてきた。葬式の時、『叔父さん許して下さい』と焼香をした。涙がとめどなく頬を伝った」と。

 叔父さんの「こころの柵」が消えていったことで、青木さんの「こころの柵」も消えていった。「自分」と「他人」を隔てていた「こころの柵」が消えていくと、「いのちの真実」が見えてくる。

 目に見える世界では、「私」と「あなた」は、別の人間です。ですが、目に見えない「いのち」の奥底では、みんな、つながっていて「ひとつ」なのです。私たちは、大きなひとつの「いのち」を生きているのです。

 私たちが仏様と呼んでいるのは、この大きな「いのち」のことなのです。つまり、私たちは、仏の「いのち」を生きているということです。私たちは、みんな、「仏の子」です。みんな、仏の「いのち」を生きている「いのちのなかま」なのですよ。

 本当は、「自分」も「他人」もないのですよ。それなのに、「自分が、自分が」と生きてきた。そんな自分が間違っていたと気付いて、頭が下がったら、そこにはもう、「ごめんなさい」と「ありがとう」しかないですよ。

 「ああ、自分が間違っていた」と気付いて、本当に、頭が下がりますとね、そこに、「いのちの真実」が立ち上がってくるのですよ。仏教は、そのことを伝えようとしているのです。

 「死ぬときにわかることを、生きているうちにわかったのが仏教であり、したがって仏語にはいつも死に通用する内容がふくまれている」。これは、高光一也先生の言葉です。

 「死ぬときにわかることを、生きているうちにわかる」。それは、死の自覚を持つことで、わかるということです。私たちは、お互い、限りある人生なんだ、みんな死んでいくんだというところに、「いのちのなかま」であることを感じる。魂と魂が触れあうような人間関係は、その気付きを共有するとこからしか生まれてきません。

 かなり前ですけれど、こんなことがありました。ある御同行の家にお参りに伺ったときのことです。そこの奥さんが、えらい暗い顔をしておられるので、聞いてみたら、息子さんの愚痴でした。

 息子さんが、親の反対を押し切って、東京に出て行った。定職にも就けず、アルバイトで、不安定な生活をしている。その息子さんの先行きを思うと、夜も寝られないくらい、苦しい。「こんなことなら、いっそ、息子がおらんでくれたら、どんなに楽かと思います」とおっしゃった。

 それでね、「おらんでくれたら、って、死んでくれた方がいいということですか」と尋ねましたら、黙ってしまわれた。それでね、「そこまで思われるのなら、どこで、どんな暮らしをしていようとも、生きていて欲しいとは、思われませんか」と申しましたら、ほろっと涙をこぼされた。

 心理学者の河合隼雄先生は、「やさしさの根本は死の自覚だ」とおっしゃいましたが、みんな死んでいくんだという思いが、人への共感を生むもとなんです。

 念仏詩人の木村無相さんに、こんな詩があります。「なつかしき」という詩です。

   みな死ぬる
   人とおもえば
   なつかしき

           (木村無相『念仏詩抄』)

 人生のことを、仏教では「生死」(しょうじ)と言います。生きることだけでなく、死ぬことも人生なんです。ですが、死ぬことを話しあえる場所って、お寺だけでないですかね。職場でも学校でも社交の場でも、あるいは病院でさえも、あからさまに死ぬという話はできませんね。

 お寺は違うのです。お寺は、仏法を聞く場所、聞法の道場です。仏法の話は、死の話と切り離せないのです。なにしろ、「死ぬときにわかることを、生きているうちにわかったのが仏教」ですからね。仏法は、その「いのちの真実」を説く教えなんです。

 私たちは、「自分」と「他人」は、別の人間だと思っているから、「他の誰よりも我が身がかわいい」という煩悩が暴れ出して、苦しむのです。ですが、本当は、「自分」も「他人」もなくて、みんな「ひとつのいのち」を生きているのです。

 その「ひとつのいのち」を、私たちは「仏の世界」(浄土)と呼んでいます。私たちは、その、自他の区別のない「仏の世界」から生まれてきて、また、その「仏の世界」へと帰って行くのです。それが「死ぬ」ということですが、身体にしがみついている煩悩には、それが納得できないのですね。

 「死ぬときにわかる」というのは、死ぬときには、煩悩があきらめて、しがみついていた身体を手放すからです。ですがね、生きているうちにわかることが大事ですよ。そのために、お念仏があるのです。煩悩のこころを鎮めて、「仏の世界」につながる言葉が、「南無阿弥陀仏」というお念仏です。

 お念仏はね、声に出して称えるんですよ。大きな声でなくていいのです。法然上人は、「自分の耳に聞こえるほどに」と、おっしゃいました。お念仏は、称えて、聞くことが大事ですよ。自分のこころに染みいるように、味わいながら称えてください。

 そんなお念仏をとなえる生活のなかで、わずかでも「仏の世界」に触れたら、煩悩が、「私」のまわりに張り巡らせている「こころの柵」が幻であったことに気付くでしょう。宇宙から地球をみた人が、「地球の上に国境線はなかった」と言ったようにです。

 「私」も「あなた」もなくて、「私」は世界とひとつだった。そのことが、生きているうちにわかること。それが、「悟る」ということでしょうね。

 「悟りということは、よく迷っている自分をわかること」。これも、高光一也先生の言葉です。親鸞聖人は、最後まで、ご自分のことを、「罪悪深重・煩悩熾盛の我が身」とおっしゃっていましたが、このことですね。

 浄土の教えで大切なのは、自分がこの「罪悪深重・煩悩熾盛の我が身」であることに気付くことなんです。

 これは、お手元の資料にも載せておりますが、よく、「目の錯覚テスト」に使われる画像です。黒い花瓶が描かれていますね。この黒い花瓶をじっと見ていると、向き合った白い二つの顔がみえてきて、はっと、しませんか。

 この黒い花瓶が、たとえば「罪悪深重・煩悩熾盛の我が身」だとしますと、この黒い花瓶が見えれば、いずれは、白い背景にも気付くでしょう。この白い背景が、私もあなたもない「仏の世界」です。

 生きるために、外の世界から自分をまもろうと必死になっていたのが、その世界に支えられて、生かされて生きていた。煩悩具足の、そのままで、仏の手のひらにいる自分に気付いた。煩悩具足の凡夫の目覚めです。

 黒い花瓶が見えるのも、白い紙の上にあればこそです。「罪悪深重・煩悩熾盛の我が身」が見えるのも、仏の教えがあればこそ、「仏のいのち」の働きがあればこそです。その「仏のいのち」の働きを、「本願力」と言います。また、その「仏のいのち」の働きを込めた言葉が、「南無阿弥陀仏」というお念仏です。

 仏法に「いのちの真実」を聞くことが、聞法です。ですが、聞いただけでは、なかなか腑に落ちませんね。聞いただけなら、それはただの知識なんです。知識は、身体を通して、はじめて腑に落ちます。知識は、「行」によって、智慧になるのです。

 私たちは、「南無阿弥陀仏」と、お念仏を称えます。「南無阿弥陀仏」が、私たち真宗門徒の「行」です。「南無」というのは、「そのとおりでございます」と、頭が下がること。「阿弥陀仏」というのは、私もあなたもない「いのちの真実」のことです。

 「南無」と、頭が下がったら、そこに「いのちの真実」が立ち上がってくる。「阿弥陀仏」が立ち上がってくる。「南無阿弥陀仏」は、「私」と「仏の世界」をつなぐ言葉です。

 「本願力にあいぬれば、むなしくすぐるひとぞなき、功徳の宝海みちみちて、煩悩の濁水へだてなし」という御和讃があります。

 「お念仏に遇えば、不安なだけで終わっていく人はいない。お念仏の功徳が満ち満ちて、人と人を隔てている煩悩の濁り水(柵)がなくなる」。そういう意味でしょうね。

 煩悩のままに、生きることだけを考えているあいだは、気付かないのでしょうけれど、限りある人生を思い、お念仏を称えるようになると、頭が下がって、自他の区別のない世界に触れるようになる。

 どなたでしたかね。「世間の学問は、学べば学ぶほど、頭が上がるが、念仏は、称えれば称えるほど、頭が下がる」とおっしゃったのは。

 自他の区別のない世界に触れるようになると、いのちへの無条件の信頼が生まれ、苦しいことも悲しいことも、お念仏の上に受け止めていけるようになる。人生のもっとも豊かな実りというのは、そこにあるのでしょうね。

 「念仏して自分が辛抱するのでない。相手のご辛抱が見えてくる」。これは、大河内了悟(おおこうち・りょうご)先生の言葉です。

 お念仏はね、いつ称えてもいいんですよ。悲しいときも、苦しいときも、お念仏。寂しいときにも、落ち込んでいるときにも、お念仏です。静かにお念仏を称えていると、こころのなかに、ほんのり光が差し込んできて、ほっとひと息つけるように思います。

 私たちはみんな、本当は、仏の手のひらの上にいるのですよ。そのことに、「生きているうちに、気付きなさい、南無・阿弥陀仏だよ、南無・阿弥陀仏だよ」と教えてくださっているのが、仏法なんですよ。

 健康も、趣味も、生き甲斐も、あれば結構なことですが、それでは「死」を支えられません。それが人生の大黒柱ではないのです。

 蓮如上人は、「仏法を主(あるじ)とし、世間を客人(まろうど)とせよ」と諭されました。また、法然上人は「念仏の称えられるように暮らしなさい」とおっしゃいました。お念仏こそ、人生を導く北極星です。

 お念仏に込められた「仏のいのち」に触れると、いのちのローソクが、まっすぐに燃えるようになる。そんな人のそばにいると、ほのかに明るく、温かい。

 お念仏に理屈はいりません。ただただ、お念仏もうすことです。お念仏は、称えて、聞くだけ。お念仏のことは、お念仏に聞く。どうぞ、ご一緒に、お念仏もうして、お念仏に育てていただきましょう。

 では、もう少しだけお話しして、終わることにいたします。

 このあいだ、こんな詩をみつけました。題名は分かりませんが、「年寄りはいいなあ」という言葉で始まっています。

    年寄りはいいなあ。
    天気が良かったら、ゲートボールして、
    二月(ふたつき)に一ぺんは温泉に行って、
    小遣いは郵便局でもらって宿題は無いし、
    僕も早く年寄りになりたい

                (宮戸道雄『人間の知恵、如来の智慧』より)

 小学校五年生の詩だそうですが、どう思われますか。「年寄りはいいなあ」って、子供が憧れる人生の先達の姿として、いかがですかね。

 退屈しないように、死ぬのを待っているような、そんな年寄りへの、皮肉に聞こえるのは、私だけでしょうかね。おそらく、子供は、自分の先行きと重ねて、不安なんですよ。

 そんな不安を、はっきりと大人にぶつける子供もいます。家庭内暴力で子供が荒れた。父親が、「欲しい物は何でも買ってやったのに、何が不足なんだ」と聞いたら、その子は、「じゃあ、この家に宗教はあるのか」と言ったそうです。

 宗教というのは、生きていく規範です。その規範を記した物が、経典です。「経」というのは、縦糸のことです。この縦糸に、経験という横糸をあわせて織り上がるのが、人生です。

 親の生き方を見ていても、いっこうに縦糸が見えてこない。こっちを向いて生きていくんだ、これなんだ、というものがない。それは不安ですよ。

 人生の旅人を導く北極星は、どこにあるのか。私たちは、あとに続く世代のためにも、しっかり指ささないといけません。仏壇をどちらに向けるかでなく、自分が仏壇に向かうことが大切です。

 蓮如上人は、「仏法には、明日と申す事、あるまじく候う」とお諭しです。「念仏もうさるべし」。「いつやるか?」「今でしょう!」。

 「南無・阿弥陀仏」ですよ。「南無・阿弥陀仏」。どうぞ、みなさん、ご一緒に、お念仏を称えてまいりましょう。ナマンダブ、ナマンダブ、ナマンダブ.........

 では、本日は、これで終わらせて頂きます。有り難うございました。ナマンダブ、ナマンダブ、ナマンダブ.........



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