釋昇空法話集・第69話

それでいいのか?

私の願い 仏の願い

(2018年3月21日 彼岸会法話)
 ようこそのお参りでございます。だんだん暖かくなってまいりまして、ぼつぼつ桜も咲き始めましたが、1月・2月は、寒かったですね。

 その寒さのせいか、この冬には亡くなった方が、例年になく多かったと聞きました。私たちも、12月に、叔母を亡くしました。92歳で、かなり高齢でしたが、寂しくなりました。

 お葬式で、柩にお花を入れてお別れをするとき、いつも思うのが、良寛和尚の辞世の句です。「散る桜、残る桜も、散る桜」。ご存じでしょう。

 このたびは、叔母が「散る桜」で、私たちは「残る桜」でした。ですが、この「残る桜」もまた、「散る桜」なのです。柩の中で花に埋もれているのは、将来の「私」なのです。

 私たちは、何が起こるか分からない世界で、いつ終わるか分からないいのちを生きているのです。それなのに、私たちは、「老・病・死」を忘れよう忘れようとして生きている。そんな私たちに、亡き人は問いかけてくるのですよ。「それでいいのか?」と。

 私は今年古稀を迎えたこともありまして、このたびの叔母の問いかけが、ことのほか有り難く感じました。まだ先のことと、うかうかと生きている私への、叔母の最後の心づくしです。

 その叔母への感謝の気持ちも込めまして、今回は、「それでいいのか?」という題で、お話させて頂こうと思います。副題は、「私の願い、仏の願い」です。どうぞ、しばらくのあいだ、お付き合いください。

 さて、『増一阿含(ぞういちあごん)』というお経に、こんな話が出てきます。「三人の天使」という話です。

 ある男が死んで、地獄の閻魔大王(えんまだいおう)の前に引き出されました。男は閻魔様に、こう言いました。「私は、こんなところへ連れてこられるようなことをした憶えがありません」と。

 そこで閻魔様が、「お前は生きているときに三人の天使に会わなかったのか?」とお尋ねになった。すると、男は、「いいえ、会いませんでした」と応えた。

 閻魔様は、重ねてお尋ねになった。「それではお前は、老人を見たことがないのか? 病人を見たことがないのか? 死んだ人を見たことがないのか?」と。男は応えました。「いいえ、老人や病人や死人は大勢見ましたが、天使には会っておりません」と。

 そこで、閻魔様は、こうおっしゃった。「三人の天使は現れているではないか。その老人・病人・死人こそが三人の天使であったのだ。彼らは、『お前も、やがて年を取り、病気になって、死んで逝くのだぞ、それでいいのか?』と問いかけてくれていたのだ。それなのに、お前は、その声を聞こうともせず、せっかく人間に生まれたのに、むなしく過ごしてしまったのだ。だから、ここに来たのだ」と。

 いかがですか。私たちの周りには、沢山の天使がいるのですよ。私たちに、「それでいいのか?」と問いかけてくれている。それを自分への問いかけと気づいたとき、彼らは諸仏となる。この世は仏様で一杯なのです。その諸仏に気づけると、ありがたいのですがね。

 問いかけてくれるのは、三人の天使だけではありません。以前、こんな質問をした子供がいたそうです。「子供は大人になるけれど、大人は何になるのですか」と。みなさんなら、何とお応えになりますか。

 ただの子供の言葉遊びだと思われるかもしれませんが、それにしても、何か、ハッとする問いかけではないですか。子供は大人になる。大人は何になるのか。年を取って、老人になり、死んで逝くだけなのか。

 死なねばならない人生を、どう生きればよいのか。人生には生きる意味があるのか。そんな、私たちのこころの中でくすぶっていた問いを、掻き立てるような質問ではないですか。

 私たち現代人は、たいてい、この質問に応えられません。そこに、生き甲斐も楽しみも無いとなると、「どうせ死ぬのに、なぜ生きるのか」という袋小路に入り込んでしまいます。

 この問いかけに、「阿弥陀仏の世界を目指して生きよ」と説いてくださっているのが、「浄土の教え」なのです。仏教は、私たちの人生に、人間として生きていく方向性を与える教えです。

 子供は「大人」(成人)を目指し、大人は「成仏」を目指して生きる。これは言葉遊びではありません。どうですか。

 阿弥陀仏の世界(浄土)の方に顔を向けて生きること、仏の方に顔を向けて生きることを、「仏道を歩む」と言います。仏道を歩むというのは、仏の光の中を歩むこと。仏の光の中で、見えてくるのは、この自分自身の姿です。仏道は、自己探求の道です。道元禅師も、「仏道をならふといふは自己をならふなり」とおっしゃっていますね。

 私たちは、自分のことは自分が一番よく知っていると思っておりますけれど、本当は、一番見えていないのが、自分なのですよ。仏道を歩みはじめると、自分が見えてくる。本当の意味での「自分の人生」は、この道を歩み始めた時に始まるのだと思います。

 私たちの頂いている浄土の教え(お念仏の教え)は、凡夫(ぼんぶ)が救われる教えです。「凡夫」という言葉は、お聞きになったことがおありでしょう。凡夫というのは、煩悩に束縛されて、六道世界の中で迷っている人のことです。

 煩悩というのは、いつもお話いたしますように、他の誰よりも我が身がかわいいというこころの働きのことです。もう少しくだいて言えば、「自分にとって都合の良いものは、こっちへ来い」、「都合の悪いものは、あっちへ行け」という、身勝手なこころのことです。

 そんなふうに自分の都合を振り回していることを、仏教では「迷い」といいます。仏教は、その煩悩に迷っている「私」を、智慧の光で照らし出す教えなのです。

 聞法とお念仏の生活のなかで、「凡夫というのは、この自分のことだった」と気づいた人の前にしか、お浄土への道は開かれてきません。浄土の教えで難しいのは、ここ。「自分が凡夫であることを知る」ことなのです。

 私たちは、はたして、「凡夫というのは、この自分のことだった」と気づく道を歩んでいるでしょうか。ひょっとすると、自分の都合を握りしめて、仏法を聞いているつもりになっているだけではないでしょうかね。

 このあいだ、こんな話を聞きました。滋賀県の門徒さんで、仏法を大事にして、熱心に聞法するお爺さんがおられた。そのお連れ合いのお婆さんは、その反対に、お線香の臭いも嫌いで、家で聞法会があるときは、裏口からゲートボールに出て行くという人だった。

 ところが、そのお婆さん、ある朝起こしにいったら、穏やかな顔で、死んでいた。それで、近所の年寄りたちの間で、「うまいこと死んだなあ、ああ、うらやましい」と、評判になった。

 で、しばらくして、今度はお爺さんの方が、骨のガンになって、「痛い、痛い」と、苦しみ悶えながら死んで逝った。そうするとまた、近所の年寄りたちが、いろいろ言うのですね。

 「仏様に手を合わしたこともないお婆さんが、うまいこと死んで、あれほど仏様に尽くしたお爺さんが、あんなに苦しんで死ぬなんて、納得がいかん」と。

 お婆さんが苦しんで死ぬのなら、納得できる、というのも、どうかと思いますが、結局は、「あれだけ仏様に参っても、あんなに苦しんで死ぬのなら、いくらお念仏しても、そんなもの効かんぞ」という話になったそうです。

 自分の都合を握りしめて聞法していると、「念仏すれば救われる」という教えも、「楽に死ねる」ことだと聞こえるのでしょうね。念仏さえも、自分の願いを叶える道具にしてしまっているのです。

 先日お参りに来られた方も、「仏様に一所懸命にお願いしたけれど、何も叶わなかった」とおっしゃいましてね。まあ、それがご縁で、しばし仏教の話をさせて頂くことができたわけで、それはそれで、よかったのですがね。

 ちょっと寄り道するようですが、たしかに、宗教というのは、人間を超えた存在(上、神)に、「自分の願い」を叶えてもらおうというところから始まったようです。いわば、神というのは、人間の願いを叶えてくれる道具のようなものだったのです。

 仏教が日本に伝わったのは6世紀頃といわれていますが、そのころ、仏というのは、日本の神より強力な先進国の神だと思われていました。

 つまりは、神であれ仏であれ、この世に役立つかどうかが問題でして、本来の仏教というのは、なかなか理解されなかったようです。

 そのころの貴族の仕事というのは、神仏の加護を願ってひたすら祈ることでした。それが「マツリゴト」です。神仏を、超越的な権力者とみて、平和や、豊作や、病気平癒を願って、マツリあげるわけです。

 権力者に向かうがごとく、立派な住まいを建て、貢ぎ物をささげ、ご馳走やお酒を供え、歌や踊りや音楽や相撲などを見せてご機嫌を伺い、御旅所への小旅行にまで連れだした。そうして、神仏をマツリあげて、願い事を聞いてもらおうとしたのです。その名残が今も残っていますよね。

 当時のお坊さんは、みな、貴族のマツリゴトに奉仕するための国家公務員でした。庶民に仏教は関係なかった。庶民にまで仏教が広がっていったのは鎌倉時代になってからでしたが、お願い信仰(御利益信仰)は、そのまま続きました。

 自分の願いが叶わないと、何かが祟っているのではないかと、犯人捜しになり、あいつが悪い、こいつのせいだとなる。お墓が傾いているからだ、先祖が祟っている、水子の祟りだ。今でもよく聞く話でしょう。

 「災いを恐れて幸せを求める」というのは、人間の本能だと思いますが、これは「自分の思い通りにしたい」という煩悩と、親和性が高いのです。本能と煩悩の境界線は、はっきりしていないところがあるのでね。それで、どんどん煩悩の側へと傾いて行くのでしょうね。(「ホンノウ」が濁ったのが「ボンノウ」、なんてね。)

 新興宗教では、「病気が治る」と、よくいいますでしょう。「病は気から」といいますから、気が変われば治ることもあるでしょうが、いつでも治るのなら、死ぬ人はいません。みょうな宗教に欺されたりするのは、自分の都合を握りしめて人生を考えているからですよ。自分の煩悩に欺されるのです。

 「人間には、生まれてからの願いの底に、生まれながらの願いがある」(宮城しずか)という言葉があります。「生まれてからの願い」というのは、誰よりも大切な「私の願い」です。自分の都合を握りしめている「煩悩の願い」です。

 「生まれながらの願い」というのは、「いのちの本来の願い」です。私たちの目覚めを願う「仏の願い」、「阿弥陀仏の本願」です。この「いのちの本来の願い」に耳を傾けようというのが、仏法なのです。

 仏様に願われているという気づきを「信心」といいますが、私たちは、仏様を拝むような顔をして、自分の都合ばかりを願っている。こういう自分でありましたと、気づかせてもらうということが、仏法に自分を聞くということなのです。

 「無碍(むげ)の光明は無明の闇(あん)を破する恵日(えにち)なり」。『教行信鉦』の総序にある言葉です。

 「阿弥陀仏の、さまたげるもののない智慧の光は、私たちの内にある無明(煩悩)の闇を破ってくださる恵の陽光であります」。そういう意味ですね。

 自分の煩悩の闇にほんとうに気づかせてくださる。また、自分の煩悩の闇を思い知らせてくださり、その闇を破ってくださる。その「はたらき」のことを、阿弥陀仏というのです。

 仏に出遇うということは、自分の煩悩の闇に気づくことなのですよ。光に遇うということは、実は、闇に遇うということなのです。

 ずいぶん前のことですが、石川県の松扉哲雄先生が、こんな話をなさっていました。

 ある母子家庭のお母さんが、松扉先生に、愚痴をこぼしにきて、こう言われた。自分は町工場に働いていて、残業残業で、買い物にも行けなかったので、中学生の男の子に、何日か続けて、カツオブシをふりかけた弁当を持たしてやった。そうしたら、三日目の朝に、その男の子は、「母さん、僕は猫の子やないぞ」と、弁当をはたき落として、飛び出して行った。

 「父親のいない子だと世間様に笑われないように、私が歯を食いしばって頑張っているのに、あの子は、この母親の苦労を、ちっとも分かってくれないで、我が儘なことばかり言う。なんとできの悪い子どもだろうと思うと、悲しくてしかたがない」と。

 そしたら、松扉先生は、こうおっしゃった。「あんたは、自分は間違ったことはしていないとばかり言うけれど、子どもの身になって考えたことはあるのか。教室で、その子が、弁当を人に見られないように、隠しながら大急ぎで食べている姿を、考えてみたことはあるのか」と。

 その話を聞かれて、お母さんは、はっと気づかれた。そして、子どもに、思わず、こうおっしゃった。「母さんが悪かった。あんな弁当、教室で食べるの恥ずかしかっただろうね。ごめんね」と。

 そうしたら、男の子は、「母さんの苦労は、よう分かっとる。くよくよせんでええ。卒業したら働いて、うまい物食わしてやるから、もうちょっとの辛抱や」と、ポンと肩をたたいてくれたというのです。

 私は間違ったことをしていないのに、なんで子どもが、こんなになるのか。よく聞く話ですが、松扉先生は、まず自分の間違いに気づけとおっしゃっているのです。

 自分の根本的な誤り(自己中心的な思い、煩悩の闇)に気づいて、「私が悪かった、私が間違っていた」と、頭が下がったら、そこはもう、仏の光の中です。

 「まどいの眼には見えねども、ほとけはつねに照らします」。『和訳正信偈』の言葉です。煩悩の闇に迷っている私たちには見えないけれども、仏は常に照らしてくださっているのです。

 問題は、私たちは、煩悩の闇の中で迷っていることに、気づいていないということです。それは、たとえて言えば、煩悩という酒に泥酔していながら、「私は酔ってない」と生きているようなものです。

 煩悩というのは「私」という思いそのものですから、一生煩悩は無くなりません。そんな私たちが煩悩から覚めるということは、煩悩の酒が抜けて素面(しらふ)になるということではなくて、煩悩に酔っぱらっていながら、「煩悩に酔っぱらって生きている」ことが分かることなのです。

 これは志慶眞文雄(しげま・ふみお)先生のご本(『如来のまなざしの中を』)にでてくるたとえです。

 親鸞聖人は、「無明の酒に酔ひたる人」(『末灯抄』19通)とおっしゃっています。その煩悩中毒になっている自分に気づく眼、こころの闇を見る眼を育てていくのが、聞法とお念仏の生活なのです。

 しかし、聞法していても、お念仏を称えていても、平穏な生活が続いているあいだは、なかなか気づけませんね。平穏な生活というのは、自分の思いどおりになっている生活ですからね。

 そんなときには、得てして、仏法も自分の都合で握り替えてしまいます。「何もなくて有り難い。これも仏様のお陰」、なんてね。

 ですが、いつまでも平穏な生活は続きません。一生の間には、何度か自分の思い通りにならないことが起こってきて、こころの闇が、どうしようもないほど重荷になってくることがあるのですよ。「それでいいのか?」と問われるのです。

 そんなときですよ。それまで聞いてきたことが、ふと、聞こえてくるのは。「煩悩具足の凡夫というのは、この自分のことだった」と。この本当の自分に帰らせてもらう智慧を、お念仏というのです。

 「人間、凡夫になれたら一人前。仏様の前に立たねば、凡夫になれぬ」。これは、二階堂行邦(にかいどう・ゆきくに)先生の言葉です。私たちが、凡夫であることに気づくこと。それが、「仏の願い」なのです。

 ちなみに、「私の願い」はというと、自分の思いを実現することですね。歴史というのは、「自分の思い」を握りしめて生きた人たちの記録です。信長・秀吉・家康に、ホトトギスを詠んだ句がありますね。ご存じでしょう。

  「鳴かざれば、殺してしまえ、ホトトギス」(信長)
  「鳴かざれば、鳴かしてみしょう、ホトトギス」(秀吉)
  「鳴かざれば、鳴くまで待とう、ホトトギス」(家康)

 本当に彼らの句かどうか分かりませんが、三人の権力者の個性がうかがわれる句です。ですが、要するに、誰もが、ホトトギスの声(自分に都合のよい結果)を聞きたいだけ。自分の思いを通すスタイルが違うというだけです。

 現代社会でも、どっちを向いても、ホトトギスの声を聞きたい人ばかりですね。「おれは酔ってなんかいない」という人ばかりです。

 そんな歴史に名が残る必要はないでしょう。付くも離れるも、みんな「ご縁」です。「鳴かざれば、鳴かずともよし、ホトトギス」。これは、山頭火の句だそうですが、いかがですか。

 「本当は」と言いますか、「仏の眼から見たら」と言いますか、私たちは、みんな「凡夫」なのです。このことに気づいたら、浄土は、間近です。「ここを去ること遠からず」です。

 煩悩は、他の誰よりも我が身が可愛いというこころの働きのことです。ですから、煩悩がある限り、この世から、差別は無くなりませんね。

 学歴差別、人種差別、性差別、職業差別、身障者差別、民族差別。この世には、様々な差別があふれています。

 平等思想を持っている人でさえも、差別思想を持っている人を、差別する。この世は、煩悩の支配するところ、差別の無くならないところなのです。

 それに対して、「浄土」は、煩悩の無い世界です。差別のない、平等な世界を、「浄土」といいます。

 浄土は、お念仏申すところに開かれてくる世界です。その世界へと解放されていくことを「往生」というのです。

 私たちの煩悩の眼から見たら、善悪の区別があります。ところが、仏の眼から見れば、善であれ悪であれ、そんなものは、迷いにしか過ぎません。

 「悪を憎むを、善じゃというが、憎むこころが、悪じゃもの」。これは盤珪(ばんけい)禅師の言葉ですが、お分かり頂けますでしょうか。

 私たちが、善だ悪だと言っている自分の間違いに気づいて、「煩悩具足の凡夫とは自分のことでした」と、仏の眼差しのなかに入れば、みんな平等なのですね。

 念仏詩人の榎本栄一さんに、こういう詩があります。「海一味(かいいちみ)」という詩です。

   海一味

     この私を 凡夫(ただびと)と知るのに
     ながい月日がかかり
     みれば周囲(まわり)の人びと
     凡夫(ただびと)のままで光っている

 智慧の念仏に照らし出されて、「みんな凡夫だ」という気づきが生まれたら、そこは、浄土の門の前ですよ。

 もう少しだけ、お話して、終わります。

 仏法というのは、どこか高いところにある結構な仏様の世界に救い上げてくださる教えだと、思っておられるかもしれませんが、そうではありません。

 高いところに引き上げてくださるまでもなく、私たちはすでに、自己中心的な思いを握りしめて、高いところに舞い上がっているのですよ。

 そんな、自分の思いに高上がりしている「私」を、事実の大地、仏の手のひらの上にまで、下ろしてくださる教えが、仏法なのです。

 仏法にご縁がないとね、高上がりしたところから、下りてくる場所が無い。それで、現代人には、こころの納まりどころがないという人が増えた。

 たとえば、クレーマーが増えましたでしょう。自己中心的な思い(我執)に捕らわれていると、高上がりして、クレーマーになりやすい。

 最近は、老人のクレーマーも増えましたね。クレーマーだけでなく、すぐにキレる老人が増えてきて、老人の殺人、暴力、万引きなど、珍しくもなくなりました。

 帰って往く世界を無くすと、人は、生きにくく、息苦しく、行き場を失うのですよ。かくして、「自分が、自分が」と、利己的な思いを握りしめて年を取ると、老人になるだけ。

 そんな、宗教なんか必要ないと思っている現代人にこそ、「お念仏を申して、お浄土に帰る」という、浄土の教えが必要なのではないですかね。

 東井義雄先生に、「何になったか」という詩があります。こんな詩です。

   何になったか

     長い年月かけて 何になったのか
     爺(じじ)になった 婆(ばば)になったというだけか
     いいえ 念仏申す身にさせて頂きました

 念仏申す身になる。「子供は大人になるけれど、大人は何になるのですか」。あの子どもの問いかけへの応えです。

 人間関係に悩み苦しんで、「仏法を聞いても聞いても、腹の虫が納まらない」という人もありますが、仏法は、自分の思いを満たす方法を教えているわけではありません。腹の虫が納得するような問題解決の手段ではないのです。

 そうではなくて、「腹の虫が納まらない私でありました」という、「凡夫」の事実を照らし出してくださるのが、阿弥陀仏の力、智慧の念仏の「はたらき」なのです。

 浄土の教えは、夢物語ではありません。煩悩の夢を見ているのは、私たちの方です。そんな私たちに、夢から覚めて、事実に生きよと説いているのが、浄土の教えなのです。

 「死ぬのはまだまだ先のこと」なんて思っていると、仏法は聞こえてきませんよ。私たちが何と思っていようとも、死に向かって歩いているという事実は変わりません。

 聞法しても、お念仏を称えない人は、仏法を傍観者として聞いているからですよ。当事者として聞かないと、ダメなのです。お念仏を称えないと、どうしても傍観者になってしまいます。お念仏を頂き、お念仏申すところに、お浄土への道は開かれてくるのです。

 私たちは、仏様から「南無阿弥陀仏」と呼びかけられている当事者(凡夫)なのですよ。どうぞ、皆さん、その仏様の呼びかけに耳を傾けて、念仏申す身にさせて頂きましょう。南無阿弥陀仏ですよ。南無阿弥陀仏。

 では、本日は、ここまでにいたします。まとまりのない話に、長い時間お付き合いくたさり、有り難うございました。

 このあいだご案内いたしましたように、本年から、「歎異抄に聞く」という会を、毎月一回開催いたします。第一回目は、4月28日(土)の午後2時からでございます。勉強会というほど堅苦しいものではありませんので、どうぞお気軽にご参加ください。お待ちいたしております。

 次回は、秋の永代経法要でございます。まだ半年も先のことですが、どうぞ、また、お参りください。有り難うございました。ナマンダブ、ナマンダブ、ナマンダブ…



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