京都障害者スポーツ振興会とは |
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目的 | 事業内容 | あゆみ | 組織 | スポーツとは | スポーツの歴史 |
スポーツ事情 | 実態調査 | 賛助会員制度 |
本会は、心身障害者のスポーツを振興し、スポーツを通じて心身障害者の健康の増進と豊かな生活 |
の実現をはかることにより、京都における社会福祉の進展に寄与することを目的とする。 |
〈京都障害者スポーツ振興会規約より抜粋〉 |
1 | 障害者スポーツを主催する。 |
2 | 各障害者関係団体の行うスポーツ行事に協力し、援助を行う。 |
3 | 心身障害者のスポーツに関する研究を行う。 |
4 | 心身障害者スポーツ振興のための普及活動及び指導者養成のための諸活動を行う。 |
5 | その他目的達成のために必要な事業を行う。 |
1 | 京都府・京都市からの委託事業 | |
@ | 第36回全国身体障害者スポーツ大会選手派遣事業(京都府・京都市) | |
A | 第9回全国知的障害者スポーツ大会選手派遣事業(京都府・京都市) | |
B | 心身障害者スポーツのつどい開催事業(京都府) | |
C | 京都府及び中級障害者スポーツ指導者研修事業(京都府) | |
D | 障害者ふれあい広場(スポーツ・レクリェーションフェスティバル)運営事業(京都府) | |
E | 平成12年度京都ゆうあいフライングディスク大会(京都府) | |
F | 平成12年度京都ゆうあいボウリング大会(京都府) | |
G | 平成12年度京都ゆうあいフライングディスク大会(京都市) | |
H | 団体競技強化事業(京都府・京都市) | |
I | 障害者スポーツ指導者養成講座開設事業(京都市) | |
J | 重度障害者スポーツ講習会開催事業(京都市) | |
2 | 他団体との共催事業 | |
@ | 第20回全京都障害者総合スポーツ大会 | |
A | 第12回全国車いす駅伝競走大会 | |
B | 第16回全京都車いす駅伝(含むミニ駅伝)競走大会開催事業 | |
C | 平成12年度全京都車いすハンドボール大会 | |
D | 障害者スポーツのつどい・水泳のつどい | |
E | 第12回京都市障害者体育大会 | |
F | 第9回障害者の日ふれあい卓球バレー大会 |
総務部 | |
本会の庶務全般、事業の企画・立案・調査、各部の調整と事業の円滑化、他団体との連携、その他各部に属しない事業に関すること。 | |
団体競技部 |
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各競技の選手養成と強化、各競技審判員の養成、全京都障害者総合スポーツ大会の開催、全国身体障害者スポーツ大会選手選考・強化、全国車いす駅伝競走大会選手選考・強化、全国知的障害者スポーツ大会選手選考・強化、各種スポーツ大会の参加選手及びチームの状態把握に関すること。 | |
個人競技部 | |
団体競技部に同じ | |
普及部 | |
府民の障害者スポーツ意識の高揚を図り、障害者スポーツを振興。「障害者スポーツのつどい」の普及振興と指導者派遣、「障害者シンクロナイズドスイミング」の普及振興に関すること。 | |
研修登録部 | |
障害者スポーツに関する研修の計画と実施、京都府及び京都市の障害者スポーツ指導者養成事業、会員(コーチ・ボランティア)の登録、日本身体障害者スポーツ協会公認身体障害者スポーツ指導者の登録に関すること。 | |
研究開発部 | |
障害者スポーツの振興に関わる科学的研究、新種目及びルールの研究、障害者スポーツ施設・用具の調査研究に関すること。 | |
広報部 | |
会報「つどい」発行、京都新聞「ハンディ通信」の記事協力、その他の広報活動。 | |
管理部 | |
競技用具の管理、整備・充実に関すること。 |
京都障害者スポーツ振興会は、会発足以来の35年間、「障害のある人々にもスポーツ(身体運動)を!」「いや障害のある人々にこそスポーツ(身体運動)を!」と主張し、その実現を目指して多くのボランテアの皆さんと共に、粘り強く一歩ずつ実践を続けて来ました。会発足当時のわが国では、障害のある人々のスポーツは、まだほんの一部の人のものでした。また障害のある人々もその必要性や可能性に気づいている人は、あまり多くない状況でした。しかし振興会は、以下の理由から「障害のある人々にこそスポーツ(身体運動)が必要」と考え、その実現のための努力を続けて来たのです。 必要性の根拠には、まず身体面からの理由があげられます。その第一は障害のある人々とりわけ重い障害のある人々は「寿命が短い」と言う事実があります。ある養護学校の訪問教育を受けている子供達(最重度の障害児)の調査では、10年間に41人中13人の子供が在学中に死亡しています。また1種1級(最重度)の身体障害者を収容している療護施設が全国に約200カ所ありますが、その一つの施設では入所者の平均寿命が、男女共に46歳と報告をしています。重い障害のある人々の寿命が短い理由には、これらの人々はもともと身体が虚弱であるとか、合併症が多いなどが考えられます。しかし私達はその大きな理由に、重い障害のある人々は体を動かさない(動かせない)ことがあると考えます。世界的な生理学者ルーは、いまから100年も前に「動物のからだは適度に動かせば発達する。動かさなければ退化・萎縮する。(ルーの法則)」と述べています。さらにわが国の運動生理学の権威である小野三嗣教授は、この法則に「寿命まで短くなる」と付け加えています。つまり重度の障害のある人々にとって身体運動は、「命」にもかかわる重大問題なのです。振興会が「障害のある人々にこそスポーツが必要」と主張する大きな理由がここにあります。 その次は、リハビリテーションの面からの理由です。障害のある人々がスポーツ(身体運動)を始めるきっかけが、障害の克服への願い(障害を治したい・軽くしたいとの願い)からの場合が少なくありません。また今日のパラリンピックの原点が、L・グットマン博士のリハビリ訓練へのスポーツの採用(後述)であったことは周知の事実です。ここにも障害のある人々にとってスポーツ(身体運動)が、一般市民以上に必要な理由があります。 必要性の第二の理由は精神面からの問題です。私達は実践のなかで、障害のある人々がスポーツをすることにより自信と勇気を得、見違えるように積極的な生き方をされるようなられた例を数多く見てきました。例えば、労働災害で両腕と片足を付け根から失い失意のドン底にいた男性が、リハビリ訓練の水中動作で胴体と片足で泳げるようになり、それがきっかけで生きる自信と勇気を得、就労の意欲と義手でのパソコン技術を獲得、さらには結婚にまでいたられた例があります。このような例は他にも数え切れないほどあります。これはスポーツ(身体運動)が、不可能と考えていたことが可能であることを、自分の身体を通して具体的にわからせるからだと思います。まさにスポーツ(身体運動)は、障害のある人々に「生きる力」を与えるのです。 また、障害のある人々には表情の暗い人が多い傾向がありますが、これらの人々の表情がスポーツの場面では見違えるように明るくなります。私達はこれをスポーツの持つ「精神解放の作用」と言っていますが、ここにも障害のある人々へのスポーツの持つ格別の働きがあります。さらに発達の遅れのある子供達にスポーツ(身体運動)がもたらす精神的効果について、最近多くの学者や実践家からの報告もあります。 最後は障害のある人々の「スポーツ権」の問題です。私達は下記二つの「国連宣言」及び「国連憲章」から、「すべての障害児者にスポーツ実施の権利がある」と考えています。すなわち「国連・障害者の権利宣言」(1975年第30回国連総会で満場一致採択)では、「…障害者は、いかなる例外もなしに、またいかなる状況による区別も差別もなく…」(第2条)「その障害の原因、特質及び程度のいかんにかかわらず、同年齢の市民と同等の権利を持つ」(第3条)と規定しています。また「国連・体育スポーツ国際憲章」(1978年国連ユネスコ総会で満場一致採択)では、「体育スポーツの実践は、すべての人にとって基本的権利である」(第1条第1項)と規定しています。私達は、これらの規定が「最重度の人を含むすべての障害児者のスポーツ権」の存在を明確に示していると考えるのです。 以上の理由から、私達は「障害のある人々にこそスポーツが必要」と考え、その実現のための活動を今後も続けるつもりです。さらに付言すれば、障害の有無にかかわらず誰もが人生は1回限りなのです。このたった1回の人生を、障害のある人々と共に精一杯豊かに人間らしく、スポーツを通じて生きたいと私達は思うのです。 |
障害のある人々のスポーツ(身体運動)の源流は、古くは古代エジプト時代の医療訓練にまでさかのぼることができます。しかし、より直接的には16世紀以降欧米を中心に発展した近代医療訓練と、18世紀ごろから英国を中心に発達した近代スポーツ(現在世界で実施されている競技スポーツ)が、その母体と考えられます。 まず、耳の不自由な人々のスポーツは、18世紀半ばからイギリスの紳士階級が近代スポーツを発展させていくなかで、そのスポーツから「紳士でないから」と疎外された耳の不自由な人々が、「自分たちも同じようにスポーツがしたい」と考えるようになり、それが世界最初の障害のある人々のスポーツ組織「ろうあ者スポーツクラブ」(1888年ベルリン)の旗揚げとなったのです。そして、これが1910年の「ドイツろうあ者スポーツ協会」の創設へと発展し、同様な動きがドイツ近辺の各国にも起こり、ついに1924年の「第1回世界ろうあ者競技大会」の開催(パリ)にいたるのです。なお、同大会は第二次大戦中を除き以後4年毎に、「ろうあ者のオリンピック」として現在も開催されています。また、前記第1回競技大会開催中の会議で、世界最初の障害者スポーツ国際組織「国際ろうあ者スポーツ委員会(CISS)」も設立されています。 もう一方の医療訓練からの発展としては、第一次・二次大戦での戦傷者へのリハビリ訓練へのスポーツの採用が、今日の障害者スポーツの形成に大きな影響を与えています。ちなみに、第一次大戦中のドイツ陸軍野戦病院では、シェーデ他四人の軍医が戦傷者のリハビリ訓練に、スポーツを採用したとの史実があります。第二次大戦ではこれが各参戦国に広がり、その訓練を受けた戦傷者達が帰郷後に自国でスポーツを実施し、各国で「戦傷者スポーツ連盟」を結成しています。これを世界歴戦者連盟(戦傷者の国際組織)が統合して、「国際身体障害者スポーツ機構」(ISOD)を1962年に設立しています。同組織は独自の国際競技大会を開催するほか、後述のパラリンピックの主催団体にもなっています。 また、イギリスの国立戦傷脊髄損傷者病院の院長であったL.グットマン博士は、同病院の戦傷者の治療にスポーツを積極的に採用し、このとき戦傷者達に与えた言葉「失われたものを数えるな、残されたものを最大限に生かせ!」は、障害のある人々をスポーツを通じて励ます言葉として、現在も世界中で語り継がれています。そして同博士は、1948年7月のロンドン・オリンピックの開会式当日、同病院に入院中の26名の戦傷者にアーチェリーの試合をさせられたのです。同競技会は以後毎年開催されるようになり、そのなかで競技種目も次第に増えていきました。さらに1952年からは国際大会となり名称も「国際ストークマンデビル競技大会ISMG」と呼ばれるようになりました。そして、1960年には「国際ストークマンデビル競技連盟」(ISMGF)も設立され、現在では40数カ国が加盟(もちろん日本も加盟)しています。 グットマン博士はこの大会をオリンピックの年には、その開催国で実施したいと考えてIOC(国際オリンピック委員会)等に強く働きかけました。それが1960年のローマ・オリンピックから実現したのです。そして、その次の東京オリンピックからは、「パラリンピック」の愛称のもとに開催され、現在にいたっています。ここから同博士は「パラリンピックの父」と呼ばれるようになったのです。 このような耳の不自由な人々や戦傷者のスポーツの発展は、他の障害のある人々、すなわち目の不自由な人々・脳性マヒの障害のある人々・知的発達に遅れのある人々のスポーツにも強く影響し、後述のように第二次大戦後次々と国際組織が設立され、それぞれが独自の大会等を開催すると共に、「パラリンピック」の主催団体にもなっています。 日本の場合は、大正中期から昭和初期にかけて、目や耳の不自由な人々の近畿大会や全国競技大会が開催されていました。しかし、満州事変(1931年)以後、日本の対外侵略戦争の開始のなかで、「兵士になれない」障害のある人々のスポーツは、当然のように行われなくなりました。そして、それが本格的に行われるようになったのは、1964年の「東京パラリンピック」以後です。その意味で同パラリンピックの開催は、わが国の障害のある人々のスポーツの発展に、極めて大きな影響を与えたと言えます。 そして、同パラリンピック翌年の1940年には、「財団法人・日本身体障害者スポーツ協会(現在の日本障害者スポーツ協会)」も設立され、同協会の最初の仕事が同年秋の「第1回全国身体障害者スポーツ大会(愛称身障者国体)」(岐阜県)の開催でした。同大会は2000年の富山大会まで36年間にわたって、毎年秋の国体後に開催されてきました。また、これとは別に知的発達に遅れのある人々の全国大会が、1990年から2000年まで「ゆうあいぴっく」の愛称のもとに開催されてきましたが、2001年の宮城国体からは上記両大会を統合して「全国障害者スポーツ大会」と名称も変更して開催されるようになりました。 上記各大会の開催が契機となって、わが国の障害のある人々のスポーツは大きく前進しました。ちなみに2004年現在、都道府県・政令指定都市の障害者スポーツ協会は、62団体存在しています。また、日本車椅子バスケットボール連盟等の競技別全国競技組織も48団体にのぼっています。さらに障害者総合スポーツ・センターが全国に22カ所、スポーツ施設の設置が義務付けられる障害者総合福祉センターが20カ所、勤労身体障害者体育施設が30カ所、勤労身体障害者教養文化体育施設が33カ所設置されています。そして、日本障害者スポーツ協会所属の公認障害者スポーツ指導員は、全国に19,735名存在しています。 以上の結果、2004年のアテネ・パラリンピックでの日本選手団は、金17・銀15・銅20(合計52個、世界第10位)の成績をあげています。ただ、上記の競技スポーツに参加できる人は、若くて比較的障害の軽い人や単純な障害の人(聴覚・視覚・脊損等)に多く、真にスポーツ(身体運動)を必要とする障害の重い人や高齢の人には参加できない場合が多く、これらの人々を含む「すべての障害のある人々」にスポーツ(身体運動)を保障するためには、今後さらなる検討と努力が必要です。 |
組織状況 |
障害のある人々の国際スポーツ組織は、設立順にあげると次のようになります。まず第一次大戦直後の1924年に耳の不自由な人々が設立した「国際ろう者スポーツ委員会(CISS)」があります。そしてそれ以外は、すべて第二次大戦以後の設立です。まずL・グットマン博士が設立した「国際ストークマンデビル競技連盟(ISMGF現ISMWSF、1960年設立、対象・車椅子)」、世界歴戦者連盟が中心になって設立した「国際身体傷害者スポーツ機構(ISOD、1964年設立、対象・切断、四肢体幹機能障害他)」、米国のケネディ財団の莫大な財政的支援のもとに設立された「スペシャルオリンピック・インターナショナル(SOI、1968年設立、対象・知的障害)」,「国際脳性まひ者スポーツ・レクリエーション協会(CP-ISRA、1978年設立、対象・脳性まひ)」,「国際視覚障害者スポーツ協会(IBSA、1980年設立、対象・視覚障害)」,「国際知的障害者スポーツ協会(INAS-FMH、1986年設立、対象・知的障害)」の6組織があります。上記各組織は、それぞれ独自の大会「障害別・種目別世界選手権大会」、「世界ろう者競技大会(夏季・冬季)」、「スペシャルオリンピック(夏季・冬季)」等を開催すると共に、CISS・SOIを除く5組織はパラリンピックの主催団体にもなっています。なお1982年には、パラリンピックの開催を調整する「国際調整委員会(ICC)」が設立されました。さらにそれが1989年には「国際パラリンピック組織委員会(IPC)」として再組織され、パラリンピックの開催だけではなく各種世界選手権大会等の開催も行っています。 なお、地域別の組織としては、わが国の中村裕博士の提唱により1974年に設立された「極東・南太平洋身体障害者競技連盟(FESPIC,)」があります。そして「第1回極東・南太平洋障害者スポーツ大会」は日本の大分で開催され、現在までに8回開催されています。 |
実施種目 |
上記各国際組織が開催している総合スポーツ大会の最近の実施競技種目を下記に挙げてみます。 |
「世界ろう者競技大会」 |
夏季大会 |
陸上、水泳、バドミントン、卓球、テニス、ボウリング、射撃、オリエンテーリング、レスリング、自転車、バレーボール、バスケットボール、サッカー(男)、ハンドボール(女)、水球(男) |
冬季大会 |
アルペンスキー、クロスカントリースキー(ノルディック)、アイスホッケー、スノーボード |
「パラリンピック」 |
夏季大会 |
陸上、水泳、卓球、アーチェリー、フェンシング、パワーリフティング、車いすバスケットボール、バスケットボール、バレーボール、自転車、ゴールボール、ボッチャ、柔道、射撃、サッカー、車いすテニス、馬術、セーリング(ヨット)、車いすラグビー |
冬季大会 |
アルペンンスキー、クロスカントリースキー、バイアスロン、アイススレッジレース、アイススレッジホッケー |
「スペシャルオリンピック国際大会」 |
夏季大会 |
陸上、水泳、卓球、テニス、バドミントン、バレーボール、バスケットボール、ボッチャ、ボウリング、サッカー、ゴルフ、フライングディスク、ソフトボール、ヨット、乗馬、パワーリフティング、ローラースケート、サイクリング |
冬季大会 |
アルペンスキー、クロスカントリースキー、スノーボート、スノーシューイング、スピードスケート、フィギアースケート、フロアホッケー |
「国際ストークマンデビル車椅子競技大会(ISMWSF)兼ISOD世界選手権大会」 |
陸上、水泳、卓球、アーチェリー、パワーリフティング、キュースポーツ、クワドラグビー、ローンボール |
「極東・南太平洋障害者スポーツ大会(FESPIC)」 |
陸上、水泳、卓球、アイチェリー、フェンシング、ボッチャ、パワーリフティング、バドミントン、射撃、柔道、車いすバスケットボール、車いすテニス、シッティングバレーボール、ゴールボール |
以上のほかに最近わが国が参加した世界選手権大会には、以下のものがあります。 IPC世界陸上競技選手権大会、IPC世界水泳選手権大会、IPC世界卓球選手権大会、 IPC世界射撃選手権大会、IPC世界車椅子ダンス選手権大会、IPC世界自転車選手権大会、 IPC世界アーチェリー選手権大会、INAS-FID世界水泳選手権大会、INAS-FIDクロスカントリースキー選手権大会、INAS-FIDバスケットボール選手権大会、INAS-FIDサッカー世界選手権大会、世界ボッチャ選手権大会、世界シッティングバレーボール選手権大会、世界セーリング選手権大会、世界クロスカントリースキー選手権大会、障害者アルペンスキー世界選手権大会、ボッチャーワールドカップ、車いすフェンシング世界選手権大会、オープンヨーロッパ選手権障害者自転車競技大会 |
アテネ・パラリンピック参加状況 |
最近、2004年のパラリンピック・アテネ大会関係の資料が入手できました。それによりますと、大会参加国は136カ国で国連加盟国(189カ国)の約70%です。つまり,まだ世界の約3分の1の国々では、障害のある人々のスポーツが実施されていないのです。そのうち金銀銅のメダルを獲得した国は75カ国で、これまた参加国の半数です。したがって、障害のある人々のスポーツが活発におこなわれている国は、まだ地球上の半分にも達していないのです。ちなみに、メダル獲得数のトップは中国で以下、イギリス・カナダ・アメリカ・オーストラリア・ウクライナ・スペイン・ドイツ・フランス・日本の順で、わが国の獲得メダル数は金17銀15銅20合計52個で第10位の成績でした。また、アジアでメダルを獲得した国は、中国・日本・韓国・香港・タイの5カ国だけでした。以上から、世界の障害のある人々のスポーツ実施状況が、おぼろげながもらおわかりいただけると思います。 |
京都の障害者スポーツ実態調査(21世紀の京都の障害者スポーツを創る)として、以下にPDFファイルとして公開しております。
平成17年7月1日 | ||
『賛助会員の募集について』 | ||
ご協力とご支援のお願いについて | ||
京都障害者スポーツ振興会 | ||
会 長 内 山 茂 生 | ||
[趣 旨] [1] 障害のある人々にとってスポーツは、残された機能を最大限に生かして自己の可能性にいどみ、相手に勝つことよりも自己に克つことのよろこびを味わうことにより体力の維持増進し、機能回復と残存機能を向上させ、また、積極的な精神を養い、自己と社会参加を目指して明るい生活を形成するのに大きな意義があります。 [2] 京都障害者スポーツ振興会は、昭和46年に発足し今日まで34年間にわたり、障害者スポーツの振興を推進するため、@生活の中でスポーツを楽しむ事業A各種スポーツ大会の開催事業B指導者・ボランティアの養成事業等の諸事業を展開し、京都における障害者スポーツの普及・啓発を図り、社会福祉の進展に寄与することを目的として活動している団体であります。 [3] 国内では、全国規模の身体障害者スポーツ大会と知的障害者スポーツ大会が別々に開催されていましたが、2001年からは統合され、同一期間・会場で実施されており、本会では、毎年出場選手の競技力向上に努めています。また、4年に一度の障害者オリンピック(パラリンピック)は、2006年トリノ冬季パラリンピック、2008年北京パラリンピックが開催されます。それに向けて、多くのアスリートたちは失意と絶望の障害から立ち直り、人間の持つ可能性に挑戦し、私たちに明るい希望と勇気を奮い起こさせ、障害者スポーツに対する深い認識と理解が高まってきております。 [4] これを契機として、障害のある人たちのスポーツに参加する意欲は更に高まり、今後共重度の障害のある人の参加を考慮しながら、スポーツが生活をより豊かにする視点に立って、諸事業を更に推進してまいりたく存じます。 [賛助会員]制度 平成13年(2001年)は、京都障害者スポーツ振興会が発足して30周年の大きな節目でありました。この記念すべき時にあたり、今日まで取組んでまいりました障害者スポーツが、輝かしい21世紀を迎えて更なる充実・発展を目指すために『賛助会員』制度を発足させ、多くの皆様方のご賛同を賜り、本年4年目を迎えました。 つきましては、本年も引き続き障害のある人々のスポーツ活動をより推進してまいりたいと存じます。いろいろと経済状況の厳しい折から誠に恐縮でありますが、この道発展のため、下記によりご入会いただき温かいご支援を賜りますよう心からお願い申し上げます。 趣旨に賛同していただける方に賛助会員になっていただき、本振興会の運営財源として、下記の賛助会費を納めていただきます。 [会 費] |
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区 分 | 会 費(1口以上) | |
個人賛助会員 | 本会の目的・趣旨に賛同いただく個人 | 年間 1口 1,000円 |
団体賛助会員 | 本会の目的・趣旨に賛同いただく企業・団体 | 年間 1口 10,000円 |
※ 会費は、振興会が実施する各種事業や運営の経費に使用させていただきます。 ※ 会費は、本会専用払込用紙により郵便払込をご利用ください。(払込料は不要です) ※ 会費平成17年度分は、平成18年3月31日まで受付けております。 [問合せ先] 京都市左京区高野玉岡町5 京都市障害者スポーツセンター内 京都障害者スポーツ振興会事務局 TEL・FAX共075−712−7010 |