いま考えていること 372(2009年09月)
――9月11日を迎えて――

ニューヨークの世界貿易センターがハイジャックされた航空機に突入され、多くの死傷者を出した事件からもう8年経ちました。その後のブッシュ前大統領の努力にもかかわらず首謀者とされる、ビンラディン氏の逮捕もなく、オバマ大統領になっても相変わらずアメリカ軍のアフガニスタンへの増派が計られています。

世界中がここ数年ブッシュの口車に乗って「テロ撲滅」の戦闘や施策を遂行して来ましたが、私の考えではテロはなくならないと思っています。その理由はテロにはその原因があり、単なる暴力問題ではないからです。外交を初めとする政治的な解決が出来ず、残されたのが暴力だと言う局面でテロが行われるからです。政治的に不当に植民地とした朝鮮で初代韓国統監府初代統監であった伊藤博文がハルビン駅で安重根によって暗殺されたのもその一例です。現在の韓国では安重根は『義士』と呼ばれ、1970年には『安重根義士記念館』がソウルには建てられています。テロを見る場合はことにそのバックにある本当の原因を見なければならないのです。これからもやはり政治的−−国際政治も含めて−−政治的懸案が生まれることは永久に避けられず、それらがすべて賢明に穏便に解決されることは考えられませんから「テロ」がなくなることはないと思うのです。

アメリカでも次第にアフガニスタンへの出兵を意味のないものと考える人たちが増えてきています。

"戦時気分が抜け、政権交代がされたからこそ、慰霊の儀式が政治や軍事から町と遺族の手に帰ってきているのです。

これはNYでもペンタゴンでも同じです。政治色が抜けたから静かに犠牲者と向き合えるのであり、その背景には「反テロ戦争はもうやめたい」と言う心情が見て取れるのです。"

これはアメリカ在住の作家冷泉彰彦氏が今年の9.11の様子を記した「8年という歳月」の中に記した言葉です。
やはり解決はその国の人たちの内部からの運動以外外国の干渉によって解決することは不可能だと思います。たとい干渉する側の信念や正当性があるとしても問題の解決は当事者自身の問題として当事者が解決しないとどうしようもないのです。革命は輸出できないと昔から申しますが、その通りなのだと思います。イラクの戦争もそうでした。フセインの行動は欧米の理念では全く許せないものでした。また現在の北朝鮮の政治体制も我々の考えでは是認できない体制ですが、その是正はイラクあるいは北朝鮮の国民自身の批判と決意・行動しかないのです。

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いま考えていること 373(2009年09月)
――短距離ながら未来への夢――

鳩山さんの総理就任も目前になりました。2020年までに1990年比25%の温室ガスを削減するという民主党の主張に財界などから猛反対が起こっています。しかし北極海の氷が溶けて海面が上昇し、国土が海水で侵されている国が出てきていますし、気候の著しい変化の一因は地球温暖化によるものだと思われます。車の排気ガス公害も一時よりも言われなくなりましたが、無視できないでしょう。プラスチックを初めとする化学製品の貴重な素材としての石油を、燃料として消費するのは賢明な使い方とは思われません。

このような現在直面している危機を脱するには中心的なエネルギー源を電気とするしか方法はないでしょう。それも火力発電に依存するわけには行きません。水力発電・太陽光発電・風力発電・波動発電など自然エネルギ−が重要なことは言うまでもありませんが、これらの普及に伴う蓄電方法の開発が必要です。現在はリチウム電池に力が入れられていますが、さらに効率のよい蓄電池の研究が求められます。しかし今後の世界で自然発電だけで必要なエネルギー需要に応えられる規模になるでしょうか。やはり原子力発電が大規模エネルギーの供給には欠かせないと思います。現在の核分裂だけでなく、放射性副製物の少ない核融合という方法もあります。日本は原爆の惨害を経験した国で、感覚的に核拒否の風潮が強いのですが、未来を考えるときむしろ安全面も含めた核エネルギー利用の積極的な研究に投資することが必要でしょう。

エネルギー源のこのような転換を前提に交通機関のエネルギーも電化が迫られるでしょう。車も本命は電気自動車になり、燃料電池によるものも本格化するでしょう。もし長距離運転に耐えられる蓄電手段が開発されなければ、高速充電設備の革新が課題となります。

テレビのデジタル化が目下の動きですが、デジタル化が一巡すれば電機業界は次の目標としてどうやら三次元テレビに矛先を向けそうです。日本でもソニー、パナソニックなどにその動きが見られます。これまでのように左右に赤青の色の異なるフィルターを装着するちゃちなものから原理的に異なる3Dテレビです。我が家のように衛星放送も見ずハイビジョンも見ず普通のテレビしか見ない家庭では、デジタルテレビ買い換えの負担にぶつぶつ言うくらいなら当面安い値段ですむデジタルチューナーですまし、いずれは登場する3Dテレビになってから買い換えを考えてもよいのかも知れません。

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いま考えていること 374(2009年09月)
――民主政権及び自民総裁選――

権力の基盤をどこに求めるかと言う立場から最近の政局を眺め、天命があらたまることを革命とする東洋の定義からすると、民主政権の樹立は「革命」でした。それは政治の対象をどこに向けているかと見ると、明らかに財界から国民大衆に変わったからです。莫大な政治献金を自民党につぎ込んで政権維持を計ってきた財界の敗北であり、お賽銭程度の8000万の政治資金を財界から得ていたいわば本尊でない民主党の勝利であったことにも革命が見られます。私は800兆円の借金を抱えた財政の現状で、大きなことが出来るとは思いませんが、消費税増税と言う逃げ道をこの四年間は断ち、それ故に徹底的な財政の検証をすることにならざるを得ないことにも、民主党の覚悟が見えます。すでに革命的な施策の変化の芽が見えるので今後の進展を希望のまなざしで見つめようと思っています。

野党に下った自民党では総裁選が進行中です。きょうのサンデ−プロジェクトには、三人の候補が出演していましたが、見解を聴く限り、再生の期待が持てるのは河野太郎氏でした。それは新しい政治ビジョン建設の可能性を感じられるのは河野氏だけでしたから。昨日のテレビ10チャンネルでも三人の方の出演があり、再建の抱負をそれぞれ書いておられましたが、谷垣氏は「みんな一緒にやろうぜ」でした。これから受ける私の印象は、谷垣氏の「みんな」は「財界のみんな」であり、「官僚のみんな」と置き換えても良い程度で、何か新しいビジョンを政党として展開する意識は感じなかったのです。

これから自民・公明とともに野党として活動していく共産党も機関誌「赤旗」を見る限り、ここしばらく民主党への見方がずいぶん変わってきたという印象ですが、共産党の組織や国家は最も官僚的な支配体質を持っていますから、これとは異質な民主党の動きに今後どのように反応していくか興味のあるところです。

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いま考えていること 375(2009年09月)
――亀井さんの徳政令――

亀井さんが金融相になって、中小企業やローンの借入金返済や利息の3年間猶予を打ち出したので、金融関係の株価が下落し、非難も轟々です。私もまた亀井流の妄言が現れたと思ったのですが、対象者の具体案その他これから検討が副大臣中心に始まるようですからその推移も見ていきたいと思います。連立政権の主である民主党筋でも疑問がでているようですから。

このような世間の空気を擁しつつも現在の私の心境は、前の自民政権だったら銀行からの政治献金もあり、とてもこのような考えは出てこなかったと思われ、このような画期的な提案が出てくること自体が政治の主体が自民党の手を離れたことの象徴として興味深く思っています。そういう気持ちですから、一度そういうことが実施されるのも良いではないかと思っています。

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いま考えていること 376(2009年10月)
――この一月の民主党――

民主党政権がスタートしてから1ヶ月。今までの自民・公明政権の施策の名残と民主党のマニフェスト公約の矛盾が八ッ場ダムに鮮鋭的に見られますように何かと見られますが、私の思っていた以上に民主党のみなさんは成果を上げているように思います。これほど政権担当能力が民主党にあったと言うことも予想外でした。お遊びのようにしか思っていなかった「影の内閣」もこのように政権を担当するようになって、大臣・副大臣・政務官で実質的な政策討議をして競うように補正予算の洗い出しも行っているのを見るとこれまでの自民・公明内閣とはなにをしていたのだろう、ただ官僚のお膳立ての上で動いていただけじゃないかという思いがします。詰まるところ自民・公明では大臣とは選挙向けの名誉職で実質は官僚内閣であり、その代償として官僚に天下りを初め高い特権を許容していたのかと思っています。

今日も妹(78歳)が私を訪ねて来ましたが、このごろ新聞を見るのが楽しみになってきたと言ってました。

明治維新の後にも特権を失った武士の中には「神風連の乱」、「秋月の乱」、「萩の乱」と反乱が続き、ついには西郷をもり立てて西南戦争を起こした人たちもいました。これから民主党の前途にも自民党の政治から甘い汁をすすっていた人たちの抵抗が出てくるでしょう。西南戦争を起こす力はないでしょうが、改革には抵抗もつきものです。しかし立脚点を国民の福祉に置くならばいずれは民主党の政策にも理解が広がっていくことでしょう。ここ当分は多少の反対があってもじぶんの政策に自信があれば「断固として吾行く」の気概を持って圧倒的な選挙の支持を背景に進むことを期待します。

(2009年10月23日追記)
昨日「行政刷新会議」が発足しました。来年度予算について「事業仕分け」ひいては予算の査定が始まりました。結論を出すのに許されている日数は多くはありません。確かに子ども手当や母子加算の復活など国民の福祉に資する案件があり、それは賛成です。しかし自民党政治の無駄を省き予算の組み替えを主張してきた民主党としては、これらの福祉予算をただこれまでの自民党予算に上積みするだけに終わればなにおか言わんです。それなら自民党の人たちでもやれたことですから。限られた予算、これ以上赤字国債の発行を増やさずこれまでの膨大な赤字を少しでもカットしていく姿勢が来年度の予算に見られなければ現在の民主党支持の動きは消えていくことを肝に銘じて政治を進めて欲しいものです。

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いま考えていること 377(2009年10月;11月)
――日本郵政――

日本郵政の社長が西川氏辞任、斎藤氏後任と決定しました。これで郵政事業が後退することが議論されていますが、私の気持ちをしたためておきます。私は郵政民営化には賛成です。その点では小泉さんの改革が全く無意味であったとは思っていません。こういう気持ちの奥底には私が中学生であったとき、学徒勤労動員で知多半島半田市の中島飛行機で働いていたとき、月給30円はそっくり郵便貯金に入れられ、結果的には戦費に回されていましたので、かっての郵便局は国の機関の一部としてあたかも徴税機関の一部の観があったからです。現在もなお国債の最大の引き受け機関であることを見ればうなずけると思うのですが、一般市民のためと言うよりは集めたお金を国のために使うのがその働きでした。ですから民営化すれば国から独立して民間に資金を供給するだろうと思ったからです。この点ではまだまだ不十分です。郵便局員が公務員でなくなったのも国費節減の立場から良いことだと思っています。

民営化されて一般の銀行口座との間で振替ができるようになったのは大変便利になったことの一つです。しかし不便になったことも見られます。たとえば毎月の積み立てにゆうちょ銀行の人に来てもらっていますが、以前ですとついでに年賀状の購入もお願いしていたのが今は別会社なのでできなくなりました。また郵便局に対する不満は京都の郵政監察局分室に申し出て解決してもらっていましたが、郵政監察制度は民営化とともに廃止されています。家内は身体障害者で預金にマル優の適用がありますが、前は郵便局と一般銀行の両方にそれぞれ300万円の枠が持てましたが、現在はゆうちょ銀行は一般銀行の一つになったのでで郵便局枠は無くなりました。

社長の交代でどういう結果が生まれるかはまだ分かりませんが、私は郵便局が民営化と、そこで働く人が公務員でないという二つの基本線が守られれば良いと思っています。ただ国民にとって少しでも使い勝手の良いものには改善して欲しいものです。

(2009年11月12日追記)今日「郵政見直し」国民負担1兆円:高橋洋一(政策工房会長)voice を読んで、もう少し深く考えないといけないことに気づかされました。
高橋さんの指摘では今回の改革は郵政の「再国有化」であり「財投復古」への転換だと言うことです。郵便局はこれまで常に低い金利で庶民から預金を集め、かっては大蔵省が特殊法人にそれより高い金利で割り当てて採算を取り、現在のゆうちょ銀行でも国債を購入して金利差を稼いで来たのです。預金の低金利ということがベースにありました。しかしいずれはこのような低金利は崩壊し、特殊法人への注入や国債で金利差を稼ぐことは出来なくなり、預金金利の上昇と共に郵便局の赤字が出ることになるので、その解決策として小泉・竹中の民営化が出てきたようです。今回の措置で再びもとの姿に戻るといずれは膨大な赤字の前に郵便局の累積赤字は極限に達し、その後始末は国の財政ですることになるのです。ゆうちょ銀行の国内津々浦々のいわゆる「ユニバーサルサ−ビス」を行うには国営化、それに伴う赤字の国家・国民負担しか方法はないのです。高橋さんは「まやかしの民営化」をするくらいならはっきり以前の「国営化」に復帰するといった方がマシだといっておられます。

私たちは今回の措置でいずれは発生する郵便局の壊滅的赤字を税金で負担することを覚悟しなければならなくなりました。郵便局問題は再び頭も痛い問題として残っていきます。

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いま考えていること 378(2009年11月)
――民主党政治の着目点――

民主党政治は今マニフェスト片手に推進されています。私たちはこの民主党政治の展開をマニフェストの実現だけから一喜一憂していて良いのでしょうか。鳩山さんのリーダーシップも時には新聞で問われもしますから、私たちの関心は民主党政権の挙動に払われがちです。しかし今日のNHKの番組を見ていて、この視点だけでは不十分ではなかろうかと痛感させられました。現在民主党政府と党の運営とは表面上分離されています。しかし政権そのものへの関心は小沢氏に集約されています。どうも小沢氏には本質的に政治の内容の細かい点には深い関心はないように思われるのです。彼にとって関心は政権の所在そのものにあるようでまるでゲームをするように政権の在処そのものに強烈な関心があるように思われてきました。自民党も強烈な政権指向を持っています。その目的を達成するにはかっての村山自社政権のような驚くような技をしかけてこないとも限りません。確かに世の中には生まれながらに権力そのものに深い関心を持つ人があるような気がしてきました。

今日から国会では予算委員会が始まり、個別具体的な論戦が見られます。聞いていてなかなかおもしろいのですが、そこに関心の100%を払っていると、再びわれわれは希望を見失わなければならなくなるかも知れません。国会での民主・自民の抗争をまるで操り人形のように仕切っている重要な人が局外にいることに着目しなければなりません。民主党では小沢氏ですが自民党の黒幕は誰で、どのような手を打ってくるか、それはまだ私には見えないのですが、政治も上辺だけ見て分かったような気持ちになっているともっと深いところで事態は進行しているかも知れないと改めてその辺りに目を見開いていきたいと思っています。残念ながら表面的に「国民のために」、あるいはかってのように「天皇のために」という美しい言葉に捕らわれることなく、その裏にある強烈な権力志向の激動に気づかないととんでもない結果に驚くときが来ます。

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いま考えていること 379(2009年11月)
――北朝鮮とどうつきあうか――

南アフリカは世界有数のウランの産地でもあリます。南アフリカは74年に核爆弾の製造を正式決定し、79年、ウラン濃縮型の最初の核爆弾製造に成功しました。その後合計6個の核爆弾を持ちました。しかし当時緊張状態にあった南アフリカは冷戦終結とともに訪れた89年のアンゴラからのキューバ軍の撤退開始、続いてモザンビーク、アンゴラが複数政党制に移行し、南アフリカでもマンデラ氏が釈放されアパルトヘイトが終わったという情勢の変化で、核は放棄されました。この唯一の例外を除いてこれまで核保有国が核を放棄した例はないのです。北朝鮮に対する6カ国協議はもう長きにわたって膠着情勢に入っていますが、核保有国である中国、パキスタン、インドは現在アジアの平和に対してその保有する核が直接的な脅威になっているでしょうか? 私は北朝鮮に対しても平和的な交渉を進めて外交的に互いに信頼の置ける関係の構築こそするべきで北朝鮮の原爆保持を事実として認めても良いのではないかと思っています。核保持にのみ目を向けるのでなく、真に北東アジアの平和的関係を互いに構築することこそ、ひいては北朝鮮の核の脅威を実質的に無意味なものにすることが出来るのではないでしょうか。核の脅威の前には、拉致問題は従の問題であり、正常な国家間の関係が回復した上で、改めて彼の国の非人情的な行為に対する誠意ある謝罪と保証を迫るべきだと思うのです。民衆の世論は無視出来ませんが、視野の狭さという意味では必ずしも解決の正道を導くものとは言えないこともあります。たとえば身近なところで保育所の民営化なども世論は民営化すると公営よりも無責任になるとか言って必ず反対の声が出てくるのですが、内実、それは発言者個人の都合がどちらが恵まれているかから発した自己中心的な考えに「国民」「市民」の声という仮装をまとわせて出てきている場合もあるのです。拉致問題は確かに悲劇的な問題ではありますが、非核化問題の条件として持ち出せば非核化は結論に達しないことは明らかです。問題の内部には一般に「主」と「従」があります。ある時期には「従」の問題は後に回してまず「主」の問題の解決を計らないと絶対に問題は解決しません。現在問題になっている沖縄基地の海外移転問題なども、海外移転は正しいし、望ましいことではありますが、過去のいきさつ特に日本がアメリカに破れたと言う冷厳な事実は形の上で講和条約を結んだからと言ってその日から完全対等な関係を回復すると言うことは有り得ません。個人の破産でも少なくともはその影響は子孫三世代に及びます。敗戦という事実の前にはたとえ形の上で平和が回復し、対等性を持ったように見えてもそう易々と戦勝国相手にこちらの希望通りに物事がはかどることなどないのです。北朝鮮に核の廃棄を迫るだけではなく、たとえ保持し続けても、それを無力化する外交による事態・環境の変化を図らなければわれわれに平和はないことを主張したいのです

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いま考えていること 380(2009年11月)
――私のデフレ観――

菅副総理は現状日本はデフレの状況にあると発表しました。デフレになると物価は下がり、ひいては経済が低調に陥りいわゆるデフレスパイラルに入ってしまうので、給料も伸びず、消費が伸びないので大変だと言われています。

この現象に限らず世の中すべての事象をどう受け止めるかは、自分の立場で考えればよいので、すべての人が総理大臣であるまいし、国の立場で考えて右往左往する必要はないと思っています。先ず自分の立場で素直に考えましょう。私は目下年金生活者です。私の立場で言えばデフレはインフレよりもさしあたって歓迎です。今は年金のスライド制もなくなりましたから、物価が上がると定額しか収入のない年金生活者には大変です。素直に考えれば目下、私の立場ではデフレの方がインフレよりは歓迎です。これまでの変化を考えるとインフレに悩まされることが多かったのがわれわれの世代です。もっともインフレも必ずしも歓迎しないのではありません。当時はインフレの代わりに預金利息の利回りが8%くらいありましたから今と比較にならないほど利息が付いてきました。政府の立場で考えるとインフレになると現在の赤字が実質減少しますから歓迎すべき一面を持ちます。反面、国債の利払いがとてつもなく大きくなりますから、国の財政破綻が現実のものになります。どちらに転んでも国は大変です。しかし私個人の立場で考えるとインフレよりはデフレ歓迎です。デフレで生じる国全体のひずみをどう是正するかは政治の役目で、私のような個人の出る幕ではありません。それを解決するためにいるのが政治家なのです。

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いま考えていること 381(2009年12月)
――もっと深く――

その一つは鳩山総理への献金問題です。政治献金はその多くが営利企業やその他の法人からのものでその見返りに何らかの利益が期待されています。その点が政治献金の問題点なのです。政治献金もこれが全くの善意からの拠金であれば本質的には何も問題はないのです。ですから政治献金といってもそれを表面的にとらえて一概に単純に扱うことは出来ません。私は鳩山さんへの母君からの資金提供は、企業からの見返りを期待した政治献金とは性格が全く違うものだと思います。問題になるのは基本的には贈与に対する脱税の問題です。

もう一つの問題は「仕分け」の問題です。ビジネスマン的に単純に投資と成果のバランスの問題としてすべての問題を判断すると、大きな誤りをもたらします。私も化学に携わってきましたが、独創的な着想は研究しても大げさに言えば100のうちの1つが大きな発見になるくらいなもので、研究したからと言ってすべてがものになるわけではないのです。こんな研究が成功するかと言うようなものが意外に予期しない成果をもたらすのです。とても仕分けの対象には出来ないものです。「仕分け」に携わる人の素質、仕分けの対象に取り上げるテーマ、共にその選考には一筋縄でいかないことが潜んでいます。

ものごとすべて表面だけ見て画一的にあるスケールで判断すると、とんでもない過ちをしてしまうものです。ご用心!ご用心!

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いま考えていること 382(2009年12月)
――これからの日本――

今日も「坂の上の雲」が放映されます。NHKが情熱を籠めて取り組んだドラマのようですが、司馬さんの歴史観を巡って、その放映には賛否両論があるようです。或いはこの沈滞した現代日本に、ことに若者に活を入れたいということなのかも知れません。私は若い時にバナールの「歴史における科学」を読みましたが、その時書かれていたのは科学の頂点も歴史における興亡と比例していて国が歴史における先駆的役割を終え、新しい国が勃興すると科学の中心もその新しい国に移動していくということだったように思います。この本が出た頃にはまだソ連が隆盛の時代でしたから、歴史的にはこれからソ連が科学をリードするかなと思ったものでした。しかし私の生涯を通じて最大の出来事だったのは社会主義ソ連の崩壊でしたから、バナール流に考えてもソ連が科学界をリードすることは当分消えたような気がします。

翻って明治維新以来のわが国の歩みを見ますと、歴史の勃興期を上り詰めて、アメリカ共々もはや衰退期に入っているような気がします。少子化もその現れの一つですし、私の少年期の状態から見れば現在の失業・貧乏といっても年金はあり、医療保険はあり、各家庭を見てもテレビはあり、また、ITによる便益発展の度合い、電気冷蔵庫、電話の普及度を始め比較にならない裕福さは否定出来ず、世界の全体を見渡してももはや発展の絶頂に至った感じがします。明治の「坂の上の雲」をドラマ化して人々を鼓舞し活力を若い人に与えようとしても、現在の日本の歴史段階ではもはや日本の青年はboys be ambitiousには有り得ぬ成熟の時代であり、その成果を見ることは無理だと思います。

ではどうするのか? 私はスイスの歴史は知りませんが、若い時から今日に至るまで「スイスの時計」は今なお冠たる位置を占め、インターネットでもそのまがい物の安価な購入を迫る迷惑メールが連日飛び込んできます。これからの日本は真似でない独創的科学を確立することにエネルギーを傾けて他国には出来ない技術的優位を確立し、その技術で世界に貢献していくしか道はないと思っています。先の項でも書いたように科学や技術発展の真似でない独創的な成果は始めは予期でないことが多いのです。やってみないと分からない。うまくいかなければ撤退して出直す。その積み上げしか新しい道は開けません。誰にも仕分けは出来ない性格のものです。本来科学と技術は独立したものですが、ユニークな技術をその科学の成果の中から育て、現実の産業・技術にも生かすことが出来ないと、わが国は一路衰退に向かう歴史のありようの必然の位置にもはやあると思います。

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いま考えていること 383(2009年12月)
――決定的な自民党へのパンチ?――

鳩山さんの決断はすべて慎重すぎるほどに慎重で、もどかしさを感じることも多く、支持率の低下の一因もそこにあるのだろうと思います。ことに普天間基地の移転問題はこれまでの日米間の同盟の根幹に関わるものとして国民、ことに沖縄の人たちの関心が高いのです。たとい政権が変わっても国家間のこれまでの約束は守らなければならないという人も多くいます。私もこの問題が表面化した当初、戦いに敗れた日本は長きにわたってその影響が残り、アメリカ軍の日本国内における基地設定も敗戦の遺物として容易に取り除くことは出来ないだろうと考えていました。しかし日本が本当に独立しているのであれば、現状のアメリカ軍の地位協定とか基地の存続はやはりおかしいと言わざるを得ません。わたしは予て自民党の役割はもう正味切れで終わったと言ってきたのですが、自民党と米国の取り決めそのものがもはや賞味期限切れなのかも知れません。また東洋に対するアメリカの抑えのあり方からしても沖縄は戦術的にアメリカにとって極めて重要で手放しはしないだろうという気持ちはいまもあるのです。しかし政権交代のこの時期を契機としてこのあり方を基本から見直そうと鳩山さんが考え、行動しているのであれば、これこそこれまでの自民党政治への挑戦であり、新しい日米関係を造ることが出来れば、自民党政治訣別への決定打になるだろうと思うに至りました。オバマ政権の存在もこのような決定的見直しをする好機かとも思えます。今暫く落ち着いて鳩山さんの出方に注目したいと思います。

NHKでの「坂の上の雲」登場が日本軍復活の動きの現れかという見方もあるようですが、心配なのは独立色が濃くなると再び昔のように軍国日本が復活し、軍に優先的立場を与えたり、軍需産業の跳梁を許すようになっては、国民の不幸も復活することです。まして日本の核武装が実現することは避けなければなりません。

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いま考えていること 384(2010年01月)
――死をどう見るか――

今年の年賀状にはかっての級友達の体の不調を知らせるものが数多く見られました。八十歳を過ぎると、たいていの人は何らかの健康上の悩みを抱えながら生活しているのだなと共感しています。初詣は相変わらずにぎわっているようで、幸運や長寿を祈っているようです。わたしは前大戦で最後には神風が吹くと真実信じていたのに、そのような奇跡は起こらず、以来、神社に何かを祈ることはしなくなりましたし、所詮は神道での神様への祈りは幻想を神に託して追い求めるものとしか思わなくなりました。

わたしの父母の存在は疑うまでもありませんから、毎年元旦には菩提寺の先祖の墓に挨拶にいき、墓参りをしてきます。わたしは仏教の「空(クウ)」思想の信奉者ですから、死んだ時は仏式の葬儀を予定しています。年の初めですが、生死についての私見は死ぬとあの世に行くとか、彼岸に渡るとか言って別世界に移るような雰囲気で考えますが、死は生の一コマでそれ以外のものではないのではないでしょうか。死で人生は完結するので、それから先にあの世の生活があったり、昔の友人、故人ともう一度会うというようなことは考えるのは楽しいかも知れませんが現実ではないのではないでしょうか。そういう意味では我々の日常接する仏教も死を生と隔絶した印象を与えている宗教だと言えます。わたしの考えは少し違って、死をも含めたものが生であり、この地上こそ地獄極楽で、死によって生は完結するのです。神や仏は我々の日常の生の生活を支えてくださっているのです。昔の人にとって死後の不安から死後の世界の安穏を仏に祈った心境は理解出来ますが、死後の「あの世の生活」などというものはないのです。「死」それは「生」の最後の段階であり、すべては静かに「空」に帰るだけだと思っています。日常、不平を持つて改革を求めることもそれはそれなりに意義のあることですが、人生老年にもなれば毎日経験することを味わい楽しみ最後に死を従容と受け入れる姿勢の涵養も忘れてはならないと思います。
わたしは仏像も好きで若い時から親しんできましたが、仏像というのは仏を憑依させる物で仏像を礼拝するのは仏像に憑依されている「仏」そのものを礼拝しているのです。仏像は仏の姿そのものではなく、仏の「よりしろ」にすぎません。

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いま考えていること 385(2010年01月)
――小沢さんの怪――

民主党小沢幹事長にまつわる話題は未だに決着しませんが、一昨日の検察による任意聴取の後の記者会見によっても本人に対する疑念は晴れません。わたしが一番腑に落ちないのは、既に3億5200万円の支払いを済ませているのに、銀行から利息のつく4億円の借り入れをわざわざして小沢氏自身が署名をしているのに石川秘書の言うままに署名をしたという点です。小沢氏ほどの人が秘書の言うままに大金の借用に質すこともなく署名するとは到底考えられません。やはり企業からの献金のマネーロンダリングとしか考えようがありません。

今回の事件で明らかになってきた小沢氏の体質は、まさに師−−田中角栄と同様の金権体質であり、政治戦略はまさに旧来批判を集めた自民党の それと同じもので、自民党もいやですが、民主党も嫌としか言いようがありません。民主党内にこれを明らかにする動きも見られず、小沢体制の中に埋没しています。対極の共産党も基本的に、党員を重んじ統制する独裁的体質は「自由」の好きなわたしには合わず、世間でも民主党への支持率の最近の低下がそのまま支持政党なし層のパーセントを高めているのも肯けます。

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いま考えていること 386(2010年02月)
――基地問題――

議論になっている沖縄基地をどう解決するかについて私の考えを書いてみます。

基本的には社民党や共産党の言うとおりで日本にアメリカの基地は要りません。安保条約による日本の防衛の必要で沖縄に基地が必要とは詭弁でしょう。そう思います。沖縄の米軍基地はアメリカの世界軍事戦略の必要から置かれているのです。中東への出兵の基地として、あるいは台頭する中国への軍事上の布石として、ここには台湾防衛の必要も含まれるでしょう。広く言えば北朝鮮も含めた東アジアへの布石としてグアムでなく地理的に沖縄あるいは日本にアメリカの基地を持ちたいのでしょう。

このような基地が何故日本の意志とは独立して存在しているのか。そこには過去の歴史が投影しています。物事すべて歴史を無視しては理解できません。一軒の家でもわたしの家も過去に破産を経験しておりその時に法的整理は完了していたのでしょうが、その影響はその後三代にわたって残りました。私の父は三男でしたからまだ影響は小さかったと思うのですが、学校も小学校4年まで(昔は小学校4年までが義務教育でした)で丁稚奉公に出ていますし、まして本家の人たちは生活の困難に苦しみ、私のいとこたちもみな苦労しました。日本とアメリカの戦争も平和条約で独立を回復し法的に平等なのにけしからぬとする単純な考えでは、この問題は解決はできません。法的には対等を完了しているのですが現在の基地の存在は前の戦争で、沖縄への戦火拡大にもなお戦争を続け、敗戦によって沖縄占領をもたらした軍独裁政治の名残です。もし沖縄の敗北後も戦争を続け日本本土の占領をもたらしておればおそらくその地域には今でもアメリカの軍事基地が残っていることでしょう。一片の平和条約で対等な独立国に急に戻ることはできないと思います。沖縄の基地の存在はそのような過去の日本の歴史の遺産であり、そう簡単には解決できない問題だと思っています。

世界の状況が変わりそれに伴ってアメリカの戦略の変化が起こって基地配備計画が変わらない限りは残念ながら基地撤去はできないと考えます。

ではこのまま沖縄にだけ苦痛を押しつけることはできませんし、簡単に国外にアメリカを撤収させることもできないとすればどうするか?

   @沖縄の苦痛を和らげるようにアメリカに基地の訓練内容を交渉する。
             A機能の一部を本土に移管する。本土の人間も同様に苦しみを味わう。
             B自民党時代の合議に従って普天間から県内に移転することで当面の苦痛を分散させる。

基地問題の根元は戦前の日本の軍国主義による戦争と敗北にあり、講和条約が結ばれて独立を回復したからと言って、その影響は一朝一夕には収まらないものだと思います。

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いま考えていること 387(2010年02月)
――子ども手当を巡って――

民主党の政治原資には、自民党政治には予算の無駄がありこれを是正すれば多額の資金が生み出されるということがありました。 そういう資金を元にして永続的な子ども手当年額2万6000円の給付があったと思います。少子化を迎えている日本ではこの手当は少子化対策の一助になるだろうと思い、私も歓迎していたのですが、実際に民主党が政治を担当してみるとどうもこのような隠れた財源の発掘はあり得ないようです。

このような財源の発掘ができないのであれば、民主党の公約は瓦解します。新たな財源を消費税の増税に求めるならば、いったんマニフェストを凍結して、財源論議を先に片づけるべきで、そうでないと民主党の公約はインチキであったといわざるを得ません。まさに羊頭狗肉の典型です。私は自民党政治ももはや限界だとおもっていましたが、民主党もインチキだと思うにいたりました。その他の野党も野党は与党を攻撃しておればよいので気楽なものですが、実態に即した建設的な具体的なプランを見せてもらわないと信じる気にはならないのです。詰まるところ現在の政治への不信が募ってきました。

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