少し堅い話題ですが、遺伝子操作食品の安全性について、わが国でもかなり神経質にいろいろ議論され、遺伝子操作表示を義務づける動きも見られます。
国際的にもこの問題についての議論は活発で、最近目に触れた権威ある国際科学誌"Nature"の新しい誌上でも論議が交わされています。ことの起こりはNature401号にMillstone氏らが書いた論文です。それに対して、その次の週の同誌にTrewavas氏らが反論したのです。
Millstone論文によると、現在遺伝子操作食品の安全性は"物質としての同等性(substantial equality)”という見地で、化学的な立場からの分析だけで判断されているが、それは補助的な方法に過ぎず生物学、毒物学、免疫学の立場からの検査が必要だと言っています。この"物質としての同等性"概念は1993年に経済協力開発機構(OECD)によって導入され、96年に 国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機構(WHO)によっても採用されたといいます。化学的組成に著しい異常性が見られたものについてのみ更に他の検査もするということになっています。Millstone氏は、この"物質としての同等性”の概念はもっぱら商業や政治の立場で決められた偽科学的概念であり、毒性などの見地での検査を閉め出す役割をしている反科学的な考えであるとまで言っています。一例として、万能のじわっと効いてくる除草剤グリフォセート耐性を持たせた遺伝子組み替え大豆中のフェノール性物質、例えばイソフラバノンの量はグリフォスフェートを散布したあと確実に変化するのに、 この遺伝子組み替え大豆の分析はグリフォスフェートを散布しないで行われて、"物質としての同等性"概念が満たされるといって市場に出ているといっています。
これに対して、Trewavas氏らは遺伝子組み替え大豆にも雑草の影響を受けやすい小さい内にはグリフォスフェートを散布するが、数ヶ月後、豆として成熟するときにはもはや散布したグリフォスフェートは消失しており、Millstone 氏の議論は成り立たないと反論しています。Millstone 氏のようなことを問題とするなら遺伝子組み替え作物だけでなく、在来作物も除草剤、殺虫剤、肥料に至るまで新しい薬剤や新しい栽培条件を使った場合はすべて毒性検査を要することとなり、そんなことは不可能だというのです。Trewavas氏の知る限りではこれまでに数百万の非遺伝子組換え作物から2例だけ栽培条件が変わったために毒性物質が検出された例があるといいます。一つは光の作用で在来種のセロリー中からプソラレンが検出された例、もう一つは天候が涼しかったためにスエーデンで在来種のジャガイモ中でソラニンの蓄積が見られた例があるだけだといいます。結論的には、イギリスの厚生省に相当する機関が25年に亘る綿密な調査で、遺伝子組み替え食品技術は極めて安全な技術であると結論し、アメリカおよびヨーロッパの何億という人がこの3,4年も遺伝子組み替え大豆を食べているのに何も不都合は起こっていないではないかといっています。
日本ではどうなっているのだろうと調べてみました。厚生省は遺伝子組換え食品の安全性評価に関するQ&A 改訂第3版を公開しています。このなかの第18問は「安全性評価指針について教えてください」となっていて、その答えには「組換えDNA技術応用食品・食品添加物の安全性評価指針」が載せられ、安全性評価に必要な資料が列挙されていますからご覧になるとよいでしょう。またQ&A中、問7の答えを読むと基本的にはわが国でも先に記したWHOとOECDでの取り決めに従っていることが分かります。この安全性評価指針は法的な強制力はありません(問8の答え)。問10の答えには「遺伝子組換え食品については、遺伝子が組み換わるという点においては、従来行われてきた品種改良などの伝統的な方法を用いて改良された既存の食品と差はないこと、さらに、指針に基づきその安全性評価を確認したものであることから、安全性の観点からは、他の食品と区別して表示を義務づける必要はないと考えています。」と書かれています。なお、アレルギーとの関連では、遺伝子の変化に伴って作られてくる新しいタンパク質も胃腸液あるいは加熱などで分解することを確認することになっています。
これらの記述を読むと、遺伝子組換えの結果新しいタンパク質が出来るでしょうが、我々が食べたときに分解されてアミノ酸になるのであれば、在来の品種改良でも遺伝子組換えは起こっているのですから遺伝子組換え技術自体には難点はないと私も思います。アレルギーの問題も複雑ですがこの遺伝子組換え食品問題でのポイントは、遺伝子組換え食品中の有害物質の存在とその量(従来の作物でも多少とも発ガン物質や有害物質を含んでおり、問題はその量です)なのですから、化学的に物質として在来のものと違う異常な成分や異常な量を含んでいなければよいのではないかと思います。化学分析の精度は十分満足できるものではなりませんが。(2000年10月25日アメリカから輸入されたトウモロコシを原料とするケーキの材料コーンミールからスターリングが検出されたことが報ぜられました。スターリングはフランスの医薬品メーカーアペンティス社が殺虫タンパクをもつ品種として開発しましたが、このタンパク質が消化分解されにくく、人が食べるとアレルギーを起こすおそれがあるのでアメリカでも栽培が禁止されているといいます。上に書いた条件、遺伝子の変化に伴って作られてくる新しいタンパク質も胃腸液あるいは加熱などで分解することを確認されたものだけが許可されてはいるのですが、この規制を無視する違法が恐ろしいですね。)(2000年12月05日アメリカの環境保護局(Environmental Protection Agency) はスターリンクトウモロコシについての諮問委員会の報告を公表しました。それによりますとアベンティス社はアメリカ当局にスターリンクを食用に認可する事を引き延ばすことなく決定するよう求めているということです。諮問委員会はこういう事情の下で審議しているのです。委員会としては危険という側に傾いてはいるのですが、最終結論は保留し、特に子供や乳児に対する影響に重点を置いて検討するよう報告しています。現状、正直に言ってスターリンクの副作用について問題視する意見とまず大丈夫だとする意見の両論があるのです。()
2001年4月からは遺伝子組み替え食品の表示義務化が施行されます。そこでビールやコーンスターチなどの製粉業者が原料の遺伝子非組み替え品への変更を表明しています。東京穀物商品取引所は2000年5月18日から遺伝子非組み替え大豆の先物取引を始めるようです。この大豆は当然値段が高くなり、油揚げを使用した食品の値上げは避けられません。
これらの動きは消費者の側からの要求に応えて出てきたものではありますが、先に書いた科学的な問題とは全く無縁なもので、すでに遺伝子組み替え食材の有害性が確認されたと言うことではありません。日本やヨーロッパでの業界の動きには農産物におけるアメリカの優位をを排除しようという思惑が絡んでいることは否定できません。この結果私たちは高価な食品を手にしなければならなくなるでしょう。私の考えでは遺伝子組み替え食材も先に書いたように野放しでは無く、 現行の検定を通ったものは無害もしくは従来のものより優れたものが生まれていると思うので、利用すればよいと思います。NHKのニュース解説によれば、コシヒカリの弱点である風で倒れやすいという性質も、遺伝子組み替えにより風に強い品種の誕生が期待されているとのことです。
携帯電話の電波が脳に悪影響を与えるという議論といい、この遺伝子組み替えの議論といい、恐ろしいのは感情に溺れて、科学的に無知であることです。
(続報)米疾病対策センターは2001年6月13日、米国内で「スターリンクが混入した食材を食べたためにアレルギー症状が出た」と訴えた人たちを調査した結果「アレルギーを生じたとみられる証拠は見つからなかった」と発表しました。それは実際に症状を示した28人の血液検査の結果、スターリンクに特有のたんぱく質に対する抗体はだれも持っていなかったのです。従ってアレルギーの原因は別だと結論づけられました。
(続報:2001.7.19)本日の農水省発表に「肉豚に対するスターリンク給与試験結果」があります。それには40頭の豚の試験結果とともに、ブロイラー、採卵鶏、乳牛、肉豚のいずれにも健康状態、畜産物の生産性に異常は認められず、スターリンクコーン中で作られる殺虫タンパク質ーCry9Cの畜産物中への移行も認められなかったと書かれています。(付記)2005年4月現在アメリカから約1400万トンのトウモロコシが来ていますがその内約1100万トンが家畜のえさとして使われ、その4割前後が遺伝子組み替えトウモロコシです。(毎日新聞2005年4月5日朝刊)
(続報:2001.7.19)ハウス食品のスナック菓子「オー・ザック」、カルビーの「じゃがりこ」、ブルボンの「ポテルカ」「ポテルカインドカレー」、P&Gの輸入米国製スナック菓子「プリングルズ」が、いずれも日本で未承認の遺伝子組み替えジャガイモを原料にしていたというので自主的にあるいは保健所の指導で回収されることになっています。経済的にも大きな負担でしょう。このジャガイモは米国モンサント社が開発した「ニューリーフプラス」で、遺伝子組み替えによってジャガイモを食い荒らす甲虫に対する耐性を持ち、収量が向上するといいます。日本ではまだ審査が終わっていないというのが理由です。アメリカ、カナダへ旅行した邦人や在留邦人は食べているのですから、何か矛盾を感じます。国際的に統一した基準を早く設定してほしいものです。日本でも「高血圧を予防する」「貧血を予防する」遺伝子組み替えの新しい米が開発されています。使えるのかどうか早く結論がほしいものです。
(続報:2001.8.09)今朝の新聞に厚生労働省の薬事・食品衛生審議会が「ニューリーフプラスポテト」の安全性を認める報告を上部の分科会にだしたと報じました。(注:平成13年8月8日「ニューリーフプラス」は日本での安全性審査が済み,食品用としても販売できるようになりました)。日本モンサント社が98年10月に安全審査を申請、今年7月に追加資料を出していたというのですから、この追加資料によって安全性を確認したというのでしょうが、追加資料を鵜呑みにして承認しているのなら、アメリカで承認された時点で日本でも承認しても良いのではないのでしょうか。この間のオーザックなどの回収は会社に損害をもたらしただけです。単に手続きや書類不備の問題ではなく日本独自の科学的検証判断で承認されたのなら、その詳細を公表してほしいものです。
(2002年11月26日追記)インターネットのasahi.comの記事によると、米韓の研究チームが25日、糖質をつくり出す遺伝子を組み込むことで、従来より干ばつや塩害に強いイネができたと、米科学アカデミー紀要に発表しました。同じ手法で「スーパー穀物」の開発も可能ということで、食糧問題の解決に役立つ技術データとして無償公開します。研究チームは今回、大腸菌のトレハロース遺伝子を使い、新しいインディカ米をつくったのです。この糖質はキノコや海藻、昆虫や微生物が幅広く持ち、水が乏しくても細胞を保護し、実験ではこの遺伝子組み替え稲は10日間ほど「水断ち」しても枯死しなかったほか、塩分への抵抗力が従来のイネの2倍もありました。限界とされる気温より10度ほど低くても育ち、光合成の効率も15%高いのです。同研究チームは「乾燥地帯や寒冷地でも穀物の作付けが可能になり、人口増による食糧不足の解決に貢献できる」とみています。 遺伝子組み替えに伴う問題点は明らかでありませんが、次第に遺伝子組み替えに対する批判、抵抗が納まってきているからこそ進められている研究例ではないでしょうか。
(2003年5月13日追記)インターネットのasahi.comの記事によると、日本製紙、農業生物資源研究所、三和化学研究所が共同で、00年に始まった政府のミレニアムプロジェクトの一環として行った研究で.血糖値を下げるホルモン、インスリンの分泌を促すペプチッドを遺伝子組み換え技術で米に多量蓄積させることに成功したと12日発表しました。この米を食べるとインスリン注射をしなくても済むということで、3年後の商品化を目指しています。
(2003年9月03日追記)農水省はスギ花粉症の治療に効果のある遺伝子組み換え米の商業生産を2007年にも始めると発表しました。これはアレルギーの原因になるタンパク質を生成する遺伝子を稲に組み込むことによって、米の胚乳にこのタンパク質を蓄積させ食べた人の体内にこのタンパク質に対する抗体を作らせることを狙っています。農業生物資源研究所、日本製紙、全農の共同開発です。
(2004年10月2日追記) 本日のasahi.comによると、北海道長沼町の畑作農家「西南農場」を経営する宮井能雅さん(46)は98、99年に、それぞれ米国の企業から、特定の除草剤に耐性を持つGM大豆の種子300キロを仕入れ、試験的に栽培していましたが、収量が上がらず、いったん栽培をやめました。このGM大豆は、除草剤をまいても雑草だけが枯れ、手間が省ける利点があるのです。その後、品種改良をすすめ 早ければ来年の秋以降、国内の食品メーカーなどに販売したい考えだと言うことです。今回の大豆は国の認定を受けた品種で法的な問題はありません。ただし北海道は来年にも屋外でのGM作物の栽培を原則として禁止する条例を制定し、GM作物の栽培を規制する方針で、西南農場に対して計画の撤回を求めるそうです。
(2005年6月25日追記)世界保健機関(WHO)は2005年6月23日、報告書を発表しました。報告書は、すでに国際市場で流通する組み換え作物(大豆、トウモロコシ、菜種、綿)は国際食品規格委員会が03年7月に策定した安全評価指針に基づく各国の審査を経ていると指摘し、「人体の健康や環境に大きな危険を及ぼすとは考えにくいし、そうした証拠もない」と結論づけました。組み換え作物が農薬の節約や食料の確保にも貢献していることを指摘し、自国の食品安全制度への不信感や大規模農家だけに有利という不公平感、特許による利益独占の弊害などから、多くの国で人びとの抵抗が強く、社会的あるいは倫理的な面からの解決が必要なことを指摘しています。(毎日新聞大阪 2005年6月25日朝刊による)
(2006年7月28日追記)今朝の新聞の「食卓を守る」(科学ライター・松永和紀)から引用します。
「今や遺伝子組み換え食品は、世界で約9000万ヘクタールも栽培されています(05年度)。商品化されて今年で11年目。これまでに、認可された組み換え食品で安全性が問題になった例はありません。
また遺伝子組み換え食品ほど、その安全性が実験で詳しく調べられている食品もありません。・・・・従って「組み換え食品はよく調べられている分、従来食品より安全」とまで言い切る科学者もいるほどです。
私は組み換え食品が安全だから食べるべきだ、とは思いません。「新しい食品は何となく嫌だから、私は食べない」という人がいてもいい。あくまでも、個人の好みの問題です。ただ残念なことに、冒頭に紹介した研究者のように科学的事実と感情論をごっちゃにして、不安感をあおる反対運動が目立ちます。・・・・・(毎日新聞大阪 2007年7月28日朝刊による)
この松永さんの意見がこの問題についての最終的な結論のように思えます。
(2010年12月04日追記)宮城大教授三石誠司氏と全国消費者団体連絡会事務局長阿南久氏の「争論」が掲載されました。その中の注目すべき点だけ摘記していきます。
三石 遺伝子組み換え(GM)作物は昨年米国、カナダ、ブラジル、アルゼンチン、スペインなど25カ国で栽培されその総面積は約1億3400万fにもなります。日本の農地面積(約461万f)に比べ、いかに大きいかが分かります。米国の大豆と綿花の93%、トウモロコシの86%は組み換えです。日本は米国を中心に小麦、トウモロコシなど約3100万dの穀物を輸入していますが、私の推定では、そのうち約1700万トンが組み換えです。GM作物の大半は家畜のえさ、食用油の原料になります。今や日本の畜産や食用油はGM作物なしではやっていけない状況にあります。
阿南 ノンGM作物の価格が高くなるのはやむを得ませんが、両方が共存する方向に行けばよいのではないでしょうか。
三石 国産のみの飼料で育った卵や肉も、一定の市場でなら共存が成り立つと思いますが、仮に現在ある約40fの耕作放棄地に小麦やトウモロコシを植えたとしても200万d前後しかまかなえません。どんなに頑張っても無理な現状も知っておくことは必要です。
三石 現時点ではGM作物が環境に深刻な影響を与えているという報告はありません。
阿南 GM作物をめぐる世界的な現実について、消費者はもっと関心を高める必要を感じています。穀物生産への貢献度合いや生態系への影響を研究する体制の強化、充実は必要だと思っています。
三石 いろいろな見方や意見があってもよいと思いますが、まずは国の審査で安全性が確認された上で流通しているという現実は重要です。教科書などでも、科学的な安全性と情緒的な見解が混在している例が見られます。冷静な対応と国民的な議論が必要でしょう。 ・・・・・(毎日新聞大阪 2010年12月28日朝刊による)
|