いま考えていること 109(2002年09月)
――テロから一年−アメリカからの報告――

昨日は3つのレポートをNHKのラジオとテレビで聴くことが出来ました。先ず朝のワールドレポートでヒューストンにおられる女性のレポーターから、周囲のアメリカの人達はテロへの報復の気持ちは強いけれども、テロが何故起こったのかという原因を探求する気持ちが全く見られず、アメリカが世界から嫌われるのが全く理解できないという風潮であることが伝えられました。続いてエンロンやワールドコムに見られたように粉飾してでも企業の業績を株価の形で高め、その絶頂で自分の企業を売り抜けて創業者は多額の利益を確保することを目的としていて、自分の企業で働いていた人達の失業や株の紙くず化には全く目もくれないような利己的なアメリカ資本主義、アメリカンドリームのあり方への疑問が伝えられました。さらにご自分もエネルギー関係の翻訳などに携わっておられる立場からアメリカの人達はエネルギー問題といってもどうして安全に中東から石油をアメリカに運び貯蔵するかだけが関心で、エネルギーの過剰消費がどんなに今世界的に問題になっているかに全く関心が払われないことへの批判がありました。最後にアメリカで離婚が恐ろしく増え子供と一緒に暮らす健全な家庭が恐ろしい勢いで崩壊していっている道徳的なアメリカの退廃が家庭にまで及びつつあることの指摘がありました。

7時半過ぎ、続いて作家吉岡 忍氏のテロ前、テロ直後、最近の三回の訪米に基づいた感想がありました。アメリカ人の発想が現在単純化していること、ニューヨークの雰囲気が一言でいうとガラが悪くなったこと、かっては車に小さい星条旗を付ける程度であったのがニューヨークでも壁などに大きな星条旗が描かれ、ナショナリズムが高まっていることが語られました。私が思うのにブッシュ大統領にこの特徴は顕著に見られるのですが、アメリカの一般の人達にも同様の傾向が見られるという憂慮すべき風潮が窺えました。指導者ブッシュ氏の傾向が一般の人達に影響を与えているのか、ブッシュ氏の世論操作が成功していることを意味するのか、私たちも対イラク戦争への姿勢を簡単にブッシュ流に揃えることは危険だと思いました。

夜の“クローズアップ現代”で在アメリカの青木紀美子記者がテロ1年を迎えてこれからニューヨークの人達も次第に冷静さを取り戻していくだろうと語っていたのが、かすかに希望を持たせてくれました。折しもニューヨークで「反ブッシュ」のデモがかなり大規模に行われたという報道もありました。

しかし、目下のところ対イラク戦争熱がアメリカでは支配的なようです。今日から小泉首相も訪米しています。わが国には平和憲法は厳として存在しています。フセインも危険な人物ですが、かといってギリギリまでの外交努力が進んでいるとは見えない現在、アメリカの強大な独占的軍事力を背景とした一方的な暴力団的殴り込みには賛成できません。クリントンといいブッシュといい、道徳的倫理的に尊敬できる指導者が超大国アメリカから失われていることではフセインのイラクと同質では無いでしょうか。

いま考えていること 19(1999年02月)もぜひもう一度ご覧いただきたいと思います。そこに書いたことと基本的に考えは変わっていません。アメリカは核爆弾を持ち、長距離ミサイルを持ってもよく、他の国は持ってはいけないという前提にはアメリカだけは正義そのものだという仮定を是認する必要があります。しかし、私にはアメリカが絶対的な正義の国とはどうしても考えられないのです。

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grenz

いま考えていること 110(2002年9月)
――古い賛美歌――

かって勤めた同志社高校にはユニークな生徒がいました。同志社を辞めたのは1964年でしたから、もう随分時間も経ったのですが、長くつきあわせて貰っている諸君が沢山おり、楽しいことです。先日も倉敷に今は住んでいるA君から突然電話があり、このホームページに載せている加古隆氏のことなど話あっている内に、A君の中学時代には新旧両方の賛美歌があり、その古い版には謡曲高砂の節を編曲した賛美歌が入っていたというのです。A君は友人と語らって実際に合唱してみたということで、電話口で唱ってもらったのですが、確かに謡曲のメロディでした。A君がまだその賛美歌を持っていたら写しでも見せてもらおうと思ったのですが、もう失ったというので、インターネットの「スーパー源氏」という古書検索を利用して当たってみましたら、幸い金沢の古書店で売っていて入手出来ました。昭和6年発行のものですが「信徒の生涯」「結婚」のところの賛美歌431番の曲はarranged from Takasago と書いてあり、四部合唱になっています。歌詞は創世記によるもので高砂とは関係がありませんが、謡曲高砂と同じようにやはり結婚式で唱われるようになっているのです。謡曲に馴染んだ私は一度この四部合唱が唱われるのを実際に聴きたいと思うのですが、叶わぬ夢かも知れません。賛美歌には数々の名曲が使われており、明治の初め小学校で唱う歌を求めて文部省からアメリカに派遣された方も賛美歌に手本を求めたと聞いていますが、高砂が日本の賛美歌に入っていることは謡曲高砂が人々の間で、かっては大変ポピュラーな曲であったことの証明かも知れません。現行の賛美歌にはもはやこの曲は見られませんが、謡曲が人々から遠いものになっているからでしょう。

この古い賛美歌の中にはこの様に現在は失われているけれども、素晴らしい曲が眠っていて、演奏すればあっと驚く名曲が復活してくるかも知れません。

ただ最後のところに「君が代」が載せられていて(便宜上ここに收む、本書の歌にあらず)と書いてあるのに当時の社会の中でのキリスト教の立場の何らかの投影を感じます。

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grenz

いま考えていること 111(2002年9月)
――小泉さんの訪朝――

昨日のニュースは小泉さんは金総書記との会談で、南北朝鮮境界線付近に展開する北朝鮮兵力の削減を提案すると報じました。真剣に日朝の懸案を解決しようと考えているのなら境界付近の兵力の問題は当面の問題ではありません。これではブッシュを社長とする米国商会の“丁稚の使い”と思われても仕方がないでしょう。この様なことは今回は議題にすべきことではありません。日本の立場に限定して今回のスパイ船の問題、あるいはいわゆる拉致問題など明白に両国の関係を阻害している問題に搾るべきであると思います。

急速な北朝鮮の態度の変化は、北朝鮮自身の利益からの発想であることを考えて置かなくてはなりません。おそらく経済的に相当行き詰まっていて、その打開策の一つとして俎上してきたもので、賠償もしくは無償援助が目的でしょう。スパイ船の問題や拉致問題を具体的にどう展開するか、それを曖昧にして表面上国交回復の手がかりが得られたとしても、それは首相が北朝鮮の思う壺に嵌ったとしか言いようがありません。

(9月17日 訪朝の夜追記) 一番驚いたのは11人中10人が確認されその内6人が既に亡くなっていたことでした。亡くなった人達やそのご遺族の無念さは何にもたとえられない痛恨の極みであります。金正日氏は自分の把握できなかった英雄主義者の暴走で処断したと言っていますが、彼の国における金正日氏のウエイトの重さからその様な言葉を鵜呑みにすることは出来ない思いです。
しかしあの誇り高い国が何か理由があるにもせよ、拉致の事実と不審船が北朝鮮のものであることをすんなりと認めたのは、確かに画期的であると思います。来月から国交回復のコンタクトが正式に始まるのは拉致遺族の皆さんからするとやりきれない思いだと思いますが、私は歴史に残る大きい成果だと思っています。日朝・東アジアの平和という観点からも、現在の米国の狂気的な“悪の枢軸”への独断的姿勢に反するある種の布石を打ったという点からも歓迎できる決断でした。儀礼を廃し持参の弁当で済ませ、真剣に交渉した小泉さんの姿勢にも敬意を払いたいと思います。

(9月18日 一日経って)拉致事件の結末は、今後の日本国民の深層心理に大きい影響を残し続けていくことでしょう。政治・外交的に今後政府間交渉が行われ、日本の北朝鮮に対する補償的措置が形の上でめでたく結論に達し、軍事的にも東アジアの緊張が緩和される事態になっても、日本人の対北朝鮮感情は「とても許せる相手ではない」という気持ちが心の底深く焼き付けられてしまったというべきでしょう。このトラウマをどう収めていくか、これが今後の最大の課題であり、単に政治のレベルでは解決できないことを政府も政党も、また議会も銘記してほしいものです。高度な心理的検討、文化交流面での検討に着手されなければなりません。真の日朝友好の未来の為に。

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grenz

いま考えていること 112(2002年10月;10月22日;23日追記)
――首相の決断――

昨日内閣改造が発表されました。顔ぶれを見ているといろいろな感想が湧いてきます。「谷垣さんももう57才なんだな、頭が切れるから何度も重要なポストに就かれるのだな」など。これは私が京都人で禎一氏が京都5区選出であり、この人のお父さん専一氏の選挙事務長を私の恩師芦田重左衛門先生がしておられた関係から関心があるのです。

一番驚いたのは竹中氏の金融相兼任です。新内閣はこれで亀井静香氏に代表される自民党の古い路線と決別したことを明瞭に示しています。景気が悪いと言って公共投資を増やし、追加予算をこの方面に振り分けてきた路線です。またこれまでの金融機関の処理は大きく言えば相変わらずの護送船団方式でしたが、いよいよ公的資金の投入を含む抜本的不良資産処理を首相は決断したな、ということです。不良資産処理はとりもなおさず不良銀行と不良企業の整理を意味しますから、失業、賃下げ、デフレの進行を意味し、この小泉さんの決断を危惧する人も多いのですが、現在のデフレと銀行不良資産の価値減少とのイタチゴッコを考えますと、私は不良資産の整理が終わらないとこのイタチゴッコは限りなく続くと思います。ですから、今度の小泉路線に賛成です。注文を付けるなら、果敢に素早く不良資産の整理を行い、整理中のデフレ進行の影響を最小限に止めてほしいものです。ゆっくりと整理を進めると整理中にデフレが一段と進行しその影響を受けて資産の価値低下を起こして処理がヨリ困難になるからです。

この様に不良資産の処理が進むとその後を追うようにデフレがまだまだ進みます。株価も一段と安くなるでしょう。今日から老人医療費の負担も上がりますが、私たちの生活は一段と大変になるでしょう。国民も覚悟するときが来たようです。この様な事態に立ち至ったのは政権与党自民党の戦後半世紀に及ぶ政治の結末です。また“これまでの自民党の路線を支持してきたのは、他ならぬ我々国民であった”という冷厳な事実も考えなくてはなりません。これからの日本を考えるときデフレ発生の一因は国内の土地・人件費などやはり高くて近くに広大な土地と安い人件費で労働を提供できる中国があることだと思います。工場用地、農地の安さ、人件費の安さを利用して安い製品を得ているのも我々や欧米の国々です。いわば安い土地と労働力を輸入して中国に留め、それを利用しているとも言えます。国内の空洞化を言うのなら、国内の土地の価格を、労働力単価を引き下げることが必要で、つまり、デフレが進行するのには必然性があるのではないでしょうか。私たちも頭を切り換える必要があります。どう考えても600兆円という膨大な国債・地方債を抱えたこの状態で今後も済むわけはないのです。

今後の政治に必要なのはこの非常時に兵力の強化を図ることは見合わせて、日朝交渉をはじめ平和のための外交努力を重ね、まずこれからの経済的困難の狭間にあえぐ人々の救済ネットの構築に全力を挙げてほしいのです。この点では坂口厚労相に期待を表明しておきます。

(10月22日追記)最近の国内で広範に起こっている工場閉鎖が問題になってきていますが、これは不況による閉鎖でないところに特徴が見られます。閉鎖して工場の生産活動を縮小するのではなく、シンガポールなどに新しい工場を開設し、そちらに生産を移転するのです。正に上に書いた中国での生産と同様な問題です。大変なことですが、やはり利潤を求めて経費の安いところに移転するのを止めさせるわけには行きません。法律で外国への生産移転を禁止しても人件費を初め値段の高い国内で生産していては製品価格は高く、対外競争力を失ってしまいます。いよいよこれから人口が減少していく日本の前途を見ると、教育の高度化を計り、外国では出来ない高度の製品の開発と生産を志すしか道はないようです。でなければ中国並みの人件費設定−−デフレの進行しか考えられません。

(10月23日追記)昨日予定されていた不良債権処理策の中間報告は公表延期されました。処理策だけでなく思い切ったセーフネット対策は、この際補正予算で国債の追加発行をしてでも実施する方がよいと思います。ムチとアメとして。ですから発表を少し遅らせることに異議はありません。振り返ってみると自民党は最後の土壇場で本性をさらけ出したという感じです。青木参議院幹事長、堀内総務会長にはこの最後の土壇場での思い切りがどうしても出来なかったのでしょう。しかしもう不良資産の償却とそれに伴う銀行の改革は、このまま進んでもやがては市場から改革を迫られる段階にまできているのだと思います。実態を把握してのプランニングはやはり早めに思い切って実施する方が結局は早い解決再生へと進むことができるのです。私は竹中路線の実施しかもう道は残っていないと思っています。

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grenz

いま考えていること 113(2002年10月)
――田中さんノーベル賞!――

今朝記者をしている次男から田中さんと小柴さんとの電話対談が行われるとのメールが来ました。その返信に取り敢えず書いたのが次のメールです。私の率直な気持ちを書きました。お読みいただければ幸いです。(10月10日)

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私も日常的に質量分析器は使っていたが、その当時 (約10年前)はタンパク質の質量分析がスタートした頃で、有効なイオン化 法がまだ確立していなかった。田中さんはこのタンパク質のイオン化と 同定法を初めて確立されたのだと思う。現在はさらに新しい方法も生まれて いるかも知れないが、田中さんの方法がベースになって改良が重ねられて いるのであろう。

私にとって今度の化学賞の面白い点は、日本では技術屋さんというのは 学者に入れられず、いくら良い装置を創られてもそれはその人の職業上の 仕事で当たり前としか思われず、凡そノーベル賞の対象になるようなも のではないと歯牙にも掛けられなかった。ノーベル賞はその原点に回帰 して、人類の幸福に貢献するなら誰がやろうと評価するという姿勢を出 したところに意義深い。田中さんの自由な思考がどうして生まれてきた かその根源は何なのかが関心をそそる。例えば子供の時からありのまま に自然観察をする子供であったのか、先生や人々の言うことをそのまま 鵜呑みにしない先ずやって自分で確かめる子供・学生であったのか、そ れが分かってくると劣等学生だった小柴さんとともに、大事なのは学校 で良い成績を上げることではなく、良い大学に進むことでもなく、本当 に人間として大事なのは何かという例にもなり、世の親御さんたちに子 供の教育を考える上で指標になるだろうと考える。昔の三高は秀才の集 まる学校ではあったが、ただの秀才は無視され、小柴さんのような人が ウジャウジャいて、むしろそういう個性の持ち主を尊敬し、そういう変 人が何の拘束もなく学んでいけるおおらかな学校でした(参照:三高私説)。 膳所高校勤務の時可愛がってもらった校長林浩先生は東大理学部の出身 だったが、卒業式などで教育勅語を日本中の学校で奉読することが定め られていたけれど、林校長の東大在学当時の総長は巻物になっていた勅語 を無造作に机の上でゴロンゴロンと投げ広げられたのでさすが東大だ と思ったと言っておられました。東大理科系にもやはりそういう気骨とプライド に裏付けられた自由な精神は流れているのでしょう。法学部や経済学部は 別で江戸幕府以来の伝統の尾を引く官僚養成の機関なのかも知れません。早々

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(追記10月11日)夜になってノーベル平和賞がカーター元米国大統領に贈られることが報道されました。今日アメリカ議会はブッシュ大統領にイラク攻撃容認決議案を可決したのですが皮肉なことです。今年のノーベル委員会は田中さんへの化学賞といい、この平和賞といいなかなか味なことをやったものだと思います。カーター氏はブッシュ氏とちがって中東問題でも平和的解決を意図して努力しましたし、その他いろいろな局面で元大統領の肩書きを良い意味で生かして平和のために努力されたと思っています。ブッシュ氏とは違う哲学で行動した大統領の存在したことをアメリカ国民に思い返させるよすがになればとの祈りをこの委員会決定からは感じます。

(追記10月12日)今朝の新聞はノーベル賞委員会の平和賞受賞理由を報じています。やはり現在のブッシュ政権への批判を込めたものでした。

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いま考えていること 114(2002年10月)
――ざこばの「らくだ」――

去る10月20日NHK総合テレビ“上方演芸”の時間に桂ざこばの「らくだ」が放映されました。この番組ではざこばは真剣そのもので、頭抜きですぐに本題に入っていきました。何か心構えにいつもと違うものを感じましたが、素晴らしい出来でした。お酒を飲み、高野豆腐などのお煮染めを食べるところといい、思わずこちらも食べたくなるような雰囲気があり、くずやが次第に初めと違ってきて、熊五郎と主客転倒する山場とも言える場面の展開など絶品といって良いものでした。久しぶりに良い落語が聞けました。私は初代桂春団治のCDを持っていましたので聞き比べてみました。ざこばの漬物屋の替わりに豆腐屋になっていました。また願人坊主ではなくて乞食となっていました。テレビなどでは「乞食」という言葉は使えないのか或いは2つの違ったテキストがあるのかも知れません。ともかく落語家ざこばの面目躍如たるものがありました。

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