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ギリシア語錬金術文献集成

TLG2734

ユスティニアヌス(1世〕

 



[人物]

ユスティニアヌス(1世)
Flavius Petrus Sabbatius (483頃ー565)
 東ローマ皇帝(位527-65)。東西両ローマ帝国の政治的・宗教的統一の再現を目ざして、内政・外政上、精力的な方策をつぎつぎに実施した。内政においては、専制的中央集権制の確立を企て、行政機関の改革を行い、ユスティニアヌス法典を編纂、人民には重い貢租を賦課した。商工業の育成にも意を用い、東方との交易をすすめた。外政においては、ペルシアと恒久平和を結ぴ、名将ベリサリウス、ナルセスを用いて、アフリカのヴァンダル、イタリアの東ゴートを討ち、更にフランク、アラマンを北伊から駆逐し、スペインの西ゴートにも出兵して、西地中海を再ぴローマの内海と化した。しかし、国内においては貢租の重きに堪えかねた人心の離反が激しくなり、また対外関係においても、ペルシアの侵入、スラヴのバルカンへの侵入によって情勢は逼迫し、帝の晩年は混乱と苦悩に満ちたものであった。その宗教政策は、皇帝教皇主義の最も徹底したものであった。

 治世の初頭、 529年に、この日まで約千年に近い命脈を保って来た新プラトン学派の牙域アテネ学園を閉鎖して、異教思想の最後の拠点の息の根をとめ、大規模な異教徒の迫害、および異教文書の焼却を行った。教会に対しては、単なる保護者の姿勢をこえて、文字どおりの支配者として振舞い、教皇および総主教を皇帝の完全な従属者とみなし、教会制度の問題、教会生活のこまかい点に至るまで干渉の手を伸した。そしてついには,東方属州の単性論と西方ローマ教会の三位一体論をめぐっての信条の問題にまで立ち入った。壮麗な聖ソフィア大聖堂を建立した(537) 。(『キリスト教大事典』)

2014.11...



 錬金術の本を王や皇帝たちのものとした風潮は、<……>著作家を迫害から守り、新しい著作品に権威を与えるという二重の意図によると説明したい。

 すでに古代のエジプト人は、その頃の著作品に、エジプトの古い王の名前を載せていた。ゾーシモスの神秘説の書物は、ケオプスの保護のもとにソフェが別に語ったものを著作したとされている。

 写本家が、ある錬金術師に架空のタイトルを与える。たとえば,ある文書の表書きに,著作家ベタシウス(Petasius)の名にアルメニアの王の名を加えたり、また学者の名をエジプトの女王クレオパトラの名に入れ変えたのである。これは,アラビアの文書においてジェバーと書かれたインド王の肩書きを思い起こさせる。そればかりではない。詐欺や、あやまちが、あの文書にアレキサンダーの名を与たのである。これは、たとえば、聖マルコの写本の冒頭におかれた古い表とキタブ・アル・フィリストにおいて起こった。他の書物は、へラクレス皇帝とユスティニアヌス (Justinien)皇帝によってつくられたと主張されていた。しかし、これらの文書のどれも、実際に今日、われわれに残されたギリシアの著作品には現われてこない。
(ベルトゥロ『錬金術の起源』P.133-134)

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