前4世紀ころの女流詩人(エウセビオスは盛時を前352年とする。『スーダ』は誤って、「サッポーの友だちにして同時代」としている)。
『スーダ』は、彼女の出生地ないし住まいとして、テオス、レスボス、ロードス、テロスの4つを挙げている。彼女が19歳で結婚もせずに死んだという話(Suda; cf. Anth. Pal. VII_11, 13)は、彼女の詩からの憶測に過ぎない。『ギリシア詞華集』の3篇のエピグラム(VI_352, VII_710, 712)が、彼女に帰せられているが、おそらく間違いであろう。しかし、彼女の評価は、『Elakate』〔「糸巻き棒」の意〕と題する300行の六脚韻詩にあり、母の言いつけで糸繰りをする自分をうたったものである(AG. IX_190)。伝存する最も大きな断片は、結婚後間もなく亡くなった友人バウキスの死を嘆いたもので、子ども時代の遊技、仕事、恐怖を綴っている。この亡くなったバウキスの年齢が19歳である。この詩が自分のことをうたったものかどうかは、わからない。その真作性を疑う者もいる(Ath. 283d)。この詩の革新性は、ドリス方言とアイオリス方言との混交、韻律、都市生活者への言及に存し、エリンナは同時代を表現し、ヘレニズム期の詩を先取りしている。ヘレニズム期における彼女の評判は高い(ホメロスやサッポーに比せられる AG. IX_190)。
(OCD)
[底本]
TLG 1355
ERINNA Lyr.
(4 B.C.: Telia)
1 1
1355 001
Fragmenta, ed. E. Diehl, Anthologia lyrica Graeca, vol. 1.4, 2nd
edn. Leipzig: Teubner, 1936: 207-213.
frr. 1-5.
5
fr. 1b: PSI 1090.
frr. 3-5: Dup. 1355 002.
Dup. partim 1355 003 (frr. 401-402, [404]).
(Pap: 568: Epigr., Hexametr.)
2 1
1355 002
Epigrammata, AG 6.352; 7.710, 712.
Dup. partim 1355 001 (frr. 3-5).
(Q: 139: Epigr.)
3 1
1355 003
Fragmenta et titulus, ed. H. Lloyd-Jones and P. Parsons, Supplementum
Hellenisticum. Berlin: De Gruyter, 1983: 186-189, 192-193.
frr. (+ titul.) 400-402, 404.
5
fr. 401: PSI 1090.
Dup. partim 1355 001 (frr. 1a-b, 2).
(Pap: 244: Hexametr.)
此岸より瞑府へと、むなし木霊ぞしみわたる。
死者たちの間にあるは沈黙、闇が声をかき消す
1col. II
[……]彼女はいた
[……]乙女たちを
[……]ニュンペーたちは。
5
[……]竪琴の共鳴板を
[……]月は。
[……]竪琴の共鳴板を。
[……]?
[……]住む。
10
[……]群葉に
[……]やわらげる。
[……]月を。
[……]羊毛をすく。
[……]深みへと渦が
15col. III
?
[……]竪琴の共鳴板を
?
同じことを、かわいそうなバウキスよ、
同じ玩具がわたしの心の中に[……]ある
20
?
?
?
ニュムペーたちに[……]。
母は恥じて[……]
?
25
小さな[……]のお化けで恐れさせようと、
頭に大きな耳、四つ足で
歩いて。次から次へと光景は代わる。
?
まだ幼いころ、あなたのお母さんからそんなことを聞いて
30
愛するバウキス。アプロディタ様はお気づきにならずに[……]。
?
?
35
彼女はわたしを抱きしめて涙する[……][……]
でも、以前はいつも[……]
歳は19[……]
そしてエーリンナに、愛する[……]
糸巻き棒を見つめて[……]
40
知ってちょうだい――ほんとに[……]
ぐるぐる巻いて笑[……]
これを恥ずかしげにわたしに[……]
乙女たちに[……]
見つめて[……]
45
長い髪の毛をも[……]
[……]
これに....、愛するお友だち、[……]
バウキスよ、慟哭するのは[……]
彼女に炎を[……]
50
遠吠えの声を[……]
おお、たくさんをヒュムナイオスさま、[……]
すべてはひとつ、おお、ヒュムナイオスさま、[……]
ああ、かわいそうなバウキス、[……]
ポムピロスよ、船乗りたちに海路日和の海路をおくり、魚よ、
わたしの大好きなお友だちに追い風をおくってちょうだい。
*ポムピロスは、「送り届けるもの」の意、学名"Gasterosteus ductor"〔右図〕。鰹に似た魚で、船を追いかけるので、船乗りたちに親しまれている。通称も「水先案内魚(pilot-fish)」である。
画像出典:FishBase WWW:Taxonomy
この絵はしなやかな手に成る。気高きプロメテウスよ、
人間のうちにも、その知恵において、御身に等しき人あり。
とにもかくにも、この乙女を描きしひとにして、
これに声をも付け加えなば、アガタルキスよ、御身は完璧ならん。
墓標たちよ、わたしのセイレーンたちよ、はたまた悲痛なる骨壺よ、
そなたが持つはアイダス〔Aidas, ハーデースのドリス方言〕のわずかの灰。
わが塚を通りがかる人たちに挨拶の言葉を話しかけよ、
来るひとが同市民であれ、よその町人であれ。
墓の中にいるは、若嫁たりしわたしだと、またこうも話しかけよ。
父はわたしをバウキスと呼べりと、生まれは
テーロスの女と、知ってのとおり。そして、わが女友だち
エーリンナが、この言葉を墓石に刻めりとも。
若嫁バウキスの〔墓が〕わたし。嘆きに満ちたこの墓標を
よぎる人は、地下なるアイダスにこう告げてよ。
「むごいなるかな、アイダスよ」と。この美しき墓碑は、これを眼にするあなたに
バウキスの無惨このうえなき運命を告げる、
この娘子のため、松明の照らすなか、婚礼歌(hymnaios)がうたわれていたとき、
その松明に、花婿の父は火葬の薪をくべたのだと。
されば御身も御身とて、おおヒュムナイオス(Hymnaios)よ、婚礼の調べよき歌を、
悲しみの嘆き節に変調してうたえり。
これはレスボスのエリンナの蜂房。小編とはいっても、
ムーサたちから摘みとった蜜がしみわたっている。
この詩の300詩行はホメロスに等しい、
ほんの19歳の乙女であったけれども。
母を恐れて糸繰りをしているときも、機織りをしているときにも
ムーサたちに憑かれた召使いであり続けた。
サッポーは叙情詩ではエーリンナにまさるが、
六脚韻律ではエーリンナがサッポーにまさる。
ああ、かわいそうなバウキス
……